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Author:走れけに〜
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに〜!

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今週末は、メリーランド州のポトマック河下流マラソンに行く決意を固めた。練習不足だし、東京マラソンまで2週間しかないし、車で5時間以上もかかるし(300マイル=約480キロ)、疲れているし、ってドタキャンする言い訳ばかり考えていたけれど、走りたくても走れない人が沢山いるのに俺は何を贅沢言ってるんだと思ったら、自分が果てしなく情けない人間に思えてきたし、折角なので楽しんでこようと心を入れ替えた。

200人が定員という超ローカルな小規模マラソンなのに、何故だか評価が頗る高いのだ。オーガニゼーションの評価が満点なのである。だから場所の事なんか全く考えずにこのマラソン大会を選んでしまった。家から5時間以上も運転しなくてはいけないというのを知ったのはつい最近だ。メリーランド州というとDCの手前のボルティモア(何故だか、巨人から上原がここにやってくる。何も無い場所です、はい)のイメージから、近いだろう(せいぜい車で3時間だと思ってた)と勘違いをしていたのだ。そこから更に何と2時間もかかる。それでも一人でなければ、メリーランド名物であるクラブ(夜飲みに行ったり、踊りに行くところではない。かにである)を鱈腹食べてしまうのだろうけど(しかもマイ・ポン酢持参で)、残念ながら全くそれは考えていない。大西洋のところを走るから眺めは抜群らしい。今回はカメラがMustかもしれない。肝心のタイムは制限が5時間45分なので、それを超えないように…。本当は東京マラソンに向けて弾みをつけたかったんだけどなぁ…。まあ少なくとも東京マラソンに向けての最終ロングランということになるだろうか。

先日、大雪が降ったNYであるが(気温もマイナス10度まで楽々なったし)、今週末はまるで初夏のような気候となる。南に位置するメリーランドでは更に暖かい。レース当日は70度(摂氏21度)という気温予想だ。これだけ激しく気温の変化があると、またまた体調を崩してしまいそうだ。でも折角だから、今回のマラソンは思いっきり楽しみたいなぁ。何も考えず、無心で、と思う今日この頃である。もしかして、春はそこまでやってきているのかもしれない。

今日のNYは3月なのに季節はずれの大雪だった。オフィスに行こうとしても、車が雪に埋まってしまっていて、早々と通勤を断念。家で仕事をすることとした。最近は便利になった。家にいても、はっきり言って仕事の質は余り変わらないとも言える。Emailも出来るし、サーバーも見る事だって可能だ。勿論、それを仕事と呼ぶならばなのだが…。自分は仕事というのは人と接し、話をし、色々な話題を提供・交換し合いながら、お互いの見聞を深め、自分を高めていくプロセスだと思っている。特に会計士の仕事というのはフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションが必要だし、それがないならば仕事と呼んではいけないと思っているほどだ。朝から晩までクライアントと向かい合って話し合ってという仕事に慣れていた自分にとっては、朝から晩までコンピューターに向かい合い、Emailを通じてコミュニケーションを取る多くの仕事のやり方がどうにもこうにもモドカシイと感じてしまう。自分はきっと古い考え方なのかもしれないけれど、何か人間が人間らしくなくてまるでロボットみたいだ。そこには自分というものが本当にあるのだろうか…。まあ、自分はそんな世の中のやり方が好きではないし、だからこそ”仕事”というものを捨てて今日に至っているわけなのだ。だから、必要の無い残業なんてクソ食らえの世界である。自分の時間を犠牲にしてまで何が残るというのだろうか…。

まあ、そんなこんなで何とか言い訳をしながら、走るのも断念した。無理だ。道が凍っている…。流石に凍った道で転んでケガをしたり、最悪タイミングが悪ければ、車に轢かれて死ぬリスクもふんだんにある。数年前にはこんな状況でも走りに出たものだが、最近はそこまでの根性はなくなってしまった。ある意味、怖さ知らずの自分であった。転んだら避ければいいじゃん、大体転ばなきゃいいじゃん、という何という安易な発想。でもそういうある意味、中毒患者的な行動をしなければ、きっと速くならないに違いない。と今の体たらくな走り方にまたまた言い訳をしてしまったようだ。

家にいることの最大の欠点は、食べてしまうことだ。色んな食べ物を貯蔵しているから、手当たり次第に食べてしまうのだ。今日1日で何千カロリーを摂取し、果てまた何キロ太ってしまっただろうか。体重計が怖い…。一応、雪かき(数時間かかってしまう。何せ、機械を使わないからー買えない…)は数時間かかったし、それなりのカロリー消費はあったかもしれない。でもその分(その何倍もが適切な表現か?)食べてしまっているので殆ど意味はなかっただろう。寧ろ、筋肉痛と余分な脂肪分だけが残ってしまったと言えるだろう…。あ〜あ、情けない…。

今週末は、メリーランド州の南まで行って(実に車で5時間以上かかるようだ)、ポトマック河下流マラソンを走る予定にしている(22州目)。200人しか参加者がいないものだから、迷子になりやしないか、それだけが不安である。タイムは狙っていないから(狙うならば東京マラソンで狙いたい)、5時間でも何でもよい。ただ完走したいだけである。自分は入浴してぇ〜マラソンや4か5マラソンのような超大規模マラソンも好きであるが、今回のような超小規模マラソン大会も決して嫌いではない。オーガニゼーションがある程度しっかりしているならば、途中の沿道で応援があろうが無かろうが、全く気にならない。マラソンは決して一人では走れない(周りに支えられている)と言われるが、ある意味自分自身との闘いのプロセスであることも事実である。大規模マラソンではどちらかというと周りに支えられていることをより強く意識・自覚出来るものだが、小規模マラソンでも少ないながらもボランティアの方々の支えを強く感じると同時に、自分自身と向き合いそして弱い自分に勝つ醍醐味を味わうことが可能だ。途中、誰にも邪魔されないひと時を過ごすことが出来るのだ(実はこんな贅沢なことはない。普段自分ひとりになれないことが多い人間にとっては…)。

もっとも問題は、ある事情で土曜日は夕方まで家にいなくてはならなくなってしまったことだ。すっかりと用事があるのを忘れていたのだ。飛行機で行かなくて良かった。時間に融通が利くというものだ。小規模マラソンの良い所は、パケットのピックアップがマラソン当日でも出来ることだ。今回も日曜の朝にピックしてもいいとインストラクションが来たから良かった。しかし、最大の問題は、今週末をもっていつの間にかDLS(簡単にいうと夏時間)が始まってしまう。つまり、日曜の朝は1時間短くなってしまうことだ。家の雪かきは終わっても、そこら中が真っ白なままである。雪が残ったままの夏時間って一体…。
今日で2月も終わる。あっという間だった。勿論、2月は28日までしかないから元々短いのだけれど、仕事はバタバタし続けて余裕が全く無かった。1日1日が短くて、走る余裕が全く無かった。そういう意味では15日にアラバマの高級車便通マラソンに参加できたことは、マラソン中毒患者として最低のノルマ(?)がこなせたと言うものだ。あの楽しい日々から早2週間が経っていた。脚の筋肉痛はとっくに癒えていた。でも仕事の忙しさや余りの寒さに自分が負けてしまって、全く走ることができなかった。1ヶ月の走行距離が100キロすらもいかなかったのは、実にどれくらいぶりになるのだろうか…。別に100キロを超えたから、200キロを超えたからと、走行距離に拘っている訳ではない。ただ、普段走っていないのに、ランナーとか中毒患者とか呼ばれる資格は全くない。明日からは3月になる。東京マラソンまであと3週間。残り僅かになってしまったけれど、せめて今できる最低限の準備だけはしていきたいと思う。
今日は久しぶりに100分のスロージョグを行った。夕方近くなってから、漸く重い腰を上げ外に出たのである。防寒していったつもりだったが、結構寒い。走り始めていきなり後悔しちゃったのだけれど、取り合えず4時過ぎに走り出し、ブロンクス河公園道を初出るから北に向かった。寒いからなのか、殆ど誰にもすれ違わない。それでも途中3人のランナーとはすれ違った。自分だけではないのだ。頑張らねば。時間の関係で検尿ダムまで辿り着けず、北白平原駅で折り返して帰ってきたけれど(ブロンクス河公園道の走る所には電灯がないから、検尿ダムまでいくと下が見えないから帰りが大変危険)、非常に満足だ。3月から是非とも復活したいなぁ…。と折角やる気になってきたのに、暫く又寒くなるらしい(月曜は雪?)。ぎぇっ〜〜〜。まだまだ春は遠いようである…。
便通マラソンが無事に終わり、次の下流ポトマック河マラソンに向けての準備を始めなければいけないな。でも風邪を拗らせてしまっていて、今一走ろうという気力が起きない。情けない…。

さて、明日19日にはいよいよ今年の入浴してぇ〜マラソンの申し込みが始まるようだ。何らかの手違いが無い限り今年で10回目の参加となる。目出度い。でも値段を見てビックカメラだ、じゃなくてビックリだ。NYRRのメンバーでも$138(プラス・プロセスフィーで$149)!海外だと恐ろしやの$231らしい。どうなってんだ!その分、走る環境が改善されているならいいのだけれど…。NYRRってNPOじゃなかったのか?とぼやいてみたくもなる。その大金はいずこへ?

最近、ランニング大会に出ようとするとお金がかかるのである。NYRRの普段のレースだって、いつの間にか早く申し込んでも$17になっているし(自分が入会した当初は$11でした)、地方のフルマラソン大会もいつの間にか$100近くても当たり前になってる。地方遠征の場合には、言うまでも無く、駐車場代、飛行機代、ホテル代、場合によってはレンタカー代等諸々かかり、適当に参加していればいいというものでないので、1回1回を大切に走らないと…。最早、ランニングは誰でも気楽に参加できるものではなく(普段の練習は無制限に無料だけど…)、お金を気にしなくてはいけない時代に変わってしまったのか…。ちょっと寂しいなぁ…。お金はおっかねぇのである。

そんな中、下流ポトマック河はなかなかリーズナブル(昨年中に申し込んだので$45)といえるだろう。近隣のホテルも安いし。探せば、ほのぼのとしたレースはきっと多いに違いない。そのうち、どれだけの大会に出れるかわからないけれど、少しずつでも発掘して楽しんでいければと考えている今日この頃である。
2月14日はバレンタインデーであったようだ。今の自分には全く無縁なのでどうでも良いことなのだが、今は昔1本$10もするバラを10本も買ってあげた(誰かはヒミツ)ことが懐かしい…。って、その14日(レースは翌日15日)に21州目であるアラバマ州のバーミンハムまで高級車便通マラソンに出かけた。便通マラソンにわざわざ出かける理由は2つ。一つは50州走破の一環であり、もう一つ(こっちがより重要なのだが…)はレース後のパーテーにて毎年本物の便通が10台当たるからである。便通の工場はバーミンハムから直ぐのところに所在している為に、スポンサーとして太っ腹になってくれているものである。ところがである…。大会数日前になって、突如インストラクションが送られてきて、そこに寂しい一言が…。ドアプライズの説明として、”No Mercedes this year…”と何気なく書かれていたのである。えっ〜〜〜〜。何の為に行くんじゃい…、と思ったものの、よくよく考えてみれば幾らなんでも自分に便通が当たる確率なんか大して高くないのだから、それだけを期待していく自分が悪いと言うものだ。尚、便通の弁護をさせてもらうと、不況で便通を提供するのを止めたというケチ会社でなく、その分恵まれない人たちに寄付をしたのだそうである。流石、世界の便通!

アラバマ州といったら人種差別のひどいイメージが付きまとうが、実際にバーミンハムは嘗てはアメリカで最も人種差別の酷い町で有名であったらしい。アジア人で移住する人は限りなく少なく、人口の僅か0.8%に過ぎない。今回の旅はこれがひとつの気がかりであった。まさかマラソンで走っている最中に嫌な思いはすることはないだろう、と思っていたけれど…。バーミンハムが生んだ有名人はライス前国務長官や陸上のカールルイスなんだそうだ。カールルイスといえば、嘗て長嶋監督が世界陸上かなんかで、カール!カール!と呼んだけど無視されたという伝説が思い出される(そんなことはどうでもいいですね、はい)。さて、実際のバーミンハムがどうだったか?答えは好印象であった。確かに何もない超度田舎である。一緒にランデブーを楽しんだおじょうちゃんとバスに乗って(25セント、太っ腹!)街中(何もない)を旅し、美味しいランチも楽しんだ(アメリカの不味い食事の中で、久々に本当に美味いと思った)。レースでのオーガニゼーション、ボランティア、沿道での応援(少ないけれど)は秀悦である。アジア人に対して差別は特に感じなかった。寧ろ、見たことがないので向こうも恐る恐るという感じであったに違いない。因みに、南部の英語はとても聞きづらく、またこっちが何を言っても通じないことが多い。ここでは大人しく英語のわからない外国人として振舞うしかない。

さて、いい加減レースを振り返ろうとしよう。今回の目標は4時間22分であった(1マイル10分ペース)。前回のアリゾナが4時間29分台だったので、ちょっとは上を目指さないと…。コースはハーフの距離を2回(同じループを2回走る)走るもので、圧倒的に参加者の多いハーフのランナーたちと13マイルまで一緒に走る。それに5人でのリレーも用意されており、こちらは最後まで一緒に走る。自分はこういう形式が実は余り好きではない。何しろ、ハーフやリレー参加者のペースとは異なるものがあるので、自分のペースが乱されやすくなるからである。だから走っている間も抜かしたり抜かされたりする人たちのゼッケンを確認しながら、フルマラソンのランナーかどうかを一々チェックする手間があるからである。本来であれば、フルマラソンは自分との戦い・自己責任なのだから、決して他のランナーのペースにかき乱されてはいけないのだけれど…。1周目は様々なペースの人たちと一緒。途中しばしば歩いている人を抜かしたが、これはフルのランナーは少なく、殆どがハーフやリレー参加者だった。フルなのに1周目で歩いていたら、長い1日となってしまうだろう(何のために遠くから高いお金をかけて走りに来ているのか?ということになるだろう)。2周目はかなり閑散としたレースとなった。それでも前後にポツポツとランナーがいるから、決して孤独感は感じない。コースはどちらかというと坂が多い。特に7マイル、20マイル前後はなだらかな坂が続き(決してキツイとは思わなかったけど、脚が重いお腹を運んでくれなかった…)、坂の苦手な自分としてはガマンするしかなかった。でも完全フラットだった4か5とかに比べたら実に満足感が高いものである。やはり、人生と同じで何も無いよりも楽あれば苦あり、苦あれば楽ありなのである。坂を上りきった爽快感は何ともいえないのである。

1周目は2時間05分前後(というのはハーフの地点の距離表示がおかしかったような気がする)で予定通り。これなら今日は目標達成できそうだ、後は20マイル前後の坂をガマンして少しでもロスをセーブ出来ればいいな、と思っていた。でも人生は思ったようには上手くは行かないものだ。坂を上りきってあとは下ってフラットなのに、スピードが乗るどころかどんどん落ちていってしまった…。あれ、また4時間30分か…。まあしょうがないな、でも歩かないぞ、とそれだけ。あとは楽しむだけだ。その気力だけで完走した。タイムは4時間28分台。アリゾナからは1分だけ速くなった(?)。フィニッシュは堂々のグリコだ。これで21州目達成。メダルは便通だ!これが欲しかった!でも一つだけ、後悔がある。25マイルの給水所にプレスリーがいたのだ。写真を取らせてもらおうとしたけど完走を優先させてしまった。NYにはプレスリーはいないんだよなぁ…。不覚…。

今回は数日前から風邪を引いてしまっていた。体調管理はマラソンの基本なのに、それが出来なかった自分自身を恥じている。練習不足は否めないけれど、せめて体調だけは万全にしておかなくてはいけない。次へのレースでの教訓にしよう。風邪で辛かったけれど、それでも完走できたことは少しだけ自信にはなったけれど…。

レース後は楽しみだったポスト・レース・パーテーだ。本当だったら便通だったのだが、気持ちを切り替え、代わりの賞品を目指す。TV(50インチ!当たったらどうやって持って帰る?)、黒ベリー、iPodなの、ランニングシューズ、等が当たる。食べ物は土曜日におじょうちゃんと行ったBBQ屋さんのサンドイッチである。ポークとターキーを一つずつもらい(本当は一つだったけど、拙い英語で喋ろうとしたら、哀れに思われたのか、もう一つくれてしまった)、無料のビールを楽しみ、大満足。一緒のおじょうちゃんはマスターズ3位に見事に入賞!そして、$$$も見事にゲット!そして、楽しみのドア・プライズである。抽選をするまあまあ近くに陣取っていたのだが、肝心なことに気がついた。ゼッケンを抽選箱に入れておかないと抽選に当たらないのだ(当たり前なんだけど…)。抽選が始まっているのに慌てておじょうちゃんが2人のゼッケンを抽選箱に入れてもらえるようお願いしにいった(そういうことを許してくれるのがアメリカの良い所である。良い意味でいい加減だ)。抽選箱から選ぶ人は明らかに上から順々にピックしているだけに見える。会場には少なくとも数百人以上はいる。その中から10人が選ばれる。まずはおじょうちゃんが選ばれた。あれ、もしかして本当に上からピックしてるよ。そうしたら自分ももしかして…。そう、自分の名前も呼ばれたのである。去年までだったら、実に2人とも便通ゲットだったのである!(因みに、おじょうちゃんは黒ベリー、自分はiPodなの?だった。オレンジの凄いやつである。)

おじょうちゃんと一緒に話していたが、パーテーには家族連れが非常に多かった。地元の人にとっては年に一度のビッグイベントだったのかもしれない。皆楽しんでいた様子であった。アメリカの大都市には見られない光景であった。アメリカの田舎ならではの光景であった。人間にとっての幸せってなんなのだろう。仕事をし、結婚をし、子供をもうけ、日曜には家族で教会に行き(アラバマ州は実に90%以上がクリスチャンである)、家族に囲まれて一生を過ごす、…。それは平凡かもしれない。でもその平凡こそが人間の幸せなのかもしれない。アラバマにはその人間の原点ともいえる平凡な幸せがあったような気がする。そう思ったら、心が急に暖かくなった。来て良かった。心からそう思った。

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