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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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先日本屋で何気なく手にし購入した東野圭吾氏の’手紙’を読んだ(不朽の名作であるし、今現在のベストセラー文庫本である)。普段は夜更かししないのであるが、一気に最後まで読んでしまい、12時をとっくに過ぎていた(普段は11時になったら寝ている…)。自分がまだ若かりし頃、今は亡き父がよく言っていたものだ。人生何をしてもいい。ただ、人様には決して迷惑をかけるな、警察沙汰には決してなるな、と。家族の誰かがもし犯罪を犯したら、家族全てが被害者であり加害者なのだ、と。その言葉は自分の中では、とっくの昔に風化していたものだ。でも、この本はその父の言葉を思い起こさせてくれたものである。ストーリーは端的に言うと、強盗殺人犯の兄を持つ弟が、世の中の差別という壁に人生を翻弄されてしまうものである。弟自身には何の罪もないし、ましてやその嫁さんや子供にも何の罪もない。でも世の中ではそう捉えてもらえない。加害者の家族全てが加害者と同類なのだ。それが現実だし、それがおかしい事だとは誰もがわかっている。でも人間は差別してしまうのである。人生は不公平だし、差別のない世の中などありえない。自分らが生きる世の中は、国籍・人種・宗教・性別・職業・所得、全てにおいてそれぞれが異なっている。公平な世の中なんてありえないのだ。一方、そんな不公平な世の中にあってもスポーツだけは例外だと言われる。でもこれもやはり技量のある選手とそうでない選手との扱いの違いは歴然としており、やはり不公平だ!そう、一つだけ不公平を感じないスポーツがあるのだ。それはマ・ラ・ソ・ン。重いストーリーの本を読みながらも、ちょっとだけ心が救われる気持ちになった今日この頃である。
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充実した(?)Thanksgiving休暇も終わり、今日から普通どおりの生活に戻った。とはいえ、アメリカ人の多くは今年一杯ホリディ気分が続くだろうから、実質開店休業状態である。仕事をサボる事に関しては超一流を自負する自分だが、ご多分に漏れず決してヤル気の出ない日々が始まった感じだ。この4連休中での練習は決して満足いくものではなかった。それどころか自分自身に対して嫌悪感すらあるかもしれない。木曜はThanksgivingということでお休み(言い訳が許されるなら雨がかなり降っていたから…)。その夜は隣の家に呼ばれ、夜遅くまで飲み食いをしてしまった…。金曜は渇を入れるため朝起きたが、約1時間弱のジョギングで終わらせてしまった。Thanksgivingの翌日は全米で最もショッピングの気合の入る日である。昨年車の中で子供が退屈しないようにと購入した僅か70ドルぐらいのDVDプレーヤーが今でも役立っている。日本のDVDはこっちで見れないが、日本のビデオをこっちのDVDに落とせば見れる(当たり前だけど)。それを発見して以来、うちでは大活躍の家電製品であり、1年経った今でも故障もせず頑張っている。ジョギングの途中で寄ったBestBuyでは今年も同じものがやはり同じ値段で売っていた。そう、アメリカでは技術革新という言葉はないようで、暫く何年も同じものを全て捌けるまで売り続けるのだろう。コンパクト・シンプルなプレーヤーは70ドルぐらいだったら結構売れるものの、定価である140ドルぐらいだときっと誰も買わない。きっと来年のThanksgivingセールでも出てくるだろうが密かに楽しみにしている今日この頃である。
金曜の午後から夜にかけても人んちに呼ばれて又もや飲み食いであった。ただ酒には目のない自分である。当然ヘベレケになるまで飲んだが、しっかりと運転して帰った。その翌朝、土曜はロッキーズへ。ちょっと寝坊で8時に到着。2時間を目処にチンタラ走ることとした。途中、お雪・内乃助ご夫婦と遭遇。一言二言お話をして別れ、その後2時間ちょい走ったところで終了。又もや、お雪・内乃助ご夫婦に遭遇。ご夫婦も2時間ランをしたとのことで、たまたま同じ時間練習をしたことになる。そこでは、師匠からの様々な有難いお言葉を頂戴した。今後の自分の練習へのモチベーションを高めるのに非常に役立つ。ロッキーズでは、アフリカのエリートたちも練習していたが、途中すれ違いもしたが最後の坂で思いっきり、しかもいとも簡単に抜かされた。トップレベルの人は凄い。ロッキーズにくるとトップレベルのランナーにたまたま出会うことがあるが、いつも同じ人間なのだろうか、と思うくらい違いを見せ付けられる。自分は負けず嫌いな性格なので、自分だってあの位、と強がりを見せることもあるだろうが、ランニングだけは別である。もう自分の実力は知っているし、どうあがいた所で、あのレベルには一生達することはできないのだ。ただ単に凄い!と感動するのみである。そう、ランニングに勝ち負けなんかないである。
日曜も朝起きたときは、よし今日こそ3時間ランだ、と意気込んだのであるが、1時間走ってもう疲れてしまった。11月に2回フルマラソンを走り大して休養も取っていなかったからなのか、ちょっと足底がいつもより痛かったのだ。そこで念のためにと1時間で止めた。長くフルマラソンを続けるためには、人並み外れた体力と走力とそして経済力(?)が必要である。そして、そういったランナーは大きな致命的な怪我をなかなかしない。もししたとしても、そこから回復させるのが上手だ。きっと、メリハリが効いているのだろう。走る時に走る。休むべき時しっかりと休む。そんなメリハリだ。そして、気持ちの切り替えもスパッとできないと駄目だろう。過去は過去、未来は未来なのだ。日曜は確かに1時間で挫折してしまった。でも自分の気持ちは既に先に向いている。また次の練習で頑張れば良いではないか!
アメリカでは明日から4連休だが、殆どのアメリカ人は既に帰省(?)を始めている。自分の事務所も今日は2時上がり。ところがどっこい、その2時からミーティングをしたいと言ってきたクライアントがいるので(日本人よ、もっと休みなさい!)、ちょっとだけ余分にいないといけない。当初は夕方の5時とか言ってきたけど、流石に断った。世の中は休みモードな今日この頃である。
さて、ルート66マラソンの自分のラップタイムを書き忘れたので、データを消してしまう前に残しておく。
1: 8.56.77
2: 8.36.64
3: 8.59.58
4: 8.52.81
5: 8.46.36
6: 8.25.00
7: 8.30.64
8: 8.38.15
9: 8.36.74
10: 8.44.84
11: 8.47.66
12: 8.38.16
13: 8.50.47
14: 8.59.47
15-17: 26.23.73(計測漏れ?)
18: 8.47.78
19: 8.34.51
20: 8.32.11
21: 8.27.48
22: 8.27.97
23: 11.41.72(距離がかなりおかしかったらしい)
24: 9.17.77
25: 9.12.11
26.2: 8.20.00(最後もおかしかった、と思う)

23マイル以降はひたすら上り坂だったので、多少のタイムの落ち込みは仕方ないだろうけど、23マイルの距離は明らかにおかしいと思う。現に、レースのコメントとかにも23-24マイルの距離はかなり長かったと書いているランナーも沢山いたのできっとそうなのだろう。またタイム的にはどんなに速くても最後の1.2マイルを8分20秒というのは無理だろうから、きっと最後で調整しているのかもしれない。
ところでEmailで自分の走っている時やゴールの時の写真が送られてきた。最後かなり苦しそうである。が一つだけ嬉しかったのは、ゴールした時にすぐ後ろにいたペースメーカーが拍手をしてくれているようなのだ。今まで写真を買ったことは滅多にないが、これだけは買うかもしれない。自分にとっての貴重な財産になりそうだ。
2ヶ月で4回のフルマラソン参加を遂に達成した。自分としてはかなりの快挙である。数年前の自分からしたら想像もできないことで自分でも感激である。
さて秋のマラソン4回目はオクラホマ州タルサの第1回ルート66マラソンを選んだ。日本人は第1回と言う言葉に弱いし、何といってもルート66の響きに釣られて…。
コースはタルサのダウンタウンの中心から一瞬だけ古き良きアメリカを偲ばせるはずだったルート66を通り(結局どこがルート66だったのかわからないままレースは進み、そして終わるのであったが…)、アーカンソー河沿いをそのまま南に向かい、ハーフを過ぎてから元に戻ってくるという設定であった。参加者はフルとハーフで合わせて約2500人強、フルはそのうち約半分の1200人強だった。オクラホマ州は暖かいところと思っていたが、内陸に属するからか、たまたまかとても寒かった。いつものWTCユニフォームの下に長袖を着、下はお気に入りのCW-Xタイツ、そして頭にはこれまたお決まりのBuff、更には手袋、と完全防備であったので、途中の寒さは殆ど感じなかった。
スタートして間もなくルート66の看板を発見!これをバックに写真を撮ってもらいたかったが、ランナー以外には誰もいなかった…。
NYCマラソンから2週間しか経っていないので、無理は禁物。でも折角きたのだからと、迷うことなく3時間50分のペースメーカーについていくこととした。余裕があれば20マイル過ぎに飛び出してもいいし、そんなことできなくても最後までついていければPR達成になるし(今まで3時間50分を切ったことがないため、まずはこの目標を達成したかったのだ)、駄目なら駄目でのんびりとマラソンを楽しめばよいし、と何のプレッシャーもないままのスタートであった。
コースはアーカンソー河沿いといったが、簡単に言うと東京の荒川の土手の横の道を走るようなもので、期待が大きかっただけに景色を楽しむことには至らなかった。その分レースに集中できたともいえる。この荒川土手横は完全フラットで前方が丸見えでかえって走りやすい。退屈という見方もできるが、自分には3時間50分という目標もあったしペースメーカーに難なくついていけたので、コース云々は全く関係なかった。
途中までかなり順調だったが、10マイル過ぎ(ぐらいか?)にハプニングが起きた。いつもは大丈夫なのにこんなときに限って、左足の靴紐の輪(結んだときに出来るこの輪が大きいなぁとは気づいていたが)が気になり、気がついたときには右足をその輪に引っ掛けてしまい見事に転んでしまったのだ。でも何と柔道の受身じゃないけど、巧く転んだようで、どっかを強打するわけでもなく、他のランナーに大丈夫だべか?と心配されたが、ダイジョウビ、ダイジョウビと平然と答えられる自分がいた。念のために靴紐を結び直したのだが、ペースメーカーは遥かかなたに行ってしまい、普段の自分だったら、今日のレースは終わったな、サブ4に目標変更と思うところだったが、何故かこの日だけは違っていて、まだまだペースメーカーに追いつくチャンスはある、焦らず少しずつ追いつけばいいじゃないか、と思える自分がいたのだ。実際あとでマイル毎のラップを見ると、この転倒でタイムロスは殆どなかったのである。転んでも全く怪我もせず、しかも自然体でいられたのは、マラソン練習を通じた自分自身の成長の証なのかもしれない。
レースはそのまま問題なく進み途中までは非常に楽な気持ちであった。ところがどっこい、フルマラソンをなめてはいけない。いつもの鬼門である30キロの壁があるではないか。始めは数十人近くいた3時間50分を目指すランナーは一人減り、二人減り、気づいたときには5人程度になっていた。かくいう自分も18マイル過ぎぐらいから、今までのペースを維持するのが簡単ではなくなってきており、ここがガマンのしどころと必死に耐えた。しかも、ハーフ折り返し後は完全に向かい風となってしまい、辛くなってきた。が、折角ここまできたのだからと頑張れた。今日は、このままペースメーカーについて行こうとも思っていたのだが、途中21マイルぐらいでペースメーカーの一人が膝が痛くなってしまい歩き始めてしまった。もう一人も給水所で彼女を待つのか、ちょっと遅れ始めた。ここが勝負かなと思い、そこからは一人旅。ペースメーカーがいるとペース維持が楽だが一人だとよくわからないので不安ではある。でも残りはもう10キロもないからこのままで行けるだろうと未熟な判断をしていた。その後、1回折り返しがありペースメーカーにすれ違った。彼女たちは自分を覚えていてくれたのか、そのまま行け!と激励してくれた。でもそこからが辛かった。最後の数マイルは上り坂なのだ…。このままのペースで行けばギリギリ目標達成できるかも、とは思ったが、最後になってからの上りは一人では駄目だ…。やはり仕掛けるのが早すぎたのだ…。何とここで救世主が現れたのだ。そうなんです。3時間50分のペースメーカーが最後の上り坂で自分に追いつくや否や、私の時計は3時間46分よ、YOU CAN DO IT!と声をかけてくれたのだ。もっと腕を振って、とか即席コーチに早代わり。上り坂での最後の疾走でまさに息も絶え絶え。脚・体すべて泳いでいるのが自分でもわかる。でもゴールまでもう少し。こんなところで諦めるわけいかない。諦めることは簡単なこと。でもこれを乗り越えたとき今まで自分の知らなかった新しい世界が見えてくるはず、と信じて必死だった。
結果は、目標の3時間49分59分に9秒足りない3時間50分08秒。たかが9秒、されど9秒。でも自分は非常に満足している。それは自分を最後まで信じることができたから。まだまだ自分の知らない自分の存在を知ることができたから。そして何より、孤独のスポーツと思われているマラソンというスポーツが、人との交わり・支えあい・そして感謝のスポーツだということが改めて感じられたのが何よりの収穫だと思える今日この頃である。
昨夜はNY商工会議所の年1度のディナーであった。これは毎年ブラック・タイの着用が義務付けられている極めてフォーマルなディナーであり、NYでの主にビジネス界のそうそうたる面々が参加して行われている。自分の事務所も毎年ほぼ強制的にテーブル代を支払うことになっているので、私もドサクサで出席させてもらった。普段ブラック・タイなんて着る訳ないし、勿論持っているはずもないので、事務所の側にあるフォーマル洋服屋でレンタルをした。1週間前にサイズをきちんと測ったのだが、出来上がったものはちょっとブカブカ。事務所で記念に写真を撮ってもらったが、うちの家内曰く、チン問屋みたい!だとさ。さて、ディナー自体は何てことないものだが、毎年著名人によるスピーチがあるし、仕事上の知り合い等も多数参加するため一応楽しみである。今年興味があったのは、千葉ロッテ監督のバレンタイン氏と宇宙飛行士の野口氏のスピーチであった。テーブルが舞台から遥か離れた所なので、近くで見れたわけではないが、彼らはその道での最高峰を極めているだけあって、そのスピーチは人を惹きつけるに十分な魅力的なものであった(ようだ)。でも具体的に何をいったかは聞かないで欲しい。酔っ払ってて実はよく覚えていないのだ…。自分が言いたいのは、最高を極めた人はオーラを放って輝いているということである。ランナーはどうか。自分の目標を達成した人の輝きは、まさに昨日のバレンタイン氏・野口氏の輝きに似ている。しかも、その目標は絶対的なものではなく、あくまでも主観的な、そして相対的な目標に過ぎない。人はそれぞれ。私たちは、バレンタイン氏・野口氏のような絶対的な選ばれたエリート人間には決してなれないであろう。けれども、自分の中では自分が常に1番になれるのである。特に、マラソンはそれを実感させてくれるに相応しい場所だと感じた。
帰りは又もや酔っ払いオヤジとなり、いつの間にか運転して帰宅していた…。ルート66マラソンを3日後に控えているのにこの体たらく。只今、反省中である。
お雪さんの仰るとおり、フルマラソンの回数をこなしていくと、明らかに以前は途方もなかった42.195キロが現実的な距離感になる。慣れない頃は単に長~いという感覚しかなかったが、こんな自分でもあっという間とまでは行かないけれど、大体こんなものとおぼろげながら判ってきたような気がする。また前半頑張ってしまうと、後半の大失速がどうしても怖いからゆっくりペースのレースにしかならないが、きっともっと慣れると”競争”ペースまで行かなくてもペース配分が上達してくるのだろう、と期待している。昨日の食べ物の話もそうだ。沢山レースにでると、色んなことが試せるだろうから、自分に合った直前の食事方法もだんだんわかってくるに違いない。少なくともこれは駄目だな、ぐらいはそのうち判明するだろう。フルマラソンを継続的に定期的に行うことの最大の効用は、勿論健康維持に役立つこともあるが、常に一定の緊張感を感じることが出来るし生きている実感を得られることだ。無謀な飲食も抑えられるしこれにより無駄な夜遊び・無駄使いも防止できる。良い事尽くめなのである。唯一の欠点は、もしこれを止めてしまったときの反動である。これは一生止めれませんね…。
今朝の日本語ニュースの話題は面白かった。パリでは今空前の日本食ブームらしく、謎の日本食レストランが蔓延しているのだという。うちでは、’マッセー’と呼んでいるが(レストランに入ると日本人であればいらっしゃいませ、と言えるが、日本語の意味・使い方の知らない他の東洋人が経営するところはいらっしゃいを省略してしまって、単にマッセーと聞こえるから。確かに、日本のすし屋さんとかでも、語尾の’ませ’にアクセントがおかれるため、’まっせー’に聞こえかねないが、日本語のネイティブにはこの微妙な違いははっきりとわかるのである。日本人を誤魔化そうなんてことは出来ないのである)。パリでは、レストラン名も変わっていて、焼鳥高知(何これ?),YOKORAMA(ヨコハマのつもり),SAJITAMA(サイタマのつもり。普通サイタマなんてダサい名前は付けないですよね)などが実際にあるという。また、ある店の一番人気料理としておすしに刺身、焼き鳥が一緒になった料理が紹介され(日本人としては焼き鳥がおかずになることがちょっと違和感があります)焼き鳥にチーズがかかっていたり、さらに、おすしがあるのにご飯もついてくる(これはNYでも結構ある)のも紹介された。パリの人たちは、そのご飯に焼き鳥のタレをかけ、おいしそうに食べているという。そこで、パリにあるジェトロさんがこれはほっておけないと感じたらしく、お墨付きレストランを選定するのだという(何か、覆面審査員を派遣して点数付けをするらしい。思いっきり主観的な審査になりそうだが、これ私に是非やらして欲しい…)。ついでに言っておくと、ニューヨークには500店もの日本レストランがあるというが、農水省が主体となって有識者会議を開き(どうして日本ってこうなっちゃうの?)、パリと同じようなお墨付きレストランを選定するのだという。これって、恐らくは日本人経営や日本人シェフのいるレストランはまず間違いなくお墨付きをもらえるのだろうけど、日本人がやっていてももらえないレストランがあったら(昔の’と○た’とか’う○お’とかは非常に怪しい…)悲しいだろうなぁ、と考えてしまう今日この頃なのだ。でも、カリフォー二アロールは自由な発想のアメリカでしか生まれなかっただろう。また、照り焼きソースを全米に広げ、今や日本食の代名詞にすらなっているのは日本食に対して無知で味覚センスに乏しかったアメリカのおかげである。テリヤキチキンは実際おいしいし、娘の学校にランチを卸している地元の日本人経営のレストランでは、ご飯に堂々とテリヤキソースをかけて提供しているが、大変美味しいものである。ところで、怪しいのはパリだけでなく、ニューヨークは勿論、隣州のニュージャージーもかなり怪しい。家内と昔行ったダウンタウンにあった’KABUKI’ではメニューに今日のサービスならぬサービピスって書いてあった。日本人の客に対して食事前に味噌汁にレンゲをつけて持ってくるところはまず100%怪しい。日本人はそんな飲み方をしないからである。自分の人生で最高のレストランはNJにあった。一つは、Osaka。レストランに入ると、昼なのに網タイツをはいたママ(?)が迎えてくれ、ウェイトレスは肩の肌蹴た浴衣を着ていた。雰囲気が怪しく夜はいったいどんなだろうと想像が膨らんだものだ…。ところが、味はOKなのである。もうないかもしれないが、間違いなく日本文化を誤らしめるとしてお墨付きはもらえないだろう。もう一つは、kObai。私の記憶ではOだけ大文字という謎の中国日本レストラン。ここの料理は最悪であったが憎めなかった。全てが不味かったのであるが、その中でもCurry with TEMPURAは今後お目にかかれないだろう。自分は、カレーライスとてんぷらが別々に出てくるのだな、と思って選んだのだが、果たして実際はカツカレーのように、ご飯に乗ったてんぷらの上にきちんと溶けていないカレーの塊がかけられていた。野菜も入っていたが、当然生であり、更には、てんぷらも中身のない尻尾だけの海老で大量の油を摂取してしまった。他にもラーメンは単なる茶色のお湯に麺もどきがはいっている代物だったし、カツどんがあったので、それをカレーに乗っけてカツカレーにしてくれないか、と頼んだら、そんなもの作ったことない、と断られた。韓国日本料理の日本食は決して不味くないが、中国日本へは行ってはいけない。やはり、日本食は日本人に限るのである。当時の上司が、生ものにも手を出し、鉄火巻きをオーダーしたのだが味覚センスゼロの上司はこれだけはイケマスナ、と半ば絶賛していた。出てきた鉄火巻きのマグロは人生の中でお目にかかったことのないほど真っ黒なマグロであった…。
日曜は当初は朝から雨が降っているはずであった。起きたら降ってはいなかったので、Rt66マラソンに向けての最後のロングランのチャンスと思って、ロッキーズへと足を伸ばした。着いてみると天気のせいか、駐車場にある車の台数は疎らであり、雨は降っていないもののちょっと肌寒い感じだった。ここで風邪を引いては間抜けなので、下はタイツ、上は半袖に長袖のジャケットといういでたちにした。結果的にはこれで丁度良かった。2時間のLSDをやってみて途中の気分や調子次第で3時間にしようかなと思っていたが、結果的には3時間というタイムに拘り、3時間00分15秒だけ走れた。そして最初の2時間はゆっくりとやっていたが、調子が出てきて途中から上り坂はちょっとだけ一生懸命やってみようと方針転換をした。更には最後の1時間は折角なので疲れない程度にビルドアップをしてみることとした(注:本当のビルドアップの意味を知らないで使っているので気にしないでください)。人間、やってみると出来るものなのだ。ビルドアップといっても、最終的なスピードがめちゃめちゃ速いわけではないが、特に上りではちょっと息がハァハァするぐらいまでスピードを上げるようにしたし、それ以外も怪我をしない程度に段階的にスピードを上げてみた(でもこれは自分にとっては感覚的なものなので、果たして本当のビルドアップになっていたのかは知らない)。自分もちょっとだけ成長したことを実感した。特に最後を締めくくるAsh Tree Trail(だったっけ?)の上りでは全くスピードが緩まることなく最後まで粘れたしスピードがどんどん増していくのが自分で感じられたのだ!実に、お雪さん・内乃助さんと以前にご一緒させて頂いたときはいつもヘタバル坂だっただけに、雲泥の差である。自分的には少しだけ自信となった。
ところで、あと1週間を切ったので、またレース前の食事に気を使うことが必要だ。自分はまだまだそのレベルに達していないので、カーボローディングといっても余りきちんとは出来ないし、その効果や重要性がよくわかっていない。食事法に関しては色んな説もあるのでどうしたもんだかなのだが、マラソン当日の血中には中性脂肪が多い方がよいと実験で証明されているらしく、とんかつやピザが良いらしい。当日の朝にバターや蜂蜜を塗ったベーグルというのも良いらしい。今までは、前日パスタ、当日ご飯とカステラ、エネルギージェルそしてユンケルと思いっきり日本人をやってきているが、モノは試しである。問題は、オクラホマの田舎に行って他のものはあるだろうが、とんかつがあるかどうかである…(あるわけないですよね…)。
金曜の夜は、NYMCKK(中毒患者の会)の集まりであった。楽しかった。どの面々もマラソンというスポーツに魅了され、自分の時間をそこに没頭させることに何の疑問も持たない。大の大人がそこまで夢中になるというのはそこに何かがあるからなのだ。あるサイトでいいことを言っていた。ゴールの先にゴールとそしてスタートがあると。ゴールしてもその先に何があるのか、自分でもよくわからない。でもそこには確実に新しい成長した自分がいて、次の可能性を探り出している自分がいるのだ。忙しない世の中にあって、純粋に自分を見極めることができる。マラソンは人生のようなものとはよく言うが、自分に言わせていただくと人生そのものに他ならない。人生、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。でも、マラソンに苦ってあるかなぁ、とも思うのであるが(まだまだ苦しみを知らない低いレベルだからか?)、そのうち、苦も味わうかもしれない。でもその先にはそれを遥かに上回る楽もあるはず。それを自分の人生で繰り返し感じてみたい。マラソンは人に言わせれば、ただ走って何が楽しいというのか、と思われる。そのシンプルな中に、涙あり、笑いあり、挑戦があり、楽しさがあり、幸せがあり、その他もろもろが詰まっているのである。シンプルな中に、複雑があるのである。馬次郎さんの仰るとおり、マラソンは奥深いのであります。
さて、お雪さんが日本語新聞に載った。NYCMでの堂々の日本女子トップゴールである。NYマラソン中毒患者の会もさりげなくアピールされていて流石は師匠。自分は本当にラッキーに思う。NYマラソン中毒患者の会に参加しなければ、素晴らしい患者たちに出会うことは出来なかった。師匠に出会わなければ、NYマラソン中毒患者の会にも出会えなかった。地元のWTCに参加していなければ、師匠に出会うことも出来なかった。もっと速くなりたいと思う自分がいなければ、Westchesterに住んでいなければ、WTCに参加することも、WTCを知ることすらもなかった。毎回5時間を遥かに超す鈍足の自分がいなければ、速く成りたいと思う自分を見つけることは出来なかった。あのとき、酔った勢いでNYCMに出ようと思ったお陰で、フルマラソンへの挑戦が始まった。それは何気ないスタートであった。でもそれは自分の人生に最良の喜びと楽しみをもたらしてくれるものになるとは全く想像つかなかった。人生に’たられば’はつきものである。時にそれは見苦しい聞き苦しい言い訳に使われがちだ。でも、マラソンに出会わなければ今の自分はいない、ということだけは確実にいえると思う今日この頃なのだ。小田和正の歌ではないが、あの日 あの時 あの場所で マラソンに会えなかったら ぼく~らはいつまでも 見知らぬ 二人のまま、なのである。何度もいうが、マラソンは奥深いのであります!
今日も絶好の秋晴れ。郊外では、ちょっと肌寒いものの早朝ランには最適の季節である。いつの間にか、辺りの紅葉はピークもしくはピークを過ぎてしまっている。家に帰ったら、庭が落ち葉で一杯であった。うちの裏庭には葉っぱが橙色・真っ赤に染まる2本の木がある。気が付いたら、綺麗な色に変わっていた。もう既に葉っぱが全て落ちてしまった木もある。まだまだこれからだという木もある。そして、針葉樹のように紅葉や落ち葉とは無関係の木もある。皆それぞれが自分そしてお互いの価値・存在意義を認めあうかのように。それはまるで一人一人の人間・ランナー、それぞれ目標は違えど楽しむ気持ちは変わらない、と無言で伝えてくれているが如く。
さて、本日は本来は祝日(ナショナル・ホリデー)らしい。’らしい’と書くのは、会計士業界は伝統的に(?)休みにならないのだ。学校や銀行は休みなのに…。子供は今日1日自分と出かけたりしたかったようだが、昨晩のディナーで明日は休みじゃないよ、といった瞬間のその落胆振りといったら…。今の事務所は小規模の事務所なのだから、もっとフレキシブルに対応したらいいのに、と考えてしまうのだが、そうは問屋が卸さないみたいである(年間で祝日が7日しかない職場って普通はありえないと思ってしまうのはこの自分だけか…)。一般に会計事務所って大学を出たての若者も多いし、あるいは会計業界しか知らずに数十年やってきた人も多い。それはそれで尊いことだけども、他の一般業界を知らないだけに世の中で何が起きているのか、一般の会社・ビジネスの仕組みってどうなっているのか、って意外と知らない人も多い(逆にいうと、思いっきり世間ズレしていても生きていけるし、全く恥ずかしくない業界でもある)。自分は違うのかと聞かれたら、勿論そのズレテイル一人に入ってしまっているのだろうけど、日米で働き、家がもともと商人だし、転職を繰り返して色んな所の良い所・悪い所を見聞きしてきているので、ちょっとは違うつもりだ。まあいいけど。
新聞の報道によれば、はらたいらさんが亡くなったとの事。社会風刺漫画家であったことより、クイズダービーでの活躍(?)の方が寧ろ有名か?この番組を覚えているようでは、年がバレそうだ。でも、自分の青春時代での有名人がどんどん亡くなられ、寂しい気持ちがツノル毎日である。何はともあれ、’はらたいらさんに3000点!!’

火曜に引き続き、水曜の夜も大学の先輩と飲んでしまった。本当は、10日後にRt66マラソンを控えているわけなのだから、自分をもっと抑えるべきなのかもしれないが、普段の人との付き合いも大切なことだ。来年早々に控えた年次総会の打ち合わせを3時間程行った後、スポーツバーに行きビールを飲み、その後カラオケへ行きチュウハイを飲んだ後、更に深夜の焼肉へ。家に着いたのは、午前4時であった。何を隠そう、うちには門限というものが存在している。これは、毎晩午前様(昔は本当に朝まで飲んでいて、朝6時とか当たり前の乱れた生活であったことを今は非常に反省している)の自分に切れた家内が一昔前に設定したものであり、ランナー的生活をしている最近は殆ど破っていない。破ると家のチェーンが閉められ、中には入れない。仕方なく、車の中で朝まで過ごしたことも数知れない。でも、そもそも普段ランナー的生活をしていたら、午前様どころか、子供よりも早く10時ぐらいには寝ているのであるから、最近は殆ど有名無実化していたことも事実である。昨日(今朝?)はチェーンは掛けられていなかったが、今後は一応気をつけようと心に誓う今日この頃である。
昨日は訃報があった。一昔、大学のOB会の会長を務められていた大先輩が亡くなられた。61歳だったそうだ。まだ若いのに。NYに赴任されていらした頃は、自分のような若輩者・未熟者にも分け隔てなく接して頂いたし、飲みをご一緒させていただいたこともある。ビジネス界でもかなりの上の方まで行かれた方であり、そんな偉い方なのに、自分を’Sちゃん’といつも親しげに呼んでくれていた。ショックである。御通夜には1000名もの方が来られたらしい。これは、生前の先輩の人柄による所が非常に大きいと思う。心からご冥福をお祈りしたい。そして、天国へ行かれても、Mrエンターテイナーを継続して頂ければと思う。
NYCマラソンも終わり一息と思いきや2週間後には謎のRt66マラソンが控えている。脚の筋肉痛は日常生活上の階段の上り下りなどには全く支障が無くなっているので、練習をそろそろ再開できそうだ。筋肉痛が数日で消えるのは、果たして回復力が強まったためか、それともNYCマラソンで完全燃焼していなかったためなのか(自分的には、今のレベルでのベストを尽くしたつもり)、は定かではないけど…。
昨日は、食べ過ぎた。昼は上司と新しいクライアント獲得祝い(?)として、いきなりステーキとワイン2杯(NJにも美味しいレストランはあるのです)。夜は、大学OB会の集まりで日本酒を思いっきり(これも美味!運転には何故か支障なし)。腹回りが立派になってきたと思うのは気のせい???朝体重計に思わず乗ったら、それ程酷くはなかったので一安心。
家で大問題発生!リビングルームの電気が突然付かなくなってしまったらしい。ヒューズがとんだ訳でもなく何が原因かは素人にはわからない。TVは見れないは、インターネット(ケーブル)も見れないは、静かな夜になってしまったようだ。現代は如何に情報依存社会かわかります。情報に振り回され、またそれがないと何も出来ない。でも、たまにはそういうのもいいかもしれない。いつもはTV/ビデオ/インターネットなどで夜更かししている子供たちが、結構早く寝付いたみたいだし(何も出来なくてつまらなかったみたい)。自分の知り合いで子供に一切TVを見させないという人がかつていたが、毎日こんな感じなんだろうなぁ…。今は昔、中学生の頃、やはり家でTVを見れない人がいたが、NHKの明るい農村だけは見れると言っていた(何故、明るい農村???)。その当時アイドルだった山口百恵ですら、誰?という有様だった。TVの功罪は果てしなく大きい…。
昨日は、待ちに待ったNYCマラソン本番であった。予報通り天気は絶好であったが、自分にはそれでも肌寒い感じであったので、長袖・長タイツ・手袋で臨んだ。多少やりすぎかとも一瞬思ったが、これで殆ど寒さも暑さも感じることがなかったので、結果的にはこれで良かったと思う。
いつものように、5時に起床し、6時半のWP高校からのバスに乗る。WTC病棟の2号室さん、お雪さん、内乃助さんも一緒だ。2号室さんは、2時間57分を目指すとのことだったが、本当にピッタリのタイムであった。故障で調整の遅れた(?)お雪さんは大きな不安を抱えながらもきちんと結果を残された(流石です。人間の力の無限さを知りました)。内乃助さんも堂々のタイムである。それに引き換え、自分はどうか…。第1目標は3:44:12、第2は3:49:59、そして第3は3:59:59であった訳であるが、結果は3:56:23と、とりあえず第3目標は達成できた。従い、満足である。家内曰く、第1回目に比べたら格段の進歩だ、とのこと。何せ、第1回目は何を隠そう、5:51なので…。昨年と比べても(4:20)、NYCMでの記録更新であるので喜ばしい。3週間前のハートフォードでは最後の3マイルを完歩してしまい、かなりの不安があった(NYCの後半、歩いてしまったらどうしよう…)。が結果的にはあそこで無理をしなかったのが、余裕でサブ4が出来た要因なのかもしれない。欲を言えばキリはないのだが、反省材料・教訓は勿論ある。(1)スタートは無理してでも、少しでも前の方がいい。今年からNYCMはネットタイムがオフィシャルとなったので、理論的には前からスタートしようと後からしようと、結果は変わらないはず。ところが、前からスタートして速いはずのランナーにはいきなり歩いていたり、チンタラ走りをしている輩も多く、いくら始は抑えようとしていても限界があった。これを少しでも避けるためには、やはり少しでも前(速いランナーに迷惑を掛けない程度に…)からスタートすることが必須である。このことは、前から判っているのだけど…。(2)今回は、ハートフォードでの失敗を踏まえて(前半貯金型)、前半抑えて後半頑張る方式にした。自分としては、後半もうちょっとごぼう抜きができるかな、と期待する部分もあったが、やはり難しいことがよ~くわかった。壁らしい壁も特になかったので、最後まで余裕は持てたが、少なくとも後半2時間を切らなきゃ、話にならない。じゃぁどうするんだ、ということになるが、これは今後数を重ねて自分なりの戦略を作り上げるしかないと思うのである。(3)もうペースチームに入らない。今年も3時間50分のペースチームに入ったが、これをつけていると、よくペース通りなのか?と聞かれてしまい、それこそペースが乱されることが多かったので、これからは一匹狼型がいい。3時間50分の風船を持ったリーダーが側にいるのに自分に聞いてきたランナーさん、ペース通りかって、そんなの見ればわかるでしょ!
人間の慣れというものは凄いもので、自分のような鈍足ランナーでさえも、下手な鉄砲も数打ちゃ当る。つまり26.2マイルの距離感だけは段々身についてきたようだ。以前はタダタダ長いだけだったこの距離も最近はあっという間に感じられる程だ。もしかして、年を取ると、時の経過が早く感じられる、あの効果と同じモノか???マラソンは、人生の縮図みたいなものだから、ある意味当っているかもしれない。逆に言うと、自分は益々年を取ったことになるわけで…。
NYCMの応援は今年も心地よかった。やはり、胸に名前をつけるのが最高である。特に、1番街、5番街、CPで自分の名前が連呼されるのは、NYランナー冥利に尽きる。これは、毎年続けたいものだ。
19マイル地点の京太郎さんの応援も良かった。他の中毒患者と比べると、自分のタイムは1時間弱も異なる。従い、あの横断幕を見ることは出来ないかな、と思っていたのだが、いらっしゃいました。しかも、自分の名前も覚えていてくださり、大変嬉しかった。いつもは、あのあたりで壁にぶつかり大失速している自分ではあったが、今年は大失速がなかったのは、そのありがたい応援に支えられている部分は大きい。
以下恥ずかしながら、ラップタイムを。
1: 10.04.19(予定通りだが遅い)
2: 8.15.71
3: 8.26.13
4: 8.27.37
5: 8.17.11
6: 8.40.29
7: 9.08.44
8: 8.31.06
9: 8.42.18
10: 8.35.47
11: 8.54.22
12: 8.39.96
13: 9.01.41
14: 8.45.31
15: 9.10.49
16: 9.17.46
17&18: 17.20.71(計測もれ)
19: 8.53.96
20: 9.15.40
21: 9.29.23
22: 9.12.43
23: 9.28.55
24: 10.19.60
25: 9.53.64
26.2: 11.40.08 (3.56.23)
1マイル当りで10分を超えたのは1回だけなので、満足のレベルだ。
NYCマラソンはNYに住んでいるランナーにとってなくてはならないものであることを再認識した。マラソンの距離を42.16キロと表示してその間違いに気が付かない、といった愚かさ(?)はあるが、かわいいものだ。全てが素晴らしい。自分がNYに住み続ける最大の誘引がこのNYCマラソンに出続けたいから、というのは決して過言ではないのである。さあ、来年に備えて、トレーニング再開だ!!
いよいよ明日に迫った。もう今更ジタバタしてもどうしようもないのだから、今日はリラックスをするのみである。家内は医者へ行くため、子供の習い事の送り迎えなどは自分が行うことになるから、家でじっとできないのがちと辛い…。
今朝は、近くのE高校トラックにてレースペースよりちょい速めに10周をして、最後の調整を終わらせた。足底やふくらはぎや膝の痛み・違和感はゼロになっているわけではないが、100%完璧な状態で誰もがレースに臨める訳ではないのだ。皆、何らかの痛みや違和感を抱えているはずだ。寧ろそれが当たり前と思えばいいのだ。そういえば、自分の大学の教授がゼミでこう諭していた(20年前なのに今でも覚えている…)。自分がどんな障害を持とうとも、それを素直に受け入れなさい。どんな状態でも、今が一番いい、と思いなさい、と。そう、今が一番いいのである。人生は後悔の連続だし、また次から次へと新しい欲求が生まれ、またそれを何とかして達成しようとする愚かな動物でもある。こうすればよかった、ああすればよかった、と今更思ってももう遅いし、短い人生で人間が達成できることなんてどうせ一つ二つも出来たらそれで十分なのである。しかも、それはとてもちっぽけなもの。だったら、余計なことなんか考えることなく、今を楽しめばよいではないか。
ところで、ランス君はサブ3を目指すらしい。自分には全く縁がないが、マラソン中毒患者達は並走することも十分可能だ。いいなぁ…。
何はともあれ、皆さん明日が最高の1日になるように、頑張りましょう!!
NYCマラソンまであと2日。兎に角寒い。マラソンには暑いより寒い方が良いに決まっているのでガマン、ガマン!
昨日は、Expoに行ってナンバーを貰いに。初日の3時とあって、それ程の混雑ではなかったが、思っていたよりは人は多い。今年の参加Tシャツはいつものダサいそれではなく、ちょっとお気に入りである(綿でもないので、早速今日の早朝ランで試してみたがGOODであった。相変わらず、ASICSを始として様々なメーカーや他の地域・国のブースが所狭しと並んでいた。中でも、ASICSはNYCマラソンのメインスポンサーでもあるだけに、記念グッズも多い。でも最近はめっきり買わなくなった。あのINGというマークが余り好きになれないのだ…。ASICSはかっこいいし、日本のブランドなので安心だ。でも、あのNYCの文字よりも遥かに大きいINGって一体…。しかも、高い(タダでINGを宣伝してあげているのだから、逆に安くすべきだ!!)。普通のTシャツが何で$32もするのか???ところで、多くのランナーが気付いているとは思うが、マラソンの距離は42.16キロではない。42.195キロである。家内曰く、逆さまにして作ったので、9が6に見えたのではという。自分は、作った人が42.195でなく、42.159と勘違いし、切り上げた結果なのではないかと思う。いずれにしても、こんな基礎的な部分の間違いにすら気が付かないのって凄いことである。アメリカで如何にメートル法が浸透していない(そもそもその存在すら気付いていない)ことがわかる。もしかして、日本人が42.195キロだと信じてやまないこの距離こそが違っているのかも知れない、がまさかそんなことはないですよね…。このレア物のTシャツや帽子を買わなかったことが心残りであるが、まあいいや。
日本では、相変わらず平和ボケが蔓延している。今朝の日本語ニュースでは銀座にGucciビル(8階建て)がOpenしたことを大々的に放送していた。もうちょっと世界で何が起きているかぐらい理解できないものか…。ところで、この平和ボケという言葉、現象(?)は日本人以外の人々には一切理解できないらしい。これを英語等、他の言語に一言で表現することは出来ない、即ちこれに相当する言葉や背景がないのだ。何でも、一流の通訳者・翻訳者でもこれを訳すのは一苦労なんだそうだ(正解すらない。余りにも漠然とした言葉でしょ。わかったようでわからない)。
今日から11月。そして、NYCマラソンまであと4日。今日も天気も良く、どちらかというとポカポカのんびり陽気である。
商業主義のINGNYCMからは、$4.99でレース・ライブが見れますよ、との宣伝が。どのくらいの視聴を見込んでいるのか良くわからないが、大した儲けにならないような気がするのに、よくやるなぁ…。メイン(トップランナー)は当たり前だが、ランスを追うことも出来(LanceCam、自転車をやっている人は興味あるでしょうが…)、自分ら素人ランナー(RunnerCam,3ヶ所ーハーフ・30キロ・フィニッシュ)もライブもしくはオン・ディマンドで見れるらしい。でもどうやって判るのかなあ。自分らの存在はあのおもちゃみたいなチップしかないので、それでわかるんだろうなぁ。しかも、世界どこからでも見れるというのだから大したものだ。世の中便利になっていく一方で、失われていくものも多い。NYCマラソンがアメリカの商業主義に乗って、その認知度がどんどん上がり、その大イベントに参加できることは非常に喜ばしいことである。NY以外にいる人でも手軽に見れるというのは画期的なことだ。でも、少なくとも自分は人に見せるために走っているわけでもなし(せいぜい家族ぐらい)、マラソンを商売の道具に使うのはかなりの違和感がある。元々マラソンは金集めのために非常に有効というのも事実なのではあるが…。集めたお金が世の中にうまく還元されるのであれば大歓迎ではあるが、本当のところはどうなのだろうか…。まあ少なくとも、マラソンの本当の趣旨からはどんどんズレていっているのかもしれない。何かを見失っているのかもしれない、と危惧を抱いているのは果たして自分だけなのであろうか…。話はRunnerCamに戻るが、ハーフ・30キロ・フィニッシュのうち、NYCマラソンのハーフ地点は、クイーンズでの橋の上で一番くたばりかけている時である(しかも沿道に人は殆どいない)。30キロ地点は、1番街の北のほうなので沿道の応援も寂しくなった頃で、しかも30キロの壁にぶつかっている頃。フィニッシュはうれしいが、ゴールの瞬間もいいが、手前100メートルぐらいからのランナーの表情の方も素晴らしいのではないか(自分は、マラソンのゴール地点よりもゴール寸前が一番好きな瞬間なのだ。だって、PRのために必死になったり、それまで歩いていても、この100メートルだけは最後の力を振り絞って皆頑張るでしょう。自分はゴールしてからは泣かないが、寸前では何とも言えない感情で一杯になる)。それとか、スタートの生き生きしたランナーの表情や、ブルックリン(個人的には、ここでの熱狂的な声援や逆にしーんとしたオーソドックスなユダヤの人々の冷めた応援が一番好きである)や1番街(特に、女王様区橋から出てくる瞬間ーこれがNYCマラソンの最大の醍醐味なのに…)とかの瞬間も押さえればいいのに、と勝手に思ってしまう今日この頃なのだ。でも、何だかんだ言っても時代の最先端を走るNYCマラソンの楽しみは尽きないのである。

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