プロフィール

Author:走れけに〜
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに〜!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

Powered By FC2ブログ

FC2ブログ
2008年の入浴してぇ〜マラソンから早1週間。そろそろ完走記を書いておこうと思う。今年は色んな事が起きたから、その区切りというか禊のためにも、きちんと完走しておきたかった。今年はタイム的には酷かった…。1月の”出なかった世界マラソン”では、土曜日の半分マラソンの疲れで日曜日の全部マラソンでは途中すっころんで流血しながらも(俺はプロレスラーか?)5時間を超えてゴールした(歩きっぱなし)。2月の東京マラソンでは猫ひろしに2度も思いっきりぶつかられるし(何だったんだろ?)、最後の粘りが足りず2年連続サブ4ならず(しかも政治家のムネオにも負けた)という失態を犯した。3月の小岩マラソンでも後半とんでもなくスローになり4時間後半。同じく3月の山本譲二ア・マラソンでは後輩の応援の下、何とかサブ4を達成できたものの、それがピークであった…。6月のサロマ湖100キロでは意図していない関門ギリギリを演じ、制限の5分前に漸くフィニッシュするというとても危険な(しかしながら最高に楽しかったのだけど)レースをしてしまった。今年はこれで燃え尽きてしまったらしかった。8月の新メキシコマラソンでも前半の下りで疲れてしまい、15マイル位から殆ど歩いてしまった。10月の4か5マラソンでも暑さにかまけて半分地点から殆ど歩き(本人はシカゴの景色や応援を楽しんだつもりでいるが、これは負け惜しみである)、サブ5ギリギリのタイムでフィニッシュ。私生活でも春先には大変なことをしでかしてしまった(因みにその後、極めて健全な生活を送っている)。仕うし事も転職を繰り返し、昨年12月に転職して僅か5ヶ月で元の鞘に収まるということをしでかしている(職場では一時的出向をしていたことになっている)。日頃も走ることが減り(月に200キロ走れたら御の字。150キロも困難という情けない練習。幾ら中身が大切とはいえ300キロ近くを確保するしない限り決して速くはならないし、自らをランナーと呼ぶのはおこがましいし、きちんと練習を積み上げているランナーに大変失礼である)、食べてばっかり。体重は70キロを超え(一時の60キロを切ろうとしていた自分はどこへ行ったのか???)、体脂肪率も20%を簡単に超えてしまった(これも10%くらいまで行ってたのに…)。こんなことではダメだとはわかっていた…。でもその心とは裏腹にダメランナーは一向に反省する素振りすら見せない。そんなダメな自分を確信していたから、今回の入浴してぇ〜マラソンでは原点に戻りたかった。戻るしかなかった。まだまだ俺は生きているんだということを自分自身に証明したかった。タイムを気にせず、走ることを楽しい、うれしいと思えるようなレースにしたかった。そもそも自分はレースという言葉は嫌いである。優勝争いをするでもないし年代別のトップ争いをするわけでもない一市民ランナーにその言葉は似合わない。兎に角笑顔で走る、皆に感謝する、そのことだけを心がけようと思っていた。ただしタイムの目標はないと歩き続けてしまいかもしれないから、今年の参加大会での調子に鑑みて、目標はサブ5と設定。入浴してぇ〜でフィニッシュすると翌日の入浴時代に名前が載るのだけど、最近は5時間までのランナーしか載らなくなってしまった。だからせめて最終ページでもいいから自分も一部になりたくて5時間だけは死守したいと思った。しかし、自分は思うところが多い人間だなぁ。しかも時折自己矛盾も犯しているような気もする。もっと単純に生きれないものか?思ったところで達成できる目標なんか限られているし。けれど思わなければ達成することも無いから、まあいいか。相変わらず能天気な人間である。
さて当日。朝は早く起き朝ごはんをしこたま食べた。フルマラソンが自分の家から出発できると落ち着く。地方巡業が多いから、ご飯を食べれるというのは実は極めて贅沢なのである。アメリカの田舎にご飯なんかないし、当日の朝に好きなものを好きなだけ食べれるということは経験できないからだ。自分は迷わず納豆ご飯大盛りである。納豆なしの生活なんか考えられないのだ。大昔マンハッタンに住んでいた頃は、お金も無かったしアメリカに少しでも適応することを考えていたから(全くウブである。今では考えられない。今はアメリカよりも日本である!)、納豆を食べるという発想は全くなかった。今となっては、日本大好き人間になっているから、毎日日本食を食べないと生きていけない体になった。マラソンを始めてから、食事というものに多少なりとも気を使うようになってきた。カロリーはなるべく低いものを食べたり、量を自主的に抑えるようになった。マラソン様様である。ともあれ、地元の大会出場は気分が楽だし落ち着くなぁ…。
今年もいつものように、Westchester出発のバスに乗る。2号室さんが今年も隣に座ってくれた。2号室さんは今年は2時間50分切りを狙うと力強く宣言された。私は普段の2号室さんの猛練習振りを間近で見させてもらっているから、是非ともこの目標を達成して欲しいと心からそう思っていた。自分のような軟弱ランナーからすれば、何倍もの量・質の練習をこなすスーパーマンである。少しでもいいから近づきたいと思うのだが、正直離される一方である。“遅いやつほど練習しない”、これは実に真理である。
マンハッタンからバスに乗るためには、わざわざ電車に40分揺られ、更には5番街の42丁目にて長い列を1時間以上待たねばならなかった(今年は、何故か巧く分散させたらしくスムーズだったようだ)。それが嫌で嫌で(まあ、時間がかかるけれど、4万人が一体になれていた。これが入浴してぇ〜マラソンの醍醐味でもある)、他に手段はないのか?の問いに応えたのが、実に地元のランニングクラブに入会してからのことである。何だ、列にも並ばず、スタート地点に簡単に行ける方法があったんだ。初めてこのバスに乗った感動は忘れられない。何よりも普段一緒に練習しているランニング仲間が一緒というのがいい。スタートまでの緊張が解れるのも全て仲間のお陰だ。Westchesterバスに乗ってスターと地点に行くのはこれで何回目かな?それでもマラソンはスタート前から仲間に支えられていることを再実感した今年のレースである。
既に前のブログでお知らせしたように、何らかの手違いで一番前のグループからスタートできる幸運に恵まれた。2号室さんによれば、Westchester Track Clubのコーチ・マイクが気を利かせてくれたらしいのだ。WTCは一応NYを代表するランニングクラブなので、Local エリートの一定の枠があるのである。メンバーも多いし、特に今年は練習会にも殆ど参加できなかった。なのに、自分のことを選んでくれて凄く感謝している。もっと調子が良ければ尚良しだったけれど、これだけは仕方ない。いきなり速くなる特効薬や魔法なんかこの世の中には存在しない。マラソンというスポーツは実にフェアである。練習すれば速くなるし、サボったら遅くなる。勿論、才能もあるだろう。でも、才能に大きく依存する他のスポーツとは一線を画していると思う。あるドラマで言ってたっけ。“才能とは逃げないこと”。全くそのとおりだ。今年は自分自身から逃げていたかもしれない。人生諦めなければ道はきっと開かれる。こんな当たり前のことすら忘れていたなんて…。今年は兎に角練習不足の一言である。NYCマラソンは世界一の応援シャワーを最後まで浴び続けながら走れる言わば市民ランナーの晴れ舞台だ。走る人も応援する人も全て平等にそして一体になれる最高の舞台だ。そんな舞台に向けて納得のいく練習が積めなかったのは、お恥ずかしいことであった。でもせめて悔いのない走りをしたかった。それがせめてもの、自分に出来ることであった。例え遅くても笑顔を絶やさない走りにしたかった。そんな全く悲痛でない覚悟(?)をしてのレーススタートとなったのである。要は、物凄く楽しい入浴してぇ〜マラソンがいよいよ始まったのである。
(続きは明日以降です)
入浴してぇ〜マラソンはいよいよ明日である。心の準備はできているけれど、脚の準備は全くなっていない(正直、ランナーとしての体をなしていない)。でも今回は良い意味で力が入っていないので、ただただ楽しみな大会である。

今週は走れなかった。兎に角、朝晩が寒すぎ。朝は7時まで真っ暗だし、夜は真冬のように寒くてとてもじゃないが一生懸命走ろうという気にはなかなならなかった。単なる怠慢である。

木曜には駅すぽに行ってきた。入り口にて中毒患者のRFさんと遭遇。また中ではオケさんと遭遇。お二人とも余裕がありそうな表情だった。自分と違って頼もしい。さて、毎年思うのだけれど、”やってる”がスポンサーになってから入浴してぇ〜の駅すぽが年々つまらなくなってきているのは気のせいか…。大体、試供品も少ないし…。その点、4か5の駅すぽは広々としていたし、のんびりとしながらも楽しかった。ましてや、東京の駅すぽは完璧である。入浴してぇ〜もぼ〜っとしているとそのうち抜かされてしまうかもしれない。参加賞のTシャツは毎年色はいいけれど、デザインが良くない。もっと入浴らしいものが出来るでしょ、入浴にはあ〜てすとが沢山いるのだから…。昔のことを言ったら何だが、”やってる”がスポンサーになる前の入浴してぇ〜のTシャツ、そしてメダルは毎年凝っていた。自分にとってはどれも一生の宝物である。今のは…。自分も年を取った証拠かな…。

さて、不思議なことが起きた。今年の入浴してぇ〜では、タイムを狙っていないし狙うこともできないので、アサインされたWave2からゆっくりと走れるな(サブ5狙い)、と楽しみであった。番号も思いっきり5桁だし、後ろからのスタートで自分よりも更に遅いランナーを抜かす楽しみがあった。でも、駅すぽで番号をもらうと、何だか変な紙が入っていて、おめでとうございます!あなたはLocal Competitiveランナー(自分は間違ってもそうではないのに…)として選ばれました、云々かんぬん、なんかの怪しい勧誘まがいなことが書いてあって、デスクに行ったら何だか本来の5桁のでっかい番号と引き換えにちっちゃな3桁の番号をもらえてしまったのだ。これって、もしかして一番前からスタートできるの?何で???中毒患者の殆どの人は快速ランナーだから当然としても、自分のようなサブ5も危うい鈍足ランナーにこんな特権を与えていいの?と疑問に思いながら、折角の権利を使わせて頂くこととした(速いランナーを間近で見れるのは入浴してぇ〜では初めてなので、とても嬉しい)。だったら、きちんとトレーニングしておくべきだったなぁ…。だって、最初から最後まで一人も抜かすことなく、抜かされるだけで終わるランナーは4万人弱の中で自分だけかもしれないのだから…(冗談でなく、現実となる可能性大。でもかなり貴重である)。因みに、番号が笑わせてくれる。”696”…。何でいつもこういう番号なんだろう…(子供禁止)。

明日は楽しみだ。人生最良の1日となったらいいなぁ、と思う今日この頃なのである。

入浴してぇ〜マラソンまで、あと1週間。手元のマニュアルによれば、自分程度の走力のランナーは、不安にかられての走りすぎに要注意なのだそうである。タイムは狙っていないのだから、特に不安があるわけではない。寧ろ、弛んでしまった最近のランニングライフについて、一旦原点に戻りリセットをしてみたいだけである。今日土曜日は、ロッキーズにて一人で修行を積みなおしに行くこととした。ロッキーズは起伏があるだけに、ある程度のスピードを出し続けることが自分にはとても難しい。LSDペースでもきつくなるのだから、ちょっと速めを維持しようとすることは今まで余り試していない。そこを敢えてやってみたかった。

手元のマニュアルでは、今日は15キロとのことなので、1時間半から2時間弱を目標に走り出した。今日は紅葉を見るのも目的だったが、天気が今一で、しかも風が強かったので、明日の楽しみかな。でも、一ついえるのは、風が吹くと葉っぱがどんどん落ちていくのだが、落葉自体が実は大変美しいことなのである。落葉の絨毯の上を自分は走っていく。これは都会では余り味わえないことである。今日も贅沢な経験をしたことに感謝する。

今日の走り始めは快調。最高でも2時間しか走らないと心に決めていたから、意外にも最後までへたばらずに行けた。まあ、自分のレベルでは順調である。タイムを狙うのであれば、もっと負荷のかかる練習をすることが必要なのだろうけど、これで十分。今の自分に満足している。途中、内乃助さんと遭遇。かなり質の高い練習をこなしているようなので、入浴してぇ〜ではPRを是非とも狙って欲しいと思っている。

昨年まではHGに追いつけ追い越せでやってきたけど、今回は何の気負いもない。入浴してぇ〜は自分にとっては楽しむためにあるのだから、タイムなんか狙ってはいけない、ということなのかもしれない。

今現在、当日の天気はシャワーである(気温は60度と最高!)。因みに、もう一つのサイトでは55度で晴れの予報。しかし、アメリカの天気予報って本当にいい加減なものだ。いくらなんでも違いすぎる。更に因みに、5日くらい前までは当日は何と雪って予報だったはずなんだけど…。

ともあれ、本番が近づいてきた。自分に走るドラマがあるように、4万通りのドラマが1週間後に始まるのである。
入浴したいマラソンまで、あと2週間となった。今まであれば、この入浴したいマラソンこそが、年に1回の勝負マラソンであり(その殆どが夢の実現とはならずに終わってしまったけど)、この日こそが自分にとっての晴れ舞台となっていた。だから、その数週間前ともなれば、仕事なんか最早手につかないし、朝から晩まで緊張の連続であった。自分は緊張が好きである。学生や若い頃であれば、事あるごとに緊張していた。試験、試合、恋愛…。勿論、大人・社会人になっても緊張することはある。ただしそれは殆どの場合、大したことはない。営業、新規顧客への挨拶、セミナーの講師…。その緊張の度合いは若い頃とは比べ物にならないのだ。若い頃は、それこそ心臓が飛び出してしまうのではと思うくらい緊張感があったものだ。でも、大人になってしまうと何とかなってしまうことが始めからわかっているので(そもそも仕事は全く自分の人生からは必要悪なものとして度外視しているので、ある意味どうでもいいものになれ果ててしまっている…)、その緊張感は決して持続することはない。

以前から何度も話しているけれど、自分とランニングとの出会いは、元々は健康上の理由から来ている。そして、昔からの負けず嫌い(日本のある会計士の友達には、よくそう言われたものだ。ある意味合っていると思っている)が良い方向に進んだともいえる。その当時の医者(間違いなくヤブであるが、ある意味感謝している。あの時、ヤブ診断を下されなかったら、今の自分はないのかもしれない。でも未だにNYでヌケヌケと医者を演じているのには閉口している。さっさと辞めて欲しい…)に重度の糖尿病と診断され(この診断自体はその当時は正しかった)、このままだとあなたはすぐ死ぬよと宣告され、マラソンでもして健康的な生活をしようと思ったら、マラソンはとても危険だからトンでもないとのたまったものだ。そして、入浴したいマラソンへの参加が近づいていることで出てもいいかと聞いてみたら、その医者ときたら、即刻キャンセルしなさいとのたまったものだ。アメリカではセカンド・オピニオンを取ることが多い。当然、自分もそのようにし、もう片方の医者からは、糖尿病の人にマラソン程良いものはないからどんどんやりなさいと言われたものだ。自分の人生は自分のものである。決して医者のものではない。アメリカでは全てにおいて、At your own riskということが尊重される。自分で判断し、マラソンを継続することにした自分の判断は極めて正しかったのである(極めて珍しいことなんだけど…)。

さて今日は、久しぶりにロッキーズへ一人で出かけた。昨日はある用事で仲間と走ることが出来なかったから、その分走りたいと思ったのだ。春以来、車の運転が限定されていたから、ロッキーズに来たのは実にニャーママさんとサロマに向けてロングランをして以来である。ロッキーズは程よい起伏もあるので、ゆっくり走っていても適度な脚への負荷もあるしトレーニングには最適だ。季節的に、NY郊外はもうすぐ紅葉のピークを迎えようとしている。ロッキーズでの紅葉を楽しみたくて行こうと思ったこともある。残念ながら、紅葉はもうちょっとかかりそうだ。来週末くらいにはピークになるといいな…。さて、肝心のトレーニングであるが、出来たら最後のロングランとして4時間くらいは走りたいと思っていた。でも結果は3時間で止めてしまった。久しぶりということもあるだろうけど、これ以上走ると結構きついな、と思って…。またまた情けない自分が出た。まあ、そんなとこだ。それが今の自分なのである。でも、一つだけわかったことは、こんな大自然の中で走れることに感謝できる自分が居たことである。これは紛れもない。病気だったら走れないのだ。脚が痛ければ休みたくなるだろう。でも今日は3時間だけだけど走れた。自分なりにだけど、とても嬉しかった…。

入浴したいまであと2週間。タイムを狙うような偉いことは決して言える立場にいない。でも走ることに感謝し、そしてあのスタートの緊張感を今年も経験できる自分は極めて幸せである。あのドキドキ感はまさに若い頃に味わっていた緊張感に等しい。否、これは更に楽しい・嬉しい緊張感なのである。忘れかけていた気持ちを思い出させてくれるのが入浴したいマラソンなのだ。大人になってもこんな素晴らしい緊張感を得られる。マラソンは素晴らしい。
10月12日(日曜)は、楽しみにしていた4か5マラソンに参加した。タイムは限りなくワーストに近かった…。昨年は一人のランナーが亡くなるという痛ましいことが起きてしまった猛暑の中でのマラソンだったのだが、今年もそれ程ではないにしても、日中は80度を超え軽い熱中症にかかってしまった自分は途中給水所ごとに水をかぶったりしたものの、途中殆ど歩いてしまう結果となってしまった。タイムはサブ4を目指したし、途中までは今日は調子がいいのではないか、と勘違いをしていたが、矢張りそれは大きな勘違いだった。ハーフに達するまでもなく歩いてしまったのだ…。後半は特に酷く、殆ど全歩きであった。流石に、途中でこのままだと5時間すらも突破してしまうことが明らかだったので、最後の2マイルだけは普通に走った(一応、自分にも意地というものがあるらしい)。4時間ペースを超えてしまうと、殆どのランナーが歩いており、ましてや4時間半〜5時間ペースになると走っている人は皆無に近かった。最後の2マイルだけは、抜かされることもなく、まさにゴボウ抜き状態でとても気持ちが良かった(途中は完全に戦意喪失状態だったのだけど、すっかり戦意が戻っていた)。

シカゴへは、しばしば飛行機の乗り換えで空港には行くのだけれど、ダウンタウンに行ったのは、実に25年ぶりであった。その頃は高校生だったし、アメリカの大都市は怖いというイメージしかなかったので、その当時の心証からすると、イメージは全く異なっていた。確かに危ない場所もあるのだろうけど、観光客が行くところはNYと比べると綺麗だし、洗練されているような気がした。

当日は8時スタートだったので、5時前には起床し、いつものように朝食を。ここで食べ過ぎたのが痛かった…。途中からの熱中症だけでなく、食べ過ぎたせいで、気持ち悪くて今にも戻しそうになってしまったのだ…。マラソン前の食事にはいつも悩まされる。食べ過ぎてはいけないと知りつつも、途中でお腹が空く事の恐怖を考えるとついつい食べ過ぎてしまう。全く、人間と言うのは学ばない動物なのである。誰か完璧なまでのレース前の食事法を伝授してくれないだろうか…。

恥ずかしながら、ラップタイムを公表しておくことにする(これが自分への猛反省に繋がることを祈る)。
1: 8.14.52
2: 8.40.36
3: 8.45.58
4: 8.49.66
5: 8.47.54
6: 9.17.05
7: 9.03.20
8: 9.38.06 (早過ぎる壁がもうやってきていた…)
9: 9.37.03
10: 10.03.88
11: 9.59.95
12: 11.15.87
13: 11.08.39
14: 12.26.98
15: 16.05.80 (あ〜あ、どうしよう…)
16: 13.12.39
17: 14.20.26
18: 15.30.54
19: 14.01.48
20: 11.49.68
21: 17.00.96 (トイレ休憩をしたこともあるが、完全に死んでます…)
22: 10.55.56
23: 15.15.56
24: 10.48.09
25: 9.44.01 (最後の意地)
26: 9.47.84 (最後の意地Vol2)
+0.2: 2.11.71 (トータル4時間56分…)

まあ、歩きすぎです。もっと自分に根性というものがあれば良いのだけれど、体重は重いし、脚が全く持たなかった。今年は、サロマ100キロを完走してしまったことで正直燃え尽きてしまった(?)ようで、フルマラソンでは諦めが早過ぎるのだ。新メキシコしかり、今回しかり…。歩いている間、NYCに初めて走った時のことを思い出していた。あの時は、ブルックリンで歩いていたからなぁ…。クイーンズで遂には脚がつり、完全に倒れた時に、見知らぬ危ない兄ちゃんがやってきて、必死になって自分の脚をマッサージしてくれた。その応援に助けられ、その後も6時間近く歩きながらも、フィニッシュした時に大泣きしたもんだった。それが自分にとっての原点。それから、マラソンが好きになり、今日までやってきた。4か5マラソンはNYCほどではないかもしれないけれど、応援が心優しく素晴らしかった。走っている間、嬉しかった。歩いている間でも楽しかった。今回は、NYCの時と同じように、シャツの前面に”KENJI JAPAN”と貼り付けていったが、最初から最後までずっと自分の名前を叫んでくれていた。応援してくれた方には本当に申し訳なかった。一生懸命、声をかけて下さる方に負けないようにしたかったけど、如何せん脚が動かなかった。嬉しかったけど、悔しかった…。原点を思い出しながらも、本当の意味の感謝を自分はしていないのかもしれない。大切なことを忘れては居ないのか…。走ることは楽しいこと、そして感謝すること…。

今年は自分にとって、言わば挫折の年…。でも負けない。こんなことで自分に負けていたら、一生懸命に頑張っている人に顔見せすらできない。必ず復活して心から楽しかった、と言えるように、そして走れることに感謝し続けられるように…。原点を忘れずに、そして数多くの失敗レースを無駄にしたくはない…。


| ホーム |


 BLOG TOP  »NEXT PAGE