先日本屋で何気なく手にし購入した東野圭吾氏の’手紙’を読んだ(不朽の名作であるし、今現在のベストセラー文庫本である)。普段は夜更かししないのであるが、一気に最後まで読んでしまい、12時をとっくに過ぎていた(普段は11時になったら寝ている…)。自分がまだ若かりし頃、今は亡き父がよく言っていたものだ。人生何をしてもいい。ただ、人様には決して迷惑をかけるな、警察沙汰には決してなるな、と。家族の誰かがもし犯罪を犯したら、家族全てが被害者であり加害者なのだ、と。その言葉は自分の中では、とっくの昔に風化していたものだ。でも、この本はその父の言葉を思い起こさせてくれたものである。ストーリーは端的に言うと、強盗殺人犯の兄を持つ弟が、世の中の差別という壁に人生を翻弄されてしまうものである。弟自身には何の罪もないし、ましてやその嫁さんや子供にも何の罪もない。でも世の中ではそう捉えてもらえない。加害者の家族全てが加害者と同類なのだ。それが現実だし、それがおかしい事だとは誰もがわかっている。でも人間は差別してしまうのである。人生は不公平だし、差別のない世の中などありえない。自分らが生きる世の中は、国籍・人種・宗教・性別・職業・所得、全てにおいてそれぞれが異なっている。公平な世の中なんてありえないのだ。一方、そんな不公平な世の中にあってもスポーツだけは例外だと言われる。でもこれもやはり技量のある選手とそうでない選手との扱いの違いは歴然としており、やはり不公平だ!そう、一つだけ不公平を感じないスポーツがあるのだ。それはマ・ラ・ソ・ン。重いストーリーの本を読みながらも、ちょっとだけ心が救われる気持ちになった今日この頃である。