何て情けない…。辛うじて2時間の大台は免れたが危ういところだった。今日は、マンハッタン・ハーフマラソン。自分にとっては今年1回目のNYRRレースである。今年も始まったと言う感じだ。今朝の天気予報はもしかして雪か、というものだった。実際、6時半に家を出たときには雪がちらついていた。でも極寒郊外と違ってマンハッタンは暖かい(?)。天気予報は見事に外れた。でもやはり寒い。暑がりの自分でも3枚着重ねしたほどだ(お陰でレース中に寒さは一切感じなかった)。NYRRのレースに行くと、中毒患者たちに会えるのが楽しみだ。馬次郎さん、オケさん、京太郎さん、2号室さん…。余りにも早いうちに並んでしまったせいか、殆ど一番前近くになってしまった(あ〜あ、ゆっくりスタートできない…)。てなわけで、今日のタイム。因みに今日は最悪でも1時間50分を切りたかった(括弧は目標とペースとの差異)のだけど、全く話にならない目標設定でした…。
1. 7.12.68(-1.11) (速すぎ…。もうこの時点で終わった)
2. 8.00.47(-1.34)
3. 8.18.65(-1.39)
4. 8.45.80(-1.17)
5. 9.06.06(-0.35)
6. 9.27.70(+0.28) (この辺歩いている人と変らないスピードとなってしまった…)
7. 8.41.44(+0.46)
8. 9.28.85(+1.51)
9&10. 18.03.16(+3.06)
11. 8.43.85(+3.26)
12. 8.56.61(+3.59)
13. 8.27.54(+4.03) (最後ちょっとだけ盛り返せて良かった。尚、2号室さんは自分より30分以上前にゴールし、帰り道にすれ違った…)
0.1 0.53.28(+4.06) なので、トータル1.54.06。(全体4989人中2221番ーぞろ目にあと一人!、男子3115人中1675番、年代別515人中279番、54.9%−平均以上でまだよかった…)
本当に痩せないと東京マラソンはとんでもないことになる。2週間後にブロンクス・ハーフマラソンがあるので、そこでは1時間50分を余裕で切ることが出来ないと、3週間後の東京マラソンでのサブ4は幻と化してしまいそうな勢いである。
マンハッタン・ハーフはかつては真夏に行われていた。自分には忘れられない物凄いタイムを出したのはまさにこのマンハッタンハーフである。それは2002年8月のことだった。レースの前日に日本から昔の部下が出張で来ており、彼らを食事に連れて行ったのだ。当然、飲み食いである。家に着いたのは2時くらいだったか?確か真夏と言うこともあり、マンハッタンハーフのスタートは7時くらいだったような気がする。睡眠不足、二日酔い、練習不足、そして暑さに負け、いきなり1マイルもしないうちに、歩きが入ってしまった。しかもフラフラ状態である。当時の自分には一度歩き始めたら、そこからの復活なんて不可能だ。13.1マイルの殆どを完歩してしまった。(そんな状態でレースに出るのは危険・失礼というのはわかっている。でも因みにこの2002年はギリギリ9回を走り、翌年のNYCマラソン参加につなげた年である。このマンハッタンハーフを完歩していなかったら、今の自分が無いような気がしている…)。タイムは何と2時間56分47秒(グロスは3時間を超えている。今と同様、NYRRのハーフには3時間の制限があるので、もしかして失格?と恐れていたがダイジョウブだった。尚、年代別でビリから5番(1414人中1410番!)、%が何と地上最悪の33.8%!)。それ以降、睡眠をしっかり取るというのが自分の確固たる信念となった(レースに限らず、普段もしっかり7時間以上の睡眠を心がけている)。尚、自分の最悪の順位は知る人ぞ知る20マイルレースでの323人中322番というものである。こんな輝かしい実績を持っている自分が何とか這い上がれるのである。きっと誰でもが自信を持ち、誰でもが中毒患者になれると信じる今日この頃である。
偶然にもちょうど、私も自分の練習日誌に、「睡眠は大事」と書いたところだったんですよ。
私もブロンクスに出ることにしましたので、ぜひ会場でお会いできるといいですね
ところで東京マラソンは、中毒患者のかたがたくさん参加されるようです。みなさんにとってよいレースになりますように。楽しみですね!