今出張でIowa州(スー・シティー)に来ている。こんなとこに日系企業があるのである。聞くところによれば、この近辺には日本人家族は1件しかなく、近くの大学にも日本人は10人もいないらしい。来た当初の苦労は物凄かったらしいが、人間住めば都、今では生活にすっかり慣れて意外と快適なんだそうだ。ここで作られる(加工?)挽肉の一部は日本の某7−11のレジの横の肉まんの中身に使われているらしい。何気なく食べていた肉まんもこちらの色々な苦労を経ていることを知りこれからは有難く頂戴することにしよう(日本に行ったら)。
さて、東京マラソンについてもそろそろお終いにしないと、次のナショナル・マラソン(DC)になってしまう。あれからもう2週間が経った。レース前から降り続けていた雨もゴール後はすっかりと上がり、青空すら広がった。ゴールの東京ビッグサイトで着替えをし、夜の打ち上げ(ポンするめさんのご紹介により特別に参加させてもらった)に備えて、一旦戻ることにした。この東京ビッグサイトからゆりかもめに乗って新橋まで戻りそこから上野へ。このゆりかもめの車窓から見える東京は絶景である。実は自分はお台場辺りを知らない。NYに渡米した17年前にはこの辺りは全く栄えていなかったことだけは知っている。その大昔、デートで船の科学博物館に行ったことはあるが、周りには何もないし非常に不便だったことだけ覚えている。会計士受験生時代、先輩に気晴らしにこの辺に連れてきてもらって、誰もいない港をぼ〜っと見ていたこともあった。そういった何もない時代しか脳裏に浮かばないから、今は人気スポットのこの辺りにはビックリなのである。東京はどんどん成長している。自分の成長は完全ストップしている…。
さて、帰り道上野で下車し、上野公園を通って家路へ。今はもっとであろうが、2週間前でも上野公園には早咲きの何とか桜が既に開花し始めていた。

余り綺麗に撮れていないが、他にも思わず写真を撮る老若男女が大勢いた。
東京はもう春だったのである。寒いNYからは全く想像できないけど、2月でもう春がそこまで来ていたのである。2月のこんな時期に東京マラソンを開催することにはかなり批判もあったようだが(エリートランナーとは異なり、一般市民ランナーは寒い中を4時間、5時間かけて走ったり歩いたりするため、普段だと寒すぎるということだ)、神様はランナーに味方したということだ。確かにこの日この時間だけ雨は降ったし、寒かった。自分もいつものNYでの冬のレースの格好が必要だった。でも雨降れば地は固まるのである。第2回以降の益々の盛り上がりが今から楽しみでならない。
自分が東京マラソンに出た興奮状態で通り過ぎた上野公園には、時代錯誤(?)のロックンローラーの若者たちが、観衆ゼロの中ビールを飲みながら踊っていた。。

彼らには東京マラソンなど全く興味の対象外だ。マラソンって何?という世界かもしれない。それでいいのだ。人はそれぞれ異なる趣味を持ちそれに没頭する。そんな自分も昔はマラソンを走るなんて全く想像すらしなかった。それが、今では一つの趣味と言えるところまできた。98年に初めてNYCマラソンに参加したとき練習でも20分走れれば良い方で、本番でも当然のごとくブルックリンで歩き始めた。タイムは6時間近く。翌日のNYタイムスにも最終ページの最終行の最後の方に小さく名前が載っていた(と思う)。それから時間は経ち今では完歩ではなく完走できるようになった。東京マラソン沿道の声援は日本人の自分にはとても心地よかった。NYCは地元だけにとても心地よいが、東京も自分を受け入れてくれたことがとても嬉しかった。これは感謝という一言では済まないぐらい嬉しいことだった。これからも頑張ろう。走り続けよう。自分のために。家族のために。応援してくれる皆のために…。
その夜のチーム・べジーの皆さんとの打ち上げは楽しかった。皆、走ることが本当に楽しくて楽しくて仕方ないのである。走ることは決して辛いことではない。実に楽しいことなのだ。自分はこれからも楽しく笑顔で走り、自慢の(?)グリコポーズでゴールし続けようと思った今日この頃なのである。打ち上げで出会った何人かは今年のNYCマラソンにも来られるようだ。今から再会が非常に楽しみである。
楽しい東京マラソンでしたね。長い長い出走記、楽しく拝見しました。こんなにいろんなことをしっかり覚えていて、上手く文章にまとめられるって才能ですねー。
今年も11月にはNYへ行きたいなと思いつつ、僕もそろそろ次のレースに向けて始動しました。今週末10kmの予定なんですが、また雨の予報です(笑)。