今日、5月13日は母の日である。親不孝な自分は日本にいる母に何も贈れてやれなかったが電話だけは出来た。今年で65歳になる。若い母しか知らない自分にとって(今の母は自分が小学生に上がってからの育ての母。家を20年以上に衝動的に出てしまった自分にとって、その頃の母はまだ40歳代だったんだなって、今更思う。そして母に対する思いというのは、生みも育ても変わらないものです…)、母がもう65だしねって連発していたのに時の経過を感じた。おばあちゃんは何と今年95歳なんだそうだ。GWに母もおばあちゃんに会いに行ってきたばかりなんだそうだ。皆まだまだだったはずなのに、どんどん時間だけが経過していく。自分もいよいよ今週には42歳になってしまう。ついこの間まで子供だったはずなのに…。そんな自分も子供を持ち、今年には中学生。
母は自分の最近の写真を持っている。太っていた時期も知っているから、その写真の自分はガリガリに見えるらしい。そんなにやせてダイジョウかと聞かれた。マラソンをやっているからね、体重は少しでも少ない方がいいんだよ、でも今はその写真より戻っているよ、との答えに母は安心してくれた。人間は健康が一番なのである。母は8人兄弟ではあるけれど、昨年も一人亡くなった。人間歳を取ると、健康のことしか頭にないのである。40を超えてしまうと、人生半分を超えてしまっているため、自分の終がわかってきてしまう(悲しいことなのだけど)。仕事で大きな業績を残せる可能性があって、しかもそんなことに興味があるならばそれに残りの人生をかける意義も出てくるだろう。幸か不幸か、自分には仕事面での実績をこれ以上残そうとかそういうことには興味は全くない。母も、もうゆっくりしたら、どんなに稼いだってあの世にはどうせ持っていけないよ、あとは子供に自分の夢を託すしかないよ、と云っていた。母は現実主義である。頑張っても駄目なものは駄目だし、今を如何に有意義に生きるか人生を楽しむか、そちらに力を注ぎたい人である。そもそも3人ものむさ苦しい子供のいる(全て男!)家にいきなり31歳もの若さで嫁いで来てしまった母である。ある意味、人生に冷めてしまっているかも知れない。でもその母の苦労・貢献度は今になってよくわかる。我侭な父、自分勝手な子供達(自分も含めて)にも良く耐えてくれた。間違っても自分が女性であったならそんな人生を選ばないだろう。そんな中でも、自分にいつも優しい母であった。何か悩みがあってもいつも母に相談できたし、いつも最善の方向に導いてくれる母であった。そんな母ももうすぐ65歳。ここまで自分が来れたのもこの母のお陰である。元気に生きているのも母のお陰である。世界で最高に偉大であると感じる女性である。感謝(こんな一言で済ませられるものなのだろうか???)すると同時に、どうしても母に会いたい気持ちに掻き立てられてしまった。でも今度は一体いつになったら会えるというのだろうか…。
ステキなお話をありがとうございます。
私は、6年ぶりに帰国した際、母と大喧嘩をしてそのまんま帰ってきてしまいました。
取り返しのつかないことをしてしまいました。
母の日のお花も、事務的に過ぎません。
私はとんでもない親不孝者です。
けに〜さん、お母様を大切にね