ファーゴはアメリカの北の果てにある。NYから飛行機でミネアポリス/セントポールまで行き、そこからはレンタカーで4時間(約400キロ)。ミネアポリス/セントポールは、昨年走った双子都市マラソンが行われるアメリカの中都市でであるが、そこから車で数十分もしないうちに、人の気配の全く感じない何処までも続く広い大地と地平線まで広がる青空と沢山の湖や池(ミネソタ州は10,000Lakesとも呼ばれるくらい湖や池の多い州である。行ってみるとわかるが、大きな湖の中に大地がちょぼちょぼ点在するようにも錯覚してしまうこともある程だ)と馬・牛・バッファロー(?)・バイソン(?)がいるだけだ。人間の生活の気配は時々しか感じられない。(アメリカの田舎の人たちは、一体全体どうやって毎日を生き延びているのだろう。その地に多くの仕事があるわけでもなく大きな産業が栄えているわけでもなく、どう考えても裕福な生活なんてあり得ないと思えてならないけど、そこにはお金には代えられない人間にとっての最も大切な幸せが詰まっていると言うのだろうか…。)
車内では本来カラオケ大会が開催される(?)予定だったけど、お雪さんの独唱会であった。(もともとシャイ!な性格の自分には人様の前で歌うことなんて出来ない。飲み屋で歌っている自分は別人なのである。従い、今回は’心’の中で歌わせていただいた。)到着した金曜日は、アメリカの北の最果てにも関わらず、気温がどんどん上昇し昼過ぎには何と華氏90度近くまで。この暑さで翌日のレースが思いやられたのであるが、土曜のレースは50度程度の気温であった(何で1日でこんなに変わるの…)。前日が暑かったために、当日の気温予想にも余り耳を傾けることなく、肩の出たシングレットと手袋なしで臨んでしまった自分である。特に始めの3マイルぐらいは寒くて寒くて自分の格好のアホさ加減に大後悔していた。(いうまでもなく、皮膚感覚の違うアメリカ人はこんな寒さもへっちゃらなようで、上半身裸で走っていたひともチラホラ。どうなってんだぁ…)
さて、ファーゴはノースダコタ州(ピース・ガーデン・ステート、いかにもというネーミングである…)の最大の都市である(といっても人口は約9万人。州全体でも65万人しかいない…)。高いビルもなく、ショッピングモールといくつかのホテルとファーストフード屋と…アメリカの田舎のお決まり殺風景な姿である。けれど、自分の出場したファーゴマラソンはフォーゴの街の一大イベントである。街を挙げて、土曜のファーゴマラソン参加者を歓迎し、このお祭りを盛り上げようとしていた。
このマラソンでは最近鈍ってしまったタイム(もうサブ4からは半年間見放されている。体重も体脂肪率も半年前に比べたら著しい悪化を見せている。時が経つにつれ身体は老化を始め、体力は落ちていくばかりである。もう自分はサブ4を出せないのではないか、そんな不安がずっと心の奥底にあった。)に別れを告げたい気持ちが強かった。今回は少しでも真剣に走るために、カメラを敢えて持たずに頑張ってみよう、と自分なりに気合を入れたつもりだ。(だからレース中の写真は今回はない)
レースは8時から。レースのスタート・ゴールは師匠夫婦のホテルから目と鼻の先である。直前まで只管ホテルで準備をし、やるべきことは全てやったのだから、あとはレースを楽しむぞ!と気持ちをあらため、スタート地点へ向かった。ファーゴマラソンは他のハーフ・5キロ・マラソンリレーと合わせて約6千人の参加。僅か3回目、そしてこのド田舎にあってこの規模に持ってこれたのは、レースに携わるオーガニゼーション、スポンサー、ボランティア、ファーゴの街、のお陰である。フルマラソン自体はまだ1000人足らずではあるが、前がつかえることもなく、レース中一人ぼっち(これが小規模レースの一番辛いところである)になったことは一度たりともなかったし、住宅街を走るためちょぼちょぼではあるけれど時折ある応援も素晴らしかった。(個人的には、太ったおばさん(?)がデッカイへそをさらけ出して謎の音楽に合わせて踊っていたのと、普通のおばさん(?)が一人でフラフープをしながら応援していたのがとても印象的だ!)普通は、数千人を超えるような大会だと、タイムの遅い人でもどんどん前に並んで、スタートした瞬間に歩き出して後ろから顰蹙を浴びることが多いけど、ここの参加者は皆謙虚なのか、スタート直前なのに、前のほうへ行くことも可能だった。自分は3時間50分のペースメーカーとスタートしようかな、という考えもあったけど、師匠夫婦に合わせて、前の方からスタート。当初はゆっくりと9分ペースで走り始め、ペースメーカーの到来を待った。(恐らく数マイルで追いつかれるだろう、そうしたらそれでついて行こう、という作戦であったが、数マイルしても特に抜かされるわけでもなく、後ろを振り返ってもなかなか見えないので、これはペースメーカーに頼らず行くしかないな、と作戦変更をした。この場合、特にレース後半でペースメーカーに抜かれた場合、自分の経験では99%の確率でそれ以降そのペースメーカーに追いつけなくなる。大抵の場合、ペースメーカーはずっとイーブンペースで走り続けるから、普通に後半ペースが落ちていくランナーにはこれを再度追いつく・追い抜くことはまず出来ない。そうするといつもの4時間超えのタイムが又待っていたはずだ。)…が、自分は最後までペースメーカーに抜かされなかった!目標達成だ!今回の勝因は以下の通り。
1.1週間前の直前調整が良かった。雨が降ったりもしたけど、1週間前は意図的に物足りないくらいに押さえるようにしていた。これで、前週までの脚の疲れが取れていたのだと思う。
2.サロマ湖のための練習として一度行った5時間走が良かった。人間と言うのは恐ろしいほどに高い適応能力を有しているらしい。一度5時間走を行ったので、脚が出来たことだけでなく、フルマラソン以上の距離を走ったこと、精神的な辛さを乗り越えたこと、が上手く作用したのか、自分にとって大きな自信となっていたのだ。レースでは自分を信じて(自信とは自分を信じることに他ならないのだから…)最後まで乗り切れた。壁は全くなかった。
3.レース直前の食事が良かった。今回は遠征ということもあり、米に代わるものを何にしようか迷っていたが取ったものはベーグル2個、ドラ焼き3つ、バナナ2本であった。(これはちょっと取りすぎのよう。次回はもうちょっと減らそう。折角持ってきたので、勿体無いので全部食べてしまっただけなんだけど…)結果的には途中でエネルギー切れになることもないし、3月のナショナルマラソン(DC)のように、途中気持ち悪くなるようなこともなかったので、まずまず成功だったのではないかな、と思っている。
4.フラット・コース。この大会では坂というものがほぼ存在していなかった。坂といえば、道路の下を通るときと一瞬ミネソタ州のムアヘッドへの行き帰りの橋を渡るときだけである。普段ロッキーズやスカースデールの坂道を走っているので全く気にならなかった。
5.師匠夫婦、中毒患者の存在。今回のPRは特にこのお二人を抜かしては達成できなかった。力強いサポート、そしてゴールで待っていてくれる安心感。人は一人でも生きていける。でも素晴らしい仲間に巡りあえれば更にその何倍、何十倍、何百倍も充実した生き方ができるのだ。大人の合宿第3弾は又もや非常に楽しかった!
6.始めゆっくりが非常に上手くいった(9分5秒)。結果的にはこれが後々功を奏したことになった。因みに、最初の1マイルが一番遅かったマラソンは今回が初めてである。そしてイーブンペースの維持が出来た。目標の3時間49分59秒達成のためには、1マイル8分46秒60以内で走る必要がある。が、今回はこのペースから大きく外れることが殆どなかった。
自分はほぼイーブンペースで走っていたので、PR達成は最後まで全く予断を許さなかった。前半ハーフは1時間54分ぐらいで行きたかったのであるが、1時間55分を20秒ぐらい超えていた。このままでは3時間50分は切れないのである。幸いにも、周辺にいいペースで走るランナーがダンゴになって抜かしにかかってきたので、大人しくついて行く事に決めた。13-16マイルでタイムが改善しているのはそのランナーたちのお陰だ。そうこうしているうちに後半になって貯金は20-30秒できるようになったけど、給水やサプリメントの補給に手間取ったりしたり、ちょっとでもペースが落ちてしまえば(ペースが9分になったらアウト!である)、この貯金はあっという間に借金へと変わる、ギリギリの言わば綱渡り状態だ。脚は最後まで持ったけど(最近痛くなったりする左足首と右膝も問題なかった)、ペースを落とせないだけに精神的には最後まで不安だった。自分がもうダイジョウブだと思ったのは26マイル地点を過ぎてから。ここでも30秒貯金が残ったので、PR達成を漸く現実視できるようになった。師匠は3時間49分になっても自分がゴール近くに姿を見せないので(もう59秒しかない!)さぞかしヤキモキされていたかもしれないが、自分はこのときは既に確信できていたのである。ゴールはファーゴ・ドームの中。前に一人ランナーがいたこと、頑張ればグロスタイムでも3時間50分切りが出来そうだったこと、そして1秒でも速く師匠に感謝したいと思いラストスパート(といっても残りはもう50メートル程度だっただろうけど)。夢だった3時間50分切り、そしてストロングフィニッシュ!ゴールした瞬間、師匠がすぐに駆けつけてくれた。師匠におめでとうと言われ、嬉しさの余り、心の中で大泣きした自分であった。(シャイなので人様の前で涙は見せられないのです…)今回のタイムは大方のランナーからしたら歩いても達成できるものかもしれない。大げさだと思う人もいるであろう。でも自分にとっては、とても大きな進歩なのであると考える今日この頃なのである。
今日たまたまランニングに関わるいい言葉を見つけた。
“Run the first third of the race with your head, the second third with your legs, and the final third with your HEART.”(レースの最初3分の1は頭で走りなさい、次の3分の1は脚で走りなさい、そして最後の3分の1は心で走りなさい)
誰だって後半は楽じゃないのである、辛いのである。最後は精神的な強さがモノをいうのがマラソンなのである。あと、色んなレースでよく見かける言葉だけど、次の言葉も好きだ(今回のファーゴマラソンでも見かけた)。
“Pain is temporary, but PRIDE is FOREVER!”(痛みは一瞬だけど、誇りは永遠だ!)日本語でプライドというと時には何か高慢な・自慢げな意味に聞こえがちかもしれないけど、ここでのPrideは自分自身に対しての誇り・自信・自尊心といった意味だけでなく周りの人に対しての謙虚さ・尊敬・感謝の心も含まれると考えている(自分の勝手な解釈なので間違っていても責任は持ちません)。マラソンをやると人間は謙虚になるなぁ…。
最後に今回のラップを。まさかこんなに予定通り事が進むなんて。後が怖い…。
1. 9.05.50
2. 8.43.37
3. 8.48.43
4. 8.48.10
5. 8.42.56
6. 8.39.82
7. 8.43.07
8. 8.42.87
9. 8.44.54
10. 9.03.07(距離がちょっとおかしかったような…)
11. 8.45.55
12. 8.55.03(ある掲示板によれば、この辺も距離がおかしかったようだ)
13. 8.39.62(13.1のハーフ地点では1時間55分21秒、目標より22秒遅れていた)
14. 8.39.39
15. 8.39.35
16. 8.33.17
17. 8.47.03
18. 8.41.72
19. 8.40.81
20. 8.48.21
21. 8.44.64
22. 8.42.18
23. 8.46.47
24. 8.59.73(給水に気が取られて押すのが遅れた。25マイル目がその分速くなっている)
25. 8.37.39(多分、8分45秒前後か?)
26. 8.41.38
0.2. 1.43.10
ネットタイム:3時間49分23秒(PR!!!)、1181人中346位、男子783人中279位、年代別147人中64位、ほぼイーブンペースそして人生初のネガティブ・スプリットも達成!
お雪さんはゆっくり走ってもマスターズ3位入賞($$$付)!内乃助さんはペース8分を楽々切るペースの好タイム!そして自分はPRとそれぞれが充実できたファーゴマラソンであった。レース後はファーゴの田舎町に更に1泊。大宴会であった。ビールもワインも食べ物も全部美味しかった!マラソンって本当に楽しい!次の目標に向かって、また走り始めよう!!
感動的なゴールでした。
最高の瞬間に立ち会うことができて幸せです。
ありがとうございました。
“Run the first third of the race with your head, the second third with your legs, and the final third with your HEART.”
“Pain is temporary, but PRIDE is FOREVER!”
どちらもいい言葉ですね。
私は、特に
『PRIDE is FOREVER!』
が好きですね。
今回の旅もいろいろとご迷惑をおかけしてしまいましたが、これに懲りず、また第4弾、第5弾とよろしく!!