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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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暖冬で天気も良いはずだった東京は、マラソン当日だけ肌寒く、かつ大雨に見舞われた。でも、沿道からの熱い声援、ボランティア・大会関係者からの熱いサポート、意気を感じて走る全ての熱いランナー達に恵まれ、異常なほどに盛り上がった”祭り”となった。とても楽しかった!やはり日本人は芯からのマラソン好きなのである。
自分自身、第1回だし・雨だし・寒いし・大人しい日本人だし、と正直いきなり失敗に終わる(ということは最初で最後の可能性…)かもしれないな、と思っていたのだが、さにあらず!日本人で本当に良かったと心からそう思えたマラソン大会であったのだ。
自分はもっと余裕を持って東京に行きたかったのであるが、仕事柄それを許す環境にはなく水曜の夜遅くまで働き木曜の朝に日本に向かうという強行日程(しかも月曜NYへ戻り)を余儀なくされた、ことは既に前回のブログで記した。実は更に木曜の朝にもオフィスへ行って、自分が不在中の間のインストラクションを部下等に直接伝えてからギリギリに飛行場に向かうということもせざるを得ず極めて慌しい日程となってしまった。(精神的に思いっきり疲れます…)
今回は一番安い旅行代金でありガラガラという噂のあった○ンチ航空を初めて使ってみたが超満員であり、食べ物は不味く、サービスも今一で個人的には余り好きにはなれなかった。特に帰りは不愉快な思いもしたのでこれについては別途記すことにしよう。
さて本題であるがここで記す総括編、Expo編、レース編、その他編と分けて書いてみようと思っている。まずは総括から。
今回は石原都知事の肝いりで創めたマラソンであり、NYCマラソンを初めとする世界を代表するマラソン大会をモデルとしながら、東京のド真ん中で一般市民ランナー3万人が走ることを実現させようとするものであった。ビジネスの1手段として使われがちな傾向にある大都市型マラソンにあって(ところでNYCマラソンはどうして毎年参加費用の大幅アップをしてしまうのか。確かにOrganizationは良くなっているだろうけど、INGがスポンサーになってからのNYCマラソンには商業主義の匂いがプンプン漂っていて余り好きではない。金を余分にかけられるのに、Tシャツやメダルのデザインがちょっとダサすぎる。昔のシャツやメダルは毎年テーマが感じられて非常に良かった。大会そのものも昔の参加者主体型の適当な感じが好きだったのに…)、一般市民の一般市民による一般市民のための大規模マラソン大会であった。勿論、結果的に東京のビジネス、観光、認知度、等が高まればそれに越したことはないのだけれども、少なくとも沿道の応援者・ボランティア・一般市民ランナーは純粋にマラソンが好きだったわけで、皆で一緒に盛り上げられた大マラソン大会となったのだ。今や世界のトップクラスであるNYCマラソンでさえ、第1回は誰も気付かないほどの小規模なレースであった。しかもコースは交通規制の必要がないセントラルパーク4周であり、今のような何万人規模でニューヨーク市5区を全て走るために1日中市内の車による通行が規制される形式になったのは暫くしてからである。それを東京は1回目から行った。日本人はやれば出来るのである。限界のない可能性を秘めた東京マラソン。日本人として誇りに思わざるを得ない。近い将来には世界を代表するメジャーレースにしたいようだが、必ずや達成できるに相違ない(自分は密かに将来は世界一のマラソン大会になる気がする)。何故なら、日本人は無類のマラソンが大好きな人種であり、今回のようなランナー・応援者・ボランティアたちの’笑顔’だらけのマラソンなんて他にはない!
以下良かったところを自分なりに簡単に書いてみる(これは私の知る限り、ほぼ全ての参加者・関係者が感じたことに違いない)。
(1)何と言ってもボランティアたちの頑張りに感動した。
自分はボランティアを経験したことがないのだが、きっと重労働である。一瞬に通り過ぎるランナーのために、でもその一人一人のために激励の声をかけながら、しかも最後のランナーが通り過ぎるまで、ずっと立ちっぱなしだ。このボランティアの方々がいるからランナーは気持ちよく走ることが出来るわけだし、彼ら無しでのマラソン完走など不可能なのである。今回は実に1万人以上のボランティアがいたのである。感謝の一言である。
(2)沿道の声援が予想以上に凄かった。
当日は寒いだけでなく、大雨であった。新宿副都心をスタートしたのであるが、スタート前は、これでは沿道に人はいないのではないか、と正直思っていた。ところがである。スタート直後から沿道には人人人なのであった。特定の知り合いランナーを応援しに来た人もいる。けれど、そうじゃない応援者も沢山いた。NYCマラソンではその殆どの応援は英語(当たり前か?)。自分はNYCでは日本人であることを誇示して走るため(JAPANと書いた紙を胸に貼る)、時には日本語で応援を受けることもある。ここは全て日本語で(これも当たり前ではある)”頑張って”の声援を延々と浴びた。気持ちよかった。日本人に生まれてよかった!マラソン前は日本人のことだから、大人しく東京マラソンを見守っているだけかな、と思っていたけど、全くその逆。多くの人は自分の声が枯れてしまうほど1日中応援を続けていたそうである。自分は途中何度嬉しくなって泣いたか。別にマラソンを走っていることが特別豪いわけでもなんでもないし、誰に褒められようとして走っているわけでもない。でも、見知らぬ人に、しかも生涯最初で最後にしか会わないだろうにも関わらず分け隔てなく応援してくれるのだ。応援する方もされる方も両方が一体となって楽しんだ、感動した。自分としては全くのランナー冥利だった。自分は予想通り足底に痛みが途中出てしまったが、1度たりとも歩いてしまおうか、という気が起きなかった。出たくても出れなかったランナーのためにも、折角応援してくれている人のためにも、最後まで笑顔を絶やさず頑張り続けたかったのである。他の日本人ランナーによれば、他の日本でのマラソン大会ではこんなに人が応援に来ることはあり得ず、また人がいてもただ見ているだけということが大多数らしい(日本人は恥ずかしがり屋なのです)。あの応援はNYCでも受けられるけど日本での応援は格別なのである。
ところで、公表データによれば、当日の沿道には178万人もの人々が押し寄せたのだという。自分的にはちょっと誇張に思えてならないのだが(そんなには流石にいないでしょう…。一方NYCマラソンでも200万人って言われるが絶対そんなにはいないと思ってしまう…)、実数はともあれ、その熱狂振りに励まされ、勇気・力を与えられ、笑顔がもたらされ、ランナー・応援が一体となった素晴らしい空間となったことだけは紛れもない事実なのである。
(3)NYCにはない給食(っていうんでしょうか?)があった。
マラソンは長丁場のレースである。自分も4時間程走っていなくてはゴールには辿り着かない。カロリー消費もかなりのものになるため、途中物凄くお腹が空くことになりやすい。今回はジェルを何個か携帯して走ったがそれだけでは自分の食欲を満足させることにはならなかった。コースの途中、日本らしく給食場があり、時には沿道の方々からの差し入れもあった。自分的に一番嬉しかったのはアンパンである。記憶が正しければ、30キロ前後の壁が訪れる頃だったと思う。思わず一つ口にした瞬間、”うまい!”と叫んでしまったような気がする。更には、”もう一ついいですか?”とずうずうしく聞いてしまった自分がいた。実はアンパンは1万2千個用意されていた様子で、食べやすく小さくしていたものの、本来はランナー一人につき一切れのはずだったのだろう(多分2切れ食べるという予想がなかったのでは…)。自分のようなずうずうしいランナーが複数(?)いたために、自分より後から来たランナーの分は無くなってしまっていたらしい。すいません…。その他、人形焼も途中にあったらしいがこれは知らずに通り過ぎていたようだ(残念…)。あとは、途中のオヤジが配っていた梅干(種を抜いてあった)。人生で最高に美味しかった梅干の一つである。これにも感謝!知る人ぞ知るのであるが、一昔前のNYCマラソンでも給食システムがあってレース後半に何箇所もあったものだ(バナナ、チョコ、ベーグル、飴等)。何故だかわからないが、いつの間にか消えてしまった。東京マラソンに大きく軍配の上がるところである。
(4)コースについて
自分は元々折り返しのあるコースや同じところを何周かするコースが特に好きではない。もっと色んなところを走りながら色んな光景や町並みを見るのが好きだからである。東京マラソンは都庁を出発し、お台場がゴールでありグルグル周回するコースではないものの、品川に行って折り返し、浅草に行って折り返し、と2回の折り返しがあった。その分、東京の他の町並みを見物する機会を失うことになるのでもっと東京を見たいなぁ(例えば、渋谷、原宿、六本木とかはどう?)、とかなり贅沢な気持ちもあった。あと、ゴールが東京の中心ではなくお台場というのも寂しくないか、という気持ちもあった。でも仕方がないのである。銀座のど真ん中を通り過ぎることが出来たのは物凄い快挙なのである。小さい頃、毎週末のように、家族で歩行者天国を端っこから端っこまで歩いたことがあった。優しい両親が一緒であった。あれから30年、楽しい思い出が詰まった銀座の街を走れる喜び。これが味わえて幸せだった。自分は日暮里出身である。その近所である浅草は今でこそ若者も近寄れる街であるが、自分が子供の頃は夜になると寂れた大人の街であった。それでもよく家族で遊びに行ったものだ。人のいない花やしきも大好きだ。そして浅草といえば5月の三社祭である。これは日本一のお祭りだ。中学校の時に通った塾も浅草だ。そんな思い出深い浅草を通り過ぎたとき涙が溢れた…。折り返しコースにしても実は楽しいということがよくわかった。同じところを走っていても見える風景がまるで違うのである。エリートランナーも沢山見ることができた(自分と何であんなにも違うのか…)。世界のトップランナーも見た。有森裕子も見た。谷川真理も見た。そしてBlue3さんの快走も見た。自分の後に延々と続いている笑顔だらけのランナーたちもいた。折り返しコースも決して悪くないのだ。せめて、ゴールとスタートをひっくり返せないか?新宿がゴールだったら最高なんだけど…。
次に問題点。
(1)荷物の受け渡しが酷い。当日雨だったこともある程度影響しているだろうけど、それにしてもあれはお粗末の一言。Nittsuの大きなトラックが何十台とあった訳だけど、自分の預けるべきトラックがどこにあるのか全くわからない。人によっては預けるのに30分以上かかったそうだ。自分のトラックは19番となっていたが、多分真ん中かなと思って人の流れについていったわけだけど、途中で反対側でしかも通り過ぎていることに気付き慌てて戻った。途中ですぐに気付いたからよかったけど、一度自分のトラックを通り過ぎてしまったら、戻るのは一苦労である(人の流れに逆行)。どこに何番のトラックがあるのかの表示が徹底していないのと(あれだけの人数で表示がしっかりしてなかったら探すのは困難)、トラックが大きすぎるのと(NYCのように小さいトラックの方が寧ろよかったように思える。レース後のPickUpでどれだけ苦労したか…)、が問題だった。自分的には流石は第1回で要領を得ていないなぁと思ったのと同時に、何故か大会の初々しさを感じて微笑ましかった…。レース後のPickはもっと大変だったようだ(自分の荷物は、たまたますぐに見つかってしまったのでよかったけど…)。人によっては、自分の荷物が見つかるまでに1時間近く要したこともあったという。一応、自分の荷物はこの山の中にあるはず、ということでボランティアに探してもらうのだが、完全に番号順に並んでいるわけでないので探すのにかなり苦労していた。これは思いっきり改善すべきだろう。特に今回は大雨の中、走ってウェアは濡れまくり身体は冷えまくり脚は疲れまくり、1時間待った人は辛かったでしょう…。
(2)給水の仕方
給水は2-3キロ置きに出来たし、数も自分の時には十分であったので大きな不満はない。でも、道の片側にしか給水がないのでその反対側を走っていると給水をするためにわざわざ横切る必要があった。だったら初めから給水場所の側で走ればいいのであるが、自分は折り返し後にすれ違うBlue3さんや他のエリートランナーを間近で見たいがためにどうしても反対側にいたかったのである。東京の道は狭いので道の両側に給水場所を置くのはスペースの問題もあるしなぁ…。でももっと問題はボトルで配る水である。スポーツドリンクはカップでしかも適量であったので非常に良かった。でも水は小さいながらもボトルのまま配布していた。どう考えても殆どのランナーには飲み干せない量である。自分は1口2口だけ飲んで残りは勿体無いが路上にばら撒いてしまった。例え暑い気候でもあの量は十分過ぎないか。貧乏性の自分は、心の中で残った水を捨ててしまい済まない気持ちで一杯になった。
(3)開催時期
今年は暖冬だったとは言え、東京の2月は寒い。しかも私的には海外で働く会計士にとって(12月決算会社が多いため実際の監査は1月から3月まで続く)、2月は最高に忙しい時期である。自分のことはどうでもいいのだけど、将来大雪が降ったらどうするのか。わざわざ海外から来て中止にでもなったら洒落にもならない。海外の大都市マラソンは、気温や天候の比較的安定する春先や秋に開催するのが普通だ。天候が安定しないNYCでさえ、11月第1日曜に開催して雨が降ったのはこの十年で1度しかない。他の大都市マラソンとバッティングさせない作戦も一法であるが、ポカポカ陽気の春先や秋の気配を感じる10-11月ぐらいに開催したらもっと楽しいだろうなぁ、と感じてしまうのは自分だけかなぁ…。
(4)トイレ問題
これが最大の問題だったようだ。兎に角、数が足りなすぎるのだ。自分は新宿に着くなり、駅の中のトイレを使用したが小に関してはガラガラであったため、特に問題なく終わったが、女性には地獄だったのではないだろうか。30分以上待たないと駄目だったようで、スタートしてからも頻繁にトイレ機会はあったがどこもかなり並んでいたようだ。確か、30キロ手前だと思うが、トイレがコース沿いの地下鉄の駅のトイレを使用してください、というのがあったように思う。これって階段を下りなきゃいけないわけで、走っている人に階段の上り下りは無茶です。やはり、NYCのような通称‘流しそうめん’(見たことない人は実際にNYCマラソンに参加して現場を見ると納得します)を東京にも導入するしかない、と真剣に考えてしまう自分なのであった…。
ともあれ、第1回東京マラソンは大成功であった。楽しかった。感動した。これは世界に誇れる日本の歴史の1ページである。何度も繰り返すが、日本人に生まれて本当に良かったことを実感したマラソンなのであった。傲慢な兄ですら(マラソンは生まれてこのかた走ったことがないし、思いっきり頑固で強面でマイペースな性格である)、来年は出てみたいなぁ、とノタマッていたぐらい影響のあるイベントである。自分自身、来年以降も機会があれば出走してみたいと思う。
折角走りながら写真を撮ったので(殆ど何これ、の世界ではある…)、それを織り交ぜてExpo編、レース編、その他に分けて明日以降書いていこうと思う(皆の記憶にあるうちに…)。
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コメント

感動!

v-276けに~さん!!
待ちに待ったレポート!
開けるなり、「わ~、長~~い」と正直ちょっとビビリましたが、気がついたら一気に読んでしまってました!!
素晴らしい!何がって?けに~さんも、東京マラソンも、ボランティアの人たちも、応援の人たちも、他のランナーの人たちも!!
どうしましょう...私も走りたい...でもいつ?

とにかく、感動をありがとうございます!
この後に続く、Expo編、レース編、その他+お写真、楽しみに待っています!

けにーさん。ありがとう!

感動のレポートありがとう!そうですか。やっぱり泣かれましたか。実は僕もです。あの夜の会で出会ったランナーの半分の人たちのような抽選漏れした人たちも含めて、本当にみなさんが、代表で出ているという感じがありましたよね。神輿の担ぎ役のような。浅草で小さな声で「がんばりなさい」と声を掛けている、腰の曲がった着物を来たおばあちゃんと目が会った瞬間、どっと涙が。20マイル過ぎ、苦しい表情の有森さんと一緒の時は、両側の沿道から「有森さんありがとう」の本当に本当に大きな大声援にどっと涙。日本人みんなマラソン好きなんですね。NYCで最初に1st avenueを体験したことを思い出しました。
ところで写真受け取られましたか?

ありがとう!

マラソンって本当に素晴らしいですね。これからも頑張りましょう。
Blue3さん、写真ありがとうございます。私が撮ったのはピンボケが相変わらず多いですが、別途お送りしますね。

こんにちは

ベジーの打ち上げでお会いしましたさまりすです。
いろんなことがありつつも感動のうちに帰国されたんですね。強行日程の中でお会いできてよかったです。僕も近い将来、NYCに出たいと思っています。

さまりすさん、有難うございました。”帰国”するなら”日本”に帰りたいです…。ともあれ、NYCマラソンも日本から十数時間もかけて来るだけの価値のあるマラソンだと思います。近い将来是非一緒に走りましょう!

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