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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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2ヶ月で4回のフルマラソン参加を遂に達成した。自分としてはかなりの快挙である。数年前の自分からしたら想像もできないことで自分でも感激である。
さて秋のマラソン4回目はオクラホマ州タルサの第1回ルート66マラソンを選んだ。日本人は第1回と言う言葉に弱いし、何といってもルート66の響きに釣られて…。
コースはタルサのダウンタウンの中心から一瞬だけ古き良きアメリカを偲ばせるはずだったルート66を通り(結局どこがルート66だったのかわからないままレースは進み、そして終わるのであったが…)、アーカンソー河沿いをそのまま南に向かい、ハーフを過ぎてから元に戻ってくるという設定であった。参加者はフルとハーフで合わせて約2500人強、フルはそのうち約半分の1200人強だった。オクラホマ州は暖かいところと思っていたが、内陸に属するからか、たまたまかとても寒かった。いつものWTCユニフォームの下に長袖を着、下はお気に入りのCW-Xタイツ、そして頭にはこれまたお決まりのBuff、更には手袋、と完全防備であったので、途中の寒さは殆ど感じなかった。
スタートして間もなくルート66の看板を発見!これをバックに写真を撮ってもらいたかったが、ランナー以外には誰もいなかった…。
NYCマラソンから2週間しか経っていないので、無理は禁物。でも折角きたのだからと、迷うことなく3時間50分のペースメーカーについていくこととした。余裕があれば20マイル過ぎに飛び出してもいいし、そんなことできなくても最後までついていければPR達成になるし(今まで3時間50分を切ったことがないため、まずはこの目標を達成したかったのだ)、駄目なら駄目でのんびりとマラソンを楽しめばよいし、と何のプレッシャーもないままのスタートであった。
コースはアーカンソー河沿いといったが、簡単に言うと東京の荒川の土手の横の道を走るようなもので、期待が大きかっただけに景色を楽しむことには至らなかった。その分レースに集中できたともいえる。この荒川土手横は完全フラットで前方が丸見えでかえって走りやすい。退屈という見方もできるが、自分には3時間50分という目標もあったしペースメーカーに難なくついていけたので、コース云々は全く関係なかった。
途中までかなり順調だったが、10マイル過ぎ(ぐらいか?)にハプニングが起きた。いつもは大丈夫なのにこんなときに限って、左足の靴紐の輪(結んだときに出来るこの輪が大きいなぁとは気づいていたが)が気になり、気がついたときには右足をその輪に引っ掛けてしまい見事に転んでしまったのだ。でも何と柔道の受身じゃないけど、巧く転んだようで、どっかを強打するわけでもなく、他のランナーに大丈夫だべか?と心配されたが、ダイジョウビ、ダイジョウビと平然と答えられる自分がいた。念のために靴紐を結び直したのだが、ペースメーカーは遥かかなたに行ってしまい、普段の自分だったら、今日のレースは終わったな、サブ4に目標変更と思うところだったが、何故かこの日だけは違っていて、まだまだペースメーカーに追いつくチャンスはある、焦らず少しずつ追いつけばいいじゃないか、と思える自分がいたのだ。実際あとでマイル毎のラップを見ると、この転倒でタイムロスは殆どなかったのである。転んでも全く怪我もせず、しかも自然体でいられたのは、マラソン練習を通じた自分自身の成長の証なのかもしれない。
レースはそのまま問題なく進み途中までは非常に楽な気持ちであった。ところがどっこい、フルマラソンをなめてはいけない。いつもの鬼門である30キロの壁があるではないか。始めは数十人近くいた3時間50分を目指すランナーは一人減り、二人減り、気づいたときには5人程度になっていた。かくいう自分も18マイル過ぎぐらいから、今までのペースを維持するのが簡単ではなくなってきており、ここがガマンのしどころと必死に耐えた。しかも、ハーフ折り返し後は完全に向かい風となってしまい、辛くなってきた。が、折角ここまできたのだからと頑張れた。今日は、このままペースメーカーについて行こうとも思っていたのだが、途中21マイルぐらいでペースメーカーの一人が膝が痛くなってしまい歩き始めてしまった。もう一人も給水所で彼女を待つのか、ちょっと遅れ始めた。ここが勝負かなと思い、そこからは一人旅。ペースメーカーがいるとペース維持が楽だが一人だとよくわからないので不安ではある。でも残りはもう10キロもないからこのままで行けるだろうと未熟な判断をしていた。その後、1回折り返しがありペースメーカーにすれ違った。彼女たちは自分を覚えていてくれたのか、そのまま行け!と激励してくれた。でもそこからが辛かった。最後の数マイルは上り坂なのだ…。このままのペースで行けばギリギリ目標達成できるかも、とは思ったが、最後になってからの上りは一人では駄目だ…。やはり仕掛けるのが早すぎたのだ…。何とここで救世主が現れたのだ。そうなんです。3時間50分のペースメーカーが最後の上り坂で自分に追いつくや否や、私の時計は3時間46分よ、YOU CAN DO IT!と声をかけてくれたのだ。もっと腕を振って、とか即席コーチに早代わり。上り坂での最後の疾走でまさに息も絶え絶え。脚・体すべて泳いでいるのが自分でもわかる。でもゴールまでもう少し。こんなところで諦めるわけいかない。諦めることは簡単なこと。でもこれを乗り越えたとき今まで自分の知らなかった新しい世界が見えてくるはず、と信じて必死だった。
結果は、目標の3時間49分59分に9秒足りない3時間50分08秒。たかが9秒、されど9秒。でも自分は非常に満足している。それは自分を最後まで信じることができたから。まだまだ自分の知らない自分の存在を知ることができたから。そして何より、孤独のスポーツと思われているマラソンというスポーツが、人との交わり・支えあい・そして感謝のスポーツだということが改めて感じられたのが何よりの収穫だと思える今日この頃である。
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