NYを15日(木曜)に発ち、16日(金曜)の夕方には予定通り成田に到着。すかさずBlue3さんに連絡を取り、翌日17日(土曜)にExpoに行く約束をした。Expoはマラソンの前夜祭みたいなもので、単にナンバーをもらいに行くのではなく、グッズの販売もあるし、何よりもその雰囲気が好きなのである。皆、明日のマラソンに備えて気持ちは自然と高まり、緊張感も増す。でも皆の顔はほころぶばかりでもある。そんな非日常的な雰囲気が大好きなのだ。アメリカの田舎の小さなレースには残念ながら立派なExpoがないレースも多い。中には全て当日ピックアップ(勿論当日申し込みも可能!)のレースもあったりする。でもNYCのような最大規模のExpoは広い、大きい、何でも売ってる、世界各地のレース紹介がある、無料サンプル(これしか興味がない、という輩もいるだろう…)がる、等楽しいイベントであるので大抵家族で行くようにしている。東京マラソンのExpoも私の知っているNYCのそれと遜色のない立派なものであった。でも、昨年のNYCでは何故かビールの無料提供があったのでこれを何杯も頂いたが、東京では流石になかった…。
そんなことより東京マラソンのExpo会場は、あの東京ドームである。噂では、文京区は何故か東京マラソンのコースとして通過させるのを最後まで拒否続けた唯一の区なのだそうである。この文京区に属する東京ドームであったが、Expo会場としての受け入れは非常に寛大であり、大会の盛り上がりに一役買っていたと思う。


Blue3さん夫婦と一緒にExpoへ乗り込むの図。
自分がExpoで唯一(?)感動(?)したのは、Nikeのブース内でお立ち台みたいに上の方でトレッドミルで黙々と走る女性であった。いくら仕事とはいえ、何で人の見ている中で(しかも頭上で)、延々と走らなくてはならなかったのだろう。自分はトレッドミルでのランニングが大の苦手である。1時間続けて出来たことは数年前に1度だけあるが、今では30分が限度である。その女性はどれだけの時間走っていたか知らないが、きっと嫌だったろうに…。普段トレッドミルで長時間走っていなければ最高に辛い仕事の一つだったに違いないと思う、今日この頃なのである。

第1回からこれだけ立派なExpoが開けるのは凄いことであると思う。日本ではこれだけの規模のExpoは初めてのことだったようであり、その楽しさがランナーの皆にも伝わっていたことだろう。
さてExpoを後にして、Blue3さん夫婦と昼食を。場所柄、安いところも多いし、自分が会計士になる前、受験専門学校に通っていた頃が思い出されて感激した。入ったところは、いもや(天ぷら)である。

自分が受験生の頃は殆どその日の生活費すらも困っていたから、実はこの’いもや’ですらも入れないぐらいお金のない時期もあった。でも今では食べれる。時が全てを解決してくれたようです。ここの天ぷらは決して高級ではないかもしれないけれど、自分にはとても美味しい。しかも安い(僅か600円)!日本は幸せだ。こんなに美味しいのに、僅か5ドルとは…。アメリカで天ぷらをきちんと食べようと思ったら、きちんとした日本食レストランでないと食べれない。そうでないと油の塊を食べさせられてしまうから…。天ぷらを食べたのは、何年ぶりかな…。大満足であった。ごちそうさまでした!
さてさて、NYから東京へ行くと避けては通れないものがある。それは時差ぼけである。予想通り朝4時に起きてしまい、どうしたもんだか、と思っていたけど、6時半前に前日の調整を兼ねて上野公園までジョギングだ!日本は本当に暖かい。厚着なんかしなくても走れる。それでも朝は肌寒いのだけど、中には半袖のTシャツ1枚で走るおじさんも見かけたほどだ。上野公園の噴水前では、毎朝(だと思う)6時半になるとラジオ体操が行われる。懐かしい音楽に合わせて、ラジオ体操第1と第2の両方を周りに合わせて行う。参加しているのは殆どがおじいちゃんおばあちゃんみたいだけど、自分もその年齢層にそろそろ突入していることに気付いたが、それでいい。ラジオ体操なんて、中学校の時以来の様な気がするけど、継続していたことって恐ろしいくらいに覚えているものだ。第2も含めて(第1だけでなく、これも出来ますか?)、最後まで間違えなく出来たことに自分自身感心した。しかし、今でも体育の時間や夏休みにこれってやっているのだろうか?少なくともアメリカ生まれ・育ちのうちの子供には全く理解できない体操なのだが、だとしたらこれをどうやって伝授したらいいのだろう…。ラジオ体操はウォームアップに最適な運動である。これからはこれをランニング前の体操として取り入れてみようかな、何て思ってしまった自分である。上野公園のラジオ体操は大昔から続いている。父がまだ健在で早朝ランニングを毎日のように行っていた頃(実際はもっと前である)からあった。時々、自分も連れて行ってもらったものだ。その当時はラジオ体操なんて、と思っていたけれど、これは日本が誇れるスポーツ文化の一つではなかろうか…。
さてさて時間は更に遡り、飛行機のなかで、’Udon’という映画を見た。これは’讃岐うどん’の物語ではあるが、父と息子の確執そして最後は分かり合える物語である。自分はこういうのに弱い。まさに自分そのものであるからだ。自分の場合には最後まで分かり合えないままで終わってしまったけれども…。父はマラソンが大好きだったのだ。父がまだ健在であったなら、きっと出たかったであろう東京マラソン。あるいは応援したかったであろう東京マラソン。父への感謝の気持ちを込めて、自分は走ることにしたのである…。
(その3 レース編へつづく)