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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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もうすぐ2006年も終わりだ。今年も色々なことがあった。最大の変化は、転職か。自分自身、転職はもう何回もしているから決して目新しいことではないのだが、もうそろそろ転職から卒業しようとは考えている。環境を変えると一時的には新鮮な気持ちでやる気が増すけれど、所詮やる気のない人間なのだから、その内また飽きる。完璧な職場環境なんて世の中には決して存在することなんてないし、それを求めること自体間違っているのだろう。のほほんと生きる、それこそが自分の求める最大の人生のテーマである。このテーマは全く終わりのない旅だ。すぐに正解が見つかるでもなし、暫くは大人しくしていようかな…。
夜の日本語放送で、デカ盛り特集があった。紹介された場所は自分の母校の傍だ。今度日本に帰ったら行けるかなぁ…。昔の自分は大食いだった。NYに有吉というレストランが今でもあるけど(経営は異なる)、昔は自分専用のメニューがあった。知る人ぞ知る、きじ丼SGである。きじ丼といっても、それはチキン照り焼き丼(だと思う)なのだけど、その当時はメニューどおりの量では全く足りず、いつも大盛りをお願いしていた。そのうちエスカレートして大盛りが超大盛りとなり、グランデとなり、終いにはスーパーグランデ(お店曰くSGと名づけられた)となった。それを見た人は自分が食べていたのを実際見ていた人に限られるとは思うけど、ハッキリ云って尋常ではない。だって、バケツみたいなもの。自分がどんな量でも食べられるので、お店もこれでもか、とばかりに毎回量を増やしていき、終いにはバケツサイズにもなったのだ(これって実際何人前の量になったのだろうか…)。勿論、自分はその店の挑戦に怯むこともなく、平然と食べきったけど、店としてはいくらなんでも採算を割ってしまっただろう…。だって、ご飯だけでなく、チキンそのものもグランデだったから…。今はそんな量食べたくても食べれないだろうなぁ。勿論これも糖尿病になってしまった一原因なのだろうけど、それは自分の人生での大切な一つの歴史そのものである。今でもあの味をしっかりと覚えている…。TVを見て、ついつい思い出してしまった…。
ランニングに関しては、フルマラソン8回完走はよき思い出となった。師匠の年間15回には遠く及ぶものではないけれど、自分としては誇りを持っている。年に1-2回でもシンドイといわれるフルマラソン。それを8回出れたのだから良くやったと自分を褒めるべきなのだろう。でも自分の目的はこれだけで終わってはならない。もっと上を目指して、もっともっと…。人間諦めない限り、限界なんて存在しないのだ。回数もそうだし、タイムだって、もっともっと上を目指したい。今の自分に満足するのでなく、もっと上の自分を想像し、実現したい欲求が今ある。大厄もあと数時間でオサラバだ。2007年はもっと良い年になるように、そして自分でも実現するように良い年にしようと思う。そして皆にとっても良い年となりますように、切に願っている大晦日の夜なのだ…。
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今日も相変わらず身体が重くて走り出すことが出来なかった。気持ちは動いているのだけれども、肝心の身体がついていかないのだ。昨日も早く寝た(10時には床についたつもり)。けども、早起きができなかった。すっかり自己嫌悪。精神的・肉体的にスランプ状態かな。まあ今がどん底だと思うので、あとは上がるのみと信じている。師匠とのマラソン・コラボまであと3週間を切っているというのに、一向にエンジンがかからないけど、あとはなるようにしかならない???
会計事務所は年末と言うのに相変わらずバタバタしている。企業の決算には棚卸という作業があって、会計士はその立会が要求されているため、殆どのスタッフは全米中を飛び回るというのが恒例である。今の事務所は小さく人が足りないだけにマネージャーでもスタッフと同じようなことをしなければいけないのだ。かくいう自分も正月明け2日にはミシガン州へと飛ぶ。本当は下に行ってもらいたいのだけれど…(棚卸の立会なんて15年以上やっていないから、やり方を忘れてさえいるのだ)。
さて、アメリカに長く住んでも日本人にはどうしても馴染めない慣習が一つだけある(皆そう思っているはず)。それは正月の過ごし方である。日本では正月と言えば、家族・親戚が集まって飲み食いし(これしか興味がないか…)、初詣に出かけ、過去を全て清算して1年のスタートを祝うものだ。こっちにはどうしてもそれがない。1月2日には何事もなかったかのように全てが始まる。そもそも元旦とは1年のスタートという意識はなく、大晦日で夜更かししたことの疲労を取るための休みぐらいにしか思っていないのではないだろうか。流石にクリスマスが終わっても相変わらずホリデー気分は抜けることはないけれど、日本人の正月のあの初々しいともいえる清々としたあの真っ白な気分はここでは味わうことはできない。年末から正月にかけての一変する雰囲気(1日でいきなり全く変わってしまう)や何ともいえない情緒というか、日本固有のワビサビというか、アメリカでは決して体験することは出来ないのだ。子供にはこの日本の良き文化・慣習である正月を是非体験して欲しいのだけれど、学校も普通に2日に始まるし無理なのだろうか…。あと忘れてはならないのは、おせち料理かな?でも、この正月は2日から普通の生活に戻るし、また自分自身出張で暫くNYにもいないから、取りやめることとしている。日本人としてはとても寂しい今日この頃である…。更には、どさくさに紛れて子供へのお年玉も廃止しようかな、とも思ったが子供らに流石に却下されそうなので、これだけはシブトク生き残りそうな今日この頃でもあるのだ。
今日25日は、云わずと知れたクリスマス。世の中全て休んでいる。こういうとき、クリスチャンでない自分らはちょっと寂しい気分にもなる…。NYに来た当初は、何を隠そう近所の教会のチャーチ・クワイヤ(合唱隊とでもいえるかな…)に参加していた(理由は良くわからないが、近くのおじさん・おばさんと仲良くなれたのは確かだ)。そこでは、教会を訪れる信者(というより、老人クラブの集まりにも近かったけど)の前で様々なクリスマス・ソングを唄ったり、教会に来れない人や恵まれない人たちの家や病院までわざわざ行って、皆で唄ったものだ。中には、若くして妊娠してしまったり子供を産んでしまっている女の子のために唄ったこともある。皆涙を流して聞いてくれたものだ。まだNYに来て間もないころで、右も左も皆目つかないころだ。アメリカの優しさ、凄さ、奥深さというものを肌で実感していた。今でもあのクワイヤは続いているのだろうか?忙しない世の中にあって、素の自分、何にも毒されていない自分は又取り戻すことが出来るのだろうか…。
昨日は、Blue3さんの送別LSDがCPで行われたようだ。WTC組はいつものロッキーズでLSDを同時に行っていた。自分も参加するつもりだった。でも、何故か身体が…。そこで、今日一人でLSDを行った。昨日まで徹底的に冬眠していたからもしかして疲れもなく順調にいけるかな、と淡い期待を持って…。コースは家からサクソン・ウッズを通りそのままママロネックへ。そのうち、Rt1にぶつかるからそれを南方へ走りラーチモントまで行き、ウィーバー通り(Rt125)でスカースデールへ戻るという下手すると3時間半では戻れずに、4時間かかるコースである(LSDでゆっくり走った場合)。路は極めて空いている(途中開いている店など殆どないから、車で行くところもないだろう)。脚は思ったほどには芳しくなくむしろ重い…。LSDでよかった。でもそのLSDですら辛いぐらいに重いのだ。そう、脚だけではなかった。体重そのものが重すぎるのだ。これじゃあ、レースで颯爽と風の如く駆け抜けることなんて無理だ…。途中、3時間40分経って、漸くスカースデール駅を抜けたものの、その後の上り坂で遂に挫折…。その後も走ろうとしたけどもう脚がついてゆかないので無理せずそこからは歩いて家を目指すこととした。あ~あ、折角4時間達成寸前だったのに…。今のままでは駄目だ、ということがまた自覚できただけでも大きな収穫と思っているから、またやり直し、ということで…。家に帰ってから恐る恐る体重計に乗ってみたが、近年まれに見る体重となってしまった自分がちょっと嫌になった。でも遅い朝食・昼食(家に着いたのは1時半ぐらい)をしっかりと食べてしまい、またもや無駄なグリコーゲンの摂取に勤しんでしまう自分でもあった…。
今日はクリスマス前の連休前日。事務所も本当は3時でクローズの予定だった。自分も当然その心積もり。でも現実は厳しい。3時に漸く、部下の査定評価が終わり、日本やクライアントからの質問、1月以降の予定調整に奔走。漸く6時に一息ついたので(これとて終わったわけでもないが、無理やり終了)、楽しみにしていたWTCのランニング仲間との忘年会だ。
金曜、しかも天気は雨、なので路も多少混む。途中、何故か車の検問。問題ないはずとはいえ、一瞬緊張。でも、何事もなく、警察と一言喋り無事通過。忘年会の1リキにまもなく到着。
いつもの仲間との時間。本当に楽しい。志保選手のマラソン博学にビックリ。何故こんなことまで知っているの?自分はマラソンについては、殆ど知らないことに気がつく。確かに、瀬古が全盛期は凄い事は知っている。一度、国立競技場での瀬古の1万メートルを見に行ったっけ。親に内緒で。連絡もせずに行ったから、帰ってから激怒されたなぁ…。でもその時の瀬古の走りは圧巻そのもの。特に終盤の粘り、スパートは一生誰も真似できないのでは?これはその当時の生瀬古を見ない限り一生めぐり合えないかもしれない。実は瀬古の練習は一度だけ神宮外苑で見たことがある。それはたまたまの世界。しかもほんの一瞬だけ。でも未だに凄く印象に残っているし、自分の人生で死ぬまで忘れることは出来ないだろう。自分がマラソンをやってみて、その物凄さが実感できる。自分とて今は遅いけど、中学校では中距離(1500メートル)で学校の補欠にはなったことはある。スピードは覚えていないけど、学校で一番速かったヤツは、結構東京ではトップレベルだったし、補欠とてそんなに酷いものではない。補欠でも自分は全然恥ずかしいことはなかったし、先生も補欠だって立派な選手の一人だと言ってくれてたっけ。自分だって、毎日早朝、夜ともなれば近くの公園をぐるぐる回ったり、5丁目数周とかへっちゃらだった。もう25年以上も前のことだろうけど、夜走っていて、大人の人とほぼ同じペースで走ったこともあった。その時その人は言った、君速いねと。勿論、その人にあったのはそれっきり。でもそれが実は自分のランニングの糧になっているのも事実。今は決して速くない。でもそのうち、元のレベル(になることはないだろう)に少しでも近づけたら最高だ。勿論年齢の問題もあるし、それは夢物語だろう。でもいいのだ。少しでも向上心があれば。人間、上を目指せばそこには限界なんて存在しない。頑張れば頑張るほど、結果が自分に跳ね返ってくる。自分の目標を諦めることは簡単なこと。でもそれを乗り越えたら何が見えるのだろう、何があるのだろう。自分は好奇心の塊だ。少しでもその気持ちを一生忘れないようにしたい。それが自分の生きる証なのだから…。
1リキでの3時間はあっというまだった。楽しい時間は過ぎるのも早い。2号室さん夫婦、師匠夫婦、志保さん夫婦、フナティー、アイアンマンRIKIさん。皆素晴らしい仲間。かけがいのない仲間。支えあえる仲間。自分はどれだけ仲間に支えられながらランニングを楽しみ、人生を謳歌出来るのだろう。ランニングは決して孤独なスポーツではないのだ。それをまた実感できた忘年会だった。ありがとう、みんな…。
最近、生活というより食事が乱れてる。食べすぎなのである。昨日は日曜日に子供のリクエストで作った特製挽肉カレーの残りをたらふく食べてしまった。うちではカレーといったら自分の役割である。というか、同じ材料のはずなのに明らかに味が違うのである…。今朝も最後の残りを食べてしまった。カレーはカロリーが高いので、糖尿病の自分は本当は避けるべき食べ物の一つである。旨いものはカロリーが高い、これは真理である。そんなことはどうでもいいけど、その代わり昼を抜いておいたのだ(みかんとクッキー1つだけ)。今後の自分の課題がまず体重を落とすこと。ここから始めなければならない。何度か触れたことがあるかもしれないが、自分は小学校・中学校・高校までずっとガリガリだったのだ(多分体重は50キロもなかったのでは…)。’細腕のけん’と呼ばれていたほどなのだ。それが、いつの間にか特にNYに来てからは、食べることしか興味がなくなり、89キロまで立派に成長(?)した。何しろ椅子に座っていると腹が支えて苦しい、歩くと脚・膝に負担がかかるから面倒、下を見るのも億劫、という有様であった。でもこの2-3年の様々な生活習慣の変化で一時は61キロまで下り続けた。ところがどっこい、ダイエットというのは続かないのか、この1年は65キロあたりをうろちょろし今や70キロの大台に戻ろうとしてもいる。
真実かどうか、マラソンでは1キロ痩せると3分速くなるといわれる。確かに自分自身、急激に体重を20キロ以上減らしたときは、マラソンのタイムが1時間以上速くなったので真理といえなくもない。確かに体重が少しでも軽くなればその分身体(特に脚・膝)への負荷も減るだろうからその分パフォーマンスも良くなってもおかしくはない。タイムのみに拘って体重を落とすのはエリートでもないから大した意味は持たないのだろうけど、最近ズボンがキツイ気がするので、痩せることには十分な誘引がある。よって、再ダイエット計画実行にかかろう、2007年から…。目標だけは大きい自分は3月末までに60キロ切りを目指す!(言うのは簡単だけど…)そして目標タイムは…ヒミツにしておく。
海岸から海岸へマラソンの結果がなかなか公表されなかったので(本当は即日公表と言っていたから)、きっと記録がわからなくなってしまったのだろうなぁ、と内心喜んでいたら、いつの間にか出てた。けど、自分の時計と全く違うのは何故???恥を忍んで言うと、恐らく本当の記録は4時間20分59秒前後だと思うのに何故か4時間11分42秒となっていて(9分も違う…)、きっと他の人の記録と一緒になっちゃったのではと思う(Bostonクウォリファイとなっていたけど、チップを使ったわけでもないしなぁ…)。でも、誰に迷惑を掛けるわけでもないし、1秒でも速いのは自分にとっては大歓迎だし、そんないい加減なアメリカがとても気に入った今日この頃なのである。レースについての詳しい状況は、WTCのサイトに掲載されているフランクのコメントが全てを語っている(自分のことも一瞬触れてくれているし、スタート前に一緒に撮った写真もアップされていて嬉しい)のでこれ以上は必要ないだろうけど、以下恥を忍んでマイル毎のラップタイムを残しておく(今後の反省材料のために)。

1&2. 15.31.70(初めマイル表示がまさか道路にちょろっと書いてあるだけとは夢にも思わなかったので、ミスっていた。ここで自分がいきなり図らずもオーバーペースになっていて後の悲劇をもたらすことになろうとは…)
3. 8.00.95
4. 8.11.38
5. 8.05.99 (39.50 速すぎなのでその後調整を図ったけど一度スピードに乗ってしまうと自主的に落とすのは難しいですね…)
6. 8.12.58
7. 8.42.19
8. 8.07.68
9. 8.36.17
10. 8.30.12 (1.21.58)
11. 8.48.96
12. 9.15.25
13. 8.47.66 (1.48.50 ハーフの地点では確か1時間50分ピッタリぐらい)
14. 8.45.60
15. 8.56.85 (2.06.33)
16. 10.00.74(急激な坂をよく我慢してロスを最小限に出来たつもりだったけど…)
17. 9.05.88
18. 9.17.36
19. 9.47.26
20. 10.37.18 (2.55.21 この辺から見事までに落ちていった…)
21. 11.30.39
22. 12.15.36
23. 12.47.06
24. 14.11.39
25. 19.28.15(これって本当???足を思いっきり引きずっていました…)
26.2. 12.17.06+3.08.17 (4.20.59 最後は走ったつもりだったけど、これじゃあ歩いているより遅いなぁ…。でも本人はペース10分の大台にならないよう精一杯頑張ったつもりでした…)

途中苦しく悶えていた自分をまるで無視するかのごとく、ゴールでの大西洋は雄大に穏やかに波を打っていました。でも、疲れきった自分を何事もなかったかのように優しく受け入れてくれもしました。小さなことにくよくよするなと。人間にとって時間の経つのはあっという間。でも、大自然にとってはゆっくりと流れていく。自然の恵み・営みに大深謝。自然は大きい、人間は小さい…。
昨日は、ロードアイランド州で行われた海岸から海岸へマラソン(Coast-to-Coast Marathon)に出場。車の運転が中途半端に2時間半ちょいなので、前泊するのももったいないし、といういつもの貧乏性のため、朝4時に起床し朝食を取り5時には出発。こんなに早いといつもは混雑し、あるいはトラック・トレーラーで一杯のRt95もガラガラである。途中、こんなに空いているのに、わざわざ自分の目の前のレーンに割り込んできた車があったりもして(多分寝ていたのだろう…)事故りそうにもなったけど、何とか7時半に到着。ロードアイランド州(オーシャン・ステートという別名があるだけあって、海岸沿いに見える大西洋の景色は抜群でした!)は全米50州の中でも最小(でしたっけ?)の州で、滅多にマラソンが開かれないため、50州を目標とするランナーにはある意味鬼門である。今回のマラソンではその西側のWesterlyという寂れた町の高校の前から海岸沿いにあるリゾート地Narragansettピアまで只管カントリー・ロードを走る。クリスチャン・マケボイという人がガン撲滅へのキャンペーンの一環として西海岸から東のRI(何でここをゴールにしたのでしょうか???)までの約3300マイルを5ヶ月以上の歳月をかけて横断し、寄付を募るというのが趣旨である(その金額は$200kを超えた)。このマラソンはその彼の最後の道のりとしてその達成を祝賀する大切なイベントでもあった。スタート前に彼を見たが、実に若いスポーツマンであった。ドサクサで一緒に写真を撮るチャンスを逸してしまったが…。
スタート前にWTCのフランクに会った。自分はレースのときは可能な限りWTCのエリートユニフォームを着るようにしているので、それでわかったようだ。フランクはこの約2年半で150近くのレースに出ている言わばレースの達人・鉄人である。彼のようなランナーにも声を掛けてもらえ、ユニフォームのありがたさを知った。因みに、このマラソンではNY周辺からの人が多いのだろうか、自分のユニフォームを見てWestchesterのどこ?と声を掛けられることも多かった。フランクと話しているときに大切なことを一つ学んだ。彼曰く、マラソンはタイムじゃないよ、フィニッシュすることが大切だしそれが全てだ、と。結局結果的にはそうなってしまったのだけど…。
レースはマラソンとハーフマラソンに別れ、マラソンは10時半スタート、ハーフはその2時間後の12時半スタート(マラソンのハーフ地点から)で、多くの人が同じ時間帯にゴールできるようにアレンジされていた。マラソンには100人ちょいか参加者は極めて少ないローカルレース。でも、レースの趣旨がしっかりしているのか、Organizationやボランティアのサポートは良かったと思う。ただ一つ、道路の横を普通に走るので、前のランナーを抜かすためには車に注意しながらいけないので結構気を使わなくてはいけなかった(危ない!)し、道路の分岐点で次はどっちという指示がわかりにくいところもあった(あれで違う方向に行っちゃったらそうするのだろう…)。最初のうちは前にランナーが見えたし後を付いていけばよかっただけだが、そのうち前がいなくなってしまい一人になったときは本当にこっちで合ってる?、と不安だった。師匠の大好きなトレイルマラソンだとそういうのも多いのだろうなぁ。でもそれもレースの醍醐味でしょうか。因みに手作りのレースだけあって、スタートも単に線が引いてあるだけし人間の掛け声でスタートとは…。ゴールもどこだったのかわからないまま、よくやった、と声を掛けられ、フィニッシャーズ・メダル(結構かっこいい。紐がスポンサーのクールマックスと書いてあるのが泣かせる…)を急に渡されて終了。こういういい加減なアメリカが好きである。
今回はタイム的には大失敗(多分、9分59秒ペースか10分ピッタシペース…)。前半飛ばしすぎで後半完全に足・脚に来た。不覚にも途中余りの足裏の痛みに耐えかねて(練習不足、そして何と言ってもホリデーシーズンでの毎日の暴飲暴食で体重が3-5キロ以上増えているからかな?ー因みに去年のベスト体重より7-8キロ増えている…)歩いてしまいそのまま…。流石に残り1マイルでゴール近くの海が見え始めてからは走れたけど、タイム的には有終の美とはいかなかった。でも、走れる喜び、歩ける喜び(家内は歩くことすら不自由)、生きている喜び(人間死んじゃったら走れません)を一杯感じられた1日であった。後半はどんどん人に抜かされていったが(特にハーフの人)、皆気軽に声を掛けてくれ(頑張ろう!脚大丈夫か?と心配してくれる人も多かった)、沿道の応援はほぼゼロであったにもかかわらず、そして風が冷たかったにもかかわらず、とても暖かい気持ちになれた。だから、自分にとってはタイムが悪くても大満足だったし、2006年の有終の美が飾れたと誇りを持って言えるのだ!
今年のマラソンはこれにて完了。実に8回!自分としては大快挙だ!これで大厄ともオサラバだし(色んなことはあったけど、決して嫌なことはなかった!)、来年からまた頑張ろう!来年はまた新しい自分が始まると信じている。ゴールの先には又新たなスタートそして自分が待っている、と素直に感じられる、今日この頃なのである。
最近NY周辺ではO157の影響が深刻である。昨日も、NY総領事館から緊急メールが届いていた。事務所からの帰り道、家近くのタコベルをよく通るのだが、昨日は見事に車もゼロ、中の客もゼロであった。もしかしてもう駄目???因みに、自分はここのタコスが大好物の一つであったので、是非とも復活してもらいたいのだが…。
明日はいよいよラストフルマラソンだ…。あとは朝4時に起きて安全運転で現地に着ければ(5時に家を出発して3時間弱はかかる予定。8時15分にはスタート地点まで連れて行ってくれるバスが出てしまう)それでいい。でも大問題が一つ。うちの家族の夕食は極めて遅い。小さな子供がいるのに、9時からなんて当たり前。大体早くて8時。昨日なんて何と夜10時から夕食開始…。自分の実家は自営業だったせいか(店を閉めた瞬間、一家の団欒の時間が始まる)遅いことは滅多になく、いつも6時ー7時には夕食を食べていたものだから…(小学校の時まで9時には寝てたっけ)。家内には明日は4時に起きたいから夜8時に寝たい。よって今晩の食事は7時ぐらいは無理か?と打診はしてみたものの、多分無理だろうなぁ。かなり嫌がっていたから…。
しかし、金曜だというのに色々なクライアントから問い合わせや照会が多い。今日中に提出する書類もあるので、結構バタバタである。本当は早退でもして明日に備えたいぐらいだが、ちょっと無理だな、こりゃ。願わくばLastMinuteでとんでもない要求も来ないで5時半には事務所をでたい。そんなささやかな願いぐらい叶えてもらえるだろうか…。
昨晩事務所から帰宅すると家内が妙なことをのたまい始めた。家のそば(スカースデールの坂付近)で車のプレートが、走れ○メ×カ、になっている車を見かけたというのだ。家内いわく、こんな身近で他にもマラソン中毒患者がいるんだねぇ、と感心したと言うのだ。車の種類を私はまるで透視能力者でもあるかのように、それはト○タの○×△ックスで色はシルバーだっただろう、と自信を持って簡単に答えてあげた。家内は何でわかるの、と呆気にとられていた様子だったが、そんなプレートは’お雪号’以外にはないのである!そうです、水曜の朝に家内は仕事へ向かうお雪さんの後ろにその存在に気がつかないままで付けていたらしいのです。手も振らず挨拶もせず失礼しました。今後あの付近で赤いス○ルがいたら家内の可能性があります!家内は、やっぱりお雪先生だったのね、と漸く合点がいった様子だったが、今更ながらお雪号のプレートってこれ以上はないほどの相思相愛だと思う。中毒患者オブザイヤーを見事受賞されたお雪先生以上にそれが似合う中毒患者ってNYに一体全体いるのだろうか???
今年最後のフルまであと2日。ラストスパートと行きたいところだが、どうも体が重くて…。まあ膝もちょっと芳しくないような気もするし無理しても仕方ないかな。それよりも、今までやるだけのことはやったじゃないか、と自信を持って臨みたい、と思う今日この頃なのである。
今日もNYは暖かい(雨が降っているけど)。昨日の事務所の忘年会では$50のギフト券をもらったので、うちのにあげたら早速コーヒーメーカーを買うとのこと(古くて最近ぶっ壊れたので)。でもコーヒーは本当だったら、ちょっと昔のドラマ’優しい時間’のように、コーヒー豆を手動のコーヒーミルを使ってじっくりと時間をかけて挽いて、サイフォンで作りたいなぁ。時間がゆっく~りと流れていくのを楽しみながら…。せわしない世の中、そんな悠長なことを言う人はいないかな?
さて、結局今朝も起きれず…。フルマラソン直前の1週間の過し方が本当は物凄く大切なのに。最近食べ過ぎて体重計が本当に怖い。昨日も16オンスのステーキをぺろりと平らげてしまった。しかも酒飲み放題状態。部下からも、糖尿病なのに大丈夫なのかと心配され、最後のデザートは途中で食べさせてもらえなくなってしまった…。そんなことより、車を駐車し、事務所に向かう途中で膝に多少の違和感が。あれっ…。まあ、いつものことかもしれないけど、何故か’ひざかんたん’(夏に日本で買ってきた)をつけて走るようになってからレース中に膝の痛みを感じたことは1度もないから。でも、体重が増えると膝への負荷が余計かかるからちょっと不安といえば不安。いつかは、ひざかんたん無しでフルマラソンに臨んでみたいのだけど、春先のポコノマラソンのように、20マイルまで快調(3時間40分を楽々切れるペースだったのに…)でいきなり膝に激痛が走って残りの6マイルをほぼ歩きという嫌な思い出もあるしなぁ。まあ、今週は無理しない。せめて大厄を締め括るレースは無事終了したいなぁ、と切に願う今日この頃なのである。
どうして自分は同じ失敗を繰り返すのだろう。今週土曜にフルマラソンに出るというのに昨日は思いっきり飲んでしまった。そのせいか、今朝は頭が痛いだけでなく、くらくらして、更には気持ち悪い。大反省。今晩は事務所の忘年会。(なるべく)飲まないようにしないと…。
さて、NYMCKKのBlue3さんが1月に帰国されるらしい。レベルの超高いNYMCKKの中で1番速い彼が抜けてしまうのは非常に寂しい事だ。以前に折り返しのあるレースで彼の走りを見させてもらったことがあるが、その当時は日本人で物凄く速い若者がいるな、と思っていた。そして11月のNYCMお疲れ様会で初めて話をさせてもらったが、兎に角、好青年である。これから走りのコツを教えてもらいたかったのに残念。人間出会いがあれば必ず別れもあるとされる。でも、マラソンという共通項がある限りその人との繋がりは永遠だ。仕事を通じた出会いというのは得てして時に脆さを見せることがあるけれど、仕事を離れて知り合った出会いにはその脆さはないのである。人とめぐりあうことは単なる偶然であるかもしれない。でも、それは同時に必然であるかもしれない、と勝手に考える今日この頃である。
NYの寒い冬はどこへ行ってしまったのか?週末からいきなり昼間のポカポカ陽気が続いている。でも朝はやはり寒い。土曜は一人でお決まりのロッキーズへ。1週間後にレースを控えているので、最高でも2時間だけ、と心に決めて。LSDだと即効性はないと思って、ちょっとだけ速め(といってもジョギングに毛の生えた程度)で上りでスピードが落ちないように。日曜は、脚に刺激をちょっとだけ入れてみたくなり、地元のE高校のトラックへ。ここはいつ来てもガラガラだ。案の定、誰もいない400メートルトラックを独占した。でも200メートルを息ハァハァペース(何だ?)、41秒くらい(これ以上速く行きたくても脚が持たない…)で。スピード練習に関しては、仕事関係の知り合いにかつて教えてもらったことがある。まずスピードに慣れなさい(100-200メートルでいいから何本も繰り返す)。多くのマラソンランナーはスピードに慣れていないだけなのだ、とおっしゃっていたことを思い出す。昨日は、何故かその言葉が思い出されて、スピードに勤しんでしまった。でも、すぐ疲れてしまい前後のジョギングを入れても30分で練習終了…。でも、何か普段使われていない筋肉を使えたような気がしなくもない。
土曜日は、師匠の今年最後のフルマラソンレースとのことであった。マスターズ部門で2位(1位は61歳のお方、フルマラソン経験は少なくともこの7年間ゼロみたいなので、これが実質初マラソンか???人の結果に自分が口出しできる権利はないが、多分なんかの間違いのような気もする。鍛え抜かれた男子ですら60歳を過ぎて3時間20分は超エリートのはずなのに…)兎にも角にもお疲れ様です。
今週末はいよいよ自分にとっても今年を締め括る最後のフルマラソンだ(といっても僅かに今年8回目のフルに過ぎない…)。終わりよければ全てよし、となるように…。
今週は仕事が珍しくあったのでなかなか時間も取れず、ブログのアップデートだけでなく走ることすらサボってしまった…。大反省。
しかし寒い。このぐらいでへこたれていたらいけないのだろうけど、なかなか早起きして暗いうちから早朝ランをしようという気力がなかった。今年最後のフルマラソンがあっという間に1週間後に迫ってしまった。RI州なので、車で日帰りが可能ではあるが、中途半端な距離(150マイル、車で2時間半ぐらい)なので、ちょっと面倒だ。でも申し込んでしまった以上は頑張るしかないと思う。寒さなんかへっちゃらだ!でもコースを見ると結構アップダウンも激しいようで、凹んでしまいそうな今日この頃である。
先週の土日は最高の練習だった。土曜はいつものロッキーズ、そして日曜はお初のNJのロングパストレイルであった。土曜日は、朝寝坊し、ちょっくらロッキーズで2時間LSDでもやるべか、と思い駐車場タダギリギリの8時25分過ぎに到着し準備していたところ、師匠夫婦がほぼ同時にご到着された(レースに行くはずだった飛行機がキャンセルしてしまい、レースを断念し仕方なく練習に来られたのである)。師匠によれば、当日はダウンヒルの練習とのことで、ダウンヒルを一生懸命走り、あとはゆっくりとのこと。折角ご一緒にとお誘いを頂いたので行けるところまでと思い、後をついて行った。結果的には予定を上回る2時間半。いや~、効果は自分一人より何倍もあったでしょう。下りは呼吸が苦しくなりにくい分楽に感じる。でも、巧く走らないと脚への負荷は上りよりも大きいぐらいみたいだ。師匠はいとも簡単に下っていくが普段下りの練習を殆どしない自分にとってはなかなか巧くいかないもの。しかもロッキーズの下りは距離が長いところもあるので、最後のほうは結構呼吸も乱れてしまい大変だったが楽しい練習だった。師匠は何故簡単に速く下れるのか毎度のことながら自分との豪い違いの現実を強く自覚した練習でもあった。
日曜は師匠にまたも誘われ、NJのトレイルへ。ここは普段車でも通りかかるパリセイド・パークウェイのすぐ横にある。NY・NJに住んで最早16年の自分だが、こんなとこにトレイルがあるなんて思いもよらなかった。これは穴場であった。コースは師匠も初めてという未体験ゾーンで、目の前に何が起きるのか全く予期できない。事前情報では、フラットだとのことだったので3時間ランでも大丈夫だろうと思っていたが、現実はさにあらず、であったのだ。NJは地層が岩で成り立っているだけあって、至る所、岩石なのだ。ほんのちょっとでも目を逸らすと、石に躓き転倒しそうになる。コース上の倒れた大木も障害となった。上も下も潜れないことも多かった。そして、決してフラットではなく、アップダウンに富んでいた。特に階段を最後上り詰めるのは最大の難関だった。初心者の自分は当然走れなかったが、この階段を走ることが出来るようになればかなり走力もついた証拠となるだろう。このトレイルは決して辛いことだけではない。景色が抜群なのである。何しろ、雄大なハドソン河の横を走り、しかも断崖絶壁のすぐ横なのであるから。この景色を独占できるのは何物にも替えがたい素晴らしい経験となった。途中、河を挟んでヨンカーズが見えたが、そこはヨンカーズマラソン(一応アメリカで2番目に古いマラソン大会。1番は勿論ボストンマラソン。でも、その違いは歴然…)の場所。そして、自分の前職場があったところでもある。そうか会社の向こう側にこんな凄いところがあったなんて。感動した。きっと、四季それぞれ楽しめそうだ。冬は走りながら雄大な景色。春は緑が芽生える。夏は森林浴を楽しむことができるだろう。秋は何と言っても紅葉。外から見ているだけでも雄大な紅葉なのだから、その中で走ったらそれは想像することも出来ないぐらい感動モノだろう。
結局、土日で5時間半。距離的には合わせても50キロちょいだ(日曜は一切速く走れなかったから)。自分にとっては、非常に頑張った練習。心に残る練習となった。師匠ありがとうございました!
途中、師匠に写真を撮って頂いたが、断崖絶壁の場所での写真で自分は足を広げて踏ん張っている。そう、高所恐怖症な自分なのである。高所恐怖症の人も走るだけなら何の問題もないが、端っこで写真を撮ったり景色を楽しむときは気をつけましょう。勿論フェンスはあるがアメリカなのでもう何十年も前に作っているから思いっきり錆びているのである。これはそのうち落ちて死ぬ人が出るな、と察した自分なのであった…。
今日のNYの天気は怪しい。でも暖かい。明日からは寒波が訪れ、いきなり寒さが戻ってくるようだ…。昨日は、会社の帰り道久々に地元のスカ・ハイのトラックに行ってみた。暫く工事をしていたので足が遠のいていてすっかり忘れかけていた練習場だったが、いつの間にかトラック部分は綺麗になっているし、ナイター設備(前から隣接されたテニスコートの明かりがあったけど)が改善され、ほぼ20メートル置きぐらいにトラックを照らす明かりがついていた。しかも、走っている人は皆無に近い(1-2人はいます)のでほぼ独占状態。更には、夜なのに暖かかった。上は長袖だったものの、下の長いのを持って行くのを忘れていたのだが、このくらいの気温なら上も半袖で十分ぐらいであった。
さて、2ヶ月で4回フルマラソンをこなした後さすがに疲れが溜まっていたのか、日曜の1時間ラン挫折のショックなのかわからないが、月曜から水曜まで完全休足をしていたので、疲れはかなり抜けたような気がした。よって、切のいいところで20周(8キロ)することとした。スピードは平均9分(1周2分15秒)で十分と思っていたものの、後半調子が上がって平均1周2分10秒となり個人的には満足な練習であった。因みに、これで11月は漸く200キロ達成。まだまだ走行距離は少ないけど、199キロという響きと200キロという響きの違いは大きい。今から来年の目標を言うのも早過ぎるけど、年度を通しての月間平均200キロを達成するのが目標だ。そして自分にとっては経験したことのない月間300キロというのを1度はやってみたい。何だか、のんびりとした目標に思われるだろうけど…。
気がつけば、今日から師走に入った。年を取るとドンドン時間だけが通り過ぎてしまう。世の中もドンドン先に進んでしまっている。でも、そんな中、つかの間ではあるけれど走っている時、自分だけのゆっくりとした時間・空間に浸れるのはとても幸せだし貴重(希少?)なことであると思う今日この頃である。

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