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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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あれから早1ヶ月が過ぎた。蒸し暑いNYに戻ってから走るのを怠っていた。大きな目標を達成できた安堵なのか、一種の燃え尽き症候群にでもかかったか?どちらかというと時差ぼけでいつでも眠くて、走ることよりも眠りを優先したいというだけかもしれないけど。でもいつまで経っても、その余韻に浸り続けるわけには行かない。もう走るのはうんざりという気持ちも心のどこかにあったような気がしていた…。

今でも頭の中ではサロマでの13時間弱が鮮明に蘇ってくる。あの至福の時間は未だかつて味わったことのない幸せな時間だった。今となってもあの時の嬉しい楽しい気持ちの中にいる自分である。参加してよかった。少し長くなるけれども振り返ってみよう。そしてこれからのランニング人生への再出発を始めよう。

6月22日は予てからの夢の一つであったサロマ湖100キロウルトラマラソンに参加し、目標であった完走を達成することが出来た。タイムの目標もなく(12時間59分59秒というのはある意味狙っていたのではあるけれど)完走のみを目標にしたのは初めての経験である。人が未知の世界に足を踏み入れるとき、かなりの勇気を必要とする。怖いのだ。失敗したらどうしよう、完走できなかったらどうしよう…。でも人が挑戦するときに失敗というものはありえない。挑戦すること、それ自体が尊いことなのである。自分は何気なく、100キロを走れたら凄いなぁ、なんて単純な憧れから始まった。過去において10分のジョギングですらまともに出来ず、5キロのレースですら完走するのがやっと、フルマラソンでは6時間近くかかっていた落ちこぼれランナーが目指したのは100キロという自分には途轍もない長距離を完走することであった。人は夢を見る。そしてその夢を実現したいという欲望を持つ。多くの場合、それは夢のままで終わってしまうのだろうけれど、自分はどうしても実現したかった。夢は実現させるために見るものなんだ。そして実現できた。その嬉しい気持ちを伝えたいと思う。

サロマ湖は2007年も申し込みはしていた。でも様々な要因から昨年はドタキャン。そして、今年も最後の最後まで行けないかもしれなかった(実際、出発の朝まで心に葛藤があった)。でも自分は勇気を振り絞った。行かなければ何も始まらないのだ…。サロマは逃げるわけじゃない。毎年大会は行われる。今年行けなくても、来年いけばいいじゃないか、という人もいる。でも今年のサロマは今回限りなのである。来年行って完走できる保証なんかどこにあるのか。そもそも来年だったら確実に行けるというのか。行くな、という周囲の猛反対を振り切っていくことにした。大げさかもしれないが、NYを発つ朝の決断は、自分の人生を変えるものになったかもしれない。人生の評価は自分が死ぬときにしかされないだろうけど、自分には大きな行動になった。考える前に行動せよ、昔から言われているけど、時にはその無鉄砲さが裏目にでることもあるだろうけど、気にしない。人生は一度っきりなのである。今を楽しまなくていつを楽しむというのだろうか。

結構高額なツアーの中の一番安い民宿コースを選んだ自分だった。6名の相部屋になるとのことだった。アメリカに長く住むと、個人のプライバシーがどうしても気になる。当初は嫌だった(結果的には最高でした!)。しかも、旅行代理店から指定されたのは民宿というよりユースホステルだった(以下、YH)。相部屋って…。しかも食事とかちゃんと出るのかなぁとか、変な人と同部屋になったらどうしようとか、余計な心配ばかりしていたのだ。郷に入れば郷に従え。意外と楽しいものである。

6月21日土曜日の朝8時前の羽田発のJALで女満別空港まで飛ぶ。飛行機の中はサロマに参加するランナーで一杯。嫌でも気持ちが高ぶる。自分は朝から得意のカツサンドを食べた(朝から何故か売っていた。昔から何かあると前日には“カツ(勝つ)”を食べるのが自分のしきたり…)。流石に、朝からそんな脂っこいものを食べている人はいないなぁ。もしかして、しくじった?でも自分を信じないと…。ところで日本は狭い国だ。羽田から北海道の果てまで2時間もかからないで行けてしまうのだから。何故、人は自分の力でしかも13時間も走り続けようとするのか?非日常なことをして本当に楽しいの?と自分に問いかけながらもあっという間に到着してしまった。女満別空港は何も無いところだ。しかも外に出ると、滅茶苦茶寒い(10度くらい)。NYで寒さには慣れているし(マイナス18度で走ったことを考えれば天国かな?)、マラソンにはこれくらいがベストコンディションだ。まさに走るに相応しい環境といえば環境だ。サロマ湖、オホーツク海、といった大自然と共に走れる。なんて幸せなのだろう。バスに乗り、ナンバーを受け取るべく会場に向かう。バスの中では皆明日のレースに向けて一人で耽っている人が多かった(出発が早かったから眠いだけか?)。バスからのサロマ湖周辺の風景は素晴らしい(でも実は自分の住むNYの郊外に似てなくも無いんだけど…)。都会住まいだった昔だったら、どの風景にも感動してしっかりと見ていたかっただろうけど、自分も途中ウトウトとしてもいた。そう、自分は風景だけを楽しみに来たのではなかった。100キロを走りに来たんだった。1時間半も経つと受け付け会場に到着した(逆にいうとそんなに遠くからスタートするのだ…)。NYCマラソンのような華やかなEXPOとは偉い違いのかなり質素な会場だ。何も無いので、ナンバーをもらって、申し込んでた弁当を食べて(これ不要だったかな)、カニ汁を食べて、ビールを飲んで(地元の漁師が提供してくださったホタテを食べる時間が無かった…)、30分後にはバスに揺られてしYHへ。バスツアーの都合で、すぐにYHに行くか、開会式の始まる夕方までその場で待ち続けるか(4時間近くどうやって時間を潰せというのか)、のいずれかの選択を迫られた。自分は当然前者を選んだので、さっさとバスに乗り込んだ。実はこのカニ汁は最高だった。時間さえ許されればもう一杯頂きたかったのに…。さて、バスに乗ってそれぞれの民宿にランナーをおろしていく。YHに行くのは誰だろう…。途中3ヶ所くらいの民宿でどんどんランナーが降りていく。町中の民宿もあれば(これは便利そうだ!)、物凄く寂れたサロマ湖沿いの民宿もあった。意外とこういう雰囲気が嫌いではない自分なのだが、いざこういうところに2泊しろと言われると辛いかもしれない。そうこうするうちに目的地のYHに到着(残ったのは3人だけだった。寂しい)。サロマ湖の目の前で丁度65キロ地点(魔女の森とか呼ばれる箇所だと思う)にある(果たしてここまで辿り着けるかな?)。部屋は矢張り相部屋。風呂はいきなり入れるとのことだったので一番風呂を楽しむ。とても快適。戻って、レースの荷物の準備をしていたら、同部屋の方が現れた。その方から非常に有益なアドバイスをもらった。その方は5回目のサロマで完走率は半分。でもこのサロマが1年に一度の楽しみで毎年戻ってくるリピーターであった。制限時間が13時間というのが普通のランナーだと丁度関門に引っかかる微妙な時間なのだそうだ。14時間ならもっと楽なのに、13時間ということで多くのランナーが涙を飲む結果となる。でもだからいいのかもしれない(そこがかえってサロマを魅力的なレースならしめていると思う)。壁が少しでも高いほうがやりがいがあるというものなのかもしれない。さてその方曰く、サロマ完走のコツは80キロ関門突破を目指せというものだった。サロマに慣れている人なら、ほぼ全員が知っている事実だったのだが、それを聞くまでは正直自分は知らなかった。70キロ関門さえ突破すればあとは10キロを1時間15分ペースでも行ける(終盤になってこのペースを維持することは実はかなり困難なのである)とは知っていたが、彼のアドバイスは80キロさえ突破すれば、残り20キロを1時間30分ずつのペースでよいので、完走はほぼ約束されるというものだった。レースを100キロと考えずに80キロだと思いなさい。60キロまでいけたら残りは40キロではなく、80キロまでの20キロと思えばいいんだよ、というものだった。これは100キロという距離に正直恐怖さえ覚えていた自分には気分的に楽になるとても有難きアドバイスだった。そうか、80キロまで頑張れればいいんだ。でも、70キロや80キロの関門を突破することが自分にとってはとても難しいことだとはその時点では知る由も無かった…。

同じYHにアサインされていた中毒患者のニャーママさんもその後無事に到着。一緒に再び会場へ。時間が最後の方だったので、食べ物などは何も残っていなかったけれど、そこでは矢張り中毒患者のTomokoさんにも出会え(素顔を拝謁するのは実に始めてであった。先日のJapan Dayでの仮装しか知らなかったのである)、ますますテンションは上がる。明日、完走できたら最高だな…。
スタートは朝5時である。3時ちょいにはYHを出る予定なので、2時には朝食。1時起床(これは朝とは呼べない。夜中である。皆まだ寝ているようだったけど、どうせ時差ぼけの自分には全く辛くない起床時間である。でもレース中に眠気が襲ってくるのではないか、というのが最大の心配だった)。フルマラソンのときも、お雪師匠のアドバイスに従って、3時間半前までに朝食を済ますように心がけているが、ウルトラでもほぼ同じ。でも唯一異なるのは、ウルトラはフル以上にエネルギー・体力の消耗が激しいし、どうせレース中にお腹がすくに決まっているので、どんどん食べれるだけ食べておいた。YHの食事は予想以上に素晴らしい。食べ放題だし、全てが美味しい。夜中に食べる朝食は格別だ。満足。食べ終わる頃には吐きそうになるほどだった。食べすぎだったかな。食べ過ぎは愛敬として唯一の失敗はコーヒーを飲んだことである(と思う)。途中何度もトイレに行きたくなった。フルだと4時間弱の旅なのでガマンできてしまうのだけど、ウルトラではそういうわけには行かない。尿意を催す度にトイレ休憩を取った(特に余裕のあった前半)。実に5キロに1-2回行ってしまった(間違いなく前半だけで10回以上行っている)。男なので自然のトイレを使うので並ぶ必要はないけれど、それだけでも1度に1-2分のロスは普通に発生する。これだけで10-15分以上のロスは痛い…。さて、バスに乗る直前になって、いつものバフがバッグに見つからない。確か前日にきちんといれたのに。バフって自分にとっては欠かすことの出来ないランニンググッズである。汗が下に落ちてきにくいのだ。顔が汗まみれになるのが極度に嫌いな自分にとっては、これがないと不安材料が増えてしまうのだ。困ったなぁ。皆バスで待っているので、無かったら無いでいいや、と開き直りの気分になってバスに乗り込んだ(どうにかなるさ、と気分を落ち着けるのがウルトラでは肝要のようだ。慌てるのが一番悪い。因みに、お気に入りのバフは落ち着いてバスの中で探したらちゃんと見つかった…)。半日以上かけて走るウルトラでは焦りは禁物。もっとリラックスしないと。

4時前には会場につく。ここでまたTomokoさんにも会えた。仲間にスタート前に会えたのは良かった。必要以上に気分が高揚しないように気をつける。お雪さんへの連絡も忘れないように。最近は海外にも簡単に電話・メールが出来るのが本当に有難い。全く離れているような気がしない。師匠がそばで常に応援していてくれる。自分は一人じゃない。そう思うと、きっと完走できるという勇気が与えられたと感じた。

サロマの唯一の弱点はトイレである(トイレの話ばかりだが、ほぼ完璧なサロマの運営でトイレだけはどうしても気になるのだ。自分の敬愛するNYCマラソンも嘗ては酷い状態だった。男性はもちろん、女性も人前でせざるを得ない状態だった。それが数々の批判を受けて今では完璧といえるほどにまで改善している)。男はまだいい(その気になればどこでも出来る)。女性にとっては辛いと思う。サロマを絶賛する人は多いが、トイレの改善を求めるランナーが少ないのはちょっと残念だ。厳しい関門もあって、僅か1分でも重要なのにトイレに並ぶだけで5-10分のロスが簡単に発生する。そのせいで関門に引っかかってしまった人も実は多いのではないか。勿論、関門に引っかからない、トイレの時間も考慮したペースで走ればいいと言われたらそれまでだけど…。さて、スタート前の会場はこれから始まる100キロという長丁場の楽しみを控えて皆リラックスして楽しそうだ。アップしている人さえ居るが(必要か?)自分には出来ない。ちょっとでも体力温存しておかないといけない。

いよいよスタート。ニャーママさんと適当なところに潜り込んだ。皆これから100キロも走るんだな。ちょっとだけ緊張。とにかく、始めからゆっくり行くこと。きっと完走できるさ、そう信じて…。目標は前半1キロ6分30秒。フルと比べるとかなり遅いペースで行く。でも100キロという距離を走ったことがない以上、抑えに抑えていかないと、完走できるかどうか全くわからないし。真ん中あたりに並んだつもりだったが、僅か1分のロス。でもこの1分が後でとても重要な意味合いを持つことになるとは思ってもいなかった。とはいえ、周りはゆっくりペースが多い。皆意識的に抑えているのがわかる。ベテランと思しきランナーが、これでも速いなと言いながら走っていたので、自分も気分を落ち着けてゆっくりと走ることに専念することにした。意外と快調だ。このペースなら意外と結構いけるのかなという気にもなっていた。ところが、一度後ろを振り返ると、人が余りいないのだ。そうなのである。自分はいつの間にか後方につけていたのである(いつの間にか後ろはパラパラしかいないのだ)。完走率が70%程度とすると明らかにそれよりも後ろである。あれ、これって拙いのかなぁと思いつつも、ゆっくりと走り出してしまったのだ、歩きさえしなければダイジョウブなはずと自分を信じた。ちなみに、自分と同じくらいゆっくりと走り始めたランナーは同じように12時間台でゴールしていたように思う(最後のほうでも見かけたから)。制限時間ギリギリとなってハラハラするけれど、とても堅実なんだと思う。自分を信じること。今までの人生でこれほど自分を信じきったことはなかった。信じるものは救われると言われるが、まさにそのとおりだった。因みに、ゆっくりランナーの中に、サロマンブルーがチラホラ混じっていたことも精神的には大きな支えだった。彼らは既に10回以上サロマを熟知している完走のベテランであり、彼らが周りにいることは初めてのウルトラランナーには非常に安心な存在だった。サロマンブルーについていれば、ゴールに間違いなく近づける。そう信じた。なお、当初の目標は12時間59分59秒の最遅完走ランナーになることだったが(これは関門の存在を考えると実はとても難しいのであった)、結果的には狙わなくても現実にそれに近くなってしまった。決して、予定通りではなかったのである。

サロマは、スタートの湧別市こそ立派な町であるが、瞬く間に田舎の風景に変わる。その風景は如何にも北海道であり、とてもリラックスして走ることが出来た。自分の住むNYも田舎である。NYの象徴とされるマンハッタンこそ大都会であるが、一度郊外に行けば大自然に囲まれている。亡き父は北海道出身(夕張)である。小さな頃一度だけ父と二人だけで北海道に遊びに行ったことがある(しかも東京から車でだ)。4人兄弟のなかで何故自分とだけ行ったのか、その真相はもう知る由もないのだけれど、2人で行った北海道の大自然だけはしっかりと覚えている。その後も何度か北海道へは旅行に出かけているけれど、そのときの思い出は一生ものである。マラソン好きだった父に報いるためにも、初めてのウルトラマラソンは北海道にしたかったし、是非完走したかった。今回、サロマに行くことに拘ったのはそういう一面もあった。レース後、無事父に完走の報告が出来たことは大変嬉しかった。

さて、サロマのコースは非常に走りやすい。後半アップダウンがあるとは知っていたが、前半はフラットそのものだ。ここでどれだけ貯金ができるかが後半に大きく影響してくる。貯金しすぎても後半バテるだろうし、かといって貯金がないと後半の10キロ毎の関門突破が難しくなってくる。自分はどちらかというと、可能な限りイーブンペースで行って12時間台のフィニッシュを目指していたわけであるが、前半で30分しか貯金がないと完走はかなり難しいことを途中で知ってしまった。前述のとおり80キロさえクリア出来れば残りの20キロを1時間30分x2=3時間で行けるということは、裏返せば80キロまでの関門を突破するためには、80キロまでを10時間のペースで行く必要があるということだ。つまり、80キロまでは最悪でも10キロあたり1時間15分ペースで行かなければ行けないことになる。当たり前のことだったのだけど、そのことをすっかり忘れていた。100キロを13時間でいくイーブンペースでは関門を突破できないし、完走できないのだ!。そのことに気づいたのは60キロの関門でであった。60キロの関門までは確かにまだ余裕があった。でもその余裕は本当の意味の余裕ではなくて、ほんの気持ち程度の余裕に過ぎなかったことに気づいてしまったのである。それまで30分貯金があったはずなのに、60キロの関門が閉められた時刻のとき自分はまだ60数キロの地点にいたのである。もしかして、関門突破ギリギリなのか…。ペース配分のミス!そう、ちょっとでも歩いたりトイレに行き過ぎると忽ち関門ギリギリになってしまうことを意味していた。ピンチ!

ゆっくり走っていたためか、フルマラソンの距離まではまだ余裕であった。当たり前だ。このくらいの距離でへこたれていたら、その倍以上の100キロを完走できるはずないのである。途中、フルの距離まで行かぬうちに歩く人も時折目にし、ダイジョウブなのかぁと心配だったが、ある若いランナーが隣の知り合いに、“もう心が折れちゃったよ”と弱音を吐いていた。“まだ今からでも挽回できるよ”ともう一人は声を掛けていたが、ランナーは一度戦意喪失になって歩き出すと復活することはかなり困難を極める。彼らはもう歩き出しそうだったので自分は彼らのその後を知らないのであるが…。自分は“頑張りましょう!”とでも声を掛けたいが、そこまでの余裕はない。“まだまだこれから”と自分の心を引き締め、前に只管進むしかなかった…。そもそも、頑張れという言葉ほど説得力のない言葉はない。皆、頑張っているのである。これ以上どうしろというのか。

自分には一つ楽しみがあった。フルの距離を過ぎるとき、42.195キロ地点の標識があり、そこで記念撮影をしたかったのである。フルまでは余裕で行けて当たり前。だって、その地点ですらまだ半分も走っていないのである。あと60キロ弱…。今までフル以上の距離をレースで走ったことはない。未知の世界である。ここからが本当のウルトラマラソンの“始まり”なのである。フルだったら、ここで渾身の力を込めて、フィニッシュしているところであるが、まだまだレースは始まったばかり。これからが“スタート”だ。そう気持ちを持ち直して、次の50キロ地点に向かう自分であった。でも何故か余分な力はない。フルの距離を越えたところで、気持ちが異常に高ぶるわけでもなく、冷めている訳でもない。フルの距離を今通過したというだけのこと。左に見えるサロマ湖は悠然とウルトラランナーを迎えてくれている。自分もそれに応えるべく、自然体の走りをしたかったのである。雄大なサロマは、人生そんなに焦ってどうする。ゆっくりと自然に任せて生きなさい、と教えてくれているようだった。

42.195キロで記念撮影をする余裕のあった自分だけれど、実はそれ以降は殆ど写真を撮っていない。制限時間が厳しく、残念ながらその余裕がなかった。淡々と走る自分。自分のランニング人生における唯一の自慢は、一度もリタイアをしたことのないことである。どんなに遅くても辛くても笑顔でフィニッシュする。これが自分の信条である。日本のマラソン大会には“関門”なるものが存在し、ランナーの“完走”の喜びを奪うことがある。幸いにも自分が本拠とするアメリカでは関門というのは余りお目にかかれないし制限時間も大抵かなり緩いものであるから、こんな鈍足ランナーでも常に完走の喜びを味あわせてもらってきた。ところが、サロマの制限時間は上述のように13時間。厳しいなぁ。でもこの厳しさが緊張感を生み、大会の価値を上げているようにも思える。42.195キロを過ぎると、”未知との遭遇“状態になるランナーも多いのか、疲れているような人も多くなってきた。自分は前半をかなり抑えて走ってきたせいか、特にペースがガクンと落ちるようなこともなかったし(気持ちの上では)、このペースなら行けるかもしれないと見知らぬ残りの60キロ弱が楽しみとなった。目標ではフルの地点で4時間30分は切っておきたい所であるが、途中の度重なるトイレ休憩がいけなかったのか、4時間50分を超えていた。が、前半の貯金は確実に積み重なっているし(もし、イーブンペースで走りぬくのであれば、5キロ当たりで39分(7分48秒/キロ)でダイジョウブと思っていたのであるが、上述のようにそのペースでは完走できないのである。うっかりだった…)、順調と勘違いしていた。60キロを過ぎてからその勘違いに気が付いたわけだが、でもそこまでその勘違いがあったからこそ、気持ちは平穏・冷静でいられたわけだし、無理にペースを上げて走りのリズムが乱れるということもなかったのである。結果オーライである。

ウルトラの興味としてフルマラソンの時のような35キロの“壁”みたいなものが存するのかどうかを知りたかった。フルマラソンで恐らくは多くの男性ランナーが経験する(何故か女性ランナーは壁の経験をしない人が相対的にしかし圧倒的に多いように感じる。持久力のない男性にとってはこの壁を乗り越えるというのもフルマラソンの醍醐味・面白さの一つなのかもしれないけど…)のであるが(自分自身、上手く調整できたときには壁を余り感じることも無く完走できるのだが、そうでない場合には本当に辛い時である。自分は走りたいのに、脚が止まってしまい、気力だけで前に進んでいるのである。でもフルマラソンの場合にはせいぜい最後の1時間だけなので、何とかなるというのも事実である。でもウルトラでは…)、ウルトラでもそうなのだろうか。結論を先に申し上げると、NOであった(今回だけかも)。確かに、後半はペースが落ちていったが、フルマラソンの時のように、壁にぶち当たることによって、脚が完全に止まる途端に歩くようなスピードになり(実際、歩いている人と同じようなスピードとなる。でも歩くことは出来ない。そこで歩き出すと、フィニッシュするまでもう2度と走る事はできないのだ。精神的にも肉体的にも…)、どんどん抜かされたり、下手すると戦意喪失状態になる。今回のサロマではそういうことはなかった。大自然に任せてゆっくりと走っていること、そして完走したいという大人としてのの気力・執念がそうさせたのだろうか…。

そろそろタイムを振り返ってみよう。完走するということだけが目標だった自分にとっては余り意味のないものなのだけれど。(5キロ毎。カッコ内はそこまでのトータル)
5K: 33.43.52
10K: 34.08.00(1.07.51)
15K: 34.08.79(1.42.00)
25K: 68.07.07(2.50.08)(20キロ計測漏れ)
30K: 34.32.36(3.24.40)
35K: 34.17.62(3.58.57)
40K: 35.58.60(4.34.56)
45K: 34.06.27(5.09.02)(42.195K通過は4時間50分くらい。予定よりちょっと遅れ気味だが、関門の5時間30分は楽々クリア。ここでくたばっていては話にならない)
50K: 37.09.67(5.46.12)(関門は6時間30分。これも全く問題なし)
55K: 53.07.92(6.39.20)(レストステーションで15分も休んでしまった…)
60K: 35.11.73(7.14.32)(関門は7時間35分。この辺で、もしかしてこの後の関門がクリアできるかどうか心配になる)
65K: 39.52.71(7.54.24)
70K: 40.32.56(8.34.56)(関門は8時間45分。ヤバイ…)
75K: 43.13.84(9.18.10)
80K: 37.41.24(9.55.52)(関門は10時間。スタートでの1分ロスがあるから実に3分前での関門クリア)
85K: 44.03.80(10.39.55)
90K: 42.42.78(11.22.38)(関門は11時間30分。ここで漸く完走が見えてきた。歩きさえしなければダイジョウブだと…)
95K: 46.10.60(12.08.49)
100K: 45.17.00(12.54.06)(制限5分前での完走!やった~!)

自分にとっての失敗はいくつかある。今後そうならないようであればいい。
(1) 最近は膝の調子が良かったので、CW-Xを穿いていただけで特にテーピングとかしていかなかった。フルの距離を越えたあたりから右ひざに違和感を覚えた。そこからは膝に負担を与えないようにスピードの自重を更に余儀なくされたし(そもそも速くないから関係ない?)、最後まで持ってくれと祈るような気持ちだった。55キロのレストステーションで15分休んだのは、着替えをするだけでなく(これも結果的にはもしかしたら必要ないようだ。どうせすぐに汗で濡れる)何を隠そう膝にテーピングをするためであった。始めからやっておけばよかったのに、途中からでは効果は半減である。お陰でその後は、給水所ごとに冷水を膝にかけながら痛みをごまかすことになってしまった。特に、ワッカでのアップダウンは痛い膝に大変堪えた。でも痛みよりも気力が優った。だから完走できたのだけど。
(2) レストステーションでの休憩は5分にすべきだった。15分なんてあっという間である。僅か数分の違いが関門突破に響くとは思いもしなかった。ウルトラは13時間もあるけど、1分1秒を大切にすることが大切なのかもしれない。
(3) 何といってもペース配分のミス。前半を抑えすぎたようだ。お陰で関門ギリギリとなってしまった。でも今の自分では前半を思いっきり抑えたからこそ後半も脚がもったのかもしれない。もしかしたら、抑えたペースがベストだったのかもしれない。難しいところだ。でも次回はもうちょっと余裕のあるレース運びをしてみたい。
(4) フィニッシュ時点で走ってしまった。ゆっくりとゴールしたかったのだけど、後ろから思いっきり走ってくるランナーがいたのでついつい釣られてしまった(だからサイトで見れるゴールシーンはゴールを駆け抜けた一瞬しか映っていないのだ…)。次回は余裕のフィニッシュをする!

70キロ以降は余裕がなかった。かろうじて70キロの関門を越えられたけど、60キロ過ぎに自分がギリギリのポジションにいることに気づいてからは、余裕を持とうとしてもなかなか出来なかった。こんな場面でも余裕を持てないのは、人間的にまだ未熟なのだろうと思う。未知の世界ではあったけど、自分をとことん信じていればダイジョウブなのだ。自分は頑張ってきたじゃないか…。でもそうではなかったような気がする。傍から見れば80キロまでは死に物狂いだっただろう。現に80キロの関門は見事に3分前である。80キロの関門突破は、相部屋の方にアドバイスしてもらっていたから、ここで一つの達成感があった。たまたま隣で走っていたおじさんも、これで余程のことがない限り完走できるよ、と言ってくれた。後で気づいたが(必死だった証拠だ)、75キロあたりでのおしるこを自分は食べれていない(看板すらも取り外されていた、と思う)。これを目標にと思っていたがもう既になかったのだ(多分)。でも仮にあったとしてもとてもじゃないけど食べれる精神状況ではなかっただろう。これは次回での楽しみにするつもりだ。80キロを過ぎてからは、後は走るだけなのだけど(1時間30分のペースでよいのだから、本来であれば簡単な話なんだろうけど)、既に痛みの極限にまで来ている右ひざが始終気になっていた。右にオホーツク海、左にサロマ湖という大自然の中を走りぬける。そんな大自然と比べたら人間なんてほんのちっぽけな存在なのだ。日常の悩みや苦しみや怒りや悲しみは一体何のため?毎日楽しく生きればいいじゃないか、そして今走っている自然に身を任せ、決して気負うことも要らないし、のほほんと生きていこう。右ひざの痛みはあるものの、それに打ち勝つ精神力があった。完走も大切なことだ。でも自分はこの大会に参加した。確かにいたのである。それだけでも来た甲斐があったというものだ。人間は無二の境地に入ったときが一番強くなれる。走りのスピードは遅くとても弱弱しいものだったけれど、自分は今人生の中で一番強い自分になれたような気がした。

無事90キロの関門に辿り着いてからは、後は歩きさえしなければ完走できることがわかりきっていた(歩きさえしなければ、1キロ9分はかからないのだ。ただ膝に爆弾を抱え、全ての給水所で冷水を浴びる1-2分がとても痛い)。膝の痛みは消えることはないだろう。痛みと付き合いながら、黙々と淡々と走る自分。大自然に感謝しながら、ここまで自分を走らせてくれた自分の体に感謝し続けた。ただで寒い天候になったが、90キロを越えてからはオホーツク海からの海風がとても冷たくなった。思えば朝5時にスタートしたサロマは、既に夕方を迎えようとしていた。よく走ったなぁ。初めて走ったフルマラソンも長かった。NYCマラソンでまだスタートしたばかりのブルックリンで歩き始めた自分を思い出す。あの時はまさか将来100キロを走る自分など想像も出来なかった。フルマラソンで初めて4時間を切った時も嬉しかった。自分も一端のランナーになれたようだったから。そして今回のウルトラ。フルマラソンの2.4倍の距離は、長いといわれればそれだけの世界なのだけど、大人のそして贅沢な時間だった。フルマラソンまではどうしてもタイムを意識するのだけど、ウルトラではスピードやタイムだけではないというのは本当だった。ゆっくりと自分と向き合いながら、只管ゴールを目指す。フルではなかなかゆっくりと色々なことを考える余裕なんてないけれど、ウルトラは全てゆっくりと時間が過ぎていく。大切なものを教えてくれたサロマに感謝している。

ワッカを抜ければ、ゴールはもう直前だ。ボランティアの高校生や地元の人たちの暖かい”おかえりなさい”という言葉が心に響いた。こんな自分が完走できるという現実にほっとすると同時に、自然と涙がこぼれ始めた。一度サロマの魅力にとりつかれたら、毎年戻ってきたくなるのがよくわかった。サロマンブルーを目指す理由がよくわかった。自分は毎年戻ってこれるかわからないけれど、またサロマに戻ってきたい、完走したい、そう心から思った。
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コメント

待ってました~♪

けに~さん、サロマ完走記、待ってました~♪
読みながら、当日の感動がよみがえってきて
ちょっとうるうるしてしまいました。

来年、またサロマをご一緒できるのを
楽しみにしていますv-238

あ、でもその前にニューメキシコですね!

待ってましたよー

けにーさん、

いつかな、いつかなーと待っていました。
まるで一緒に走らせてもらったかのような気持ちになりました。

NYからはるばるサロマだけを走るために行き、見事にゴールされたのが素晴らしい!

100Kは本当に大人のレースっていう感じですね。

サンクス!

RFさん、ニャーママさん、
ウルトラマラソンって、フルマラソンやハーフマラソンとは別の世界ですね。今日のNYCハーフは、100キロを走った後だけに楽勝かなと思いきや(距離的にです)、そんなことはなかったようです。途中歩いてしまいそうなペースになりかけましたが(危うく2時間を超えそうだった)、しかしながら精神力で持ち直して最後の3マイルぐらいをごぼう抜き出来たのはサロマで完走できた自信からかもしれません。又もや感謝。本当に、毎年サロマに行ければとても幸せなのですが…。(行きたい!)
ともあれ、あとは8月31日のニューメキシコ・マラソンに向けて減量でしょうか…。

読みごたえある~

けに~さん、楽しんで読ませてもらいました。
このブログから静かなエネルギーが出てる気がしました。自分を信じて、夢を達成したという喜びが私にもじんわりと伝わってきます。本当に凄い、凄い。
100キロってどんな距離かなぁと考えてみました。うちからこの間行ったゴルフ場までがちょうど片道50キロです。高速道路を一部使って往復3時間の距離です。それを自分の足だけを頼りに走るんだ、、、

最高の思い出が出来ましたね!

全然話は変わりますが、中榮のカレーを先日テレビの特集でやっていて、思わず見入ってしまいました。「合い盛り」というのが人気だそうで、山盛りキャベツと共にレポーターが食していました。美味しそうでした。値段も安いですね!


感動!

けにーさん。ありがとうございます。感動しました。

まこちゃんさん、
凄くは無いですよ。でも、今一人で100キロ走れと言われても、絶対出来ない自信はありますね…。人間、決して一人では何も出来ないのです。人に支えられて生かされている。本当にそう思います。
ところで築地の中栄の事が紹介されてましたか。是非とも一度行ってみてください。合いがけ(3種類のうち2種類を選ぶ)されたカレーとキャベツを混ぜて食べたら本当に幸せな気分になりますよ。これで600円(今でもそうでしょうか)は安すぎです、はい。

Blue3さん、
あんがと。9月にまた日本に行くつもりです。そのとき、また走れますか?

ついに完走記が出ましたね!
やっぱりすごいですよ~~~!

ゆっくり抑える、大人の走りですね。かっこいい。

途中で撮った写真も何枚かあるのですが、そのうち別途アップしますね(フル通過地点、ワッカ、フィニッシュ後しかないけど)。
日本のNHKでは今年のサロマを走る夫婦に焦点をあてた番組(にっぽん夏紀行)が昨日あったみたいです。NYだと見れないのですが(多分)、番組紹介を読むだけでも、いい感じですね。(以下、NHKのサイトより引用)

北海道の夏の風物詩「サロマ湖100キロウルトラマラソン」。6月、青く透き通った湖の周りを2800人余りが駆け抜けた。全体の3割がリタイアする過酷なレースだが、選手の7割は40代以上の中高年だ。制限時間は13時間。途中で歩いてしまう人、足がつり倒れ込む人。苦痛にゆがむ顔。なぜ中高年ランナーは果てしない距離に挑むのか? 100キロの完走を目指す一組の夫婦を中心に、ランナーたちの「特別な1日」を追う。

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