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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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便通マラソンが無事に終わり、次の下流ポトマック河マラソンに向けての準備を始めなければいけないな。でも風邪を拗らせてしまっていて、今一走ろうという気力が起きない。情けない…。

さて、明日19日にはいよいよ今年の入浴してぇ~マラソンの申し込みが始まるようだ。何らかの手違いが無い限り今年で10回目の参加となる。目出度い。でも値段を見てビックカメラだ、じゃなくてビックリだ。NYRRのメンバーでも$138(プラス・プロセスフィーで$149)!海外だと恐ろしやの$231らしい。どうなってんだ!その分、走る環境が改善されているならいいのだけれど…。NYRRってNPOじゃなかったのか?とぼやいてみたくもなる。その大金はいずこへ?

最近、ランニング大会に出ようとするとお金がかかるのである。NYRRの普段のレースだって、いつの間にか早く申し込んでも$17になっているし(自分が入会した当初は$11でした)、地方のフルマラソン大会もいつの間にか$100近くても当たり前になってる。地方遠征の場合には、言うまでも無く、駐車場代、飛行機代、ホテル代、場合によってはレンタカー代等諸々かかり、適当に参加していればいいというものでないので、1回1回を大切に走らないと…。最早、ランニングは誰でも気楽に参加できるものではなく(普段の練習は無制限に無料だけど…)、お金を気にしなくてはいけない時代に変わってしまったのか…。ちょっと寂しいなぁ…。お金はおっかねぇのである。

そんな中、下流ポトマック河はなかなかリーズナブル(昨年中に申し込んだので$45)といえるだろう。近隣のホテルも安いし。探せば、ほのぼのとしたレースはきっと多いに違いない。そのうち、どれだけの大会に出れるかわからないけれど、少しずつでも発掘して楽しんでいければと考えている今日この頃である。
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2月14日はバレンタインデーであったようだ。今の自分には全く無縁なのでどうでも良いことなのだが、今は昔1本$10もするバラを10本も買ってあげた(誰かはヒミツ)ことが懐かしい…。って、その14日(レースは翌日15日)に21州目であるアラバマ州のバーミンハムまで高級車便通マラソンに出かけた。便通マラソンにわざわざ出かける理由は2つ。一つは50州走破の一環であり、もう一つ(こっちがより重要なのだが…)はレース後のパーテーにて毎年本物の便通が10台当たるからである。便通の工場はバーミンハムから直ぐのところに所在している為に、スポンサーとして太っ腹になってくれているものである。ところがである…。大会数日前になって、突如インストラクションが送られてきて、そこに寂しい一言が…。ドアプライズの説明として、”No Mercedes this year…”と何気なく書かれていたのである。えっ~~~~。何の為に行くんじゃい…、と思ったものの、よくよく考えてみれば幾らなんでも自分に便通が当たる確率なんか大して高くないのだから、それだけを期待していく自分が悪いと言うものだ。尚、便通の弁護をさせてもらうと、不況で便通を提供するのを止めたというケチ会社でなく、その分恵まれない人たちに寄付をしたのだそうである。流石、世界の便通!

アラバマ州といったら人種差別のひどいイメージが付きまとうが、実際にバーミンハムは嘗てはアメリカで最も人種差別の酷い町で有名であったらしい。アジア人で移住する人は限りなく少なく、人口の僅か0.8%に過ぎない。今回の旅はこれがひとつの気がかりであった。まさかマラソンで走っている最中に嫌な思いはすることはないだろう、と思っていたけれど…。バーミンハムが生んだ有名人はライス前国務長官や陸上のカールルイスなんだそうだ。カールルイスといえば、嘗て長嶋監督が世界陸上かなんかで、カール!カール!と呼んだけど無視されたという伝説が思い出される(そんなことはどうでもいいですね、はい)。さて、実際のバーミンハムがどうだったか?答えは好印象であった。確かに何もない超度田舎である。一緒にランデブーを楽しんだおじょうちゃんとバスに乗って(25セント、太っ腹!)街中(何もない)を旅し、美味しいランチも楽しんだ(アメリカの不味い食事の中で、久々に本当に美味いと思った)。レースでのオーガニゼーション、ボランティア、沿道での応援(少ないけれど)は秀悦である。アジア人に対して差別は特に感じなかった。寧ろ、見たことがないので向こうも恐る恐るという感じであったに違いない。因みに、南部の英語はとても聞きづらく、またこっちが何を言っても通じないことが多い。ここでは大人しく英語のわからない外国人として振舞うしかない。

さて、いい加減レースを振り返ろうとしよう。今回の目標は4時間22分であった(1マイル10分ペース)。前回のアリゾナが4時間29分台だったので、ちょっとは上を目指さないと…。コースはハーフの距離を2回(同じループを2回走る)走るもので、圧倒的に参加者の多いハーフのランナーたちと13マイルまで一緒に走る。それに5人でのリレーも用意されており、こちらは最後まで一緒に走る。自分はこういう形式が実は余り好きではない。何しろ、ハーフやリレー参加者のペースとは異なるものがあるので、自分のペースが乱されやすくなるからである。だから走っている間も抜かしたり抜かされたりする人たちのゼッケンを確認しながら、フルマラソンのランナーかどうかを一々チェックする手間があるからである。本来であれば、フルマラソンは自分との戦い・自己責任なのだから、決して他のランナーのペースにかき乱されてはいけないのだけれど…。1周目は様々なペースの人たちと一緒。途中しばしば歩いている人を抜かしたが、これはフルのランナーは少なく、殆どがハーフやリレー参加者だった。フルなのに1周目で歩いていたら、長い1日となってしまうだろう(何のために遠くから高いお金をかけて走りに来ているのか?ということになるだろう)。2周目はかなり閑散としたレースとなった。それでも前後にポツポツとランナーがいるから、決して孤独感は感じない。コースはどちらかというと坂が多い。特に7マイル、20マイル前後はなだらかな坂が続き(決してキツイとは思わなかったけど、脚が重いお腹を運んでくれなかった…)、坂の苦手な自分としてはガマンするしかなかった。でも完全フラットだった4か5とかに比べたら実に満足感が高いものである。やはり、人生と同じで何も無いよりも楽あれば苦あり、苦あれば楽ありなのである。坂を上りきった爽快感は何ともいえないのである。

1周目は2時間05分前後(というのはハーフの地点の距離表示がおかしかったような気がする)で予定通り。これなら今日は目標達成できそうだ、後は20マイル前後の坂をガマンして少しでもロスをセーブ出来ればいいな、と思っていた。でも人生は思ったようには上手くは行かないものだ。坂を上りきってあとは下ってフラットなのに、スピードが乗るどころかどんどん落ちていってしまった…。あれ、また4時間30分か…。まあしょうがないな、でも歩かないぞ、とそれだけ。あとは楽しむだけだ。その気力だけで完走した。タイムは4時間28分台。アリゾナからは1分だけ速くなった(?)。フィニッシュは堂々のグリコだ。これで21州目達成。メダルは便通だ!これが欲しかった!でも一つだけ、後悔がある。25マイルの給水所にプレスリーがいたのだ。写真を取らせてもらおうとしたけど完走を優先させてしまった。NYにはプレスリーはいないんだよなぁ…。不覚…。

今回は数日前から風邪を引いてしまっていた。体調管理はマラソンの基本なのに、それが出来なかった自分自身を恥じている。練習不足は否めないけれど、せめて体調だけは万全にしておかなくてはいけない。次へのレースでの教訓にしよう。風邪で辛かったけれど、それでも完走できたことは少しだけ自信にはなったけれど…。

レース後は楽しみだったポスト・レース・パーテーだ。本当だったら便通だったのだが、気持ちを切り替え、代わりの賞品を目指す。TV(50インチ!当たったらどうやって持って帰る?)、黒ベリー、iPodなの、ランニングシューズ、等が当たる。食べ物は土曜日におじょうちゃんと行ったBBQ屋さんのサンドイッチである。ポークとターキーを一つずつもらい(本当は一つだったけど、拙い英語で喋ろうとしたら、哀れに思われたのか、もう一つくれてしまった)、無料のビールを楽しみ、大満足。一緒のおじょうちゃんはマスターズ3位に見事に入賞!そして、$$$も見事にゲット!そして、楽しみのドア・プライズである。抽選をするまあまあ近くに陣取っていたのだが、肝心なことに気がついた。ゼッケンを抽選箱に入れておかないと抽選に当たらないのだ(当たり前なんだけど…)。抽選が始まっているのに慌てておじょうちゃんが2人のゼッケンを抽選箱に入れてもらえるようお願いしにいった(そういうことを許してくれるのがアメリカの良い所である。良い意味でいい加減だ)。抽選箱から選ぶ人は明らかに上から順々にピックしているだけに見える。会場には少なくとも数百人以上はいる。その中から10人が選ばれる。まずはおじょうちゃんが選ばれた。あれ、もしかして本当に上からピックしてるよ。そうしたら自分ももしかして…。そう、自分の名前も呼ばれたのである。去年までだったら、実に2人とも便通ゲットだったのである!(因みに、おじょうちゃんは黒ベリー、自分はiPodなの?だった。オレンジの凄いやつである。)

おじょうちゃんと一緒に話していたが、パーテーには家族連れが非常に多かった。地元の人にとっては年に一度のビッグイベントだったのかもしれない。皆楽しんでいた様子であった。アメリカの大都市には見られない光景であった。アメリカの田舎ならではの光景であった。人間にとっての幸せってなんなのだろう。仕事をし、結婚をし、子供をもうけ、日曜には家族で教会に行き(アラバマ州は実に90%以上がクリスチャンである)、家族に囲まれて一生を過ごす、…。それは平凡かもしれない。でもその平凡こそが人間の幸せなのかもしれない。アラバマにはその人間の原点ともいえる平凡な幸せがあったような気がする。そう思ったら、心が急に暖かくなった。来て良かった。心からそう思った。
今日のNYはちょっとだけ暖かかった。というよりは、寒くなかったというのが正確なんだろうけど、こんな日に走らない手はない。…といいながら、ブロンクス・ハーフは行くのを止めた。単純なんだけれど、駐車場がなさそうだから…。そんな理由でと言うことなかれ。毎年駐車しているリーマンカレッジの駐車場はスタートゴールの目の前にあるし、しかも終わってからすぐに帰れるベストスポットだった。ブロンクスハーフは寒いとか暑いとか中途半端な時期に開催されるちょっと可哀想な大会だったのだけれど、家から近く、車で行っても駐車場で気を使う必要の全くない大会で大好きだった。コース的にも、難しすぎず易しすぎず、しかもタイムが伸びるときはいつもこの大会だった。初の2時間切りもそうだったし、1時間40分前半がいきなり出たのもこの大会だったので、自分にはゲンの良い大会だったのだ。でも止めた。パーキングを探すのに苦労するのは嫌なのである。車でなくても行くことは可能だ。駅に車を停め、電車でマンハッタンまで行き、ブロンクスまで戻ってくる方法もある。でもこれでは、家を5時半くらいに出なくてはならない。車であればわずか20分でいけるのに…。NYRRはマンハッタンに住んでいる人以外を排除でもしようとしているのか…。

さて、その代わり地元で走ろうと決めた。ただ、高級車便通が来週だけに無理の無い範囲内で。家の周りは残念ながら走れない。雪がまだ融け切っていない。いつものブロンクス河公園道はどうか。これも所々は大丈夫そうだったが、いかにもスリップしそうなので止めた。ロッキーズにはトライさえしていないけれど、きっとまだダメだろう。そこで、2号室さんに以前から聞いていた検尿ダムへ行ってみた。ここは全く問題なく走れるのだ。散歩、犬の散歩、親子での散歩、と結構賑わっていた。雪が融けたばかりのせいか、水溜りがそこらじゅうにできていたけれど、大したことはなし。1周どのくらいのきょりなのかわからないけれど(だからGPS付きの時計をさっさと買えばいいんだろうけど。多分1キロよりは長いと思う)、1周7分ちょい(慣れてくれば6分30秒以内で1周できてしまう)で1周。目標は12周くらいと考えていたけれど、根性なしの自分は10周でへこたれてしまった(僅か1時間10分)。まあ、最近は全く走っていなかったから、こんなところで止めとかないと下手に故障なんかしたら困るし…。まあ、10周できただけでも御の字だ。今日走れたことに感謝だ!

今日はTVジャパンで、Always三丁目の夕日をやっていた。最後まで見たのは初めて。テンポがいいし、何よりも昔懐かしい風景が堪らない。自分が子供の頃もあんな感じだったなぁって、一人懐かしんだ。ジジババに行きたい、子供の頃に戻りたい、あのころに戻って人生をやり直したいなぁ。何気ないふとした平凡な人生を送り続けることが一番難しいんだよな、と認識する。お金なんかなくてもきっと幸せになれるのに、それがわかっているのに、何故人は違う反対の方向に向かっていくのだろう…。
毎日の忙しさに感けてしまっていた。毎日早朝ランすることもせず(寒すぎ、道が凍っていて危ない、とか色々と言い訳だけは相変わらず得意である)、仕事でバタバタ(一応ビジーシーズンだけど、余裕を持ちたいなぁ)、夜帰ったらバタンキュー、の毎日である。1週間日本に行って、心の洗濯をしてくるつもりだったけど、日本での仕事に加えてNYとのメール、電話、スカイプが立て続けにあった(便利な世の中になったはずなのに、心の豊かさや安らぎは全く思いとは反対方向に向かっていく…)。それでも皇居ランは欠かせなかった(今回は2回しか走らなかったけれど、いつ行っても楽しい大切なひとときだ!)。

気がつけば2月である。1月はロックン巻アリゾナに出ていた。寒いNYからほんの束の間に過ぎないけれど、暑いと感じられる場所にいたということで、アメリカの広さを本当に実感した。華氏で70度近くも違うのは異常である。体調の維持が難しかった。暑さにカラッキシ弱い自分には、肉体的には辛い大会だったけれど、タイムを狙わないマラソンの楽しさも同時に満喫できた。一応、それでも最後の数マイルでは4時間29分59秒を意識しながら狙ったけれど、残念ながら4秒ほどずれてしまった。修行が足りない…。実に、これで20州目を達成した。誰にも褒めてもらえるわけではないけれど、そして師匠のまだ4割にしか過ぎないけれど、自分にはとても重要なマイルストーンと言える。あと30州。コツコツと積み上げる、残りの州までわざわざ行き1歩1歩走る続けるしかその方法はない。先はまだまだ長い。それでももうすぐ半分が見えるところまで来たのだ。19州と20州では精神的に大きな違いなのである。自分にも大目標の達成が出来るかもしれない。漸くその実感が湧いてきた。次は15日の高級車便通マラソン。相変わらずの練習不足なので、とてもじゃないけれどサブ4の達成は不可能だ。せめて、便通の抽選会に遅れないようにしたい…。

相変わらずNYは寒い。駅からオフィスまでは歩いて僅か5分でしかないけれど、その短い距離ですら結構辛いものだ。ランチに外に出るのも躊躇してしまう寒さだ。そういえば、日本では小田原の方で、早咲きの梅の花が咲いているというニュースを見た(どうなってんだぁ…)。今年のNYの異常気象からして、きっと春の訪れは4月以降になることだろう。まだまだ先だ。人間、辛抱だ。それでもNYに春が来ている頃には、あと3回フルマラソンを走っていることになるだろう。会計士の仕事はある意味有難く、外に出たくない何もしたくない冬が最も忙しい(一般的には)。若手たちは、土日も関係なく夜遅くまで働いているようだ。自分には体力的に不可能だし、そこまで自分の時間を犠牲にしてまで得られるものなど何もないので働く気はない。その分、平日の仕事への集中度は若い頃に比べてかなり増したような気がする。如何に無駄な作業を減らし、作業効率の最大化を図ることに長けてきたからかもしれない。毎月のフルマラソン大会への参加を十分に楽しむためにも、仕事を如何に上手く進めるかが重要なのである。仕事と趣味、どちらが大切か?自分には明らかに趣味なのである。不況の時代だからこそ、心に余裕を持つことが生き延びるコツだと思っている今日この頃なのだ。

今日、気がついたら4月終わりに出る田舎音楽マラソンのホテルを取り忘れていた。慌ててサイトを覗くとホテルは既に殆ど売り切れであった(売り切れ早過ぎるよ!)。いつもは、ホテルと飛行機をまず最初に確保しているのだけれど、ホテルのことをすっかり忘れてしまっていた。趣味を最優先させる自分としてはバカであった。過去の経験からは、可能な限りフィニッシュの近くにホテルを確保するのが望ましい。特に、フィニッシュしたらその足で飛行場に向かいNYに帰ってきてしまうことが多い自分にとっては、ホテルが遠いのは芳しくないんだよなぁ。大人しく、飛行場の近くにホテルを何とか確保できたからまだいいけれど…。もしホテルが取れなくて行くのを断念していたら、単なるアホでしかない。最近のマラソンブームは全く変わっていないのかな(ますます1日も早く計画を立てていかないといけないなぁ)。アメリカがどんなに経済不況で落ち込んでいても、マラソンに出るランナーたちは別世界にいるようだ。寧ろ、不況だからこそ仕事とは全く関係のない余暇を楽しみたい、健康を維持したいと考える人が増えているのだろう。でも、ほんのちょっとした贅沢にすぎないのだけれど、得られる感動はPricelessなのであると一人喜んでいる今日この頃なのである。

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