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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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NYは冬の中にある。毎日天気は悪いし気温は低すぎる。厳しい冬はこれから4ヶ月ぐらい続くのである。東京生まれ東京育ちの自分にはずいぶんと辛い環境であるが、慣れというものは恐ろしい。それでもしっかりと生きている。
今週はサンクスギビング・ホリデー(感謝祭休暇)である。会社の殆どは、木曜から4連休だ。例年だったら、この休暇中には至る所でレースが行われ、必ずどこか知らないレースに参加するのが楽しみであった。でも今年はお預けである。NAHAマラソン直前に無理はしたくない。NAHAではタイムなんか狙えないことなんか分かっている。もしかしたら、初の棄権ということだって十分覚悟している。この土日には1時間ずつ走ってみた。走っている間も痛いといえば痛い(表現しがたい鈍い神経の痛みが24時間続いている)。でも何の痛みの無いランナーなんていないのだし、痛さを感じながらも走れるということ自体、寧ろ幸せなことなのかもしれないのだ。贅沢は言ってはいけないのだ。医者には何度も確認している。フルマラソンを走ってもいいですかと。NOという言葉が無いのだから、予定通り走るつもりである。目標はフィニッシュすること。しかし自分はどこまでも意固地な人間である。
さて感謝祭に話を戻すと、アメリカではターキー(七面鳥)を食べるのが恒例になっている(この日をターキーの日と言っていることもあるらしい。本当だろうか?)。自分もご多分に漏れず、ターキーを食べる。通常はこの丸焼きにグレービーソースやクランベリーソースを添えて食べるのだけど、とても不味い…。不味いのだったら食うな、と言われそうだが、矢張り伝統は守らないと…。今年は、何故かうちに本物の(何だこりゃ?)アメリカ人がやってくる(いつの間にかそうなってしまった)。丸っきり日本の家にアメリカ人が来るなんて最初で最後なんだろうけど、こんなときにターキーは不味いからチキンでなんてことはできないだろう。よって今年もパサパサなターキーを食べるのである…。ところで、本当は感謝祭ってどうやって過ごすのだろう。毎年誰かの家に呼ばれたり、呼んだりしているけど、結局この17年間で何もわからないまま時だけが過ぎていく…。少なくとも、感謝祭っていうくらいだから、生かしてもらっていることにはせめて感謝しないと…。
さて、ランニングにまた戻そう。本当は順調にいっていたら、NAHAマラソンでPRを狙うはずだったのだ(今になって告白しても意味無いけど)。NYCで打倒HGも大切だけど、あれだけ人数が多いと、前の方からスタートでもしないと、PRなんて99%無理だと思う。何しろ15分以上スタートが遅くなった自分は、既に大方スタートしたオレンジ・ブルーのランナー約2万5千人を前にしているわけで、このうち約半分を抜かす(打倒HGを達成すると、NYCMで確実に10000位に入ることができる)なんて精神的にダメだった。今年のNYCMはスタートで終わっていたのである。まあ終わったことはどうでもいいけど、NAHAではもうちょっときちんと走れたらいいなぁ。でもこれも実は2万人をゆうに超える大マラソン大会だ!表向きの目標は上述のようにフィニッシュだけど、スタートさえうまく行けば、裏目標としてPRを狙うつもり(ダメだったらダメでいいし)。スタートが全て、これがNYCで得た最大の教訓だ!

…でもまだ痛い、畜生…感謝祭前なのに、中毒患者が次から次へとPRを出しまくっているのに、一人気分の浮かないそんな辛い時間を感じている自分なのである…。
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最近は早寝早起きの毎日である。夜は10時には寝ているし、朝は大抵5時前には目を覚ましている。かといって、ヘルニアの問題もあるので、走ることもないので(走ってよいというGOサインが出されればいつでも走れるようにしている)、TVを見ている毎日だ。朝5時からは日本の夜7時のニュースがライブで流れる。ずいぶん便利な世の中になった。自分がNYに初めて来た90年には日本の情報は1週間から1ヶ月のブランク期間を経て入手していたものだ。でも慣れてくると日本の情報なんか気にしなくなってくるから、半年も経てば、完全に浦島太郎になってしまう。日本での流行りの歌、ファッション(もともと全く気にしていない)芸能ニュースはともかく(というかこれが若い世代には一番大切なのだろうけど)、政治・経済なんかチンプンカンプンになる。でもこんなことわからなくなっても、実は全く支障がないということも真実である。もともとチャランポランな性格だから、そんな生活でも何とか生きていくことができた。大学当時付き合っていた彼女ともNYに来てからは’手紙’で音信をとっていた。国際電話は高かった。自分の同僚は彼氏と日本との遠距離で付き合っており、電話料金だけで給与の大部分が吹っ飛んでしまい、半年後には我慢できなくなって、アメリカ生活を断念して日本へ帰った女性もいた。自分には国際電話を頻繁にする経済的余裕もなかったから、’手紙’に頼ったのだけど、これがゲンダイのEメールの時代だったら状況はどう変わっていたのだろう…。彼女は、毎日お互いに手紙を出し合えば、ダイジョウブと言ってくれていたけれど、現実は厳しかった…。
さて、本題である。朝5時半にはニュースが終わり、クローズアップ現代が始まる。この番組は自分の一番のお気に入りの番組の1つである(大昔から)。毎日色んなトピックについて、程よい切り口で程よい深さで特集、検証してくれるので、楽しい。つい先日も、日本の相撲について、専門家として何故かデーモン小暮閣下様(番組ではそう呼ばれていた)が出演し(勿論、あの格好・メークで)、真面目な議論を交わすというとんでもない演出もあった。そのクソ真面目さが何ともいえない。よくも吹き出す事もなく、番組の中身云々よりも続行できたものだと関心ばかりしていた。そんなことはどうでもいいのだが、今朝のトピックは、’おやじバンドという生き方’であった。中高年ともなると、仕事もやがて先が見えてくる世代である。かく言う自分も、仕事に関しては以前からもうどうにでもなれ、という主義である。仕事以外に没頭できる何かを求めたくなる世代なのである。今日登場した人たちの多くは、夢を求めて東京に出てみたものの、それは実現することもなく(でもこれが普通なのである。何も卑下することもない)、田舎にUターンして、ある意味平凡なでも退屈な日々を送っていた人たちであった。でも、音楽という趣味が高じて、おやじどもで集い、バンドを組み、町ぐるみで盛り上がり、町の活性化にすらも繋がっているという話であった。おやじバンドに目覚めたおやじたちは皆生き生きとしていた。仕事では平凡でも人には必ず輝ける打ち込める何かがあり、彼らは遂にそれを見つけ出したのである。朝から泣ける話であった。でも同時に、自分もそういう世代の仲間入りをしてしまっていることをはっきりと自覚させられた。でも仕方ないさ。これが現実だから…。
さて自分は…。何とかマラソンという人生の目標を見つけることができた。ラッキーである。自分には、スピードの才能は決してないけれど、1つだけ自慢できることがある。それは棄権したことがないこと。脚が痛くなって、途中歩き出したことは何度もある。でもゴールを諦めたことは一度たりともない。幸いにもアメリカのマラソン大会の制限時間は極めて緩いから、どんなに遅くてもゴールできない事態は極めて少ない。途中で脚がいうことを利かなくなっても、ゴールだけは諦めたくはないのだ。それが自分の唯一の精神だ。人からしたら大した自慢ではないけれど、これだけは死ぬまで維持したいと感じる今日この頃なのである。おやじバンドの人たちに比べたら、生き生きとした人生には全くなっていないけれど、こんな些細な目標を持ってさり気なく生きている人間も一人ぐらいいてもいいじゃないか、と一人で勝手に思っている次第なのである。
今日は、ベテランズ・デー(復員軍人の日)である。一般の世の中の人々は全て休みである。にもかかわらず、会計事務所はオープンである。だからオフィスに来ている。間違ってもクライアントから電話やEメールが飛び込んできたりすることは無い。ある意味、快適なゆったりとした時間を過ごすことが出来るとはいえる。でもこういう日に働くのは、同じサラリーマンなのに、ちょっと寂しいし虚しいとも感じる。
さて、自分はNYCマラソン以来、一切走っていない。脚の筋肉痛ならとっくのとうに消えている。風邪なら治っている。NYCマラソンの直前に患った右上半身(首→背中→腕→手)の激痛・痺れが余りにも異常だったので、我慢強い(と自分では思っているけど)自分でも流石に限界が来て土曜日にカイロプラクティックに行く羽目になった。自分は人生において、カイロなるところには行ったことがないし、何が起きるのか到底想像も出来なかったが…。結果は予想通り(?)、首の椎間板ヘルニアであった。しかも簡単には治らないだろうというのが医者の所見だった。今週からは週3の治療を始め、それでOKであれば、来週からは回数を減らすらしい。レントゲンを見る限りでは、確かに自分の首の骨は異常なことになっているようで、これはかなり痛かっただろう、と医者に同情された。多分、NYCマラソンで無理をしたことで症状が悪化してしまったような気がする。後悔先にたたず。これからはじっくりと治療するしかないのである。
とりあえず、来週のテネシー州の猿飛びマラソンはキャンセル。3週間後のNAHAでもタイムは狙えないだろうけど、これは行く(どうせ制限時間も緩いし。毎年のメダルが良さそうなので、ゴールしたいなぁ)。1月のディズニーの世界マラソン(グーフィーへの挑戦)は参加することに意義がある。2月の東京マラソンは、ファン・レースみたいなもの。結局、NYCマラソンでのタイムを狙って真剣に走るレースは自分には暫く訪れないし、今のままでは到底無理だとも分かっている。人生は、一人一人に与えられた運命に逆らってはいけないのだ。なるがままに任せる。何か悟りの境地に入ってしまったような今日この頃なのだ。
今年のNYCマラソンでのPR達成(打倒HG)はスタートで無残にも飛び散っていった…。
嫌な予感はしていた。朝起きたときから、右上半身(特に背中の肩甲骨の辺り)に痛みがあり、腕振りが出来ないかもしれないな、と心配していた。途中で痛くなっては嫌なので、腕を庇ったぎこちないフォームで走ってしまった。それでも、ハーフ過ぎまでは順調だったし、予定よりも数分遅れだったから、後半盛り返そうとしたけど、気持ちばかりが焦って、後半見事に沈没…。しかも気力が萎えて途中で歩き出してしまう始末。情けない…。
スタートはグリーンスタート。これが最悪だった。3時間40分のペースチームの一員ということもあって、ペースリーダーの側に陣取ったつもりだった。今年は事前に、グリーンスタートはヴェラザノ橋の下が工事中なので、ウェイブスタートになる告知はあった。でもネットタイムで計測されるから、問題ありませんよ、との告知だった。NYRRに見事騙された自分だったのである。10時10分になり、オレンジ・ブルー・スタートのランナー達が次から次へとスタートしていく中(自分は何年か前にオレンジの最後尾からスタートをしたことがあったが、そのときでさえ15分以内にスタートできたので、今回は精々5分遅れぐらいかなと楽観視していたのがバカだった)、グリーンスタートの自分は5分経とうと10分経とうと一切動かない。それもそうだ。グリーンからスタートしていくのは、1回のスタートで1000人もいない(精々数百人単位)。周りのアメリカ人たちはざわつき始め、険悪な雰囲気すら漂う。オレンジスタートでスタートから歩いている人が大勢いる中でなぜ俺達はスタートできないのだ、余りにも不公平だ!と。漸く自分の順番がやってきた。気が付くと3時間40分のリーダーがあっという間に先に行ってしまっていた。工事中ということもあって、なかなか近づくことが出来ない。あっという間に見失い、彼には最後まで逢うことが出来なかった…。でもそのときは、どんどん追い抜かせばいいのだから、それも楽しみの一つだ、と能天気な自分だった。でも、このスタートの遅れ(実際15分半以上遅れた)が後でとんでもなく取り返しのつかない事になるなんて思いもよらなかった。
ウェイブスタートだったから、1回あたりにスタートできるランナーも少なく、おおよそNYCマラソンとは思えないスタート。前に引っかかることも無く、スイスイいく。ヴェラザノ橋はNYCMの全工程の中で最も傾斜が激しい場所であり、ここで如何にエネルギーをキープできるかでタイムが大きく影響されるといわれる。いくらネットタイムとはいえ、スタートの遅れを少しでも取り戻そうという意識が働いてしまったようで、最初の1マイルが8分52秒(9分強で行こうと思っていたのに…)、下りになる2マイル目が7分41秒だった(この時点でもう自分のレースは終わってしまったのかもしれない)。HGを打倒するには、1マイル平均8分33秒で行けば達成できる。前半の貯金はミニマムでも後半必ず盛り返せるはずというのが作戦だったのだけど(そのために、多くのマラソンを経験してきたのではないのか…)、スタートの遅れを取り戻す方が心理的に先に働いてしまった…。スタートの遅れはそれでも3マイル地点まではネガティブには働いていなかった。ブルックリンの4thアベニューに差し掛かったとき、あれヤバイ!ってことに漸く気が付いたのだ。そうなのである。オレンジスタートはまだ左側を走っている。でもブルースタートは自分のグリーンスタートと合流する。ブルースタートの遅いランナーが前を走っているのだ…(自分は彼らより15分遅くスタートしている。従い4時間、4時間15分を目標としているランナーの後ろについてしまったのだ…)。焦るな!と自分に言い聞かせるものの、そんなの無理だ。そうでないと、サブ4すらも達成できない。遅いランナーを抜かす方法は、端っこを走るしかないのである。でもその端っこすらも歩いているランナーを沢山見かける。その度に自分も立ち止まり、そして空いている空間を見つけようとするが、ファンラン感覚で走っているランナーが余りにも多くて、抜かせない…。自分は半べそをかきそうになりながらも、一人一人を掻い潜るようにして、時には細い空間に上半身を捻らせたり、無理やりこじ開けるようにして抜かしていった。右上半身の痛みは腕を振らないような走りを続けている限り痛みは殆ど無い。でもランナーを抜かしている間、上半身のバランスを崩しながら行かねばならなかったこともあって、正直とても辛かった。ましてや、8マイル以降はオレンジスタートのランナーとも合流し、道も狭まり、とてもじゃないが抜かすことは不可能に近かった…。それに、1マイル置きにある給水場であるが、皆立ち止まってしまうので、前に進めず泣く泣く自分も歩くしかなかった。何度もランナーにぶつかりながらも、一歩一歩進むしかなかった。こんな辛いNYCMは初めてだった。でも自分も嘗てはそうだった。ブルックリンで端っこを歩いていた時代もあった。そのときは、後ろから邪魔だからドケ、と罵られたこともある。今は自分が逆の立場になってしまったのかもしれない。でも罵るわけいかないし(だって自分の昔を否定することでしょ)、マラソンは速く走ればいいわけでもないこともわかっているから、じっと我慢していたら涙が溢れてきていた。
自分にとってのレースは、19マイルで終わった。その時点で、脚が完全に止まってしまった。遅れたスタートを取り戻そうとして、無理してジグザグに抜かしていったせいなのか、それとも右上半身の痛みを庇った変なフォームで走り続けたからなのか(脚力のみで走った)、急に脚が止まってしまったのだ。ペースもいきなり10-11分ペース。暫く、壁にぶつかっていなかっただけに、とても辛かった。遂に、禁じての歩きをしてしまった自分…。いっそのこと、5時間いっちゃおうかなと思っていたら、22マイル地点くらいで日本人の方に、ゆっくりでいいから走りましょう!と声を掛けられ仕方なく走り出した。意外と走れるものだ。最後まで歩いてしまおうかとか弱気になっていた自分だったけど、その後も遅いものの気分よく楽しめた。惜しむらくは、途中で某旅行代理店の若い女性がヤクルトを配っていたのだがこれをもらい損ねたことか…。
今年のゴールはもうタイムも諦めていたので、至って気分よく、人が来ないのを見計らって、ゆっくりと歩きながらそしてグリコをして立ち止まった!タイムは人には自慢できないけれど、終わってみれば楽しいの一言である。終わりよければ、全て良し!
走っていると、日本の国旗を時折見かけた。日本人から或いは日本語での応援ほど有難かったものはない。日本人に生まれてよかったと思える瞬間である。今年もKenji・Japanと書いて胸に貼り付けて走ったけど、これはますます効果絶大である。勿論、日本人だけでなく多くの方からの声援を受け、勇気・元気をもらうことができ、感謝している。
INGがスポンサーになってから、商業主義が蔓延ってしまったNYCMであるが、もうそろそろ原点に戻った方がいいかも知れないと思った。これだけ参加者が増えてしまうと、これが精一杯なのかもしれないけれど、もう限界が来ているような気がする。オーガニゼーションの拙さ(特にグリーンスタートのこれ程までに酷いマラソンは今まで無かった)、EXPOのショボサ(今回、試供品が少なすぎ!応援者用のボードが1枚もなかったのはどうして?どこのブースも閑散としていた。昔のNYCMって記念Tシャツだけでも物凄く種類があって、選ぶにも楽しみながら苦労していた気がするけど、今は欲しいと思わせるものが無い!)、ゴール後の荷物のピックアップ(歩かせすぎ!)、食べ物の酷さ(何じゃ、あれは!バナナすらも無いとは…)、メダルの酷さ(子供にすら毎年ワンパターンってバカにされる始末)、などなど…。でもでも、ボランティアの素晴らしさ、沿道の応援・声援の素晴らしさ、は流石はNYCMである!流石は世界に誇る市民マラソン大会である!今年HGを打倒して、今後はタイムに拘らないでNYCMをたっぷり楽しもうと思っていた自分だったけど、またお預けになっちゃった。来年また再挑戦します!

今週は、テイパーリングの名の下に、殆ど走っていない。流石にこれはまずいぞと思い、早朝30分だけ近所を走った。明日で夏時間が終わるので、明るくなるのが極端に遅い。走り始めた5時半は当然真っ暗闇である。真っ暗闇の中を走ることで嫌なのは、道路に穴が開いていて足を突っ込んでしまうリスク(これってケガする)と動物を踏んでしまうリスク(多くの場合、死骸…)があるからだ。近所のルート100は比較的電灯が多いので、今日のルートだとダイジョウブだった。今朝はとびきり寒かった。長袖と短パンで家を出た瞬間、さむ~いことに気が付いたが、戻るのも面倒なので、そのまま(といっても車に置いてあるジャケットを着た)にした。家からはルート100に出るのに、ちょっとした下り坂となっている。逆にいうと、帰りは上り坂だ。最近は進歩したのか、この上り坂をジョギングの最後に走っても息切れがしなくなった。ロッキーズの成果である!ジョギングでは必ず竹井詩織里の歌を聴く。とても心が和む。今日は暫く走っていなかったせいか、脚に関しては全く問題なし。痛みが続いていた右腕であるが、昨日までに比べたら痛みの程度は確実によくなっていると思う。でも完璧ではないな。きっとNYCマラソンではこの痛みに耐えながら走ることになるだろうなぁ。でも仕方ない。調子を万全に持っていけなかったのは、全て自分のせいだ。先日まで風邪も引いていた。熱は収まっているけど、未だに身体はだるい。これも仕方ない。あとは薬を飲みすぎているせいか、胃の調子が非常に悪いみたいだ。走っている間、ずっと吐き気がしていた。実際に吐くことはないけど、今にもいっちゃいそうな気分である。更には、沢山飲んでいる薬の中に、服用すると眠くなるものが含まれている。だからなのか、物凄く眠くなってしまう。しかもこれは1日4錠服用するように言われているので、睡魔とも闘わなくてはならない。やばいなぁ…。
こんな状況で打倒HGは難しいかもしれない。NYCマラソンは楽しむだけでいいじゃないか。そういう自分もいる。でも、自分はこのためにトレーニングしてきたのである。簡単に諦めちゃいけないとも思う。人間にとって、一旦諦めたり、限界を定めてしまったら、そこには進歩は無い。言い訳なんかしちゃいけないのだ。風邪を引いてます、ケガをしてます、だからタイムが悪くても仕方が無いんです、と誰かに慰めてもらいたいとでも思っているのか。自分は甘ったれてはいけない。NYCMに出場できること自体がとても幸せなことなのだから。出たくても出れないヒトは沢山いるのだ。その人たちのためにも精一杯走ることが肝心なんだと思う。自分にとって、次のNYCMはもうないのかもしれないじゃぁないか。悔いの残らないNYCMにしたい、そう密かに感じている今日この頃なのである。(でも、これを書きながらも吐きそうな気分だ。どうしよう…。)
NYCマラソンまであと4日。今日で10月は終わり、明日からは11月のリフレッシュスタートである。本来だったら、どんどん調子を上げていって本番に臨むはずだったのだけど、神様は自分に又もや試練をお与えくださったようなのだ…。
週末は、3重の痛みに苦しんだ。発熱、歯痛、右手上半身の痛み・痺れであった。熱は収まったようだ(昨日は36度台に戻っていた。でもまだぼ~っとしている)。歯痛は、昨日歯医者に行って、神経治療を行ったので多分ダイジョウブだ。神経治療は半年前から受けるようにと、近所の歯医者に言われていたんだけど(アメリカでは専門が別れているので、近所の歯医者から紹介状をもらって早6ヶ月近くが経とうとしていた)、怠慢な自分は時間がないという言い訳でなかなか行こうとしなかった。実際痛みはなくて、冷たいものがしみる程度だったのである。でも最近になって熱いものもダメ、そして日曜日には普通のご飯ですら歯にしみるという経験までした。流石に限界と思って、早速医者に行ったわけなのだ(神経治療専門の歯医者は予約が取りづらい。たまたま火曜日にキャンセルが出てそこに入れてもらった。ラッキー!)。そこの医者はインド系の女性の医者であった。最近日本語に凝っているらしくて、片言ではあるが喋りたくて喋りたくて仕方がない様で、治療中(口を開けている)にも日本語でこれって何ていうの?って聞いてくる(答えられるわけない…)。結構楽しい治療だった。その医者は自分がNYCMのジャケットを着ているのを見て、マラソンをやるのかとも聞いてきた。彼女自身3回NYCMに出ているらしい。治療室の中にも、NYCMの完走証を掲げていたぐらいだった。それでも日本語の話は止まることを知らず、日本はヒトが皆優しい。でも言葉に関しては、日本語を喋れないと日本人たちとのコミュニケーションが取れない国だ。もっと日本人と交流を図りたいから、日本語をもっと勉強して日本に行かないといけないんだ、とか言っていた(因みに、彼女は6ヶ国語を自由に操るらしいからきっとあっという間にマスターしてしまうのだろうけど)。日本は基本的に、言葉に関しては世界の中でも最も言葉音痴な後進国だと思う。英語教育や英会話学校(自分の部下の友人が例のN○V○で英会話の講師として働いていたらしい。本当に8月以来給与の支払いがないらしい)はますます盛んになっているけど、実際に使える英語かどうかというのは別問題だ。先日、5歳の子供の喋っている英語の単語が分からず、それって何っていう意味って聞き返してしまった(凄く基礎的な単語だった。でも日本では決して習わない単語だった)。自分の英語(一応、英文科でもあるんだけど…)はこちらの幼稚園児にも負けてしまった。情けない…。
歯はそれで何とか良くなった(しみなくなったのが本当に不思議だ。昨日まで、常温の飲み物しか飲めなかったのが嘘のようだ!)。でも右上半身の痛みは耐え切れないものになっていた。そこで、又もや鍼治療へ。歯の治療が終わってから電話したら、簡単に予約が取れた(良い先生なんだけど)。中国人だけど、日本語を喋れるのでとても有難い。身体の痛みって、英語では絶対的確には喋れないのが分かっているので(日本語ですらこの痛みを伝えるのが難しい)、自分にとっては神様のような先生(おじいちゃんである)。週末での痛みは多少収まりかけてはいたけれど、先生のところへ行って色々説明していたら、段々痛くなってきて…。ここは鍼に電気を通すので、何か気持ちが良い。でも痛みの震源地(ここがツボなのか?)に鍼が刺された瞬間は飛び上がりたくなるほどの痛みが起きた。おじいちゃん先生は動ぜず、痛いからいいんだよ、などという(本当?)。でも次第に気持ちよくなったのか、30分くらい鍼が刺されたままで、熟睡をしてしまったよう。終わってから、さっきと比べてどう?と聞かれたけど、よく分からない。…今朝起きたら痛みが増していた。鍼って本当に効くのかなぁ?でも今このブログを書いている最中は何故か調子がいいようだ。痛いということは、完全治癒に近づいている証拠だ、という上司(これもおじいちゃん)の言葉を信じてNYCMに向かうしかないのかなぁ…。
ところで、糖尿病関係で3つ(血糖値のコントロール、神経の炎症止め、コレステロールのコントロール)、歯関係で2つ(きっと抗生物質で痛み止め)、そしてNYCMでは、色んなサプリを取ったり、トイレ対策で正露丸を飲んだり(これは隠れたお勧めです。レース中にトイレに行きたくなる心配が消えます!)、薬漬けになっている自分である。マラソン中毒患者には進んでなりたい自分だけど、本当の病人だなぁ、と自分の健康にちょっと不安な今日この頃なのである。

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