自分は数字が好きである(会計士ですから…。でも本当は何でも適当な性格の会計士でもある)。特に走るときは、中途半端が嫌いなのである。だから走るときは何らかの意味のある数字を達成しないと気がすまない。折角走るのだから何らかの記念として残したいのだ。先週のLSDでは3時間33分33秒という素晴らしい練習タイムであった(最後ダッシュしたらたまたまそうなっただけだけど…)。土曜のLSDでは、4時間4分4秒というこれまた素晴らしい練習タイムとなった。気持ちのよいまま家に帰ろうと思ったのだけれど、お雪さん・内乃助さんに駐車場で会ってしまい、あと55分55秒だけ走ろうと思った。約30分の緩やかな上りをご一緒しお別れした後、チンタラと下って駐車場に着いたら丁度5時間00分00秒であった(実際には55分56秒走ってしまったということになる。未熟…)。自分の数字の美学のハイライト(?)は、何と言っても今年1月のミシシッピマラソンでのフィニッシュタイムである。多少、調整はしたけど(最後の1マイルで速く走りすぎた…)、見事に4時間44分44秒であった。多分、一生の間でもう二度とこんな綺麗には揃わないだろうなぁ。身近では、正ちゃんの1996年のNYCMでのタイムが素晴らしい。当時はチップなんてなかったからガンタイム(グロス)のみが正式であり、また唯一のタイムである。彼のそこでのタイムは3時間00分00秒(!)なのである。あと1秒速かったら、スタートをもう1列前でしていたら、公式にサブ3ランナーとして認められたのかもしれないのである(勿論、自分は彼をサブ3ランナーと思っている)…。次なる目標は、HGの3時間44分13秒よりも1秒速い3時間44分12秒に他ならないのだけれど、将来的には3時間33分33秒のぞろ目を狙うために、日々走り続ける今日この頃なのである。初心者の頃には5時間51分24秒という恐ろしいタイムが残っているが、ここで5時間55分55秒を出しておくべきだったなぁ、と今更思ってもしょうがないかなぁ…。タイムはある意味単に偶然に過ぎない。しかしながら、必然でもあるのだ。自分がロッキーズを走るとき、今日は3時間走るぞ、となると脚が3時間の走りを覚えていて、勝手に3時間で終了すようになっている。2時間だったら2時間、3時間半だったら3時間半なのだ。普段は余り意識はしないのだけれど、いつもピッタリの練習タイムで終わってしまうのだ。目標タイムに合わせて脚が勝手に動く、何て不思議なのだろう…。世の中にはたまたまなんてことは一つも無くて、実はそうなるべく起きてしまうのかもしれない。まさに全ての出来事に偶然なんてものはなくて、必然的なことなのかもしれないのである。(と勝手に思っているだけだけど…)
さて、日本では日曜にサロマ湖100キロウルトラが行われた。自分も本当は出場しているはずだったけど、家族の事情があったので仕方ない。来年こそは、100キロを走破するつもりである。自分の目標はズバリ12時間12分12秒である(本当は11時間11分11秒とか狙うべきなんだろうけど、自分には難しいと思う)!(そもそも完走できるかどうか、と言うこと自体が問題なのだけれど…)
タイムなんかどうでもいいじゃないか、と思われるだろうが、一種の遊びみたいなものだ。こんなことで夢中になれるのも幸せなことではないか、と思ってしまう自分に他ならないのである。
ところで、お雪さんが土曜日に15時間LSD(日の出から日の入りまで)という金字塔を立てられた。自分の5時間LSDなど、単なるウォーミングアップでしかない。今度こそ6時間LSDを目指そうと思う。唯一幸いなことは、5時間LSDが余裕で出来たことであろうか。5時間LSDは恐らくは、フルの距離位の走行になるので、これを繰り返すと'壁’がなくなるらしい。実際、5時間LSDを行った後のファーゴマラソンでは、最後まで壁を感じることなく、しかもネガティブスプリットでフィニッシュ出来たのであるから、かなり自分にあった練習方法なのかもしれない。夏の走りこみは、ロッキーズでの5時間超のLSDを繰り返すことを心の中では密かに決めた週末であった。
かく言う私も、どちらかというとこだわる性質でして...。
正ちゃんの3:00:00は、切りのいい数字ではありますが、ランナーにとっては、ちょっと(とっても?)悔しい数字でもありますね。
5:55:55は、ウルトラ・レースなら可能ですよ
10:10:10だって、50:50:50だって、なんだってありですよ。
まあ、とりあえずは、ロッキーズでの5:00:00→5:05:05→5:55:55→6:00:00→6:06:06っていう感じですか
頑張ってくださいね
まだ半分生ける屍のお雪でした