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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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この3連休は色んなことがあった。土曜は朝からロッキーズ。3時間の持続走を目指したが、起伏のあるロッキーズで最後まで一定のペースを維持するのはとても厳しい。ただでさえ、永遠とも思える坂を上るのは辛いのに、土曜は思いっきり暑かった。最初の1時間でウェアは汗でびっしょりである。汗が帽子のつばから滝のように滴り落ちてくる。日陰は寒いくらいに気持ちがいい。でも一度日向に出るや、多分顔が真っ赤になっているくらい暑いのである。そのために朝5時に起床し、6時過ぎからスタートしたつもりだったのだが、それでも甘かった。遂にスタートから2時間55分経ったところで挫折(スタート地点に辿り着いた)。まあ3時間走を目指して2時間55分走れたのだから良しとしたいところだ。でもこの5分が大きいのだ。あと5分走ればいいものを、それがなかなか出来ない。ここが自分の未熟さの表れであり努力改善すべき点であると思うのだ。ほんのちょっとの違い、これが日々積み重なっていくと大きな違いとなる。実際のマラソンレースでも、3時間45分のランナーと自分のペースは400メートルトラックで行けば、1周当たりほんの数秒に過ぎない。でもこの数秒が大きすぎるのだ。この数秒を少しでも縮めようと日々努力するのがあるべき姿なのである。
土曜はこれだけでは終わらなかった。子供をブロンクス動物園に連れて行く約束をしていたのだ。そのため、3時間ランしか出来なかった、という言い訳もできていたのだ。週末となるとなかなか起きない子供達であるが、この日は前々から約束していただけに、特にブロンクス動物園デビューの次女はさっさと起きていた(自分がランから帰宅したときには準備万端であった)。ブロンクス動物園は、ロンドン動物園についで、世界第2位の大きさを誇る動物園である。今でこそブロンクスは昼間は危険を感じない場所になったと思われるが、自分が来た90年前後はNYCで起きた殺人年間1000件の内、その大方がこのブロンクスで起きていたのは紛れもない事実である。うちの家内は在NY20ウン年のベテラン(?)なのだが、未だに昔のイメージが強いらしくブロンクスには行きたがらない。特にブロンクス動物園はパークウェイの出口からすぐに入り口があって帰りもブロンクスの街中を通らなくて帰ってこれるにも関わらずである。(昔、一度行った時、道を迷ってしまい家族で怖い目にあったのだそうだ)さて、ここは動物の宝庫である。自分は何度も行っているけど、次女にとっては初めて。何もかもが新鮮で楽しいみたいだ。トラ、ライオン、キリン…、ありきたりの動物の中にあって、毎度なのだが、孔雀が本来いるべきところから抜け出して、一般道を歩いていた(初めてだと動じるだろうが、自分は毎回この演出???に出会っているため、何でもないことなのだけど…)。この外に出てしまった孔雀(今回はメスだった)を無視して、本来孔雀がいるべきとこに進む。何と孔雀が綺麗な羽を広げているではないか!孔雀のオスは大きな飾り羽を持っており、メスへの求愛行為として春頃にこの羽を広げることで知られる。でもこの綺麗な羽を広げている実際の姿を見れることはかなり稀なケースといっていいと思う。自称動物園オタク(?)の自分であるが、生で見るのは恐らく子供の頃の上野動物園以来ではないかと思われる。子供はラッキーにもこの姿を見れたわけだが、恐らく一生で数回見れるだろうか…。自分はふと思い出した。上野動物園は日本を代表する動物園である。幸いにも、自宅から徒歩で10分から15分という近距離であり、しかも小学生以下は無料(!!)なので、毎日のように学校帰りに友達と遊び(?)に行っていた場所である。今は多少レイアウトが変わってしまっているが、それこそ目をつぶってでもどこに何の動物がいるかわかる程である。上野動物園は狭い代わりに次から次へと動物が現れて本当に楽しい場所だ!一方、ブロンクス動物園はどうか。確かに動物園が野生の保護や研究活動と密接に関係していることがはっきりとわかり、動物には非常に優しい構造となっている。でもそれを見る人間たちからすると次の動物を見るのに、しばし歩かなくてはならないのだ。とても疲れる!上野動物園は動物にとっては窮屈で住み難いだろうなぁ、と考えるのは容易である。本当は比較してはいけない両動物園だろう。まあ、歩き回らなくて色んな動物が同時に見れてしまう上野動物園の方が個人的には大好きである。
さて、日曜こそロングランだぞ、と自分に言い聞かせたのだが、起きていきなり身体が動かない。明らかに疲れている。無理をしないポリシーの自分は折角の天気なのに勿体無いとは思いながらも日曜のランニングを止めた。ここで変な故障をしてもしょうがないし…。
本日、月曜はゆっくりと起床し、9時からロッキーズにて。夜中に雷雨があったのだろうか、いつも通りかかる道に大木が倒れてハドソン河方面に行けない。早速諦めて、上に向う。いきなりの急激な上り坂。準備運動もそこそこにスタートしたためか、足に激痛が…。またか。足底痛に悩んだ日々が思い起こされた。あれはもう1年近く前。普段は痛くも痒くもないのだけれど、走り出すと足の底に激痛が走り、しかも足を一歩一歩出すたびに、痛みを感じるのだ。わずか数分だったらガマンもできるだろう。でも長時間のガマンは不可能である。何らかの方法で気を紛らわせようとしても、毎歩痛みが走るのだから当たり前だ。レースではアドレナリンが出るから、痛くなくて終わることもあるが、1月のミシシッピ・マラソンの時は最悪だった。歩くことすら出来ない状態が、ハーフを過ぎてから起きてしまった。痛みに耐え切れず涙が出るほどだったが何とかゴールまで辿り着いたものだ。冬は結構休んでしまったのが功を奏したのか、暫く激痛からはサヨナラしていた。最近は走行距離も増え、疲れもたまっていたのか、今日突然に痛みが…。5分で止めようかなとも思った。でも、ここで止めてしまったら痛くなれば止めるという悪い癖がつきかねない、とも思った。走って鍛えることも必要なのでは、と思った。幸い、一旦止まり、ストレッチングをしたらその後は痛みを全く感じなくなった。何だったんだ、あの痛みは?単なるウォームアップ不足?原因などわかりやしない。でも走りすぎと言うことだけではないことだけは確かである(逆に月間250キロ程度で走りすぎなのであれば、自分は何て情けないランナーなのか…)。何はともあれ、5分で止めてもおかしくなかった練習が最終的には3時間15分まで行けた。(もっと行けた。でも昼過ぎには帰ると家内に伝えて出てきてしまったから…)今後も足・脚の痛みはしばしば自分を襲うだろう。でも、痛みと仲良くしていかざるをえないのだ。痛みのない完璧な状態で走っているランナーなんかいないし、皆それなりの方法で克服し、一段上のレベルへ進んでいる。故障をしそれを克服すると強いランナーになれると言われる。それは肉体的にということもあるだろうが、自分は精神的に強いランナーになれるからなのではとも思う。故障と付き合いながら、去年の今頃の自分と比べて更に強いランナーになれていたら、と強く願う自分なのである。
ZARDが他界された。彼女の“負けないで”はランナーの間では最も好きな曲の一つである、と言われる。自分もご多分に漏れず大好きな曲の一つである。この曲でどれだけの勇気が与えられ、困難に立ち向かうことが出来たであろうか。どれだけ心が安らぎ支えられたであろうか。ご冥福をお祈りする次第である。

“…負けないで
もうすこし 最後まで走りぬけて
どんなに離れてても
こころはそばにいるわ
追いかけてね はるかな夢よ

…負けないで
ほらそこに ゴールは近づいてる
どんなに離れてても
こころはそばにいるわ
感じてね見つめる瞳…“
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NYでは季節の移り変わりが早い。この間春が漸くやってきたと思っていたら、今日なんか90度(摂氏で約32度)まで行くらしい。もういきなり夏である!
昨日の会社帰り、いつものように地元のスカースデール高校に車を停め、1時間のジョギング。今日ほどではないが、十分に暑かった(80度ぐらい?)。早朝あるいは夜の涼しい時間帯に走ればいいだけなんだろうけど、最近平日の早起きが出来ないし、夜はTVジャパンや習い事をしている子供を迎えに行かなきゃいけないし…。400メートルトラックには人で溢れかえっていたけれど、そこには日射を遮るものはない。自分は迷わず住宅街でのジョギングへ。スカースデールの住宅街は緑で溢れかえり、厳しいはずの日差しも遮ってくれる。涼しさも幾分かは感じられるほどだ。勿論、暑いことには変わりなく、僅か1時間のジョギングですら汗でびっしょりだ。こんな時こそ、ロッキーズのトレイルでのランニングが最適なのだ。でも平日はなかなか行けないなぁ。今週末は3連休。特に遠出をしないことが決まったので、ロッキーズでLSD三昧といきたい、と考える今日この頃である。
自分はジョギングの際には音楽を聴きながら派である。でもレースの時には音楽は絶対聴かない(自分に言わせれば邪道である)。米国のフルマラソン大会では、音楽を聴きながらを禁止する大会が増えている(おばあちゃん・マラソンに続き、ナパ・バレー・マラソンでも)。危険なことがその最大の理由だろうが、例えば沿道で応援してくれる人に大変失礼だと思うのだ。折角応援していても、音楽を聴いていたらその応援が聞こえないだろうし、人に親切に声を掛けられて無視する人がいるだろうか(自分が応援している人に無視されたら嫌でしょ)?普段の練習では、危険なことを除いては(これは最高に注意を払っているつもりだし、大体誰にも会わないコースばかり走っている)、自分自身に没頭している。でも、マラソン大会はその主催者だけでなくボランティア、その地域住民の強力があって初めて成り立つものなのである。レースに出させてもらっている、無事安全にレースが終了するまで見守ってくれるこの人たちに敬意を十分に払って、レースに参加するべきなのだ。NYCMでも音楽を聴きながらが非常に多い。あれだけの応援(100万人って本当か???)・サポートを受けながらでも、音楽を聴きながらでないと走れない?だったら、NYCMに出なきゃいいのに、と一人思ってしまう今日この頃なのである。
NYCMには米国在住者は6月1日まで抽選エントリーできる。でも海外の人たちの抽選はいつの間にか終了している。結果を見てみるといい。どの国も殆どの人が抽選落ちなのである(山のようにいるNOT ACCEPTEDの中に、時折ぽつんとACCPTEDの人がいるだけなのだ)。倍率は恐ろしいほど低い(日本の公認会計士試験よりも低いのではないか…)。自分は毎年Guaranteeを受けているから、抽選落ちの恐ろしさを忘れかけているのだ。出たくても出れない、そんなランナーが五万といるのだ。自分はNYCMに出させてもらっている。その感謝の気持ちを忘れずに今後のトレーニングに励もうと思っている今日この頃なのだ。
アメリカでは今週末(メモリアル・デイ・ウィークエンド)から行楽シーズンである。取りあえずこの週末は3連休となる。アメリカには日本のゴールデン・ウィークのような大型連休は存在しないから、3連休・4連休というのは極めて貴重な休暇となる。アメリカに住むと日本がどれだけ休日だらけなのかわかる。休む暇もなく、お金もなく、当てもない未来に向かって黙々と働く、これがアメリカの実像である(と勝手に考えている)。アメリカで会計事務所に働く者にとっては漸く冬のビジーシーズンも終わり、初めてのホリデーにありつける(元旦以来、この日まで一日も休みがないのだ…)。砂漠の中を永らく彷徨った後、漸くオアシスを見つけたような心境である。嬉しい。ゆっくりしたい。ずっとここで休んでいたい…。
ファーゴマラソンも終わり、6月以降のマラソン大会を今考えている。サロマ湖100キロに出るものと思って準備も着々と進めていたときに、ふと家内の、Y子の卒業式出るんだよね、の一言が予定を全て変えてしまった。春の集大成として参加しようと思っていたサロマ、これが終わったら7月8月はちょっとゆっくりしようと思っていたのに…。6-8月はアメリカではロードでのフルマラソン大会は極端に少なくなるので、選択の余地が余りないなぁ。どうしようかなぁ。師匠にはお勧めをピックしてもらった。どれも過酷なレースに見えてしまうのは自分の目の錯覚か???
この3連休は普通の家庭であればどこかに泊りがけの旅行というケースが多い。うちは幸いにも出不精(デブ症ではない)なので、どこにも連れて行かなくてすみそうだ。金もかかるし、第一何処へ行くにも混み合う(日本のそれ程ではない)。近場で行楽、これが一番’楽だ’。そういえば、ブロンクス動物園に行くと’らくだ’に乗れる(今でもあるかな?)。他にも、NYCには水族館や植物園もあるし、美術館、博物館も世界を代表するものがある。そんなつかの間の行楽になりそうだけど、うちの子供たちはそれを楽しみにしてくれている。それはそれで幸せなのである。
夏の行楽といえば、ブルックリンにある老舗のコニーアイランドは、地域開発の名の下、今年で壊されてしまうこととなっている。今にも壊れそうなサイクロン(ジェットコースター、先日の日本での事故で、こういう類の乗り物のある遊園地に子供を連れて行くのが怖くなってしまった…)や小林クンで有名なネイザンズのホットドッグやボードウォークは残るはずだが、今の洗練されていない昔ながらのブルックリンを感じさせる風景・風情はもう2度と戻ってこない。最初で最後の家族でのコニーアイランドへの旅は家族にとって最高の思い出になるはずなのだが、家族に呆気なく却下されてしまった。自分は毎年ブルックリン・ハーフマラソンに必ず出る。たとえ遠くて不便でもあの雰囲気がどうしても忘れられなくて。コースもスタートはコニーアイランドだし、あの遊園地がなくなってしまうと雰囲気が変わってしまうだろうなぁ…。
時が経てば、周りの建物、風景は皆変わる。人も見かけ、考え方もどんどん変わっていく。都会にあっては、その変化が顕著だ。都会に流されて人は変わっていくのだ。週末に行ったファーゴとて例外ではないだろう。それでも自分はいつまでも変わらずに、自分自身というものをしっかりと持って生きていきたい。何の変哲もない毎日の生活、何も変わらない(成長のないともいえるが、衰退もない)ことも時には大切なこととなる。そこにこそ自分の求めている真実があると信じて…。
ファーゴはアメリカの北の果てにある。NYから飛行機でミネアポリス/セントポールまで行き、そこからはレンタカーで4時間(約400キロ)。ミネアポリス/セントポールは、昨年走った双子都市マラソンが行われるアメリカの中都市でであるが、そこから車で数十分もしないうちに、人の気配の全く感じない何処までも続く広い大地と地平線まで広がる青空と沢山の湖や池(ミネソタ州は10,000Lakesとも呼ばれるくらい湖や池の多い州である。行ってみるとわかるが、大きな湖の中に大地がちょぼちょぼ点在するようにも錯覚してしまうこともある程だ)と馬・牛・バッファロー(?)・バイソン(?)がいるだけだ。人間の生活の気配は時々しか感じられない。(アメリカの田舎の人たちは、一体全体どうやって毎日を生き延びているのだろう。その地に多くの仕事があるわけでもなく大きな産業が栄えているわけでもなく、どう考えても裕福な生活なんてあり得ないと思えてならないけど、そこにはお金には代えられない人間にとっての最も大切な幸せが詰まっていると言うのだろうか…。)
車内では本来カラオケ大会が開催される(?)予定だったけど、お雪さんの独唱会であった。(もともとシャイ!な性格の自分には人様の前で歌うことなんて出来ない。飲み屋で歌っている自分は別人なのである。従い、今回は’心’の中で歌わせていただいた。)到着した金曜日は、アメリカの北の最果てにも関わらず、気温がどんどん上昇し昼過ぎには何と華氏90度近くまで。この暑さで翌日のレースが思いやられたのであるが、土曜のレースは50度程度の気温であった(何で1日でこんなに変わるの…)。前日が暑かったために、当日の気温予想にも余り耳を傾けることなく、肩の出たシングレットと手袋なしで臨んでしまった自分である。特に始めの3マイルぐらいは寒くて寒くて自分の格好のアホさ加減に大後悔していた。(いうまでもなく、皮膚感覚の違うアメリカ人はこんな寒さもへっちゃらなようで、上半身裸で走っていたひともチラホラ。どうなってんだぁ…)
さて、ファーゴはノースダコタ州(ピース・ガーデン・ステート、いかにもというネーミングである…)の最大の都市である(といっても人口は約9万人。州全体でも65万人しかいない…)。高いビルもなく、ショッピングモールといくつかのホテルとファーストフード屋と…アメリカの田舎のお決まり殺風景な姿である。けれど、自分の出場したファーゴマラソンはフォーゴの街の一大イベントである。街を挙げて、土曜のファーゴマラソン参加者を歓迎し、このお祭りを盛り上げようとしていた。
このマラソンでは最近鈍ってしまったタイム(もうサブ4からは半年間見放されている。体重も体脂肪率も半年前に比べたら著しい悪化を見せている。時が経つにつれ身体は老化を始め、体力は落ちていくばかりである。もう自分はサブ4を出せないのではないか、そんな不安がずっと心の奥底にあった。)に別れを告げたい気持ちが強かった。今回は少しでも真剣に走るために、カメラを敢えて持たずに頑張ってみよう、と自分なりに気合を入れたつもりだ。(だからレース中の写真は今回はない)
レースは8時から。レースのスタート・ゴールは師匠夫婦のホテルから目と鼻の先である。直前まで只管ホテルで準備をし、やるべきことは全てやったのだから、あとはレースを楽しむぞ!と気持ちをあらため、スタート地点へ向かった。ファーゴマラソンは他のハーフ・5キロ・マラソンリレーと合わせて約6千人の参加。僅か3回目、そしてこのド田舎にあってこの規模に持ってこれたのは、レースに携わるオーガニゼーション、スポンサー、ボランティア、ファーゴの街、のお陰である。フルマラソン自体はまだ1000人足らずではあるが、前がつかえることもなく、レース中一人ぼっち(これが小規模レースの一番辛いところである)になったことは一度たりともなかったし、住宅街を走るためちょぼちょぼではあるけれど時折ある応援も素晴らしかった。(個人的には、太ったおばさん(?)がデッカイへそをさらけ出して謎の音楽に合わせて踊っていたのと、普通のおばさん(?)が一人でフラフープをしながら応援していたのがとても印象的だ!)普通は、数千人を超えるような大会だと、タイムの遅い人でもどんどん前に並んで、スタートした瞬間に歩き出して後ろから顰蹙を浴びることが多いけど、ここの参加者は皆謙虚なのか、スタート直前なのに、前のほうへ行くことも可能だった。自分は3時間50分のペースメーカーとスタートしようかな、という考えもあったけど、師匠夫婦に合わせて、前の方からスタート。当初はゆっくりと9分ペースで走り始め、ペースメーカーの到来を待った。(恐らく数マイルで追いつかれるだろう、そうしたらそれでついて行こう、という作戦であったが、数マイルしても特に抜かされるわけでもなく、後ろを振り返ってもなかなか見えないので、これはペースメーカーに頼らず行くしかないな、と作戦変更をした。この場合、特にレース後半でペースメーカーに抜かれた場合、自分の経験では99%の確率でそれ以降そのペースメーカーに追いつけなくなる。大抵の場合、ペースメーカーはずっとイーブンペースで走り続けるから、普通に後半ペースが落ちていくランナーにはこれを再度追いつく・追い抜くことはまず出来ない。そうするといつもの4時間超えのタイムが又待っていたはずだ。)…が、自分は最後までペースメーカーに抜かされなかった!目標達成だ!今回の勝因は以下の通り。
1.1週間前の直前調整が良かった。雨が降ったりもしたけど、1週間前は意図的に物足りないくらいに押さえるようにしていた。これで、前週までの脚の疲れが取れていたのだと思う。
2.サロマ湖のための練習として一度行った5時間走が良かった。人間と言うのは恐ろしいほどに高い適応能力を有しているらしい。一度5時間走を行ったので、脚が出来たことだけでなく、フルマラソン以上の距離を走ったこと、精神的な辛さを乗り越えたこと、が上手く作用したのか、自分にとって大きな自信となっていたのだ。レースでは自分を信じて(自信とは自分を信じることに他ならないのだから…)最後まで乗り切れた。壁は全くなかった。
3.レース直前の食事が良かった。今回は遠征ということもあり、米に代わるものを何にしようか迷っていたが取ったものはベーグル2個、ドラ焼き3つ、バナナ2本であった。(これはちょっと取りすぎのよう。次回はもうちょっと減らそう。折角持ってきたので、勿体無いので全部食べてしまっただけなんだけど…)結果的には途中でエネルギー切れになることもないし、3月のナショナルマラソン(DC)のように、途中気持ち悪くなるようなこともなかったので、まずまず成功だったのではないかな、と思っている。
4.フラット・コース。この大会では坂というものがほぼ存在していなかった。坂といえば、道路の下を通るときと一瞬ミネソタ州のムアヘッドへの行き帰りの橋を渡るときだけである。普段ロッキーズやスカースデールの坂道を走っているので全く気にならなかった。
5.師匠夫婦、中毒患者の存在。今回のPRは特にこのお二人を抜かしては達成できなかった。力強いサポート、そしてゴールで待っていてくれる安心感。人は一人でも生きていける。でも素晴らしい仲間に巡りあえれば更にその何倍、何十倍、何百倍も充実した生き方ができるのだ。大人の合宿第3弾は又もや非常に楽しかった!
6.始めゆっくりが非常に上手くいった(9分5秒)。結果的にはこれが後々功を奏したことになった。因みに、最初の1マイルが一番遅かったマラソンは今回が初めてである。そしてイーブンペースの維持が出来た。目標の3時間49分59秒達成のためには、1マイル8分46秒60以内で走る必要がある。が、今回はこのペースから大きく外れることが殆どなかった。

自分はほぼイーブンペースで走っていたので、PR達成は最後まで全く予断を許さなかった。前半ハーフは1時間54分ぐらいで行きたかったのであるが、1時間55分を20秒ぐらい超えていた。このままでは3時間50分は切れないのである。幸いにも、周辺にいいペースで走るランナーがダンゴになって抜かしにかかってきたので、大人しくついて行く事に決めた。13-16マイルでタイムが改善しているのはそのランナーたちのお陰だ。そうこうしているうちに後半になって貯金は20-30秒できるようになったけど、給水やサプリメントの補給に手間取ったりしたり、ちょっとでもペースが落ちてしまえば(ペースが9分になったらアウト!である)、この貯金はあっという間に借金へと変わる、ギリギリの言わば綱渡り状態だ。脚は最後まで持ったけど(最近痛くなったりする左足首と右膝も問題なかった)、ペースを落とせないだけに精神的には最後まで不安だった。自分がもうダイジョウブだと思ったのは26マイル地点を過ぎてから。ここでも30秒貯金が残ったので、PR達成を漸く現実視できるようになった。師匠は3時間49分になっても自分がゴール近くに姿を見せないので(もう59秒しかない!)さぞかしヤキモキされていたかもしれないが、自分はこのときは既に確信できていたのである。ゴールはファーゴ・ドームの中。前に一人ランナーがいたこと、頑張ればグロスタイムでも3時間50分切りが出来そうだったこと、そして1秒でも速く師匠に感謝したいと思いラストスパート(といっても残りはもう50メートル程度だっただろうけど)。夢だった3時間50分切り、そしてストロングフィニッシュ!ゴールした瞬間、師匠がすぐに駆けつけてくれた。師匠におめでとうと言われ、嬉しさの余り、心の中で大泣きした自分であった。(シャイなので人様の前で涙は見せられないのです…)今回のタイムは大方のランナーからしたら歩いても達成できるものかもしれない。大げさだと思う人もいるであろう。でも自分にとっては、とても大きな進歩なのであると考える今日この頃なのである。

今日たまたまランニングに関わるいい言葉を見つけた。
“Run the first third of the race with your head, the second third with your legs, and the final third with your HEART.”(レースの最初3分の1は頭で走りなさい、次の3分の1は脚で走りなさい、そして最後の3分の1は心で走りなさい)
誰だって後半は楽じゃないのである、辛いのである。最後は精神的な強さがモノをいうのがマラソンなのである。あと、色んなレースでよく見かける言葉だけど、次の言葉も好きだ(今回のファーゴマラソンでも見かけた)。
“Pain is temporary, but PRIDE is FOREVER!”(痛みは一瞬だけど、誇りは永遠だ!)日本語でプライドというと時には何か高慢な・自慢げな意味に聞こえがちかもしれないけど、ここでのPrideは自分自身に対しての誇り・自信・自尊心といった意味だけでなく周りの人に対しての謙虚さ・尊敬・感謝の心も含まれると考えている(自分の勝手な解釈なので間違っていても責任は持ちません)。マラソンをやると人間は謙虚になるなぁ…。

最後に今回のラップを。まさかこんなに予定通り事が進むなんて。後が怖い…。
1. 9.05.50
2. 8.43.37
3. 8.48.43
4. 8.48.10
5. 8.42.56
6. 8.39.82
7. 8.43.07
8. 8.42.87
9. 8.44.54
10. 9.03.07(距離がちょっとおかしかったような…)
11. 8.45.55
12. 8.55.03(ある掲示板によれば、この辺も距離がおかしかったようだ)
13. 8.39.62(13.1のハーフ地点では1時間55分21秒、目標より22秒遅れていた)
14. 8.39.39
15. 8.39.35
16. 8.33.17
17. 8.47.03
18. 8.41.72
19. 8.40.81
20. 8.48.21
21. 8.44.64
22. 8.42.18
23. 8.46.47
24. 8.59.73(給水に気が取られて押すのが遅れた。25マイル目がその分速くなっている)
25. 8.37.39(多分、8分45秒前後か?)
26. 8.41.38
0.2. 1.43.10
ネットタイム:3時間49分23秒(PR!!!)、1181人中346位、男子783人中279位、年代別147人中64位、ほぼイーブンペースそして人生初のネガティブ・スプリットも達成!

お雪さんはゆっくり走ってもマスターズ3位入賞($$$付)!内乃助さんはペース8分を楽々切るペースの好タイム!そして自分はPRとそれぞれが充実できたファーゴマラソンであった。レース後はファーゴの田舎町に更に1泊。大宴会であった。ビールもワインも食べ物も全部美味しかった!マラソンって本当に楽しい!次の目標に向かって、また走り始めよう!!
昨日5月15日で42歳となってしまった。人生なんてあっという間だ。もう既に半分が終わっている。特に糖尿病患者は一般人と比べて寿命が10年短いとされているから、自分の人生は平均で行ったらあと数十年しかないではないか…。誕生日を祝うことは昔から殆どしてもらったことはない。忙しさに感けて、いつの間にか誕生日が過ぎてしまっていることもあった。でも、今年は既に何人もからおめでとう、と言ってもらえた。生きていれば嬉しいこともあるのである。ありがとう。
誕生日といえば、プレゼントだろう。今の自分に特別欲しいものは何故かない。昔はこれが欲しい、あれが欲しい、とか欲しいのオンパレードであった。誕生日に託けて、ゴルフ道具を新調したりも多かったけれど、最近はゴルフもしない。それじゃぁランニング道具はどうかというと、欲しいものがないのである。せいぜい消耗品であるシューズやウェアとなるのだろうけど、沢山持っているしなぁ…。しかもシューズやウェアは断然日本でのモノの方が質がいいからアメリカでは余り買う気もしない。
昨日はほぼ定時に家に帰り、家族団らんの食事であった。(いつもそうだけど…)。ケーキは家内の手作りである。もともと作るのが苦手なだけに、経験を積む度美味くなっているような気がしないでもない。予想通りプレゼントは特になかった(リクエストがない限り、何を買って良いのかわからないようだ)。でも子供の日々の成長が何よりも嬉しいプレゼントであると思えるようになった今日この頃である。それと同時に自分も大人になったな、と感じた今日この頃でもある。
昨夜の食事ではドサクサに紛れて、アルコールをかなり摂取してしまった。今朝になって、身体が激しく重いことに気付き、3日後のファーゴマラソンでどうしよう…、と焦りはじめてしまった自分なのである。反省。
一サラリーマンとして、毎年楽しみにしていることがある。某生命にて発表しているサラリーマン川柳である。サラリーマンの悲哀やその年の世相や流行などが反映されて、大変面白くかつ共感しうる作品が多いからだ。今年で何と20回も続いている。20年前といえば、丁度自分が大学4年生になった頃。公認会計士になる夢に燃えていた頃だ。周辺が就職活動をしていたのを横目に自分はサラリーマンではなく、自由業の最高峰の一つである(と当時は人生最大の勘違いをしていた…)公認会計士になるぞ、と頑張っていたものである。そもそも自分はサラリーマンに向いていないと感じていた。商人の家に生まれてきたし(小さい頃から、サラリーマンとの違いはしつこいほどに親に叩き込まれてきた)、兄弟や親戚関係でも会社勤めをしているものは殆どいなかったので、自分もサラリーマン以外の職業につくのが当然とも思っていた。でも、親の仕事を継ぐのだけは頑なに拒んだ(子供は親の仕事を継いで当たり前という考えがどうしてもその当時は受け入れられなかった)。今となっては、サラリーマンでも親の仕事でもない公認会計士には無事なったものの、結局毎日仕事に振り回される自分が滑稽に思えてしまって、人生の悲哀を感じてしまう今日この頃なのだ。まあ、通常のサラリーマンの悲惨さまでは行かないので、そんなに悲観になることなく明日を夢見て頑張ってみようと思うのだ。因みに、自分の最高に好きな川柳は(恐らく、サラリーマン川柳の初期の頃に1位になったものだ)、”無理させて 無理をするなと 無理を言う”だ。
さて話はガラリと変わって、今週の土曜日はノースダコタ州のファーゴマラソンに出場する。今年は、月一フルマラソンを目標として挙げており、1月はミシシッピー、2月は東京、3月はワシントンDC、4月はデラウェア、そして今月のノースダコタになるのだが、タイムは全く駄目だが、一つ一つが思い出深いのだ(詳細はもうブログに書いているので省略)。全てが楽しかった。タイムを無視すると走るのがこんなに楽しいということを実感することが出来る。1年に1-2回しか出ずにその度にタイムを狙ってしまうと、レースでゆっくり走るのはなかなか勇気が要ることなのだが、自分のようにタイム度外視で走るとこんな気楽で贅沢なスポーツは他には見当たらないぐらい楽しいことなのだ。ところが…。今回はタイムを狙ってみようと思う。コースは完全フラットだし、ペースメーカーもいる。そして、師匠夫婦の心強いサポートもある。勿論無謀なことはしないけど、たまには目標を目指して走ってみるのもいいかな、と考えている今日この頃なのである。何と言ってもマラソンには、”無理をさせる”人もいないし、”無理することを止めさせる”人もいない。全てが自分で始まり自分で終わるのである。全て自分の責任において頑張ってみようと思ってしまうのだ。そもそも3時間49分59秒目標(マラソンPRは昨年の3時間50分08秒)はそんなに”無理を言って”いるわけでもないと信じたいのだけど…。
今日、5月13日は母の日である。親不孝な自分は日本にいる母に何も贈れてやれなかったが電話だけは出来た。今年で65歳になる。若い母しか知らない自分にとって(今の母は自分が小学生に上がってからの育ての母。家を20年以上に衝動的に出てしまった自分にとって、その頃の母はまだ40歳代だったんだなって、今更思う。そして母に対する思いというのは、生みも育ても変わらないものです…)、母がもう65だしねって連発していたのに時の経過を感じた。おばあちゃんは何と今年95歳なんだそうだ。GWに母もおばあちゃんに会いに行ってきたばかりなんだそうだ。皆まだまだだったはずなのに、どんどん時間だけが経過していく。自分もいよいよ今週には42歳になってしまう。ついこの間まで子供だったはずなのに…。そんな自分も子供を持ち、今年には中学生。
母は自分の最近の写真を持っている。太っていた時期も知っているから、その写真の自分はガリガリに見えるらしい。そんなにやせてダイジョウかと聞かれた。マラソンをやっているからね、体重は少しでも少ない方がいいんだよ、でも今はその写真より戻っているよ、との答えに母は安心してくれた。人間は健康が一番なのである。母は8人兄弟ではあるけれど、昨年も一人亡くなった。人間歳を取ると、健康のことしか頭にないのである。40を超えてしまうと、人生半分を超えてしまっているため、自分の終がわかってきてしまう(悲しいことなのだけど)。仕事で大きな業績を残せる可能性があって、しかもそんなことに興味があるならばそれに残りの人生をかける意義も出てくるだろう。幸か不幸か、自分には仕事面での実績をこれ以上残そうとかそういうことには興味は全くない。母も、もうゆっくりしたら、どんなに稼いだってあの世にはどうせ持っていけないよ、あとは子供に自分の夢を託すしかないよ、と云っていた。母は現実主義である。頑張っても駄目なものは駄目だし、今を如何に有意義に生きるか人生を楽しむか、そちらに力を注ぎたい人である。そもそも3人ものむさ苦しい子供のいる(全て男!)家にいきなり31歳もの若さで嫁いで来てしまった母である。ある意味、人生に冷めてしまっているかも知れない。でもその母の苦労・貢献度は今になってよくわかる。我侭な父、自分勝手な子供達(自分も含めて)にも良く耐えてくれた。間違っても自分が女性であったならそんな人生を選ばないだろう。そんな中でも、自分にいつも優しい母であった。何か悩みがあってもいつも母に相談できたし、いつも最善の方向に導いてくれる母であった。そんな母ももうすぐ65歳。ここまで自分が来れたのもこの母のお陰である。元気に生きているのも母のお陰である。世界で最高に偉大であると感じる女性である。感謝(こんな一言で済ませられるものなのだろうか???)すると同時に、どうしても母に会いたい気持ちに掻き立てられてしまった。でも今度は一体いつになったら会えるというのだろうか…。
昨日木曜はビジーシーズン終了の打ち上げランチであった。アメリカの会計事務所は顧客の大半が12月決算であること、そして個人税務シーズンが4月中旬にて終了するため、5月ともなれば残務をこなす季節労働者の集まりである(最近は年がら年中仕事があるけれども)。従い、うちの事務所でもご多分に漏れず今や暇人の集まりと化してしまっており、平日の昼間から打ち上げを行うこととなっているのである。うちでは、ゴルフ、スパ、ジャズ鑑賞、ミュージカル、ランチから好きなものを一つ選び参加する。面倒なことの嫌いな自分は今年はパスかなとも思っていたのだが、$100ランチだというし、昼間から堂々とアルコールを摂取できるとあってランチを選択した。ランチの内容は良く覚えていないけど、和牛の石焼ステーキが素敵であった。アルコールはワインだけ。赤ワインが自分の好みでボトルが自分の横に置かれたので、ますます自分は飲んで楽しんでいた。こういう企画は大手の会計事務所にはなかなか無いし出来もしないだろう。こういうところが、小さな会計事務所のよいところ。和気藹々といつまでも楽しい事務所であって欲しいのだけれど…。
さて楽しいランチも2時には終わり、その後は事務所に戻って仕事をしてもいいし、家に帰っても良いのだ(半休扱いなのである)。他の人は事務所に取りあえず帰るとのことだったが(何故だ?)、自分はロッキーズに行ってみようと前々から思っていたのでそれを実行することとした。ただ、問題はアルコールを摂取していること…。まあフラフラになるまで飲んだわけじゃないし、意識はハッキリしている!しかもランチをしたマンハッタンからロッキーズには1時間はかかるので、アルコールは抜けるだろうと思って…。天気は朝の時点では怪しいかなと思ってたけど、最高の晴れ!(ちょっと走るには暑いかな、とも思ったけど)
到着すると、矢張り平日だけあっていつも駐車している路上はガラガラ。平日にトレイルにきて走っているのは、お雪さんだけだろう。お雪さんにもしかしたらどこかで会えるかな、という淡い期待を踏まえてゆっくりジョギングを開始。平日の昼間に走るロッキーズは格別でとても贅沢である。全てが気持ちよい。澄み切った青空、いつの間にか生い茂った緑たち、時折横切る自然の動物たち、道の横を走る川の清らかな流れ・そしてその音、脚に優しいトレイルの道、時折すれ違う人の朗らかな表情、…。こんな大自然にあって、人間の存在なんてとてもちっぽけなもの。自分もその小さな小さな存在に過ぎないのだけれど、とても楽しく気持ちよく走っている。しかも普通の人はまだ働いている時間帯に。何て贅沢な、何て幸せな…。車に戻ると(5時くらい)、路上には車が週末と同じぐらい一杯停まっていた。仕事をちょっと早く切り上げたのか、もともと働いていなくて暑い昼間を避けただけなのかはわからないけど、沢山のロッキーズたち。いいなあ、本当にここは。ここでは、世の中の競争や戦争なんて全く別の世界の出来事に過ぎない。ましてや、人々の所得、地位、年齢、職業、過去の空しい業績、なんか全く関係ない。そんなこと鼻にかけようものなら、大自然たちに笑われてしまう…。ところで結局この日は、お雪さんには会えなかった。(ロッキーズは広いから簡単には会えないのが当たり前だけれど…)
金曜はまた現実に戻った。最近金曜に限って仕事が忙しくなる。周りはとうに家路に急いでいるけれど、数少ないオフィス居残り組の一人になってしまった。さあ帰ろう。そしてまた週末は自然に還ろう!
サロマ湖100キロウルトラに向けて、少しずつではあるけれど練習量を増やしてきていたのに、もしかしたら(というかその可能性いと高し)キャンセルすることになりそうだ。長女は今現地で6年生でこの9月からは7年生である。これを特に卒業式とは呼ばないのであるが(あくまでも中学校へのムービング・アップ・セレモニー)、6月21日(木)の午後に行われるというのだ…。その存在を数日前に知らされた。もっと前からいってよ、という感じだったけど、自分も薄々もしかしたら重なるかな、という気も最近していたから…。サロマ湖は24日なので、NYを遅くても21日の飛行機(NYから日本へは昔は夕方とか夜の便があったのだけど…)に乗らないと間に合わないのだ…。家内曰く、家族総出が当たり前(この辺りの金持ち連中は、最高の着飾りをして、子供の成長を喜ぶのだそうだ…)で、これは長女にとって一生一度のことだ、といって憚らない。近所の人に聞いても、マラソンは来年もあるでしょ、どっちが大切か当然わかるよね…、と説教されてしまった。自分はじゃあ入学式には行くよ、なんて態と言ってみたけど、実は入学式なるセレモニーは少なくともうちの地域の学校には存在しない…。よって、只今極めて分の悪い立場に置かれている自分なのだ。残念だなぁ、折角楽しい経験になりそうだったのに…。何とかならないものか…。まあ、これで100キロのプレッシャーから解放されるという意味ではちょっと気が楽になったのも事実なのだけれど…。でも今年のマラソンは今年だけなのである。同じことは二度と起きない、これがマラソンを何回、何十回続けていても全く飽きない理由なのだ。そういう意味では、もう今年の今の自分が経験できるマラソンも一生に一度の尊い経験なんだけどなぁ…。まあ、セレモニーに出ないとかなり顰蹙になりそうなのでショウガナイかなぁ…。と突如として湧き出した家族の猛反対に負けてしまった自分である。(キャンセルによる損失約300ドル、でも長女のセレモニー参加はプライスレスなのである…)
この2日間(月曜・火曜)はマンハッタンのクライアント先で仕事。久しぶりのマンハッタンは人も多く、普段余り歩かないし、走るときも余り人のいない所ばかり走っているし、何度もぶつかりかけた。昔は、人込の中でも簡単に歩けたものなのだけど…。クライアントといってもその会社の従業員は僅か1人!オフィスはスモールビジネス専用のスペースを借りているだけのところである。日本でもそうだろうが、アメリカでも一人でビジネスを興している人はとても多く、わざわざマンハッタンに一部屋(といっても机と電話とPCだけしかない模様。第一、それ以外は何も置けないぐらい狭いのだ)借りて仕事をしている。自分が尋ねたクライアントが入っているオフィスはそういう小さな部屋が実に70部屋以上あるのだ。全てのリスクは全て自分で負う。やればやるだけ自分に跳ね返る。サボろうがだれも気にしない(気にかけてもくれない)。全てが自由だ。頑張って金持ちになるのも自由、失業して生活に困るのも自由。いつ休もうが、いつ働こうが、全てが自由。きっと隣の部屋との交流も殆どないことだろう(自分がいた2日間で人の話し声は殆ど聞かなかった。1日中、し~んとしているのだ)。とても寂しい環境かもしれないが、そこの人々は確実に生きている。昔自分が会計士の受験生だった頃、専門学校での先生が会計士を数年経験したあと、組織の歯車(日本の会計士も監査法人という大組織に所属している以上サラリーマンと何も変わらないと自分は思う)になるのは嫌で、もっと自分に跳ね返ってくることがしたい、とスパッと会計士を捨てて漫画の古本屋を始めた、ということもあった。会計士は一昔は自由業・一匹狼としてもてはやされていた時代もあったけれど、今では会計士は個人ではリスクがありすぎるため、殆どが団体で行動する。自分もご多分に漏れずに、会計事務所に所属して似たような日々を過ごす毎日だ。ここではリスクは限りなく低い(NY周辺では最も成長著しい会計事務所とは言われている)。自分を売り込まなくても勝手に仕事は増えていくし、また会計監査なんて自分一人の仕事ではないから、自分がサボっていても何とかまわっていってしまう。自分がどんなにいい加減でも、Big4と呼ばれる大手の事務所が更に輪をかけて酷いのでそれより品質が劣ることは100%ありえない。上司、同僚、部下は極めて真面目で人がいい。そんなある意味ぬるま湯的な環境に自分がいると、反って不安な気持ちに駆られてしまうのも事実なのである。一人ビジネスに何故か憧れてしまう自分を再発見した今日この頃なのである。
ランニングにしても仕事にしても、自分はここにいる、自分はここで生きているのだ、という充実感・自己満足を得たいがために日々頑張っているのだ。だったら、今の自分って一体何なのだろうか…。
月曜のランチは大学OB会会長・副会長に呼び出され、マンハッタンで最も格式あるクラブであるNYACへ。アメリカで美味しい食事を取ったのは本当に久しぶりであった。サラダはこれ以上ないくらいの新鮮さ。更に自分は、グリルド・ターキー・サンドイッチを頼んだが、この味も絶妙。ターキーで焼き具合を聞かれたのは生まれて初めてであったのでビックリした(牛以外は普通は聞かないですね)。それ程素材に自信がある証拠。出てきたターキーは真ん中がほんのりと赤く、本当にダイジョウブかなんて疑問もなく食べたら、そのターキーはとても軟らかく、とてもジューシーだった。ターキーといえば普通はパサパサ肉というイメージでしかなく、11月のサンクスギビングでも自分は殆ど食べない。でもこの日は完食!ターキーを見直した。アルコールも昼だというのにビールとワインを頂き、大満足のランチであった。
いつも自分のランチは、自分で準備する。準備といっても、大抵はサラダや小さなおにぎりや冷凍食品程度である。以前、体重が80キロ後半を彷徨っていた頃、ダイエットの一環でサラダとおにぎり(といっても一口サイズにも満たない程度の大きさ)のみを数ヶ月続けたが(このお陰で今の自分があるのかも)、これに限りなく誓いランチを最近も毎日続けている。たまには、ランチを沢山食べてみたいけど、怖い気がする。朝もご飯を小盛で一杯のみだ。でも体重は減らない。何故なら、反動からか夜は普通の人と同じもしくはそれ以上食べてしまうからか…。
そんな大満足のランチを終え、NJに戻り、定時に事務所を出、疲れているので家に直帰しようとも思ったが、辛いときこそ練習すべきではないか、という愚かな・無謀な考えが何故か起きてしまい、いつものようにスカースデール高校へ。土曜のトレイル・マラソンの疲れなのか、全く脚が動いてくれない。よく考えたら僅か3-4時間前には酔っ払いオヤジだったわけで、そのせいだったかもしれない。しかも走っていて足首に痛みが走ったような気もした。無謀な自分を諌め、45分で戻る。昔の自分だったらこんな無謀さもなかっただろう。しかも痛みが走ったらすぐ歩いてしまっただろう。練習は儚くも中途半端・不完全燃焼のまま終わったけど、そんな状態でも走れる自分がいて少しだけ自信になった。
夜、TVジャパンでプロフェッショナル(バレリーナの吉田都さん)を見た。自分を信じる強さを持て、これが昨日のメッセージ。舞台に立てば誰も助けてやくれない。自分以外に頼れる人なんかいないのだ。信じるのは自分だけ。やれるだけのことは全てやった。あとは、自分を信じ緊張を楽しむだけなのだ。自分を信じれる自分、そして強い自分になりたいと思う。仕事においてプロであり続けることは、もうどうでも良いのだけれど、マラソンにおいては自分を信じて、強くありたいと心の底から思う自分であるのだ。

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