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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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今日は、母の命日である。今日だけは自分ひとりでじっとしていたいと思う。36年前の今日から自分の人生は大きく変わった。それまで、一時も離れることもなく、ずっと一緒にいたぐらいだから(幼稚園のときは兎に角甘えん坊で)、そのショックは計り知れなく、今ですらもその時の情景は浮かんでしまう(交通事故であっという間だった)。恐らく死ぬまで一生忘れることのない心の痛みである。でもその日から自分は誰にも甘えることが出来なくなった。甘えたいという気持ちはずっとあるけれど、逆に自分は自分なりに自分自身の力で人生を考え生きていけるようになった。それも母が天国からいつでも見守ってくれているという安心感があるからだと思う。これからも見守っていて欲しい。自分もそれに恥じない人生を送るから。

今日の夜は昨日に引き続き、スカースデールへ。思ったとおり夜は寒い。しかも風が結構強いものだから、その寒さは尚更厳しいものだった。今日は、スキーの手袋をしながらだったからちょっと走り始めたら汗もかき始め、最後まで意外と快適だった。気持ちよく1時間のジョグ。今日は流石に、道に迷うこともなく、スカハイに戻ってこれた。走りはじめにはトラックに何人かランナーがいたけれど、戻ってきたら誰も走ってはおらず、完全防備のウォーカーが2人いただけ。何となく寂しかったけれど、走り終わった後の満足感は高かった。こんな寒空でも走れた喜び。それは、母親が自分を五体満足な形で生んでくれたお陰に他ならない。自分はいつもに増して、母親に感謝したくなった。ありがとう。
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今週末からアメリカではDaylight Savings Timeが始まる(アメリカは広いところである。ご存知のように州によってはこの制度を採用していないところもあるので、50州を旅したり出張したりする場合には時には注意が必要となる。ハワイは全土だからいいけど、アリゾナだと一部の州のみ採用していて、その周辺の大自然の旅をするとき、とても混乱する。インディアナでは2005年まで夏時間を採用していなかったのに、2006年から採用し始めた。この時にインディアナに出張に行った私の元部下は制度の変更に気がつかず見事に時間を間違えたという逸話もある)。日本語では夏時間と訳されている様に(DSTなんて言っているのは、矢張り世界の異端児、アメリカだけとは言わないが、少ない。ヨーロッパでは当然Summer Timeという英語を用いている)、春や夏がもうすぐそこにやってくるはずなのだけど、NYは真冬の真っ只中である。今年は3月9日からNYCマラソンの当日である11月2日まで実に8ヶ月も続く。とても違和感があるんだよなぁ…。それこそ、1年中夏時間にでもすればいいのに(全く意味がなくなる…)なんて投げやりな自分である。

さて、昨晩(木曜の夜)久しぶりにスカースデール住宅街を走ってみた。昼間はそこそこの暖かさだったけど、夜は流石に冷える。当然他に走っているヒトを見つけられなかった。マラソン明けの1週間ということもあって、30分ジョグにしようと思っていたのだけど、55分コースにしてみた。そしたら、余りにも久しぶりで、他のことを考えていたら、見事に道を間違えてしまった(地元民として不覚…だけど、スカースデールって迷路みたいになっているんです)。自分がどっちの方向に向かっているかも分からなくなり始めたので、大人しく来た道を戻った。良かったのは、そのお陰で1時間を超える走り(66分)が出来たことかな。平日に1時間を楽に走る習慣を暫くの間忘れていた自分だけど、これでちょっとだけ自信がついた。また平日1時間を継続させたいな(今晩は大雨らしいのでパス!相変わらず、自分に甘い!)。

NYCマラソンの2009年のギャランティー・エントリーに、従来の9回のレース出場以外に、1回のボランティアが加わったのは、既に周知と思われる。全くふざけた条件にしているのだが、この方法でNYCマラソンにエントリーしているのは実に全体の3分の1ぐらいのはずである(少なくとも1万人以上はいるはずだ)。NYRRの2008年の残りのレース(3月中旬以降のQualifyingレース)はせいぜい25回しかない。単純計算で1回400人以上のボランティアが従来より増えることになる。こんなに沢山のボランティアを集めて何やるんだろう…。当然、こんな人数は要らないので、競争が激しくなる。NYCマラソンのエントリーよりも激しい競争になるだろう(勝手な予測)。3月1日告知の予定が中旬にずれ込んでいるということは、まだ内部でも揉めているのかな。もしかして、ボランティアをやるのに参加フィーを取ったりして(ボランティアをやるのにお金を集めたら自分はNYRRを尊敬する)…。金集めに執心なNYRRのやることなので、冗談が冗談でなく聞こえるのは気のせいかしらん…。

そんなこんなで1週間がまた終わっていく…。
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週末は小岩マラソンであった。土曜日に現地に着き(順調。途中のシカゴでは今回ご一緒させていただいた中毒患者のじょうちゃんと合流)、日曜に備えた。
リトルロックは、クリントン元大統領のお膝元であるが、何もないところであった。ただホテルからクリントン通り沿いに約1マイル離れたところにクリントン・ライブラリー(博物館)があった(これが唯一の観光名所である)ので、とりあえず行ってみた。地元の英雄であるから当たり前なのであろうが、クリントンを絶賛する展示が所狭しと(建物自体は馬鹿でかい。これでもか、といわんばかりに色々おいてあったり説明がされている)並べられている。クリントンはこんなにも凄い人だったっけ、と思いながらも(自分にはモニカしか思い出せないんだけど…)、こんなに称えられちゃったら本人も恥ずかしくないのかな、と余計なお世話をしてしまうほどである。アーカンソーはもともと白人社会であり、マイノリティーの存在を受け付けない場所である。アジア系は全体の1%も満たないらしく、きっと日本人は昨年の師匠夫婦に次いで、3人目の訪問だったのではないだろうか。多分自分も50州走破という目標がなければ、この地を訪れることは一生なかっただろうし、そういう意味では、50州走破という目標を持ったことは自分にとってとても幸せだと思う今日この頃なのである。
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さて、レースの話。天気は非常に良かったが、途中まで暑くて暑くて…。最高気温の予想は73度(摂氏23度)であったが、走るには辛かった。普段はこんなことはしないが、途中の給水所では毎回水やゲーターレードを飲みまくったし、水を何度も頭からかけもした。1時間の時差のせいではないだろうけど、東京マラソン以来2週間走れなかったので、不安が募り余り眠れなかった。レース途中で睡魔に襲われ眠ってしまいそうにもなった。事前に上り坂が後半にあると聞いていたので、ある程度の覚悟はしていたものの、予想以上に辛い上り坂であった(1-2マイル延々と続くのは普段練習しないだけに、思わず歩いてしまいたくもなったが、歩いたら最後だと思って、意地でも走りとおした)。その後には下り坂があるがこれもかなり急な坂で、本来だったら気持ちよくとばせばいいのだろうけど、脚が持たなかった。普段の左の足底だけでなく、珍しいことに右の足底まで痛かったけど、これもひたすらガマンして走りとおせた(こんなことは最近余りなかったのだけど、今回は足が滅茶苦茶痛くなった。多分、シューズの紐を強く締めすぎたからのような気がする。強すぎたために、左右の足の甲に圧迫がありすぎて、足底にさえも負荷がかかったような気がする。途中で締め直せばいいのだろうけど、そんな余裕はなかった…)。一応、4時間のペースメーカーに途中まで付いていったが、ハーフ地点手前で見失った(多分1-2分先に行ってしまっていたと思う)。その後は、4時間15分のペースメーカーにも抜かされ、更には4時間30分にも抜かされてしまった…(流石にこれには必死についていこうと試みたのだけど、一度落ち込んでしまったペースはもう2度と戻らない…)。遂には、4時間45分のペースメーカーと途中すれ違ってしまい、これに抜かされたらヤバイと思っていたけど、流石にそれはなかった。見栄を張らず、次は4時間15分ぐらいのペースメーカーについて走ってみようかなと思う。飛行機は2時35分だった。スタートは8時だったので、余裕と思っていたけど、これはサブ4を達成できるときであって、4時間半まで行くとかなり厳しい。歩いてしまえば、5時間まで行くリスクが多分にあったわけで、飛行機に乗り遅れないように、必死に走りとおした。結果的には、搭乗時間の15分くらい前には飛行場につけたのだけど(実際、出発は2時35分でなくて、2時25分には出てしまった。危ない危ない…)、次回からはもっと余裕をもちたいものだ。でも、今回のレースは総じて自分なりに頑張れたと思う。暑いのと上り坂が大の苦手の自分が最後まで走り抜けたのは、遅いなりに自分への自信になった。それが今回の収穫である。メダルは噂どおり大きかった。そしてズシリと重い。いい記念になった。
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ネットタイムは以下の通り(自分のチップを使ったのだが、何らかの理由で公式にはネットがグロスと同じになっている。まあ、1分の違いだから気にしないけど…)。
1. 9.59.27 (+0.49) 始めゆっくり。狙い通り。
2. 9.05.50 (+0.45)
3. 9.12.16 (+0.48)
4. 9.09.53 (+0.48)
5. 9.15.25 (+0.54)
6. 9.00.17 (+0.44)
7. 9.07.21 (+0.42)
8. 8.46.79 (+0.19)
9. 9.06.35 (+0.16) ここまで順調だったけど…。
10. 9.34.00 (+0.41)
11. 9.37.50 (+1.09)
12. 9.45.81 (+1.45)
13. 9.24.53 (+2.00)
14. 10.16.43 (+3.07) キツイ上り坂始まる。
15. 10.40.62 (+4.38)
16. 10.49.65 (+6.18)
17. 10.29.68 (+7.38)
18. 10.54.68 (+9.24)
19. 11.20.31 (+11.34) 上り坂終わっているのに…。
20. 11.54.63 (+14.20)
21. 12.38.47 (+17.49) この辺、歩かないことだけに集中(きつかった)。
22. 12.54.57 (+21.34)
23/24. 25.16.02 (+28.31)
25. 12.01.25 (+31.22)
26. 11.32.14 (+33.45)
+0.2. 2.11.19 (+34.04) Total 4.34.03 またやってしまった。4時間半越え…。

ちょっとキツイし、ウォーカー、ハーフ、リレーといろんな人がいるので、ペースが惑わされやすいけれど、オーガニゼーション、ボランティアが素晴らしい。公式ではないだろうが、途中2箇所も給水代わりにビールを飲んでしまった(1度目はビールと知らずに間違えて飲んでしまった。2回目は自分が日本人であることを気づいてくれたので、そのお礼にビールを飲んだ...)。まあ、兎に角小規模ではあるけれど、素晴らしい大会だと思うので、お勧めレースである。
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次は、3月30日の山本ジョージア・マラソンである。こちらもアップダウンの激しいコース。次こそ4時間前半だ!(サブ4復活はまだまだ遠い…)

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