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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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今日の世の中は、12月25日クリスマスである。一人で家の中で過ごし、しかも日本のTV番組やDVDを見ていると全くそれとは無縁である。寂しい時は、徹底的に寂しく過ごすべきである。一人でケーキを買ってきて食べたり、ツリーを飾ったりする余裕はない。

家に閉じこもりっきりは流石に気が滅入る。久しぶりにロッキーズに出かけることとした。一昨日、マンハッタンに出かけた際にはもう雪は無くなっていたし、家の周りも漸く氷だらけというわけではなくなってきた。とは言っても、万が一滑って転んだりしたら怪我をするだけでなく、車に轢かれて最悪の事態となるリスクがある。ロッキーズにはそういったリスクは全く無い。そして、道はきっと雪がある程度融けていて走れる状態にあるだろうと思っていた。もう何年経つだろうか、師匠夫婦やシャカリキさんとまだ雪の多少残るロッキーズでトレーニングさせてもらったなぁ。楽しかったなぁ。今日もそんな雪の多少残る雪道を走るんだな。そんな思いを心にとどめながら、一人ロッキーズへと急いだ。ロッキーズは、家から北に車で15分ほど行く。全くの自然に近い状態だから多少雪の融け具合は遅いかもしれないけど、これ程だとは…。いつものように下Pに駐車すべく、ローカルの道を車で向かう。今まで余り見かけたことの無いランナーを途中見かける。何でわざわざここを走っているんだろう。ロッキーズの中を走ればいいものを…。いつも車を停めるところには雪がまだ多く残されていた。それでも何とか駐車をし、ロッキーズの中に入るところで気がついた(何で気がつくのが遅いんだろ)。そう、走れないのである。雪がそのまま残っている。でも足跡も多少残っているし、軽いジョギングだったらできるかな、と思って、中にそのまま入りランニングを始めた。アイスバーンというよりは、多少雪が融け始めていて、下が物凄く柔らかい。足を取られてバランスを取るのに一苦労である。走っていれば、融けているところもきっとあると信じて10分走ったが、これは無理だ、と断念した。この状態で1時間以上走るのは危なすぎる…。きっと車で途中見かけたランナーたちも自分と同じことを考えたのだと思う。そこから慌てて外に出れる道を使い、道路に出た。先程のランナーと同じように…。普段車でしか走っていない道路というのは、いざ人間が走るとなると結構ハードである。くねくねしているし、アップダウンが結構あってキツイ。でも何もせずに家に帰るわけいかないし、と走り続けていると、後ろから来た車が止まった。あれ、何か悪いことでもしたのかなぁ。ここを走っちゃいけないとか注意されるのかなぁ?と不思議に思っていたら、何とRFさんだった。そう、彼もロッキーズに折角来たのに、走れないことに気がついたのである。

冬のNYの郊外にてトレーニングするのは雪が降ると途端に難しくなる。ジムにでも入っていれば、トレッドミルで走れるだろう。でも自分はジムには入っていない。ランニングを始めた頃は、NYSCに入会して毎日のようにジムに通った。10分も満足に走れなかった自分がいつの間にか20分、30分、そして遂には1時間くらいであれば何とかガマンして走り続けられるようになった。そして、レースではなかなか成果が出なかったものの、1マイル10分ペースを目標に頑張り続ける毎日だった。あの頃が一番がむしゃらだったと思う。暖かい日に、スカハイの400メートルトラックを80周する暴挙(?)を行ったのも怖いもの知らずの時代だったからである。ともかく、冬のトレーニングって難しいのだ。走るのは外で行うべきだというある人の教えに従い、それを忠実に守ると、雪が降るとどうしようもなくなる。でも、こんな状況がこの先続くのであれば、原点に戻ってちょっと対策を考えなくてはいけないな、と反省した今日この頃なのである。

今日は、教会のそばを通り過ぎると、多くの信者が来ていたようだ。今日は日系のスーパー以外で開けている店は滅多に無く、いつもは込み合う家の近くの中央公園通りも閑散としていた。でも教会の周りでは車が沢山停まっていた。自分には信じる宗教は特に無いけれど、また世の中の流れに全く付いていってないけれど、それも一つの人生なのかなとちょっと寂しいながらもこれでいいんだとも思った。一人で12月25日を過ごすと、言う相手もいないけれど、さり気なくメリークリスマス!
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週末は、金曜の大雪を受けて雪かきをする羽目になったけれど、日曜はRFさん家で、奥様のプロ並み(というかプロそのもの)の料理とビール、ワイン、焼酎を楽しんだ。

自分は念願の一戸建てを4年前に購入し今日に至っている。最近は金融危機に始まったゼロ金利政策で、モーゲージ金利も同時にある程度下がっており、毎日のように勧誘の電話が煩い。自分は地元の日本人のプロにリファイナンスをお願いしようとしていたところ、タイミングよく電話を受けたので、すぐさまお願いすることとなった。おとと、自分は専門家ではないからこれ以上リファイナンスを話題にしても意味は無いだろう。問題は一戸建てを持つことの一番の弱点は大雪になった際の雪かきだということだ。NYでは大雪といっても一冬にせいぜい5回くらいしかない。マンハッタンであれば暖かいし、自分が雪かきをしないといけない場面は殆どないはずだ。しかしながら、田舎ではたった5回の大雪ではあるものの、これを処理するのは実に重労働であるのである。家の駐車場に積もった雪をどけなくては、車で外出することが出来なくなるし、雪が凍りつく前にどけなければ歩いて外出することも出来なくなるという恐ろしい状況なのだ。自分は5回の大雪のために、立派な除雪機なんか買おうと思っていないので、全部手で雪かきをしなくてはならないのだ。スペースは車6台分くらいは優にある。まともにやると数時間平気でかかってしまうので、最近は最低限生活に支障の無い程度に抑えるようにしている。それでも1時間はかかるのだが…。しかも今週は金曜の雪では収まらず、週末中降ったりやんだりが続いたので、合計で3回雪かきをした…。お陰で週末走ろうと思っていたやる気はすっかりと失せてしまい、週末走行距離はゼロ!となってしまった。筋肉痛、疲労、だけが自分に残された週末となってしまうところだった…。でも神様はやはり我を見捨てないでいてくれたらしい。その後にはご褒美がきちんと用意されていたのである。

日曜の夕方にRFさん家にご招待を受け、手ぶらは拙いから何かないかなぁと家を物色していたら、戸棚の奥からまだ未開封の焼酎を見つけた。こんなのいつ買ったんだろう、と思ってせめてどういう焼酎かなと調べたら、穴の国際線でしか販売していない、と書いてあったので、そういえば昨年の12月にせんだみつおマラソンに行った際、何故か穴に乗って日本からの帰りに機内で買ったことを何とか思い出した。そうあれから1年経ったのか…。沖縄に移住してしまった妹と母親に会うことを目的にせんだみつおマラソンに出たんだった。楽しかったなぁ。二人とまた別れるときは泣いてしまったけれど…。自分はあれ以来、沖縄びいきである。それはさておき、ということは未開封の焼酎は1年以上そのままだったのか。飲めるのかなぁ…。2号室さんに確認すると、日本酒は味が落ちるけれど、焼酎は1年経っても大丈夫とのことだったので、もって行くことに決めたのである。ただ、そもそもの味の保証自体はないのだけれど…。RFさんの奥様の料理はどれもすんばらしい美味しさ!一緒に飲むワインも美味い!肝心な焼酎はどうだったか?…美味かった!更には、しほ先生の生のピアノも聞けたし、素晴らしい夜だった。皆さんに感謝!

たまにはパーテーもいいものだ。そしてランニング仲間との語らいも楽しい。ランニングを始めていなかったら、仲間も出来ていなかったし、そして楽しい一時を過ごすこともなかったのである。人生は偶然の積み重ねに過ぎないのだけれど、そんな素敵な偶然が続くのであれば人生とは何と素晴らしいものだろう…。
今日のNYは昼近くから大雪となった。事務所に行くことは出来たが、明らかに帰りが大変になる(普段40-50分の通勤が恐らくは3時間はかかると思ったので)ことがわかりきっていたので、家で仕事をすることとした。そもそも道路がスリップして危ない。まだ降り始めのときに、パンでも買いに行こうと思って車に乗ったのだが、家の近くの坂をゆっくりと下ったところ、何故か車が止まっていた。どうしたのかなと思ったら、中から女性が出てきて、顔面血だらけだった。そうなのである。スリップしてたまたま電柱に激突して、顔面を強打していたのである。勿論、車は前面部が大破…。助けて欲しい…、といわれた。見てみぬふりは出来ない。特に、この女性は日本人だったから…。911に電話をかけ、警察と消防車(とてつもなくデカイ車です)が来てくれて、この女性は助かった(と思う)。交通事故に何故消防車?と思ったのだが、消防隊員は色々緊急のFirst aidをしてくれてた。事故は怖い。たまたま命に別状はなかった(と思う)けれど一歩間違えたら命を失ったかもしれない。そうしたら、走ってる場合じゃない…。ちょっと運転が怖くなった…。皆さん、気をつけましょう!

NYは寒いだけでなく、雪もしばしば降る。今回の冬は例年と比べてもかなり寒くなるとのことなので、嫌だなぁ…。寒いのは防寒すれはいいだけだから何とかなる。でも雪で走るのはちょっと難しい。NYの場合には慣れていないこともあって、雪になると途端にパニックになってしまって、外に出るのは本当に危険なのだ…。今年は、マラソンのタイムがとても芳しくなかった。最近はこの体たらくに危機感を感じ、折角走るぞ、ってやる気が出始めていた自分がいる。でも、暫くは走れないかなぁ…。また最近腹が出てきているような気がしてならない(ズボンがきつい)。腹の出ているランナーってあんまりいないので、早くランナー体型になるべく、2009年はダイエットの年にすると密かに心に決めている自分なのである。更には2009年からはNY事務所も開くので、ちょっと自分を変えるべく、ランニングに関して、ある大作戦を考えている今日この頃なのである。
遂に、師匠夫婦が50州を走破された。おめでとうございます。そして、夢を与えてくださったことに対して感謝いたします。

さて、今朝の当地の日本語放送にて(小さな旅)、谷中が取り上げられていた(日本での放送は今年の春だったのだけど)。自分の生まれ育ちはとなりまちの日暮里だけれど、中学校は谷中・上野桜木に越境したため谷中は自分の青春時代の舞台である。谷中は未だに昔ながらの街並み、文化、情緒が残されており、日本に行く度に必ず立ち寄る場所だ。心が落ち着くのである。最近は外国人がしばしば訪れる人気スポットになっているらしい。確かに、谷中に行くたびに外国人を見かけることが多くなったなと感じていた。番組では、外国人も気軽に寄れる旅館や居酒屋等も紹介されていたし、世界で一番人が親切な場所だ、とある外国人は語っていた。また日本に行きたくなった…。

谷中は自分の日本でのランニングコースの一つでもある。最近は皇居ランに勤しんでいるけれど、弟の家に泊まれば、連日のように谷中・上野桜木・池之端・上野あたりをぐるぐる回っている。中学時代、陸上部の練習にも時折参加させてもらった。不忍池を何周もしたものだ。人間はいつまでも過去に頼る生き物である。今でも不忍池に行けば、そこを何周もする。まるで中学生に戻ったかのように…。

NHKの大河ドラマ、篤姫が最終回を迎えた。内容は触れるまでもないけれど、ご存知のように波乱の時代に活躍した彼女は今、上野寛永寺に眠る。寛永寺の隣が自分の卒業した中学である。その頃はそんな凄いところで勉強している意識は全く無かったなぁ…。因みに、自分の中学校の校庭のトラックは100メートルしかなかったので真っ直ぐ走る練習は出来ない。そこで真っ直ぐ走る練習をする時には、寛永寺の中を使っていたものだ(まるで秘密の練習場所だった)。そんなところに篤姫が眠っていたなんて…。自分の中学時代は全てが楽しい思い出であった。

人間は過去を振り返るのが好きな動物である。過去にしがみつきたいという方が適切か?それが良い思い出であれば尚更だ。なぜなら、結果がわかっているからね。それに比べて、どうなるかわからない将来には、不安を覚える。自分はどこに行くのか、何が待ち構えているのか、どういう結果になるのだろうか、心配は尽きない。今の時勢では尚更だ。将来が楽しみでしょうがない、なんて奇特な人は寧ろ少ないだろう。自分も将来が心配でしょうがない。でも楽しみが一つだけある。50州を走破すること。師匠夫婦が今日味わった感動を自分自身も是非味わってみたい。夢を実現するということは、どういうことなのか知ってみたい。そう感じた今日この頃なのである。
週末はロングランの日である。天気も晴れ(しかも雲ひとつさえない)となれば走りたくなるのはランナーの性というものである。ただ、寒すぎるのが難点である。今朝のNY郊外は華氏28度(体感温度は14度ー摂氏マイナス10度)だった。もう既にマイナス15度の状態で走っているから、寒くて走れないというのは怠慢な言い訳に過ぎない。大人しく防寒をして外へ出た。う~ん、寒い…。コースは家から初めて出る(ハーツデール)を抜け、サクソン森まで行き、格好つけてる(すかしてる→スカースデール)を抜けて家に戻る1時間45分コースである。このコースは以前は週末となると必ず走っていたのだけど、ロッキーズを知ってからは走らなくなっていた。アメリカにしては珍しく、歩道を走れることも多いので、危険は限られている。ただ、ここ数日の雨の影響でそこらじゅうで水溜りが出来ており、またこの寒さで凍ってしまっていた。転んだら大変なので、それだけは気をつけて走るようにした。このコースはアップダウンが激しく、脚を作るのに比較的適してると思う。ロッキーズまで行けばそれ以上の効果があるのは間違いないんだけど、車に乗っていくのが面倒で…。明日こそは、冬のロッキーズLSDを一人楽しもうかな、とぼんやりと考えている自分なのである。

さて、師匠夫婦の50州走破はいよいよ明日となった。50州を夫婦で達成すること自体、偉業であることは間違いない。アメリカの50Staterはおじいちゃん、おばあちゃんも多いから夫婦で一緒に達成するケースもかなりの数になるかもしれないし、日本人からすると想像も出来ないようなツワモノも多いことは間違いない。でも、師匠夫婦が決定的に凄いことが一つあるのだ。しかもこれは殆どの人には真似はしたくても出来ないのである(恐らくは、超エリートランナーでも無理である)。師匠夫婦は50州という量だけでなく、タイム・優勝という質も伴っていることである。フルマラソンを年間10回以上走るとわかることであるが、通常は本気で狙うレースとそうでなく練習がてらのレース(こういうのをレースとは呼んではいけないのだろうけど)に分けないと脚だけでなく身体が持たない(精神的にも辛いものだ)。50州を走破するコツは、タイムを狙わないこと。これは自分が50州を始めようと思ったときに聞いた話だ。無理をして故障とかをしてしまうと、忽ちやる気が失せ、50州を走るなんて気力が起きなくなる。タイムを狙わず、レース中ゆっくりと走ることを楽しむ、これが大切なのである。ところがである。師匠夫婦は、タイム・総合優勝・入賞という質も同時に手に入れた。ご存知であろうが、お雪さんに至っては、49州のうち11州にて見事な(総合)優勝、優勝以外の入賞は実に28州を数える(数え間違いがあったらゴメンなさい)。実に2割以上の確率で総合優勝を果たし、約8割の確率で入賞以上をしていることになる。これは快挙とか偉業ということばで済ましていいものなのだろうか、と思うくらい凄いことなのである…。自分には絶対追いつくことは出来ないけれど、周りにいたということが自分の人生にとっての誇りであり嬉しいことなのである。
今日はもう金曜日。一週間が、また何もやらないまま終わってしまった…。年の瀬が迫ってくると時間の経過が本当に早い。(だから師走というのだけど…)

今日の午後は見事に晴れた!昨日の雨は結構激しく、夜中でも雨音が結構していた。自分の家は築60年近くなので、何かと造りが古いのだけど、頑丈にだけは出来ており(知る人ぞ知る、アメリカは50-60年は当たり前、100年を過ぎても立派に残っている住宅が多い。昔は、大工さんが意気に感じて丁寧に作っていたのだそうである。古いのだけど、機能的にもしっかりときちんとなっているのである。兎に角、頑丈なのが一番気に入っている)、今まで特に問題が発生したことはなかった。しかし、何と雨漏りの音が屋根裏から…。おかしいなぁ…。調べてみると、ちょっと前に、屋根裏に湿気が篭らないようにと、屋根に窓を付けた(といっても穴を開け、窓の形にしてもらっただけだけど)のだが、そこからの様子だ。昔の部分には何の問題もなく、最近行った謎の業者の作業が適当なだけだった。アメリカの質はどんどん下がっているということか…。そうそう、話は晴れの話だった。昨日までが酷かったから今日は何と気持ちがいいことか。走りたい気分である。

さて最近、自分と同じ職業である(あったというべきか?)某女性が、結構活躍している(著書がことごとくベストセラーになっているし、新聞・雑誌・マスコミでの登場も数多いようだ)。NYの日系書店でも彼女の本は結構置いてあるし(売れているという証拠である)、名前を出せば誰でもすぐにわかる有名人である。ところがである。先日、日本に行った際に、彼女が自分の通っていた会計士の専門学校で教室運営をしていたのを知ってしまった。というか自分もその専門学校で同じバイトをしていたから、ウソでしょう、と驚くしかなかった。正直、この20年で最もビックリした瞬間であったと言ってもいい。会計士の友人に聞かされるまでは気がつかなかった。だって、当時の牛乳瓶の底のような眼鏡をしていないし、そもそも当時に比べたら激やせしたのだから。しかも、苗字が違うし…。私は、彼女の批判や悪口を言うつもりもないし、またその資格もない。寧ろ、大絶賛したいくらいなのだ。人間は変われるのである!私の人生において、これほどまでに変わってしまった人はいないと思っている(これって悪口かな?でもこれは事実ですよ)。その当時、某専門学校で、黒板を消したりレジュメを配ったり出席のハンコを押していたあの地味な女性が、今や日本を代表するトップ級の女性と知ったら…。

自分のことに話を切り替えよう。自分はランニングの世界を知ってから、それまでの暴飲暴食、朝帰り、等数々の悪行(?)を繰り返してきた人間とは思えないほど変われた人間の一人と自負している(上の某女性とどっちが変化が大きいだろうか…)。自分自身が一番それを強く感じているのだ。平日は夜中3時前に帰宅したことは殆どなかったし、休日は明けても暮れてもゴルフしかしていなかったしそれ以外考えようともしていなかった。金曜日に飲んで夜を明かし、そのまま徹夜状態でゴルフ場に向かったこともある。当然フラフラでスコアなど纏まるはずもないのだが…。今は、夜10時になればベッドに入っている。酒は殆どやらない(自主的には)。極めて健康的である。2008年はそのリズムが多少崩れかけたけれど(それが体重増、体脂肪率増に現れている)、2009年はその流れを今一度戻していきたいと考えている今日この頃なのである。
今日は雨。何故か暖かい。一昨日と比べると、50度近くも違うってどういうこと?昨晩は今日の雨を読んで、夜走ってみた。念のために、防寒していたのだけれど、不要だった。気温が50度近い場合には防寒は矢張り要らない。かえって、汗をかきまくりでばててしまったくらいである。

日本でトレーニング・LSD用のシューズを調達してきたのだけど、とても調子がよい。M社のは固いというイメージがあったのだが、意外にも実際に履いてみると、心配していた足への衝撃は少ないのである(というか不思議と全く感じない)。ランニングシューズのクッション性というのは、単に柔らかいかどうかという意味ではなく、どれだけ地面との衝撃を吸収してくれるかだ、というようなことを見聞きしたことがあるが、結構それに当てはまっているかもしれない。今まで何をしていたのだろう…。

さて、今日からN夫妻が50州の締めくくりとしてホノルルに行っている。日曜はホノルルマラソンである。50州目、銀婚式を、南の楽園ハワイで祝えるなんて大変羨ましいことである。思い返してみれば、ご夫婦には、かばん持ちとして色んな州に同行させてもらった。お雪さんが女子優勝を飾る一方、陰ながら4時間44分44秒のぞろ目フィニッシュを達成したミシシッピーマラソン(ミシシッピー州)。目標だった3時間50分切りをギリギリ達成でき、一緒に喜んでもらえたファーゴマラソン(北ダコタ州)。ご夫婦で2日連続マラソンという恐ろしいことを平気でこなし、自分の遅いペースに合わせてくれまでした(因みに、お雪さんは5回くらいトイレの行列に並んでかなりのロスタイムがありながら、トイレ休憩ゼロの自分は20マイル過ぎであっさりと抜かされてしまった…)、国のマラソン(DC)。ロブスター食べまくりの山砂漠島マラソン(メイン州)。自分の飛行機遅れまくりで、参加が危ぶまれたハプニングがあったけど、お雪さんがレースデレクターに掛け合ってくれたお陰で参加が可能になったデズニーの世界マラソン(フロリダ州)。どれもこれも思い出で一杯。それほど大人の合宿は楽しかった。大人になると無邪気にはしゃぐことなんてなかなか出来ないのだけれど、大人の合宿でははしゃぎまくった。今の自分が50州走破を目指すようになったのも、全てはご夫婦のお陰である。何となくそういうものがあるというのは知っていた。でもまさか自分がそれを目指そうなんてことは夢にも思わなかった。正夢(勿論、走破にはまだまだ時間とお金がかかるけど)にしてくれたことには感謝してもしきれないだろう。人は一人では生きていけないとよく言う。生きていくだけであれば一人でも不可能ではない。でも充実した楽しい人生を送るには、人との出会い・支えあいはMustである。今自分はそのことをあらためて思っているのである。

ご夫婦の50州達成はその一部でもお供できた自分からすれば、まさに自分事のような嬉しさだ。これからは独り立ちして50州を目指さなくてはいけない。でも、先人に少しでも近づけるように楽しみながら頑張っていこうと心に誓う今日この頃なのである。ご夫婦の暖かい地での偉業達成を寒いNYの地から心から願っている。
私事ながら、1月からまたまた職場が変わる。といっても転職ではなくて(しょっちゅうやりすぎ)、今まで働いていた新じゃーじー州から、新たに入浴州まんはったんにオフィスを開けることになったのである。自分はその所長として常駐する予定である。2001年の同時テロ以降まんはったんで働くのを止めていたのであるが、それ以降続けていた郊外への車通勤には余りいい思い出がない(特に今年)。混雑を考えると時間が読めないし、通勤時に新聞を読んだり読書に勤しむことが出来なかった。更には怠慢な自分にとっては、電車で寝たり一人ぼ~っとしている、というのが格別な贅沢な時間に思えてきて、そろそろまんはったん復帰を考えても良いかな、と思っていたのだ。たまたま、クライアントからの強いニーズもあって、入浴州に住む私にまんはったん勤務の役割が回ってきたのである。今朝には、運転中に隣のレーンで走っていた車がいきなり前の車に追突しているのを見てしまった。もう車通勤はいいや、という気分である。

まんはったんで働くことにより、自分のランニング生活は一変することを期待している。これまで憧れだった通勤ランや帰宅ランが可能になる(やらないと思うけど)し、春以降になれば仕事帰りにセントラルパークで走ってから帰る(シャワーはどうする???)ことも不可能ではない。マンハッタンに仕事で行くたびにマンハッタンでジョギングすることが言わば夢のように思えていたから、これは絶好の機会なのである。(昔みたいに、毎日飲みに行ってばかしにならないように気をつけます)

今年は人生において嫌なことが次から次へと起きてしまった(勿論、良かったことも多かったけど)。来年は良い年にしたいなと心から思う今日この頃なのである。(もう今年も終わってしまうんだなぁ…)
NY郊外では、日曜の午前には雪が降ったと思いきや、午後からはとてつもない強風が吹き、地域一帯は凍りつくような寒さに変わった。雪が降ったといっても、道路に積もるようなものではなかったので、その気になれば走れたのであろうが、根弱な自分はサボりという選択をさっさとしてしまった。実は、今日の方が遥かに寒い。今朝は華氏で18度(摂氏でマイナス8度)、体感気温としては華氏で5度(同マイナス15度)となっていた。いつものように万年時差ぼけの自分は5時前に起床し、多少の躊躇いはあったものの、日曜にサボってしまったこともあって、6時過ぎから5キロだけ走ることとした。勿論、防寒対策はバッチリして。普段だったら、必ず何人かのランナーを見かけるんだけど、流石に今朝は見かけなかった。家を出た瞬間は吐く息も吐いた瞬間から凍ってしまいそうで、俺はアホかと思った。でもこれがまた不思議なのであるが、一旦走り出してしまえば何てことない、すぐに身体は温まり、外気に晒されている顔の一部だけが冷たいだけだった(寧ろ気持ちよかった)。恐らくは1時間以上この気温で走ると身体に多少なりとも影響はあるかもしれない(ある人に言わせると、華氏20度以下で15分外気に晒され続けると、肺が凍るかもしれないとのことだった。本当???私は、その人は大げさだと思います)。でも30分だけ、しかも走っている分にはそんなこと関係ないかもしれない。皆が休んでいるときに走る、この精神的な一種の優越感が重要なのである。何か、朝から得をしたような気がした。早起きは三文の徳なり。

寒中というと水泳が有名だけど、それより防寒対策がしっかりと出来うる寒中ランニングは長時間でなければ何の問題がないことがわかった(今頃、わかるなっちゅうの)。これからは寒いから走らないという言い訳は出来そうもないな、とちょっと自爆してしまう今日この頃なのである。

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