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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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東京マラソンから早1週間。あれだけ盛り上がった大会も1週間も経つと序々に人々は冷静さを取り戻し、日常に戻っていくだろう。ランナーのブログもそろそろネタが尽きてきたかもしれない。だからこそなのだが、敢えて今東京マラソンのレースを振り返ってみたいと思うのだ。
レースは18日日曜。予報では前々から雨の予報。因みに、前後というか東京は毎日暖かく、決して冷たい雨が降るなんて誰も思ってやしなかった。前日になったら、予報は多少変わり、明け方には何とかあがるのではという期待もあった。自分は時差ぼけそして興奮からか、午前3時に一旦目が覚めてしまい外を見ると小雨の感じであった。マラソンでは小雨状態がベストと言われることもある。湿気が程よくあるし、気温も丁度よいのが普通だ。息も上がりにくいので呼吸が楽だ(自分はスローランナーだからなのか、フルマラソンで息が苦しくなったことは一度たりともない。心拍数も全く変わっていないと思う。こんなんじゃ駄目なんだろうけど、糖尿病持ちは心臓に負担がかかりやすいから、こんな感じで一生行くしかないのか?10キロ程度であれば息をハァハァさせて走ることはできるが、フルではその勇気が出ないのだ。まあ、フルでは呼吸が苦しくなったらそのレースは失敗だ、と言われるので、その説を信じているが、こんなんじゃちっとも速くなりやしないのでは、と不安もある。まあ、タイムを意識しなければいいだけだけど…)。さて、ここで一安心してもう一眠り。5時に再起床。雨音が激しくなっていた。そうなのである、外は土砂降り…。まあ覚悟していたから全然気にしていないけど、大雨の中フルマラソンは出たことがないので不安は全くないといったら完全に嘘つきである。寒さ対策だけはしっかりしているので、寒さには不安はないけど、靴とかウェアが濡れたりするのはちょっと辛いのかな?宿泊した弟の家には折りたたみ傘がないという…。せめて、レース前は余り濡れたくないなぁ…。出掛けに壊れた折りたたみ傘を発見したのでそれを拝借できた。大満足。弟の家からは日暮里が最寄り駅。ここは様々な電車が合流するので、ホームに行くと東京マラソンに出場する人が既に大勢待っていた。ランナーに天気なんて関係ないのだ。雨が降ろうと槍が降ろうとレースはある。何でこんな状態でも走るのか、と走らない人からしたら不思議でしょうがないだろう。でもそこにレースがある限り、そこにゴールがある限り走ってしまうのがランナーというもの。自分もその一員になれ、この大雨の中何故かうれしい気持ちになってしまった。電車の中でカップルでだろう若い男女のランナーが仲よさそうにしていた。その隣には浮浪者っぽい(失礼)おじさん。ふとそのおじさんがカップルにいきなり話しかけた、何キロ走るの?カップルは無視するかと思ったらきちんと42.195キロですと答えた。おじさんは凄いな~、とニコニコであった。おじさんの満足そうな笑顔を見て自分は嬉しくなった。だって、NYだったらそんなおじさんが人に話しかけることもないだろうし、また話しかけられても通常無視であろう。でも日本は違う。会話が成立しているのだ。しかもお互いにニコニコ。う~ん、日本は違う。おじさんにも支えられているマラソン。そこに参加できる自分がうれしい。
新宿に到着するとそこからは暫く地下道である。新宿に着くなりそこはランナーで溢れかえっている。トイレをどうするか、それが真っ先に頭に浮かぶ。思わず駅構内のトイレへ。男子用に長蛇の列…。これは幸先悪し。でも列を避けて中に入っている人もいることに気付き、同じく入っていくと予想通り、小の列はゼロでした。その後混雑も予想し、新宿駅構内で皆に合わせて、レース準備。ストレッチングやVAAMを飲んだり、ウェアは大丈夫かなとか、レース前のこの瞬間が大好きである(皆一緒だから)。自分は、大学に入り教育学部なのに学校の先生にもならず、一匹狼な職業の会計士の道を選んだ。会計士に受かっても、国内でやろうと思わず海外での道を選んだ(その当時は海外で活躍する日本人会計士なんて世界でも数えるきり。今でも米国で15年以上いる日本の公認会計士なんて殆どいない…。わざわざ苦労して取得した資格を捨てる人なんていないですよね…)海外に来ても皆数年で日本に帰ってしまう。海外での転職の道も選ばず、給与・待遇の遥かにいい日本に帰ってしまう。自分は皆のルートに意識的に逆らうように反抗するように海外永住の道を今のところ選んでいる。完全にコースを外れているオフコース・アウトロー人生なのだ。後悔はしていない。でも少なくともたまには普通のことがしてみたい。東京マラソンでは3万人のランナーと全く一緒だ。そこには特別待遇もないし、かといってなんらかの差別待遇もない。年齢・性別・人種・人生背景・会社でのポジション・年収…何の差別もなく、一市民ランナーでしかない。自分にはそれがとても心地よい環境なのだ。自分は外れまくっている人生を歩む。でもこの空間では皆と一緒。こんな嬉しいことがあろうか…。
さて混雑する新宿駅の改札を抜け、地下道を行く。ランナーだらけ。皆期待していたんだぁ。こんな雨なのにそんなことお構い無しに皆土砂降りのスタートに向かっていく。応援者、関係者にとっては生憎の天気なんだけど、ランナーにはどうでもいいみたい。参加できることが最大の喜びなのであって、天気なんてどうでもいいのだ。勿論天気に恵まれるに越したことはない。でもこれは仕方ないこと。でも皮肉なことにレース中だけが天気が悪くて、あとは最高の天気だった東京。でも自分の心には雨だからこそ印象がより強く残ったレースとなった気がする。雨だからこそ、応援の人たち、関係者、そしてランナーの一体性がより強まったような気がしてならないのだ。雨でも、ランナーは皆楽しかった。応援する人はさぞかし大変だっただろう。でもランナーはそれでも応援してくれる人たちに十分応えられたと思うし、応援の人たちも物凄くそれに応えてくださった。大雨の中、傘もささずに応援を続けてくださった方々、とても感謝します。寒くても最後のランナーのためにもずっとレースを支えてくださったボランティアの方々にもとても感謝します。このレースの開催までの尋常ならぬ努力をしてくださった関係者にとても感謝します。全ての方々に大感謝です。人は一人では生きていけない。互いに支えあって生きていくものなのです。そんな当たり前かもしれないことに気付かせてくれた雨の中の東京マラソン、それは自分の人生の誇りです。マラソン、それは果てしない夢。でも誰もが達成できる夢。この夢を現実にすることが出来た自分に大感謝です。生きてて良かった…。

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皆そそくさと新宿地下道をスタートに向かう。

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地下道にて。

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スタート前の混雑。

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スタートに並んだ。でも大雨の中、40分も待たされた。でも気にしない気にしない。

レース編は更に続く…。
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NYを15日(木曜)に発ち、16日(金曜)の夕方には予定通り成田に到着。すかさずBlue3さんに連絡を取り、翌日17日(土曜)にExpoに行く約束をした。Expoはマラソンの前夜祭みたいなもので、単にナンバーをもらいに行くのではなく、グッズの販売もあるし、何よりもその雰囲気が好きなのである。皆、明日のマラソンに備えて気持ちは自然と高まり、緊張感も増す。でも皆の顔はほころぶばかりでもある。そんな非日常的な雰囲気が大好きなのだ。アメリカの田舎の小さなレースには残念ながら立派なExpoがないレースも多い。中には全て当日ピックアップ(勿論当日申し込みも可能!)のレースもあったりする。でもNYCのような最大規模のExpoは広い、大きい、何でも売ってる、世界各地のレース紹介がある、無料サンプル(これしか興味がない、という輩もいるだろう…)がる、等楽しいイベントであるので大抵家族で行くようにしている。東京マラソンのExpoも私の知っているNYCのそれと遜色のない立派なものであった。でも、昨年のNYCでは何故かビールの無料提供があったのでこれを何杯も頂いたが、東京では流石になかった…。
そんなことより東京マラソンのExpo会場は、あの東京ドームである。噂では、文京区は何故か東京マラソンのコースとして通過させるのを最後まで拒否続けた唯一の区なのだそうである。この文京区に属する東京ドームであったが、Expo会場としての受け入れは非常に寛大であり、大会の盛り上がりに一役買っていたと思う。
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Blue3さん夫婦と一緒にExpoへ乗り込むの図。
自分がExpoで唯一(?)感動(?)したのは、Nikeのブース内でお立ち台みたいに上の方でトレッドミルで黙々と走る女性であった。いくら仕事とはいえ、何で人の見ている中で(しかも頭上で)、延々と走らなくてはならなかったのだろう。自分はトレッドミルでのランニングが大の苦手である。1時間続けて出来たことは数年前に1度だけあるが、今では30分が限度である。その女性はどれだけの時間走っていたか知らないが、きっと嫌だったろうに…。普段トレッドミルで長時間走っていなければ最高に辛い仕事の一つだったに違いないと思う、今日この頃なのである。
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第1回からこれだけ立派なExpoが開けるのは凄いことであると思う。日本ではこれだけの規模のExpoは初めてのことだったようであり、その楽しさがランナーの皆にも伝わっていたことだろう。
さてExpoを後にして、Blue3さん夫婦と昼食を。場所柄、安いところも多いし、自分が会計士になる前、受験専門学校に通っていた頃が思い出されて感激した。入ったところは、いもや(天ぷら)である。
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自分が受験生の頃は殆どその日の生活費すらも困っていたから、実はこの’いもや’ですらも入れないぐらいお金のない時期もあった。でも今では食べれる。時が全てを解決してくれたようです。ここの天ぷらは決して高級ではないかもしれないけれど、自分にはとても美味しい。しかも安い(僅か600円)!日本は幸せだ。こんなに美味しいのに、僅か5ドルとは…。アメリカで天ぷらをきちんと食べようと思ったら、きちんとした日本食レストランでないと食べれない。そうでないと油の塊を食べさせられてしまうから…。天ぷらを食べたのは、何年ぶりかな…。大満足であった。ごちそうさまでした!
さてさて、NYから東京へ行くと避けては通れないものがある。それは時差ぼけである。予想通り朝4時に起きてしまい、どうしたもんだか、と思っていたけど、6時半前に前日の調整を兼ねて上野公園までジョギングだ!日本は本当に暖かい。厚着なんかしなくても走れる。それでも朝は肌寒いのだけど、中には半袖のTシャツ1枚で走るおじさんも見かけたほどだ。上野公園の噴水前では、毎朝(だと思う)6時半になるとラジオ体操が行われる。懐かしい音楽に合わせて、ラジオ体操第1と第2の両方を周りに合わせて行う。参加しているのは殆どがおじいちゃんおばあちゃんみたいだけど、自分もその年齢層にそろそろ突入していることに気付いたが、それでいい。ラジオ体操なんて、中学校の時以来の様な気がするけど、継続していたことって恐ろしいくらいに覚えているものだ。第2も含めて(第1だけでなく、これも出来ますか?)、最後まで間違えなく出来たことに自分自身感心した。しかし、今でも体育の時間や夏休みにこれってやっているのだろうか?少なくともアメリカ生まれ・育ちのうちの子供には全く理解できない体操なのだが、だとしたらこれをどうやって伝授したらいいのだろう…。ラジオ体操はウォームアップに最適な運動である。これからはこれをランニング前の体操として取り入れてみようかな、何て思ってしまった自分である。上野公園のラジオ体操は大昔から続いている。父がまだ健在で早朝ランニングを毎日のように行っていた頃(実際はもっと前である)からあった。時々、自分も連れて行ってもらったものだ。その当時はラジオ体操なんて、と思っていたけれど、これは日本が誇れるスポーツ文化の一つではなかろうか…。
さてさて時間は更に遡り、飛行機のなかで、’Udon’という映画を見た。これは’讃岐うどん’の物語ではあるが、父と息子の確執そして最後は分かり合える物語である。自分はこういうのに弱い。まさに自分そのものであるからだ。自分の場合には最後まで分かり合えないままで終わってしまったけれども…。父はマラソンが大好きだったのだ。父がまだ健在であったなら、きっと出たかったであろう東京マラソン。あるいは応援したかったであろう東京マラソン。父への感謝の気持ちを込めて、自分は走ることにしたのである…。
(その3 レース編へつづく)
暖冬で天気も良いはずだった東京は、マラソン当日だけ肌寒く、かつ大雨に見舞われた。でも、沿道からの熱い声援、ボランティア・大会関係者からの熱いサポート、意気を感じて走る全ての熱いランナー達に恵まれ、異常なほどに盛り上がった”祭り”となった。とても楽しかった!やはり日本人は芯からのマラソン好きなのである。
自分自身、第1回だし・雨だし・寒いし・大人しい日本人だし、と正直いきなり失敗に終わる(ということは最初で最後の可能性…)かもしれないな、と思っていたのだが、さにあらず!日本人で本当に良かったと心からそう思えたマラソン大会であったのだ。
自分はもっと余裕を持って東京に行きたかったのであるが、仕事柄それを許す環境にはなく水曜の夜遅くまで働き木曜の朝に日本に向かうという強行日程(しかも月曜NYへ戻り)を余儀なくされた、ことは既に前回のブログで記した。実は更に木曜の朝にもオフィスへ行って、自分が不在中の間のインストラクションを部下等に直接伝えてからギリギリに飛行場に向かうということもせざるを得ず極めて慌しい日程となってしまった。(精神的に思いっきり疲れます…)
今回は一番安い旅行代金でありガラガラという噂のあった○ンチ航空を初めて使ってみたが超満員であり、食べ物は不味く、サービスも今一で個人的には余り好きにはなれなかった。特に帰りは不愉快な思いもしたのでこれについては別途記すことにしよう。
さて本題であるがここで記す総括編、Expo編、レース編、その他編と分けて書いてみようと思っている。まずは総括から。
今回は石原都知事の肝いりで創めたマラソンであり、NYCマラソンを初めとする世界を代表するマラソン大会をモデルとしながら、東京のド真ん中で一般市民ランナー3万人が走ることを実現させようとするものであった。ビジネスの1手段として使われがちな傾向にある大都市型マラソンにあって(ところでNYCマラソンはどうして毎年参加費用の大幅アップをしてしまうのか。確かにOrganizationは良くなっているだろうけど、INGがスポンサーになってからのNYCマラソンには商業主義の匂いがプンプン漂っていて余り好きではない。金を余分にかけられるのに、Tシャツやメダルのデザインがちょっとダサすぎる。昔のシャツやメダルは毎年テーマが感じられて非常に良かった。大会そのものも昔の参加者主体型の適当な感じが好きだったのに…)、一般市民の一般市民による一般市民のための大規模マラソン大会であった。勿論、結果的に東京のビジネス、観光、認知度、等が高まればそれに越したことはないのだけれども、少なくとも沿道の応援者・ボランティア・一般市民ランナーは純粋にマラソンが好きだったわけで、皆で一緒に盛り上げられた大マラソン大会となったのだ。今や世界のトップクラスであるNYCマラソンでさえ、第1回は誰も気付かないほどの小規模なレースであった。しかもコースは交通規制の必要がないセントラルパーク4周であり、今のような何万人規模でニューヨーク市5区を全て走るために1日中市内の車による通行が規制される形式になったのは暫くしてからである。それを東京は1回目から行った。日本人はやれば出来るのである。限界のない可能性を秘めた東京マラソン。日本人として誇りに思わざるを得ない。近い将来には世界を代表するメジャーレースにしたいようだが、必ずや達成できるに相違ない(自分は密かに将来は世界一のマラソン大会になる気がする)。何故なら、日本人は無類のマラソンが大好きな人種であり、今回のようなランナー・応援者・ボランティアたちの’笑顔’だらけのマラソンなんて他にはない!
以下良かったところを自分なりに簡単に書いてみる(これは私の知る限り、ほぼ全ての参加者・関係者が感じたことに違いない)。
(1)何と言ってもボランティアたちの頑張りに感動した。
自分はボランティアを経験したことがないのだが、きっと重労働である。一瞬に通り過ぎるランナーのために、でもその一人一人のために激励の声をかけながら、しかも最後のランナーが通り過ぎるまで、ずっと立ちっぱなしだ。このボランティアの方々がいるからランナーは気持ちよく走ることが出来るわけだし、彼ら無しでのマラソン完走など不可能なのである。今回は実に1万人以上のボランティアがいたのである。感謝の一言である。
(2)沿道の声援が予想以上に凄かった。
当日は寒いだけでなく、大雨であった。新宿副都心をスタートしたのであるが、スタート前は、これでは沿道に人はいないのではないか、と正直思っていた。ところがである。スタート直後から沿道には人人人なのであった。特定の知り合いランナーを応援しに来た人もいる。けれど、そうじゃない応援者も沢山いた。NYCマラソンではその殆どの応援は英語(当たり前か?)。自分はNYCでは日本人であることを誇示して走るため(JAPANと書いた紙を胸に貼る)、時には日本語で応援を受けることもある。ここは全て日本語で(これも当たり前ではある)”頑張って”の声援を延々と浴びた。気持ちよかった。日本人に生まれてよかった!マラソン前は日本人のことだから、大人しく東京マラソンを見守っているだけかな、と思っていたけど、全くその逆。多くの人は自分の声が枯れてしまうほど1日中応援を続けていたそうである。自分は途中何度嬉しくなって泣いたか。別にマラソンを走っていることが特別豪いわけでもなんでもないし、誰に褒められようとして走っているわけでもない。でも、見知らぬ人に、しかも生涯最初で最後にしか会わないだろうにも関わらず分け隔てなく応援してくれるのだ。応援する方もされる方も両方が一体となって楽しんだ、感動した。自分としては全くのランナー冥利だった。自分は予想通り足底に痛みが途中出てしまったが、1度たりとも歩いてしまおうか、という気が起きなかった。出たくても出れなかったランナーのためにも、折角応援してくれている人のためにも、最後まで笑顔を絶やさず頑張り続けたかったのである。他の日本人ランナーによれば、他の日本でのマラソン大会ではこんなに人が応援に来ることはあり得ず、また人がいてもただ見ているだけということが大多数らしい(日本人は恥ずかしがり屋なのです)。あの応援はNYCでも受けられるけど日本での応援は格別なのである。
ところで、公表データによれば、当日の沿道には178万人もの人々が押し寄せたのだという。自分的にはちょっと誇張に思えてならないのだが(そんなには流石にいないでしょう…。一方NYCマラソンでも200万人って言われるが絶対そんなにはいないと思ってしまう…)、実数はともあれ、その熱狂振りに励まされ、勇気・力を与えられ、笑顔がもたらされ、ランナー・応援が一体となった素晴らしい空間となったことだけは紛れもない事実なのである。
(3)NYCにはない給食(っていうんでしょうか?)があった。
マラソンは長丁場のレースである。自分も4時間程走っていなくてはゴールには辿り着かない。カロリー消費もかなりのものになるため、途中物凄くお腹が空くことになりやすい。今回はジェルを何個か携帯して走ったがそれだけでは自分の食欲を満足させることにはならなかった。コースの途中、日本らしく給食場があり、時には沿道の方々からの差し入れもあった。自分的に一番嬉しかったのはアンパンである。記憶が正しければ、30キロ前後の壁が訪れる頃だったと思う。思わず一つ口にした瞬間、”うまい!”と叫んでしまったような気がする。更には、”もう一ついいですか?”とずうずうしく聞いてしまった自分がいた。実はアンパンは1万2千個用意されていた様子で、食べやすく小さくしていたものの、本来はランナー一人につき一切れのはずだったのだろう(多分2切れ食べるという予想がなかったのでは…)。自分のようなずうずうしいランナーが複数(?)いたために、自分より後から来たランナーの分は無くなってしまっていたらしい。すいません…。その他、人形焼も途中にあったらしいがこれは知らずに通り過ぎていたようだ(残念…)。あとは、途中のオヤジが配っていた梅干(種を抜いてあった)。人生で最高に美味しかった梅干の一つである。これにも感謝!知る人ぞ知るのであるが、一昔前のNYCマラソンでも給食システムがあってレース後半に何箇所もあったものだ(バナナ、チョコ、ベーグル、飴等)。何故だかわからないが、いつの間にか消えてしまった。東京マラソンに大きく軍配の上がるところである。
(4)コースについて
自分は元々折り返しのあるコースや同じところを何周かするコースが特に好きではない。もっと色んなところを走りながら色んな光景や町並みを見るのが好きだからである。東京マラソンは都庁を出発し、お台場がゴールでありグルグル周回するコースではないものの、品川に行って折り返し、浅草に行って折り返し、と2回の折り返しがあった。その分、東京の他の町並みを見物する機会を失うことになるのでもっと東京を見たいなぁ(例えば、渋谷、原宿、六本木とかはどう?)、とかなり贅沢な気持ちもあった。あと、ゴールが東京の中心ではなくお台場というのも寂しくないか、という気持ちもあった。でも仕方がないのである。銀座のど真ん中を通り過ぎることが出来たのは物凄い快挙なのである。小さい頃、毎週末のように、家族で歩行者天国を端っこから端っこまで歩いたことがあった。優しい両親が一緒であった。あれから30年、楽しい思い出が詰まった銀座の街を走れる喜び。これが味わえて幸せだった。自分は日暮里出身である。その近所である浅草は今でこそ若者も近寄れる街であるが、自分が子供の頃は夜になると寂れた大人の街であった。それでもよく家族で遊びに行ったものだ。人のいない花やしきも大好きだ。そして浅草といえば5月の三社祭である。これは日本一のお祭りだ。中学校の時に通った塾も浅草だ。そんな思い出深い浅草を通り過ぎたとき涙が溢れた…。折り返しコースにしても実は楽しいということがよくわかった。同じところを走っていても見える風景がまるで違うのである。エリートランナーも沢山見ることができた(自分と何であんなにも違うのか…)。世界のトップランナーも見た。有森裕子も見た。谷川真理も見た。そしてBlue3さんの快走も見た。自分の後に延々と続いている笑顔だらけのランナーたちもいた。折り返しコースも決して悪くないのだ。せめて、ゴールとスタートをひっくり返せないか?新宿がゴールだったら最高なんだけど…。
次に問題点。
(1)荷物の受け渡しが酷い。当日雨だったこともある程度影響しているだろうけど、それにしてもあれはお粗末の一言。Nittsuの大きなトラックが何十台とあった訳だけど、自分の預けるべきトラックがどこにあるのか全くわからない。人によっては預けるのに30分以上かかったそうだ。自分のトラックは19番となっていたが、多分真ん中かなと思って人の流れについていったわけだけど、途中で反対側でしかも通り過ぎていることに気付き慌てて戻った。途中ですぐに気付いたからよかったけど、一度自分のトラックを通り過ぎてしまったら、戻るのは一苦労である(人の流れに逆行)。どこに何番のトラックがあるのかの表示が徹底していないのと(あれだけの人数で表示がしっかりしてなかったら探すのは困難)、トラックが大きすぎるのと(NYCのように小さいトラックの方が寧ろよかったように思える。レース後のPickUpでどれだけ苦労したか…)、が問題だった。自分的には流石は第1回で要領を得ていないなぁと思ったのと同時に、何故か大会の初々しさを感じて微笑ましかった…。レース後のPickはもっと大変だったようだ(自分の荷物は、たまたますぐに見つかってしまったのでよかったけど…)。人によっては、自分の荷物が見つかるまでに1時間近く要したこともあったという。一応、自分の荷物はこの山の中にあるはず、ということでボランティアに探してもらうのだが、完全に番号順に並んでいるわけでないので探すのにかなり苦労していた。これは思いっきり改善すべきだろう。特に今回は大雨の中、走ってウェアは濡れまくり身体は冷えまくり脚は疲れまくり、1時間待った人は辛かったでしょう…。
(2)給水の仕方
給水は2-3キロ置きに出来たし、数も自分の時には十分であったので大きな不満はない。でも、道の片側にしか給水がないのでその反対側を走っていると給水をするためにわざわざ横切る必要があった。だったら初めから給水場所の側で走ればいいのであるが、自分は折り返し後にすれ違うBlue3さんや他のエリートランナーを間近で見たいがためにどうしても反対側にいたかったのである。東京の道は狭いので道の両側に給水場所を置くのはスペースの問題もあるしなぁ…。でももっと問題はボトルで配る水である。スポーツドリンクはカップでしかも適量であったので非常に良かった。でも水は小さいながらもボトルのまま配布していた。どう考えても殆どのランナーには飲み干せない量である。自分は1口2口だけ飲んで残りは勿体無いが路上にばら撒いてしまった。例え暑い気候でもあの量は十分過ぎないか。貧乏性の自分は、心の中で残った水を捨ててしまい済まない気持ちで一杯になった。
(3)開催時期
今年は暖冬だったとは言え、東京の2月は寒い。しかも私的には海外で働く会計士にとって(12月決算会社が多いため実際の監査は1月から3月まで続く)、2月は最高に忙しい時期である。自分のことはどうでもいいのだけど、将来大雪が降ったらどうするのか。わざわざ海外から来て中止にでもなったら洒落にもならない。海外の大都市マラソンは、気温や天候の比較的安定する春先や秋に開催するのが普通だ。天候が安定しないNYCでさえ、11月第1日曜に開催して雨が降ったのはこの十年で1度しかない。他の大都市マラソンとバッティングさせない作戦も一法であるが、ポカポカ陽気の春先や秋の気配を感じる10-11月ぐらいに開催したらもっと楽しいだろうなぁ、と感じてしまうのは自分だけかなぁ…。
(4)トイレ問題
これが最大の問題だったようだ。兎に角、数が足りなすぎるのだ。自分は新宿に着くなり、駅の中のトイレを使用したが小に関してはガラガラであったため、特に問題なく終わったが、女性には地獄だったのではないだろうか。30分以上待たないと駄目だったようで、スタートしてからも頻繁にトイレ機会はあったがどこもかなり並んでいたようだ。確か、30キロ手前だと思うが、トイレがコース沿いの地下鉄の駅のトイレを使用してください、というのがあったように思う。これって階段を下りなきゃいけないわけで、走っている人に階段の上り下りは無茶です。やはり、NYCのような通称‘流しそうめん’(見たことない人は実際にNYCマラソンに参加して現場を見ると納得します)を東京にも導入するしかない、と真剣に考えてしまう自分なのであった…。
ともあれ、第1回東京マラソンは大成功であった。楽しかった。感動した。これは世界に誇れる日本の歴史の1ページである。何度も繰り返すが、日本人に生まれて本当に良かったことを実感したマラソンなのであった。傲慢な兄ですら(マラソンは生まれてこのかた走ったことがないし、思いっきり頑固で強面でマイペースな性格である)、来年は出てみたいなぁ、とノタマッていたぐらい影響のあるイベントである。自分自身、来年以降も機会があれば出走してみたいと思う。
折角走りながら写真を撮ったので(殆ど何これ、の世界ではある…)、それを織り交ぜてExpo編、レース編、その他に分けて明日以降書いていこうと思う(皆の記憶にあるうちに…)。
木曜日に日本に向かう。東京マラソン出場のためにである。今回は、会計事務所の超繁忙期の最中なので、ギリギリの日程で乗り込むこととした。3日間休むことになるが、そのための仕事への皺寄せもある。現に今週一杯で仕上げなくてはならない仕事もあり、余りの天候に事務所は昼でクローズとなって9割方はさっさと家に帰ったが、自分は残らざるを得なかった…。特に、マラソンの直前1週間は家でゆっくりと心を落ち着けてリラックスした時間を送りたいものである。覚悟していたとはいえ、日本行き前日まで残業するのは結構体に堪えた…。まあ、明日の飛行機の中でゆっくりと休めばいいかな。
今回の東京マラソンではタイムに対する意識は最小限に抑えようと思う。どうせタイムを狙ったところで自分の場合には目標より5分も速くはならないだろう。だったら、折角の東京マラソンそのものを楽しもうと思っている。今週も結局のところ日曜のBronxハーフ以降走るチャンスを逸していて明らかな練習不足である。ここでタイムを狙っても苦しくなりそうだし、これは自分にとっては無意味なことである。でももし、何らかの目標を持つのであれば、サブ4(3時間59分59秒というのが自分的には美しいタイムである)ぐらいでしょうか。最近のマラソンでは2回連続でサブ4どころか、とんでもなく遅いタイムになっているので、今回は何も言わないで’男は黙って東京マラソン’である。
一応、すれ違う有名ランナーや東京観光代わりにマラソンの風景を写真に収めようと思っている。自分のデジカメは本来は水に濡れても落としても壊れない仕組みになっている(らしい)が、今までその機能は十分に発揮できなかった(大雨の中で走ったことがない…。昨年富士山で落としたが壊れなかったので衝撃テストは実験済み…)。今度の日曜の東京は雨らしいので、雨のなかで写真を撮る絶好のチャンスになるかもしれない、と何でも良い方向に無理やり考えようとする今日この頃なのである。
今朝はちょっとは暖かくなると思っていたから、Bronxの予想に反した寒さに怖気づいてしまった。寒い。防寒対策はしたつもりだけどスタート前の寒さは参加した人でなければわからない。お陰で、スキー用のグローブを最後まで嵌めたままでレースを走ってしまった。結果は以下の通り(グローブのせいで正確にはラップを取れていないのだけど。
1. 7.35.92
2. 7.30.83
3. 7.33.07
4. 7.57.33
5. 7.53.84
6&7. 16.01.88
8. 7.55.26
9. 7.52.30
10. 8.12.27
11. 8.10.88
12. 8.25.47
13. 8.20.08
13.1. 0.45 (Net 1.44.14, 7.57/mile)
途中写真を撮りながらなんて思ってスタートしたのだけど、寒いし最低でもマイル8分は切りたくて(東京マラソンに向けて弾みをつけたくて)、途中止まらないで走りきることにしたため、途中の写真は今回はなし。結果的には重い体重にもかかわらず8分を切れたことには大満足である。また途中きつい事もあったけど(Bronxハーフは起伏のあるコースである)、最後まで余裕を持ってゴールできたので次に繋がるよいレースでした。
ところでNYRRのレースは相変わらずランナーで溢れている。今日もBronxでありながら、約3000人弱のランナーが参加した。今回はWaveスタートこそなかったけど、交通規制が厳しすぎて7時前に現地に着いたのになかなか目的の駐車場につけなかった。あそこに行きたいのに警察はそこを通してくれないから大回りをして漸くたどり着いた。自分は何回も来ているからいいけれど、初めての人はかなり戸惑っただろうし焦ったのではないだろうか…。少なくとも、今まではこんな酷い規制はなかったはずだ。利用者のためにきちんとしようとすればするほど、逆に利用者には不便な規制となってしまった。警察は何を考えているのか???
ともあれ、ゴールしてから暖かい飲み物が用意されていた。一瞬コーヒー?気が利くねぇ、と思ったけど、ホットチョコであった。寒い日にはそしてレースの後の疲れた体にはとてもいい。実は、NYRRにてホットチョコを飲んだのは初めてだったので、体も心もとても暖かくなった。サンクス!!
ロッキーズは未だ真冬の中である。大寒波とはいえ、先日の雪も家の周りからは殆ど消え失せている。しかし、ロッキーズに降った雪は未だ所々ではあるけれそまだまだ健在で、小川は凍り付き、雄大に流れるハドソン河に至っては流氷状態である。日本に居ると、河が凍ることのイメージは湧かないのだが(自分は東京出身だからか?)、ここNYでは数年に一度こういう現象が起こるのだ。それをどうしても見たくて今日はロッキーズに出かけてしまった。でも明日のBronxハーフがあるから2時間に抑えておいた。駐車場には既にここの住人である師匠夫婦のお車だあった。途中ですれ違うかもしれないな、と思っていたら案の定ハドソン河に向かう路でお会いすることができた。今日は4時間ランの予定だと言う。来週は50キロレースに出られるので、その調整練習であろうが相変わらずタフな師匠である。
一方、自分の左の足底には時折痛みが走るが決して継続する痛みではないし激痛でもない。来週末の東京マラソンに向けて万全な体調でレースに臨むことはもう無理だろうけど、何とかロードアイランドやミシシッピーの時のようなレース中での激痛が発生しないように祈るだけである。膝は全く問題ないし、脹脛も多少はハリを感じるけど走るのに支障のあるものでは決してない。レース直前で不安は大きいけど、あくまでも笑顔で走ることが自分の目標である。それが出来れば全く満足なのである。
今日は途中でWTCのAdrienneやコーチMikeにも出会った。久しぶりであったが、それでも自分のことを覚えていてくれるのは凄く嬉しいことである。特にコーチMikeは見かけは単なるおっさんだが、これでも過去に数多くのオリンピック選手を育てている名コーチである。今日も、彼のコーチの下に多くのWTCのアスリートがヒルリピートを繰り返していた。彼らのようなエリートランナーですら息も絶え絶えに走っていた様子だったからきっとタフなメニューに違いない。折角そこまではチンタラペースのLSDを行っていたが、彼らの練習と比べて余りにも生ぬるい自分の練習が情けなくなり、そこから約20分は上り中心ではあるが自分もペースを上げて走ってしまった…。
明日はハーフマラソンなのだから今日の練習では疲れてはいけないことに終わってから気が付いてしまった。時既に遅し。明日のレースはゆっくりと行くぞ!
凍り付く小川

迫り来る師匠夫婦

曲がりくねった小道

しぶとい氷たち

流氷ハドソン河

雄大なるハドソン河

それでものどかな牛たち

もう駄目だ、走らなければ…。今夜は日本から出張で来たクライアントと夕食で走れず…。体重も元に戻りそうな勢いである。実は、このクライアントの人は、大学時代陸上部に所属しており、社会人になって周りから無理やり出させられて殆ど練習もせずになのにサブ3を難なく達成したことのある人である。でも今はせいぜい週1-2回しか走っていないらしく、多分3時間半ぐらいじゃないと走れないと仰っていた。今だって決して太っているわけではないのに、全盛期より10キロ以上あるのだそうだ。自分は、それを聞いて反省モードに入った…。
今夜も寒い。家の近所では、そこら中で路面が凍結している。マンハッタンはビルも多いし人が歩くから、凍っているところなんかないであろう(そもそも凍っていて転んだら訴えられるリスクがあるだろう…)。でも自分の家のそばは人が歩くことを想定していないため、未だに凍り付いている。これじゃか、走れないよ…。とはいえ、日曜はBronxハーフだし、東京マラソンに向けての最後のまともなレースそして練習となるので気合を入れていきたい。土曜も可能なら同じ距離を走っておこうかな…。気持ちばかり走ってしまう今日この頃である。
さて、今日の食事で判明したのだが、意外なことに税務のパートナー(もう一人の上司)に東京マラソン出場がすっかりばれていた。なんか言われるかと思ったら、正反対で完全にOKらしい(シニアマネージャーなので自分の責務さえ全うすれば誰にも文句は言われない、それが中小会計事務所のいいところである)。所長には、スタミナ付けなきゃって、余分に食べさせてもらったりもした。理解してくれていて非常にありがたく、大変やる気が高まった。人間は何て単純な動物なのか。ほんのちょっとのことで、気持ちが全く変わる。でも逆に、いい加減な気持ちでわざわざ東京マラソンに出場できなくなっちゃったな、こりゃぁ…。
東京マラソンまで気がついたらあと10日に迫ってしまった。もう今更ジタバタしても遅い。あとは体調に気をつけて(自分の場合、時差ぼけとの戦いもあるけど)当日臨むだけだ。自分は開き直りだけは誰にも負けないぐらい早い自信があるし、レースを楽しむことだけを考えている。頑張りましょう!
今朝も5時に折角起きれたので、さあ走ろうと思ったのだが、昨日チェックし切れなかったEmailを整理していたらいつの間にか7時近くになってしまったので諦めた。先程、外にゴミを出しに行ったが、もうこの寒さに慣れてしまったのか、余り今朝の寒さは気にならなかったので走りたかった、とちょっと後悔…。まあ仕方ないですね…。
しかし、世の中技術革新が激しく一見便利な世の中になった(はず)。でもだからといって、人の生活は本当に豊かになったのか?答えは否である(少なくとも自分にとっては)。Emailなんてない時代は、そのフォローアップも不要だったし、今朝の自分のように昨日までのEmailを整理するなんて必要もなかった。監査の顧客先でインターネットに接続出来ないぐらいで作業の効率性が落ちるなんてこともあり得なかった。夜遅く仕事関係の電話を受けることもなかった(携帯だと簡単に掴まってしまい、何時でも追いかけられているような気がする)。Emailや携帯なんてなくても本来人間は生きていけるのだ。でもそれに頼り切ってしまう今の自分たち。化石とは言われたくはないから、ある程度は世の中の流れに身を任せるしかないのだが、心の奥底では、昔の方が自分の時間に余裕があったし、昔は良かったなぁ、と懐かしんでしまう始末…。要は人間が古くなってしまったからなのだろうけど、自分は周りに流されて自分を見失ってしまうような人間にはなりたくない。そういう意味では、ランニングをしている間は、そんな心配すらする必要は一切ない。それが、自分をのめり込ませる最大の要因になっているに相違ない、とついつい愚痴ってしまう今日この頃なのである…。
ともあれ東京まであと10日。可能な限り落ち着いた精神状態を維持したいなぁ…。
忙しさに感けて、今日も走れなかった…。というか寒すぎるのだ。でも1キロぐらいは走りました。ラップトップを背中に担ぎながらだけど…。今朝家内から、7時半までに帰宅して欲しいと言われていたのだが、監査の仕事があって間に合いそうになかった。マンハッタンから6時36分もしくは38分に乗らなければ間に合わないところなのだ。でも帰ろうと思った矢先、顧客と税務の相談が始まってしまい、もう駄目と諦めていたところ家内から催促の電話があった。でも、その時既に6時25分を超えていた。顧客は59丁目にある。駅は47丁目に入り口があるので、走れば間に合うか?と思っていたが、信号もあるし通行人も多く、こりゃ無理だ、とは思ったものの取りあえず走ってみた。もしかして、普段の真剣レースより速い?と思うぐらいに35分に到着。36分には間に合わなかったが(入り口から駅のホームまで遠い…)、38分の電車には何とドアが半分閉まりかけたところにギリギリ駆け込み乗車に成功!周りの人は、何だこいつは!という目であったが、間に合ったのだ!完全に諦めていただけに一人心の奥底で悦に入る自分であった。これも単にランニングをしているお陰かな。ランニングの効用は非常に高い。家内にも怒られず良かった。何とか続けていきましょう!
ところで今日どうしても帰らなければ行けなかったのは、次女の地元のサマーキャンプの申し込みが今日7時半に始まったからである。夏の話を今するのである。人気があるために、行列も出来たらしい。別に今日申し込まなくても大丈夫なのではと思うのだが、皆気合が入っているらしい。この気合を他に向ければいいのに、と思ってしまうのは自分だけかな…。とはいえ、子供のスケジュールはもう夏まで決まっているのだ。そう、夏はもうそこまで来ているのだ。それなのに、自分のマラソンのスケジュールは未だ穴ぼこだらけだ。もうそろそろ決めないと…。
今朝のNYは異常な程の寒さ。気温は華氏14度であるが風が強いために、寒いったらありゃしない。こんなコンディションでランナーは来るのかな、と思っていたけど、実に4500人弱のランナーがセントラルパークに押し寄せた。空前のランニングブームです。寒かったら本当の好き者しか押し寄せなかった冬のレースだったはずなのに、スタートに並ぶのさえ一苦労であった。今回から、新しいWaiveStartシステムが導入され、エリート達のみが前から並べるようになり、スタートも彼ら(AG%が74%以上)と私たち一般庶民ランナー(自分はせいぜい60%…)は別々である。従い、長年親しまれた(?)グロスタイムは撤廃されて、ネットタイム(スタートラインからの実タイム)のみが公式タイムとなる。
人数が多いだけに、スタートしても暫くは、ジョギング程度のスピードのランナー達を抜かすのに一苦労であった。今回から、レースのレーンが出来てしまい(外のレーンが使えない)ので、抜かすに抜かせないのである。時折ジグザグに走ったり、2人以上でチンタラ走っている人たちの間をすり抜けたり、諦めて歩きそうなスピードに緩めたり、すっかりリズムが狂わされた…。きっと、どうせタイム的には余り変わらないのだろうけど、生みの苦しみとでも言うのだろうか、こんなに状況の悪いNYRRレースは初めてであった。慣れればいいのだろうが、今後暖かくなってくればますます参加者が増えるだろうだけに、一抹の不安が隠せない。スタートゴールの位置も問題である。殆どのランナーは当日にナンバーとTシャツを89丁目で受け取るが、スターとゴールとも68丁目なのだ(4マイルレース定番の72丁目スタートゴールが工事中だからか???)。自分は、時間的にも余裕を持って出かけたし、この距離もウォームアップと思えばいいや、と思って歩いたけど、遅刻気味だった人は相当焦ったに違いない。改善が望まれるだろうなぁ…。
さて、自分の結果を言えば、最初の1マイルに8分20秒弱(スキー用のグローブをしていたため、ラップは取れず)かかってしまったにもかかわらず、そのあとは平均7分5秒前後だったと思う(29分34秒(7分23秒ペース)、全体4474人中522位、男子2496人中449位、男子年代別354人中72位)。まあ大満足ではないけれど満足である!
明日からはもっと寒い日々となりそうである(最高気温でも20度行くかどうか…)。来週のBronxハーフまで納得いく調整が出来るのだろうか…。
今朝のNYは雪に覆われていた。正確に言うと、NY郊外である。昨晩、マンハッタンにて食事をしたのだが、雪は全くなかったからだ。僅か20マイル、車でも30分弱しかかからない場所なのに、この差は何なんだ…。お陰で、今朝のロングラン計画はいきなり中止。外に出てみたら、地面が見事に凍り付いている…。ここで、転倒でもして東京マラソンに行けなくなったら勿体無いし…。明日はNYRRでの4マイルレースだから、今週のロングランは来週のBronxハーフマラソンまでお預けということかな。休むのも練習のうち、とはいうけれど、それは普段走りまくっている人の言える台詞であり、自分のような週3-4回しか走らない人間の言うことではない。午後は、子供の習い事や買い物で終わってしまいそうだ。まあ、どんと構えて明日のレースのコンディションでも整えておこう。家の周辺は思いのほか綺麗な雪景色であったので、思わず写真におさめてみた。どうです?
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今朝のニュースで、米国では大恐慌(70年も前の話)以来初めて、平均貯蓄率がマイナスになったらしい。貯蓄率とは、一般に家計貯蓄額を可処分所得で割った率であるから、これがマイナスとなったということは、アメリカ人は皆、金がないということである。アメリカはクレジットカードが蔓延している。金がなくても次から次へと買い物は可能(何で金がないのにもかかわらず必要もなさそうなものをわざわざ買い続けるのだろう…)であり、日本のカードとは異なって、翌月一括払いとか分割払いなんて概念はない。払うのは、指定されたミニマム支払い(一般に金利部分)をするだけだ。多くの人々は、この金利部分しか払わないから、元本部分は一生繰り越されていってしまう。もしかして、元本支払いが終わらないまま死んでしまうケースも多いんだろうなぁ、と時々感じる。昔、自分のカードで何かの手違いなのか、ミニマム・ゼロというカードがあった。一時的なのかと思いきや、ずっと支払わなくてもいいのだった。流石に気持ち悪くなって、全額支払ってから解約したけど、これは確か大手のインチキじゃないカードであったはずだ。ずっと払わなくっていいって、これって一体…(夢のカード!)。でもでも最近は心を入れ替えて、クレジットカードの支払いは全額すぐにするようにした。第一に金利が高い(悪徳ではないが単なる無駄金である)、第二に税務上の恩典がない(モーゲージローン金利のように税務上の恩典があるならまだしも…)からである。以前は、カードの返済に苦しむ時期もあったが、ある時、残額を全部きれいにしてからは、余分な金利も支払わなくていいし、金は貯まる一方の自分である(と見栄だけ張ってみる)。ところで、借金をどんどんしないと良いクレジットヒストリーが出来ないなんて何かが間違っている。因みに、自分が借金にまみれていた時代(毎月ミニマムしか払えない…)に作り上げられたクレジットヒストリーはこれ以上ないくらいのExcellentだったようで(これって完全に虚構なのである!)、実はこの信用力のみで今の一戸建てを購入したなんて、過去の金のない自分を知っている人からしたら、理不尽な世の中だと思うだろうなぁ…とついつい思ってしまう今日この頃である。
さてさて、金がない自分でも走ることは出来る。けれど、アメリカの天気予報ほど当てにならないものはない。夜中に雪が降ると思って、子供は学校休みかな?と期待していたし、雪が降ったら走れないだろうから、金曜は休養日かな?と自分も期待(?)していた。今朝5時に雪が降っているか確かめるために外を見たら、あるはずの雪がない…。折角起きてしまったので、そのまま1時間ジョギングをする羽目(?)に。今日も午後からはSnow Shower(大体この中途半端な言い回しは何なのか?)になるかもという予報であるが、もう騙されないぞ!
最近バタバタである。今日久しぶりにオフィスに戻った(ドサ周りが連続していたから)。今朝気付いたが、本日で今の事務所に転職して丁度1年だ。飽きっぽい性格の自分も1年はもった。けど…。昔、日本で初々しい新人会計士の時代、仲の良くなった顧客の一人にこういわれたものだ、君は飽きっぽい性格?そうじゃない?と。そうです、と答えたところ、だったら結婚しない方がいいねぇ、多分すぐに別れる事になるから、と。今となってはその言葉はある意味’真’であると思う。幸か不幸(?)か、結婚の方は何とか続いてしまっているけど、未だに飽くなき転職活動を続けたくなってしまう。人は一旦転職をしてしまうと、脱線してしまった電車のように、もう元には戻れない。自分の場合には転職という一般に定められた人生のレールから完全に脱線し、終わりなき旅を送っている(でもこれは実は気ままで楽しいことなのであるけど…)毎日だ。慣れは恐ろしい。あれだけ不安だった転職も今となってはお手の物(???)でもある。人生、何とかなってしまうのである。案ずるより生むが易し、というではないか。一旦脱線してしまうと時に孤独感を味わうこともあるだろうけど、こんな気楽な人生もないだろう。誰に咎められるでもないし、嫌になったら自分に合わなかったら次を模索すればよいのだ。無責任男と呼ばれそうだが、毎日プレッシャーに押されてつまらない人生を続けるより遥かに精神衛生上、健康的だ。自分の人生は自分で切り開き、ケジメをつけることが大切である。At your own risk。これはアメリカで生きていくためのキーワードなのである。ピンチに立たされても誰も助けてくれやしない。そこには自分しかいないのである。もうちょっと頑張ろう、もう1年も経ったじゃないか…。
さて寒い中、昨日の朝は珍しく早起きをし、1時間走れた。朝は気持ちいい。真っ暗だし寒いし怖いし早起きは面倒だし、人は言い訳をしたら止めどなく名演説ができる動物である。考える前にまず行動すること。このことを自分に言い聞かせながら…。今朝は?また普通の言い訳おじさんに戻った自分なのであった。今晩からは雪の予報。次の言い訳が出来た…。言い訳しても’いいわけ’?と子供にさえ言われそうな今日この頃である。

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