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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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最近昼間眠くてしょうがない。昼休み(1日中休みじゃないか、と言われてしまいそうだけど)は大抵数十分は寝ている。これは慢性的になっている疲労と夜更かし(といっても12時ちょっと過ぎまで)によるものだと思う。行き帰りの運転中に居眠りすることが怖いので気をつけようとは思っている。
さて、夜更かしの原因の一つは最近入れたTVジャパンだ。毎日日本語を中心に仕事をしているから(というか英語を可能な限り避けている)、決して日本語に飢えているからというわけではない。意外と面白いのである。今週はチャングムの誓いの総集編を僅か5回でまとめて見れる。何せ全54回を5回(しかも1回1時間)に無理やり縮めているので、ストーリーの進みがやたらと早い。でもこれでいいのだ。ただでさえ、じれったいぐらい進みの遅い韓国ドラマ(今でも日本で流行ってるの?)なので、このぐらいで丁度いい。しかも飛ばしている部分はナレーションが入るので何となくストーリーは繋がっている。元の話が長すぎてビデオで見ることに途中挫折した自分であったが、5回であれば問題ないのだ。こんなに面白い話であったのか。家内には始めから真面目にみるか?と聞いたが、じれったいのが大嫌いな家内は総集編で十分とあっさり却下であった。しかし、韓国の宮廷料理って美味しそうである。普通の韓国料理屋では食べれないかな(チゲとビビンバとカルビとキムチぐらいしか知らないから…)。今度からは、春のワルツを放送してくれるらしい。冬ソナと何処が違うのか良くわからないが、四季シリーズの最終章なんだそうだ。たまにはじれったいくらいのドラマも良いものだ。
やはりNHKのニュースは過不足無くてよい。普段、FテレビのAY子キャスターのわかりにくい日本語と頓珍漢な論評・解説(?)を聞いていると、NHKのニュースは無味乾燥でつまんないな、と昔思っていた自分が恥ずかしく思えてくる。NYでは朝7時に当日のニュースが見れる。一方、NHKのニュースは朝6時から見れる。時折、両方のニュースを比べるけど、実際段違いである。NHKでは間違ってもFテレビのような意味のわからんニュースは取り上げたりはしない。その分NHKは面白みに欠けるのだろうけど…。FテレビのS田アナは昔NYにいたけど、日本に帰ってからすっかり精彩を欠いている。NYでは自分の存在価値を自分自身認めていただろうと思う。一度、知人と夕食していたときにたまたま隣に一人で食事をしていたので、話しかけてみたら非常に気さくで感じのいい人であった(因みに、他のアナウンサーは一般に人間的に評判が悪かったけど)。もともとワイドショー的番組をしていた人がお遊び半分のNYで何年かを過ごし(ゴルフの腕前は相当なものである)、日本へ帰ってAY子と同じ報道をやるのは無理があるというものである。幸か不幸かAY子のような頓珍漢なコメントもなく、誰でも出来そうな単なる原稿の読み上げ(しかもどうでもよい中身のニュースしか担当させてもらえない)しかしないのだから、きっと本人は毎日悔しい思いをしているのだろう。頑張ってもらいたいけど…。
Fテレビの夜の放送(月曜ー木曜分)は今夜でおしまいである(終わりなんて呆気ないものだろう)。宣伝では、Renewしてますます面白い、などといっているが、こんな騙しの文句を一々真に受けている人などいない。単なる放送日・時間の大幅縮小ではないか。金曜と日曜に放送していた番組をスイッチすることはRenewとはいわない。週に13時間あった放送枠が9時間に減らされるのだ。これを唯一の楽しみにしていた人(TVジャパンを見れない人は沢山いるのだ)に申し訳ないと思わないのか、Renewなどという嘘は付かず、視聴者にすいませんの一言もないのだろうか???本当にいい加減だ。少しは反省した方がいい。毎日、遊びや女のことばっかり考えてないで(それは自分か?)…。

さてTVジャパンでは今週の夜中の12時過ぎには、知られざる恐竜の世界というのをやっていて、昨日は羽毛をまとったハンターたちと称して、実際中国で発見された羽毛付きの恐竜の化石(ところで恐竜の色って想像の世界で勝手に決めているって知ってますよね?)の話をしていた。こういうのって、自分の想像力をかき立てられて結構好きである。恐竜、宇宙、科学、歴史、古代文明、…。それにしても会計ってつまんないなぁ。そこには緊張感ってものがない…。

知人にTVジャパンをジャパンTVだと思っている人がいた。名前なんてどうでもいいのだけど、自分がTVジャパンが正しいと教えてあげても、ついついジャパンTVといってしまう、まるで学習能力の無い輩である。彼には、暫く会っていないけれど未だにジャパンTVって言っているんだろうなぁ、とTVジャパンを毎日見ていても思い出して、一人で思い出し笑いをしてしまう今日この頃なのである。因みに、彼は会計士業をNYで毎日飽きずに営み続けている一人である。
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3月24日(土曜)はNYからはるばる片道250マイルを運転して行ったワシントンDCのナショナルマラソンへ。今回は師匠夫婦とも一緒で(ご夫婦は翌日日曜もNJのオーシャンドライブマラソンに出場された。2日連続でのフルマラソン完走は、50Statersの中ではある意味当たり前のことなのかもしれないが、師匠夫婦の場合にはタイムもある程度狙っているのだ。事実、2日目のマラソンでは年代別で1位である。タイムもゆっくり走って2日ともサブ4を達成している。マラソンをやっている人ならば、このことがどれだけの快挙なのかがすぐにわかるであろう…)、一人ぼっちの遠征レースと比べて精神的に凄く楽しめた。
現地入りしたのは前日23日(金曜)の夕方。本当はもっと早く到着したかったけど、午前中は仕事を余儀なくされ、その後日系スーパーでレース前の食事として’おにぎり’と’お稲荷さん’を買い(これが後の悲劇を生むとはこのとき気がつくはずも無かった…)、4時間のドライブをしたわけだ。しかも金曜だからなのか、夕方の混雑時にぶつかったからなのか、途中3-4箇所で渋滞に巻き込まれてしまった。更には、信用していた”Mapquest"の地図を唯一の頼りにしたのだけど(DCは何度も行っているので大丈夫かな、と思っていた。でもよく考えると、いつもDC内の移動はメトロ(地下鉄)を使っていたので、車で移動するのがこんなに面倒・大変だということに気がつかなかった…)、DCに入る際の道を思わず間違えてしまい、SE(南東)に行く予定が何故かNW(北西)に出てしまったのだ…。自分が多分正反対の場所にいることは容易にわかったけど、SE方面にどうやって行けばいいのか(自分がどっちに向かっているのかわからず)全くLOSTの状態だった。慌てて家内に電話し、CAPITOLに行きたい、と聞いたのだが、在米20年を遥かに超すというのに、CAPITOLをWHITEHOUSEと勘違いしている家内は、WHITEHOUSEへの行き方ばかり教えるのだ(確かに建物は似てるかもしれないけどー色だけはー、普通わかるでしょう…)。結局DC内を彷徨って、漸くEXPOに到着。1時間前にNYを出た師匠夫婦も”Mapquest"にまんまと騙されたらしく、結局EXPOに到着したのは余り変わらなかったらしい(”Mapquest”を頼りすぎるな、というのが今回の教訓である)。
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前日にFINISHラインを作っていた図。

ホテルは、ExpoやCAPITOLに近い(車で約10分)Holiday Innへ。夜の食事はDCの地理に明るいわけでもなし、もう遅い(レースは翌日朝7時。3時間前に食事を済ませる鉄則からすると、3時半には起床していなくてはならないことになる)ので、ホテル内のバフェイへ。日本語ではこれをバイキングというのだが、この語源って何???今回の敗因その1、食べ放題で食べ過ぎた。カーボローディングの意味合いもあって沢山食べたのだが、限度とか程度とかいうモノを考えもしないで…。食事が終了したのがほぼ9時。

朝は鉄則に従って、3時半に起床。予定通り。ちょっと眠いけど、早起きだけは大得意な自分である。目覚ましで一発で起きれた。でもここからが問題なのである(敗因その2)。用意したおにぎりは6個(ミニサイズである)、お稲荷さん6個(これも1個1個が極めて小さい)である。足りなかったら困るからと思って、余分に買っておいたのだけど、これが良くなかった。捨てるのが嫌いな性分の自分だけに、半分ぐらい食べてもう止めようと思ったのだけど、あれまだまだ食べれる、と勘違いして(ご存知のように、人間の満腹感は食べてから10分くらいしないと脳に伝わらないのだ)ちょっと食べすぎかなと思いつつも全部食べてしまったのだ…。そこからは後の祭りである。普段その数分の1も食べない(糖尿病なので食べてはならない)自分が急に食べてしまったのだから、胃もびっくりだっただろう。確かにレースの3時間前に食べた。確かにレース中普段訪れる空腹感は全く無かった(途中の補給は全く必要なし。それどころか、レースが終わって夕方になるまで全くお腹が空かなかった…)。その代わり、レース中、特に前半は、身体(胃腸?)が重いのがはっきりとわかっていたし、気持ち悪くてずっと吐きそうになっていたほどだ。途中の給水でもゲーターレードだと吐きそうなので水だけにしておいた。吐き気は結局後半になってからは徐々に無くなっていったけど、その頃には重くなった体重を支えきれなくなった足腰に負担が着たのか、エネルギー切れじゃないのにエネルギー切れした感じであった(よくわからん、ということです)。

コースはDC内の観光名所を横目で見ながら、しかも途中までフラット。沿道の応援は決して多くは無かったけど、ボランティアはしっかりしているし、給水ポイントも程よく設定されていて非常に良かった。スタート・ゴール地点のRFKスタジアムの近くは決して裕福な地域ではないと思うが、家の中から一生懸命応援してくれる人たちを見てとても嬉しい気持ちになった。警察によるトラフィックコントロールも完璧であり、安心して走れたマラソンだった。でも…敗因その3、30キロ地点での坂で歩いてしまった…。DCにこんな坂があるとは、といったら言い訳にしか聞こえないが、DCのどこに坂があるのか?と思っていた。どうせ大した坂ではないはずだ、と思っていたのだが、実際その上り坂を見た瞬間、自分には絶対上れない、と決め付けてしまったのだ、挑戦することもせずに…。情けないなぁ…。因みに師匠夫婦はこの上り坂を難なく上り、私に叱咤激励してくれたが、一旦落ちてしまった走力は戻らない。折角、そこまで大きく落ち込むことも無く、師匠にくっついていた私であったが、ここで先に行ってもらうこととしたのである。そのあとは、4時間のペースメーカーのお姉ちゃんにも抜かされ、サブ4も万事休す…。めちゃくちゃ遅いランナーとなってしまったが、それでも最後まで歩くこともなくゴールできたことは少しは成長した証拠かもしれない。これで、見事に3回連続サブ4ならず、となってしまった。予期していたとはいえ、根性が足り無すぎる。これからも上を見続け、でも体重は落とし続けていくしかない、と今だけは誓う自分なのである。しかし、師匠夫婦は凄い。途中5回もトイレ休憩を取っているにもかかわらず、あっという間に自分に追いつき、最後は余裕のサブ4。更にその翌日もサブ4なのである。レベルの違いは歴然。そして必然。師匠が折角自分の遅いペースに合わせて走ったのに、それにも付いていけず、修行し直す覚悟を決めたのである。P3240307.jpg
スタート前の師匠夫婦。まだ暗いし寒そうである。
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DCを代表するCapitolとワシントンモニュメント(遠くに見えます)。
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16マイル地点(だったと思う)で先を行く師匠夫婦。この後度重なるトイレ休憩でわざわざ自分に追いつくチャンスを何回もくれたのに…。

今回はDCのレースだけあって日本人参加者がいるかな、と思っていたら案の定ちょんまげをつけた日本人(Sさん)を発見。その日は4時間弱で走る予定とのことだったので、途中まで自分もご一緒させてもらった。日本人4人、しかも一人はちょんまげ付きで、沿道の注目もちょっとはあったみたい。いやぁ、楽しかったなぁ…。これだからマラソンはやめられないのだ!
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そういえば、ラップタイムを書くのを忘れてた。以下のようである(余り意味無いけど…)。因みにPR達成のためには(3時間50分切り)、1マイル8分47秒ペースが必要である。前半飛ばしすぎなんだろうけど、それにしても前半と後半の落差ありすぎだと思う…。
1: 9.21.57
2: 9.05.07
3: 8.31.32
4: 9.07.04
5: 8.22.85
6: 8.50.20
7: 8.19.54
8: 8.38.11
9: 8.38.85
10: 8.13.56
11: 8.55.93
12: 8.44.28
13: 8.53.43
14: 8.43.99
15: 8.54.16
16: 9.36.68
17: 9.20.84
18: 9.42.60
19: 9.27.63
20: 11.50.43(なんでこんなとこにキツイ上りがあるの?このあとは見事に死にました…)
21: 10.05.06
22: 10.28.94
23: 9.39.34
24: 10.37.26
25: 11.45.38
26: 11.04.21
26.2: 2.18.41

4時間07分でした…。
今度の土曜に行われるワシントンDCのナショナルマラソンまで1週間を切ってしまった。最後の週末を有意義に過ごしたかったのだけれど、金曜日の大雪のお陰で、土曜は朝から雪かきを行い午後2時に漸く半分終了。残りは自然に解けるのを待つことにせざるを得なくなってしまった。金曜に降ったのは雪そして氷である。雪国に住んでいる自覚のない自分達は(NYは他の北に位置する所に比べて、雪に大変弱い。何故なら、NYには”雪国”としての自覚に全く欠けていて、それに対する備えなんてものがない。よって、一旦大雪になってしまうと市民の生活は全て麻痺することになる。でもこれも致し方ない部分もある。こういう天候は、日常茶飯事ではなく1年に数回も起きないからだ。1年に数回の出来事に一々神経を尖らせていては、他のもっと大切な出来事にもっと対処しえなくなるであろう…)、朝起きてびっくり。簡単に終わると思っていた雪かきが出来ない…。全て凍っていたのだ。粉雪程度だったら雪かきなんてあっという間だ。でも今回は水を多く含んでいるばかりでなく、単純に凍っていた。従い、予定を大幅にオーバーし、しかも全部を終わらせることなく、2時でストップ(足の不自由な家内も手伝ってくれたが、途中氷に足を捕られてすっころんだ。これ以上は危険なので、車の駐車に影響しない程度までやり中止とした)。ああ、疲れた。走っている方が遥かに楽である…(やはり人間は楽しいことをやっているのが一番いい、ということを再確認)。
てなわけで、土曜ランは断念。日曜は2時間走ることを目標にした。でも朝起きて嫌なことが起きていた。自分が肌身離さずつけていた時計がバンドが寝ている間に切れてしまっていた…。結構気に入っていたのに…。構造上、バンドの換えは利かないような気がするし、また$50くらいしかしないからしょうがないけど…。日曜のロングランは時計なしでやってみることにした。どうせいつも走っているスカースデールの住宅街なので、大体の感覚で何分ぐらい走っているかわかるだろうし、レースじゃないし。結果的には時計無しで走ることに不安はなかった。走り終わってみたら感覚どおりぴったし2時間だった(と思う)。たまには距離とか時間とか全く気にしないで気ままに走るというのもおつなものなのかもしれない。
月曜には新しい時計を買った。以前の時計が気に入っていたので同じものにしようか、と思ったけどそれでは人間進歩が無い。似ているけど違うものにした。安心のTimexだし、150ラップメモリーがあるからウルトラマラソンとかにも使えるし(使うのか?)、何と言ってもターゲットタイム機能がついているのがいい。これは予め目標タイムを設定しておけば、レース中でも自分が目標に対して進んでいるのか遅れているのかがわかる機能である。まあ余り気にしすぎても、スピードを無闇に調整したら逆にリズムが崩れてしまうので、参考程度にしかならないけど…。
火曜から春がやってきた。事務所の中国人に8時に卵を立ててみて(立つはずだとのこと)といわれて、家内にそうさせたが当然だろうけど立たなかった。卵が立つのは、赤道直下だけなのでは。もしくは、自分ちが傾いているからなのか…。夜事務所帰りに走ろうかと思ったけど、何処いっても雪がそのまま残っているし、寒いし、NMマラソン仕様シューズを家に忘れたし(他のシューズは沢山車の中に入っているけど…)、NMはもうすぐだし、と言い訳ばかりで結局走らなかった。根性無しだ…。
そして今日水曜。NMに向けて準備を始めている。しかし、このマラソンはもしかして将来人気が出るマラソンになるかもしれない。DCのマラソンというと秋のマリン・コープス・マラソンが超有名だが、NYCの一週間前だということ、人気がありすぎてエントリーが難しいこと、周辺ホテルがめちゃくちゃ高くなること、DCといいながら実はバージニア州にスタートゴールがあること、などからなかなか踏ん切りがつかない。でも、このNMだと参加人数が比較的少ない(自分はどちらかというと中規模のマラソンが一番走りやすいと思っているので、自分にはピッタリ)、DCのこの時期はまさに桜サクの時期(実際の桜祭りは翌週から。レースを祭りと一緒に出来ないだろうけど、暖冬になったら桜を見ながら、マラソンなんておつなことができるかもしれない)、コースは全てDC内(これはまさに画期的。マリン・コープスもそうしたいのだろうけど、セキュリティーの問題もあって難しいのだろう)、などなど結構よい。ペースメーカーも普通はこんなにはしてくれないのだが、3時間から3時間40分まで5分刻み、以降50分、4時間とかなりきめ細かいサービスと思う。自分は昨年のルート66マラソンで3時間50分のペースメーカーについて、見事8秒だけの違いでゴールできたので、折角なので今回もペースメーカーについていこうと考えている。本当は3時間45分というペースがあると有難いのだけど、50分でついていって、余力があれば49分59秒以内を狙う、なければ、ずるずると落ちていく作戦(大抵後者になる)がいいかなぁ、と思っている。ペースメーカーのいいところは、本当に1-2分の誤差で走ってくれるのでもし最後まで付いていけたらその目標が自然に達成できてしまうこと、前半の飛ばし過ぎがなくなること(そのかわり貯金もできない)、ずっと同じ仲間で行くので自然と連帯意識が芽生え非常に楽しく走れること、などが挙げられるけど、逆に良くない点は、完璧にイーブンペースで行くため後半落ち込んでしまうランナーはほぼ間違いなく目標を達成できないこと、もしいないレースに出てしまうと自主的にペースを作れない情けないランナー(自分です)になってしまいがちであること、などかな。でも折角の機会なので、ペースメーカーを有効に活用したいものだ。この大会はエリートは少なく一般市民ランナー中心なのに、超遅いランナーもいない(一応、5時間を切っている記録がないと、この大会には参加できない)。実際90%超のランナーがきちんと5時間を切っているらしい。自分は下手するとビリになりかねないので注意しようと思っている(でも実はビリになるのもそれはそれで貴重な思い出なんだけどなぁ、とおもってしまう。制限時間一杯走って楽しむ、どうせ同じお金を払っているし、1分、10分遅く走ったところで誰にも文句など言われないし…、という考えのランナーも現実にいる。ゴルフでいいスコアで回るより、100くらい叩いてるほうが何故か楽しいのと同じことか???)。
レース前の食事は、家内が今までやっていないんだから、いきなりやっても駄目なんじゃない、とのたまっている。確かにそうかもしれないけど、まずはやってみないとね。ただ家には小さな炊飯器とか無いし、多分ご飯を炊いたりする時間もなさそうなので、金曜の午後行く前に日系スーパーでおにぎりやお稲荷を買って早朝食べようかなと思っている(暖かいのは今回は断念。1日弱なので多分腐らないことを期待して…)。
ところで仕事は相変わらずである。スタッフの質・量に対して、仕事量が多すぎるのだ。何処までやってもエンドレスの監査業務なので、皆苦しそうだ。という自分もアシスタントみたいな仕事を延々とこなしている。本当は1-2年目の人がやるべきようなことすらも誰も時間が取れないようなので、大人しく自分ひとりでやっている(自分は苦しくは無い。何故なら幼稚園児でもできる仕事しかしていない。ただ、こんなクダラナイことを生涯続けるのは真っ平だという確信があるだけだ)。パートナーはあるスタッフにつきっきり(何でだ???)だし、余裕のある者などいない(全体の状況を把握している人間は果たしていないのではないか…)。事務所のモラルは日毎に低くなっているような気がする。そこらじゅうでキレテしまったスタッフが続出している。どうなってるんだ、これは…。まさに殺伐とした状況で更には収拾が付かなくなっている状態だ。余裕の無い人生・仕事の何が一体楽しいというのだろう…。本当に、人間には余裕というものが必要なのだ、と最近強く感じている。そういう仕事環境にありながらも、自分には土曜のNMが楽しみでたまらない。練習不足なので、タイムも決して良くはならないだろうけど、仕事とは全く違った環境に自分を置けることがとても嬉しくて仕方ない今日この頃なのである。
NYの天候は全く読めないし油断できない。先日、春のような70度を記録したと思いきや、今日は一転大雪の予報である。暖冬だった東京にも漸く初雪が降ったらしいが、こっちの雪は中途半端ではない。アメリカでは一般に雪が降ると、学校は当然閉鎖されるし(子供は大喜びである)、家を出ようにも雪かきをしないと車が出せない。漸く車に乗っても、ローカルの道路は雪で覆われてしまっていて、危険な状態である。主な幹線道路の雪はすぐに除雪されるけど、それでも皆オッカナビックリの運転なので、これまた危険たらありゃしない。今朝はほんのちょっと積もったばかりであったので、軽く雪かきをして、しかも今日の外出・出勤を控えるようにとTV/ラジオで知らせていたのが功を奏したのか、道はガラガラだった。でも今日の雪はこれからが本番。事務所に辿り着いた、雪は収まるかと思いきや、とんでもない位降り続いている。困ったことに、事務所の大ボスは本日お休み。そうすると、誰も意思決定をする人などいない。夜にかけて雪は止みそうも無いので、1分でもはやくかえりたいのだが、どうなることやら…。他のボスは考えがせこいようで、ギリギリまで働かせるつもりのようだ。やはり、家で仕事をしておいた方がよかったようだ…。
さて、今日届いた某メールマガジンを読んで、目からウロコというか、びっくりしたというか、自分が今までこんなことしていなかったので、今度どうしても試したくなることが書いてあった。それは、レース前の食事についてである。自分は従前、レース前に思いっきり食べるという習慣はなかった。レース後半には大抵エネルギー切れを起こし、サプリメントで補給してもエネルギーは切れっぱなしのケースが多かった。沢山食べてレースに出ると途中で横っ腹が痛くなったりするような気がするし、また体重増が気になって、食べようと思っていなかった。ところが、である。そのアドバイスによると、おにぎり5~6個(ほんの1000~1200カロリーらしく、これでも足りないのだそうだ)がお薦めらしいのだ。要は、走って使う分は詰め込んでおく、ということで、筋肉を動かすグリコーゲンの補給を、これでもか、ぐらいにしておくことらしい。最近、ダイエットに目覚めて、ご飯1杯でお腹が一杯になったりするが、こんなに食べれるかな、糖尿病に悪くないかな、と思いつつもかなり魅力的なアドバイスであることには違いなく、今度一回試してみたくなった今日この頃なのである。
昨日は、本当は所属チームであるWTCの練習に行くはずだったけど、仕事が遅れてしかも交通渋滞により時間が大幅に遅れた。お雪さんや2号室さんにアドバイスを頂いたり、走りぶりをみるだけでもとても刺激を受けられるので(いつも思うけど、あれだけ速いランナーなのに現状に決して甘んじず、常にもっと上を見て練習を続けるその姿勢、これでは差が開く一方なのは自明の理なのだ。せめて、少しでも近づけるような練習が自分には欲しい…)行きたかったが流石に夜7時には練習は終了しているだろうし、さっさと諦めてスカースデール高校へ。自分ひとりではなかなかスピード練習はできない。だからWTCのワークアウトがあるんだろうけど。遅くてもいいから800メートル(2周)を6本やることを自分に課した。本当はもっと長い(それでもせいぜい4周)のを繰り返したほうがいいのだろうけど、意気地なしの自分には800メートルで精一杯だ。ペースは酷くても2分を上回っては話にならないので、1分45秒~1分50秒ペースを目指した。でも脚が全くついていかない。調子が出ないのだ。一生懸命走っても1分46秒…。調子がいいときには1分35秒(それでもゆっくりでしょう…)をきちんと切れていたのに…。情けない。でもこれが現実。まあ、途中で挫けることなく、6本を達成できただけでも有難いと思っている。何しろ2007年に入ってから息が上がるほどの練習は一度たりともしていないし、これからの練習でどんどん調子が上がっていけばいいなぁ、と楽観している今日この頃なのだ。焦らない、焦らない…。
ナショナル・マラソンまであと10日を切った。酒は今のところ禁酒中。昨日は子供が残した夕食もそのままにした(いつも子供の残した分を食べてしまうから太ってしまうのだ。でも生来貧乏性なもので残すのが大嫌い…)。昼も薄いサンドイッチ用のパン1枚のみ。すっかり、ダイエット作戦開始である。何となく、身体が軽くなってきている(気がするだけなんだろうけど)。平日の練習も珍しく続いた。この調子、この調子…。唯一の心配は先週までの出張でひいた風邪がちっとも良くならないこと。走りながらゲホゲホするのは、ちょっと辛い。でも辛いことを実感できることこそ人間生きている証拠。そんな日々に感謝もする今日この頃である。
今晩は久しぶりのランニング。事務所の仕事を早く切り上げ(といってもそれでも6時半になったけど)、地元のスカースデール高校へ。ここは全米一レベルの金持ちが集まる地区の高校だけに、400メートルトラックは完璧なものである。今日は暖かいので、Tシャツ1枚や短パンでジョギングに勤しむ人も多く見受けられた。2年ぐらい前は毎日のようにここに来て20周以上するのが好きだった。誰もいないわけでなく、かといって混雑するわけでもない。ランニングの楽しさ、面白さを知ったのもここのお陰。LSDを始めた頃は他に走るところを知らなかったし、このトラックを何十周できるかが自分との勝負だった。真夏の暑い日の早朝から只管ぐるぐるとまるで修行僧のように。始めは10周でも辛かった自分が、毎週少しずつ周を増やして、最高では80周したことがある。今ではこんな事出来ない。目が回ってしまうだろうし、大体飽きてしまうだろう。そんな直向なときをいつの間にか忘れてしまっていた。またこの原点に戻る日が来るのだろうか…。
しかしながら、最近はなるべく400メートルトラックを走らないようにしている。距離が正確なだけにどうしてもペースを気にしてしまうからだ。今の自分はペースよりも走っている時間の方をむしろ大切にしている。正確に言うと何分、何時間走るかというのも本当は興味はない。ただ走ること、走れること、その喜びに興味があるだけだ。そういう意味で、少しはランニングに進歩しているのかもしれないし、もしかしたら原点を忘れてしまっって衰退期に入っているのかもしれない…。
でも最初の気持ちを決して忘れてはならないだろうなぁ。わずか5キロのレースで息も絶え絶え、足はパンパンになりながらも必死の思いでゴールしたあの日のことを。初めてこのトラックで3時間以上走って、人間やれば出来るんだと練習なのにうれし涙したことを。人間慣れが一番恐ろしい。気持ちもいい加減になってしまうし、そのうち飽きが来てしまう。人間、惰性にならないようにしたいものですね。特に、ランニングとは一生付き合って行きたいから…。
今日は久しぶりの40分。決して長くないけれど、1週間以上走っていなかっただけに物凄く新鮮でまた続けていける自信がついた(ような気がする)今日この頃なのである。
最近飛行機に乗る機会が多いせいか、日本でのANA機のトラブルが目に付いた。この飛行機はカナダのボンバルディア社製である。ボンちゃんは、飛行機だけでなく鉄道車両の製造でも世界の中で群を抜いた一大企業である。私の前所属していた会社もアメリカで鉄道車両を製造するメーカーであり、このボンちゃんと競合する会社であった。今回のトラブルでボンちゃんの日本での信頼はちょっと落ちちゃったかもしれない。ボンちゃんの会社名は余り知られていないかもしれないが、NYエリアを始とする(アメリカでの鉄道車両の何と70%はNYに集中している)車両の殆どは実はこのボンちゃん製である(鉄道に乗ると製造メーカーが書いてある)。飛行機も小さいものは結構ここのものである。皆さん、飛行機や鉄道に乗るときは気をつけましょう(気をつけても事故るときは事故るけど)。
さて日々春に近づくNYである。うちの駐車場の氷はまだ消えないのだけれど、もうすっかり真冬は終わっている。明日水曜なんて最高気温が70度近くになるらしい。そろそろ冬眠から目を覚ますときなのだろうけど、家内も自分もDLSになってから’時差ぼけ’が激しい。朝全然起きれないのだ。目覚ましはいつも5時半にはセットしているのだけど、いつのまにか消している。腕時計に至っては年中5時にアラームがなるようにしているのに、これもさっさと消している。今朝余りにも体が重く感じたので、勇気を振り絞って体重計に乗ってみた。遂に、大台突破をしてしまった…。昨日、事務所の他のマネージャーにも’最近太ったんじゃない?’と聞かれとても気になっていた。ズボンもとてもきつく感じるし、現に下腹部が明らかに太くなっている。もうナショナルマラソンには間に合わないだろうから、次のマラソンまでには大台でなくなるようにしたい。因みに、1年半前が最高に体重が落ちた頃で、その頃に比べて今は10キロも太っている。理論的にはフルマラソンで30分遅くなるだろうから、これは深刻である。家内曰く、食べすぎ・飲みすぎなんだから体重が増えるのは当たり前。今日から禁酒を言い渡されてしまった。ご飯も玄米を混ぜている。肉もほぼなくなり野菜だけの生活へ。昔89キロあった頃、ズボンのベルトが’まわし’に見えると、よくからかわれたものだ。この数年は自分でもびっくりするくらいの減量が達成できていたのに、この冬の出張や怠慢な生活でそれもすっかり台無しとなり、ふりだしに戻った。もう失うものは何もない。また減量生活に突入だ!といいながらも今晩も走れるかどうか今の所わからない自分なのである(クダラナイ時間だけかかるこの仕事何とかして欲しい)…。
さてさて、話題はまったく変わる。自分は最近日本語放送を見なくなったのだが、毎日夜1時間やっていた’ふじてれび’が金曜と週末だけになってしまうらしい(朝のニュースには変更はない)。自分がNYに来た頃は夜の放送なんてなかったのだから、それに戻ったといえばそれだけなのだが、何とも寂しいことである。まあ、この日本語放送はそもそもボランティア的に放送しているだけで採算度外視なわけだし、最近は視聴率(日本語放送にそんなものあるのかなぁ?)も低いし、金さえ払えば意味のないNHK番組を主体としたTVにほんを24時間見ることも可能であるし、ニュースはインターネット、ドラマもビデオで見ることも出来る。大体、昔放送したドラマを繰り返すなど、余りにも番組企画が怠慢に感じられたのは、そういうことだったんだな、と感じた。まあふじてれびの一つの使命も終わり、そして一つの時代に終止符が打たれる(大げさであるが、海外に住む人にとって、かつては貴重な唯一の情報収集源であったことだけは間違いない)こととなった。まだまだ生き残るであろう朝のニュースは頓珍漢な勘違いあんどーさんと鋭いたろーさんとのやり取りが唯一面白いけど、これもそのうち無くなっちゃうんだろうけど、でも実際に無くなっちゃたら結構ヤダナァ、と感じてしまうのは自分だけか?これだけは、ず~っと残して欲しいと感じる今日この頃なのである。
先週までの強行出張日程から無事帰ったものの、途中で引いた風邪により体調が思いっきり悪い。恒例の週末ロングランも全く出来なかったし、平日の早朝ランもしなかった。2週間後にナショナルマラソンが控えているのに何という怠慢…。
先週の金曜の夜に、デトロイトからNYに戻ったが、大変なことをしでかしてしまった。セキュリティーで自分のラップトップをカバンから取り出したまま、カバンに入れ直すのを忘れてしまい、置いて来てしまったのだ…。ラップトップが無い事に気づいたのは土曜の昼。自分の家のPCの調子が悪いので、事務所のラップトップを使おうと思ったら、あるはずの場所にない…。慌てて連絡をLost&Foundにしようとしたのだが、何と週末はやっていない。EmailとInternetを通じて連絡をしたが、何の返事もなく、週末は悶々とした気分だった(だから走らなかったという言い訳もできる)。本日月曜になって再度電話連絡を試みるも全く繋がらない。事務所のIT担当者にもその旨を伝え、2人で連絡をしてみることに。そうしたら、やはりあったのである。早速デトロイト事務所の人にPickしてもらえるよう依頼した。意外とアメリカは真面目だ。普通出てこない。事務所の人間も戻ってくるわけない、と思っていた。アメリカでは自分の目から離れた瞬間、そのものは他人に所有権が移る。高価品を失うのも、体調がここのところ頗る悪いのも、やはり厄年のせいかな、と完全に諦めていただけにビックリである。でも一安心である。これでランニングに打ち込めるとも思ったけど、体のダルさは人に説明し得ないような状態。最近の肉体的・精神的苦痛は家内にも理解してもらえないし…。
昨日日曜に硬いせんべいを食べていたら、歯が欠けてしまったことに気づいた。知らない間に奥歯のある1本のうち半分が縦になくなっているのだ。詰め物をした歯ではないし、そもそも縦に歯が欠けることなんてあるのか?もう自分も年のようだ。
先週金曜は次女の誕生日であった。でも意味のない出張のお陰で当日祝福することはできなかったので土曜日に。あっというまの5年であった。今では日本語も英語もスムーズだ。子供は成長を続け、大人は衰退を続ける。自分はあとどれだけ生きていけるのだろう?せめて次女の晴れ姿を見たいのだ。まだまだ20年は生きないと…。そのためにはどうするべきか、走るしかないのである。走って体力を少しでも維持するしかないのである。1週間の間に、2箇所のクライアントを訪れ、飛行機の窓から車の窓から何度も自然の大きさ、人間の小ささをまざまざと再確認し、何でこんなくだらない仕事如きに頭を悩ませているのか、とても空しくなった。人間の一生なんて自然の歴史からしたらホンの一瞬に過ぎない。せめてその短い一生、ちっぽけな一生を自分にとって楽しかったと思えるようにしたい。そのためにも走っていきたい。そう小さいながらも心に誓う今日この頃なのである。
あと2週間、ちょっとずつでもいいからランニング復活してみようかな…。
本日もアイオワ州から。今回は荷物の関係(?)でランニングシューズを持参してこなかったので走りたくても走れない。でも気持ちで走ることにした。でも余りにも暴飲暴食を続けているので多分身体がついていかない…。
ここは肉の町である。そして他に産業がない田舎町なのだ。昨日も今日も肉である。昨日は14ozのステーキ、そしてビール・ワイン…。今夜はリブ(NYにも無いほどの美味しさ)とまたまたビール2杯。NYに戻って体重計に乗るという暴挙・勇気は気弱な自分にはとてもできなくなってしまった…。そんな中での最大の(正確には唯一の)娯楽はカジノである。自分の宿泊するホテルの目の前にあり(といっても歩いては行けない。高速道路を横切るわけにはいかないのだ)、顧客に連れて行ってもらった(実は2夜連続で…)。自分はギャンブルに頗る弱い。勝った例がないのだ。途中まで勝っていたとしてもマダマダと思っているうちにいつの間にか負けているというのが通常だ。だから滅多にやらない。以前、ラスベガスに会計士のトレーニング(?)に行ったが会場がホテル内で、しかもカジノを通らないとその会場に辿り着かない、というギャンブラーには理想的な機会があった。自分もご多分に漏れず、その誘惑に負けてしまっていた。ルーレットは全て運だと思っていた。その日は運が極端に強く、番号に賭けていたが、何回か連続で大当たりしてしまい、自分からすると莫大な勝ちが見えていた。そこで止めればいいものを、人間はつくづく精神的に脆い動物である、もっと勝てるのではないか、もっと儲かるのではないか、とルーレットを続けた。人間の運なんて続かないのだ。あれだけ勝っていたものがあっという間に消え去ってしまったのだ…。気がついたら、$1,000程負けている自分に気付いた。もう遅いのであるが…。それからは、ギャンブルは封印していた自分だった。ところが、である。この田舎町のカジノに足を踏み入れた瞬間、眠っていたギャンブラー精神が呼び起こされ、またもややってしまった…。でも今回はスロットマシーンのみ。しかも1セントの台限定で。といっても、実際は同時に20セントから25セントを賭けた。意外と負けないものだ。楽しいことをしていると数時間などあっという間だ。スロットは意外にも勝ったり負けたりするし、元の掛け金も大きくないのでそんなには負けないので安心だ。といってもやはり$100弱負けてしまった…。顧客曰く、スーシティーギャンブルツアーはあっという間に終わった。まあ、久しぶりに楽しかったからまあいいか。ところで本題はそこにない。このカジノはここに住む人たちにとって唯一の憩いの場所なのである。客は殆どが地元のおじいちゃん、おばあちゃんなのである。ここに観光で来る間抜けはまずいないだろう。そのおじいちゃん、おばあちゃんが楽しそうにちびちびと楽しんでいるのだ。1セント単位の台だと、当たっても数十ドル程度か(でも顧客はそれでも$1,000単位で勝った事があるそうな)。でも本当に楽しそうなのである。にこにこしながら、多くは夫婦で一喜一憂している姿を見て、何だか自分まで楽しくなった。賭けには負けたけど、そういうアメリカの田舎の一面が見れて良かった(負け惜しみかな???)。日本のパチンコとかではちょっと見かけない姿なのである。そんな人生も決して悪くないのかもしれない…。
そして自分は何のためにここに出張に来ているのか途中すっかり忘れるほどであった。まあ、人間時には羽目を外さないと…(ここでもすっかり言い訳ばかりしている自分なのであった…)。
今出張でIowa州(スー・シティー)に来ている。こんなとこに日系企業があるのである。聞くところによれば、この近辺には日本人家族は1件しかなく、近くの大学にも日本人は10人もいないらしい。来た当初の苦労は物凄かったらしいが、人間住めば都、今では生活にすっかり慣れて意外と快適なんだそうだ。ここで作られる(加工?)挽肉の一部は日本の某7-11のレジの横の肉まんの中身に使われているらしい。何気なく食べていた肉まんもこちらの色々な苦労を経ていることを知りこれからは有難く頂戴することにしよう(日本に行ったら)。
さて、東京マラソンについてもそろそろお終いにしないと、次のナショナル・マラソン(DC)になってしまう。あれからもう2週間が経った。レース前から降り続けていた雨もゴール後はすっかりと上がり、青空すら広がった。ゴールの東京ビッグサイトで着替えをし、夜の打ち上げ(ポンするめさんのご紹介により特別に参加させてもらった)に備えて、一旦戻ることにした。この東京ビッグサイトからゆりかもめに乗って新橋まで戻りそこから上野へ。このゆりかもめの車窓から見える東京は絶景である。実は自分はお台場辺りを知らない。NYに渡米した17年前にはこの辺りは全く栄えていなかったことだけは知っている。その大昔、デートで船の科学博物館に行ったことはあるが、周りには何もないし非常に不便だったことだけ覚えている。会計士受験生時代、先輩に気晴らしにこの辺に連れてきてもらって、誰もいない港をぼ~っと見ていたこともあった。そういった何もない時代しか脳裏に浮かばないから、今は人気スポットのこの辺りにはビックリなのである。東京はどんどん成長している。自分の成長は完全ストップしている…。
さて、帰り道上野で下車し、上野公園を通って家路へ。今はもっとであろうが、2週間前でも上野公園には早咲きの何とか桜が既に開花し始めていた。上野公園には桜が
余り綺麗に撮れていないが、他にも思わず写真を撮る老若男女が大勢いた。
東京はもう春だったのである。寒いNYからは全く想像できないけど、2月でもう春がそこまで来ていたのである。2月のこんな時期に東京マラソンを開催することにはかなり批判もあったようだが(エリートランナーとは異なり、一般市民ランナーは寒い中を4時間、5時間かけて走ったり歩いたりするため、普段だと寒すぎるということだ)、神様はランナーに味方したということだ。確かにこの日この時間だけ雨は降ったし、寒かった。自分もいつものNYでの冬のレースの格好が必要だった。でも雨降れば地は固まるのである。第2回以降の益々の盛り上がりが今から楽しみでならない。
自分が東京マラソンに出た興奮状態で通り過ぎた上野公園には、時代錯誤(?)のロックンローラーの若者たちが、観衆ゼロの中ビールを飲みながら踊っていた。。我関せず

彼らには東京マラソンなど全く興味の対象外だ。マラソンって何?という世界かもしれない。それでいいのだ。人はそれぞれ異なる趣味を持ちそれに没頭する。そんな自分も昔はマラソンを走るなんて全く想像すらしなかった。それが、今では一つの趣味と言えるところまできた。98年に初めてNYCマラソンに参加したとき練習でも20分走れれば良い方で、本番でも当然のごとくブルックリンで歩き始めた。タイムは6時間近く。翌日のNYタイムスにも最終ページの最終行の最後の方に小さく名前が載っていた(と思う)。それから時間は経ち今では完歩ではなく完走できるようになった。東京マラソン沿道の声援は日本人の自分にはとても心地よかった。NYCは地元だけにとても心地よいが、東京も自分を受け入れてくれたことがとても嬉しかった。これは感謝という一言では済まないぐらい嬉しいことだった。これからも頑張ろう。走り続けよう。自分のために。家族のために。応援してくれる皆のために…。
その夜のチーム・べジーの皆さんとの打ち上げは楽しかった。皆、走ることが本当に楽しくて楽しくて仕方ないのである。走ることは決して辛いことではない。実に楽しいことなのだ。自分はこれからも楽しく笑顔で走り、自慢の(?)グリコポーズでゴールし続けようと思った今日この頃なのである。打ち上げで出会った何人かは今年のNYCマラソンにも来られるようだ。今から再会が非常に楽しみである。
東京マラソンから10日が経ち、暦では3月となった。東京は相変わらずの暖冬である。こちらNYは相変わらず寒い毎日である。一時に比べたら死ぬほど寒い、という表現は相応しくなくなったといえるが、まだまだ春は遠い…。今週は昨日までインディアナ州インディアナポリス郊外に出張。ご存知の通り、米国における自動車業界は今まさに調子がよい。勿論、勝ち組・負け組はあるのだが総じて好調な業界となっている。こんなど田舎に何故態々という場所なのだが、トヨタやホンダにくっついて来ている下請けの日系企業も多く、何とこの地域の日本人の人口比は10%を超えるそうだ。好調な産業をもたらしてくれる日系企業については非常に寛大で、不便は勿論あるみたいだが、結構住みやすいのだそうだ。でも自分はとてもじゃないけど住めない。フラットな地形が続くもののランニングにはきっと向かない。トレイルがないし、そもそも走っている人など見かけない。だって地域柄、車中心なのだから…。しかも見かけるアメリカ人は全てデブであった。自分もホテル周辺のサイクリングコースを走ってみたが、走っていたのは自分ひとりだったので、気味悪くなって途中で引き返してしまったほどだ。
さて余談はさておき、そろそろ東京マラソンのレース本番編を書き上げないと、人々の記憶も風化してしまうので…。しかもまた来週からアイオワ州・ミシガン州と出張が続いてしまうので時間も取れそうにないし。出張と50州マラソン参加とが上手く日程的に合えばいいのだけれど、世の中そんな上手くは行かないものである。
さてさて、東京マラソンレース編の続きである。今から思うと、もうちょっと調べてから更に時間の余裕を持っていけばよかったという反省がある。トイレ問題があったが、実はガラガラのスポットもあったそうだ(ただし待っている間に濡れる)。あるいは、スタート前にミールサービスがあって、パンや暖かいスープもあったらしいのだが、その存在すらすっかり忘れてしまうほどの混雑だったのだ。あと雨よけのポンチョを何とかして入手すべきだった(因みに、自分の場合にはNYへのお土産として)。それはさておき、雨だろうが何だろうが、マラソンのスタート前のあの緊張感は何度経験しても楽しい。当日は40分前に雨の中並ばされ、身動きできないほどの中じっと待たざるを得なかったが、これから起こるであろう出来事に対する期待や不安に対する心の準備、周りのランナーたちの会話を聞いていて、何とも言えぬ瞬間(自分にとっては40分も楽しいひと時なのだ)であったのだ。マラソンを何故続けるか、人によって答えは様々であろう。自分にとっては、あの緊張感を楽しめるスタートを味わいたいから、というのが一つ。もう一つは何と言ってもゴールの達成感を味わいたいからである。でも緊張感を楽しめるのは当たり前ながらスタートなのだ。世の中、何かに秀でている人が同じように言うことがある。緊張を楽しめと。そして緊張を楽しめる人は強いと。緊張すると時に本来の自分の能力が発揮できなくなることも多々あるだろう。でも、スタートの緊張感はちょっと異なる。これから、さあやるぞ、とか、精一杯楽しもう、といったポジティブな意味である。これは日常生活では味わえない感情である。慣れてくるとその緊張感もなくなってしまうのでは、と多少心配にもなるが、まだまだ自分はこれで20回目のフル参加。まだまだ初心者に過ぎない。
さて、紙吹雪(?)が舞う中、あっという間にスタート。スタート地点には東京マラソン発案者である石原都知事並びに河野洋平(何で陸連やっているのでしょうか?因みに、自分の出身高校の大先輩であるはず)がいた。この東京マラソン開催を巡っては色々裏物語もありそうだが、ランナーは純粋に行こうではありませんか。この写真に写るSPの無表情さがいい。いよいよスタート。石原都知事がランナーに手を振る。

雨の中、沿道に応援がいるのかどうか、スタートの時点では全くわからない。スタートして靖国通りに入った瞬間、3万人のランナー、沿道の人人人を見て、これは凄い!と正直思った。東京の道は決して広くはない。そこを埋め尽くすランナー。どちらかというと下り調子のはずだけど、目立って下っているわけではない。事前の情報が行き届いているのか、初めから飛ばすランナーは案外少なかったような気がする。東京マラソンはスタートを予想タイムに応じてブロックに分けたのだが、これは思いのほか大成功であったようだ。自分はEブロック(真ん中よりちょっと前)で、実際に公式スタートタイムとネットは3-4分しかかかっていないはずである。一番後ろから並んでも20分弱だったという。自分はNYCマラソンでぼ~っとしていたら後ろしか並べなくなっったことがある。スタートしているはずなのに前が全く動かず、16分ぐらいスタートするまで待った記憶がある。当然後ろに並んでいる人たちの多くは、タイムを全く狙っておらず、いきなり歩いているし、しかも集団の場合それを掻い潜って抜かすのはかなり疲れるのだ。空いた隙間を狙ったり、それでも仕方ないときは、無理やり行くしかないのだ。その時はサブ4を狙っていたのに、最初の数マイルで疲れ果てて、サブ4どころか4時間半も危ういレースとなってしまったのだった。そういう悪夢があるだけに、スタートには一抹の不安があった。でも、そこは日本である。予想タイム申告も概ね正しいのだろう。当初危惧された混乱は全くといっていいほどなく、気持ちよいスタートが切れ、しかも周辺のランナーは皆ほぼ似たようなペースなので極めて走りやすかった。気負うこともなく、淡々と自分のレースに没頭することができた。昨年のNYCでは長年の夢であったNYCでのサブ4が達成できたが、これも非常に気持ちよかった。何故なら、周りがほぼ似たペースのランナーばかりであったため、最初から最後までずっと団子状態。これって、妙な連帯感みたいのが生まれて、皆に引っ張られながらいつの間にかゴールしてしまうのだ。東京マラソンではペースメーカーはいないのだが、周りの皆がペースメーカーとなって、一緒に楽しみ一緒にゴールしたようなレースだった(海外ではいつの間にかレース中に挨拶をしたり話しかけたりして楽しいこともあるけど、日本人同士で喋りながら走る人は流石にいないですね…)。脱線をするが、米国のレースで一番嬉しかったレースは、昨年のルート66マラソン(オクラホマ州)だ。過去にブログで記しているけど、ずっと3時間50分のペースメーカーに付いていき、最後の1マイルの急な上り坂をペースメーカーに引っ張ってもらいPRを達成できたレースである。レース中は必死で走っていて、ペースメーカーとは一言も話していなかったけど、最後一緒にゴールし声をかけてもらったのは一生の思い出である。ペースメーカーはずっと自分のことを見てくれていたのだ。その時にマラソンは一人ぽっちの孤独なスポーツではないことを強く感じたのである。それとはまるっきり異なる規模の東京マラソンではあったが、周りのランナー、沿道の応援、多くのサポーターに勇気付けられあっという間のゴールとなってしまった。全ての方々に感謝の一言しかないのである。
さて、新宿を出発したランナーご一行は、皇居の横を通り、品川へ。折り返し後、銀座まで戻り、一路浅草、そして銀座に再び戻り、あとはちょっと寂しい豊洲やゴールの東京ビッグサイトというコース。まあ、コースも色々批判はあるだろうけど、それなりに楽しめたので次回以降改善してもらえばいいじゃないかと思う。自分的には東京出身だけに、見慣れた町並みを走り抜けることは非常に楽しかった。日本を長く離れていると自分の故郷が懐かしくてしょうがない。東京出身で東京で働いてしまうと”お国はどちら?”という問いにいつも困窮し、故郷を持つ人がとても羨ましく思えてしまうことが多かったが、今NYに住み、自分の故郷は東京です、と胸を張っていえる。自分は東京に嫌気が差してNYに移り住んだのだが、今は東京が大好きになってしまっている。もう東京に簡単に戻ることは出来なくなってしまったけど、出来ることなら東京に戻りたい、自分の故郷に帰りたい…。
走る写真家として、途中カメラを持ったが、後ろからランナーがどんどん来るし、道一杯にランナーが広がっているし、写真を撮りながらというランナーはそれほど多くはなかったし、天気が悪いし、一生懸命走る姿を沿道の方々にはお見せすべきだろうし、写真は色んなところで公開されていたり買ったり出来るだろうし、途中からレースに集中しようという気にもなってしまったし、等など諸々の理由により、枚数的には少ない。でも自分にとっては1枚1枚が大切な思い出である。ぶれていたり、何を写しているのかわからない、だろうけど…。
suta-tomae
スタート前に雨に濡れても待ち続ける図。いつもの赤いBuffがスタート前からびしょ濡れ…。
スタート直後。新宿。

人人人

人人人2
スタート直後。物凄い人人人…。
変な格好…
近くのおばちゃんに撮って貰った。スタート直後なので、かなり顰蹙であったかもしれないが、おばちゃんは寛大であった。
皇居前で撮って貰った
皇居前。これは若い女性に撮って貰ったのできちんと撮れました。
P2170283.jpg
この集団状態で最後まで。
品川折り返し
品川の折り返し。東京から品川までほんの5キロしかない。あんなに広いと思っていた東京が小さく感じた。因みにここから浅草までも僅か10キロ程度である。アメリカにいると距離感が本当に狂ってしまう…。
東京タワー
一応、東京タワーの近く。雨で東京タワーが霞んで見える。更には東京タワーの全景が写っていない…。
今話題の不二家

和光の前のつもり…

ここは銀座。今話題の不二家の前も通ったし、銀座のシンボル、和光の前にて1枚。ボランティアのおじいちゃんに頼んだが、操作に慣れていなくてここが和光かどうかどうやったらわかるというのでしょう???でもおじいちゃん、ありがとう!
左に見えるのが我らのBlue3さん
小さいしわかりづらいけど、左のランナーこそ我らの星、Blue3さんです。有森裕子選手のすぐ後に来たので慌ててカメラの準備をせざるを得なくて超ボケてしまった。申し訳ない…。しかしながら、その快走ぶりは自分の目でしっかりと見ましたし、しっかりと脳裏に刻まれております。
ガソリンスタンドで応援する上智大チアリーダー

雷門
浅草近辺に上智大のチアリーダー発見。慌ててシャッターを押すも、その瞬間後ろからきたランナーと接触し、カメラを落としてしまった。それでもビクともしなかったので、このカメラの耐久性は見事実証されたことになる。そして、念願の浅草・雷門前。本当は雷門をバックに写真を撮ってもらおうとしたのだけど、ボランティアのおじさんが駄目だというので仕方なくこの写真のみ。浅草は下町だけあって、応援も人情の厚いものであった。感謝!
銀座4丁目大通り
銀座に戻る。このちょっと前に噂のアンパン2個平らげ事件が起きた。自分見たいのがいたから後の人の分が無くなってしまうなんて思いもしなかった。すいません…。でも人形焼も食べたかったなぁ…。
ゴール直前

ゴール直後のランナーたち
ゴール直前におばあちゃんに頼んだ。ゴールをバックにとお願いしたつもりだったけど全く違う画像である。でも気にしていないです。ありがとう!何故写真が途中ないのか、それは真面目に走った部分もあったからである。写真を走りながら撮るのは想像以上に実は難しい。簡単にぶれてしまう為、一旦立ち止まってから撮らないとなかなか巧くいかない。まだまだブレまくりだが、これでも上達した方である。雨の中漸くゴール。皆さん相当お疲れの様子。でも自分同様、未だ嘗てない感動と楽しい時間をすごせたものと思う。お疲れ様です!
メダルの女子高生
完走メダルをくれたボランティア。記念にいっしょに撮りたかったが、自分のゴールはピークであってそれは断念…。

さてゴールはあっという間だった。30キロの壁に気がつかないままゴールしてしまった感じだ。写真を撮ったりチンタラしているとどうせサブ4を達成できないのだからもっとゆっくり楽しんでも良かったかもしれない。でも本当に楽しかった。また出たいとすぐ思ってしまう自分なのであった。因みに、ムネオハウスで有名な鈴木宗男さんは自分より僅か1分以内にゴールしていたことを後で知った。60歳を超えていて4時間ちょっととは恐れ入る。しかも病気じゃなかったでしたっけ???夢の有名人との記念撮影…。

その他及びまとめ編、更に続く。

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