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走れけに~

Author:走れけに~
まだ若かりし頃、世界を代表する公認会計士を目指して、1990年に単身NYへとやってきたのがつい昨日のことのようです。仕事(会計士)への情熱は在米17年の間にすっかりと醒めてしまい、余生をどうやって楽しく送るかが今の最高関心事であります。そこで出会ったのが、まさにフルマラソンの世界なのであります。誰に褒められる訳でもなく、貶される訳でもなく、怒られる訳でもなく、全て自己完結な世界なのであります。走って何が楽しいのか、とよく聞かれます。兎に角無条件に楽しいのです。楽しいものに理由・説明など必要ないのです。何はともあれ、走れけに~!

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いよいよ今度の日曜から2ヶ月にて4回のフルマラソンへの挑戦シリーズが始まる。他のランナーからは大した事ないよ、と言われそうだが、糖尿病持ちそして今までの経歴からすると自分にとっては結構おおごとなのである。以前にも記したが、糖尿病になったときある医者にはランニングしかもフルマラソンは即刻中止の命令を受けた(それに逆らったために今の健康な自分がある)。それ以来フルマラソンへの参加を自分の健康のバロメーターとして使っているが、実際走っている最中や走り終わった後に体調に異常を感じたことは一度たりともない(やっぱりあの医者はヤブだ!!)。NYCだけでなく他のマラソンにも定期的に参加しようと思い立ったのはそれ以来であるが、以前は2ヶ月に一回出ようというのが関の山であった。今年とて、冬から春にかけて、1月・3月・5月の3回に出たきりだ。今回は2ヶ月で4回出ようというのであるから大挑戦である(家の財政的にも挑戦は続く…)。人間、初めての挑戦には勇気がいる。でもこれはきっと楽しい挑戦だ。未知との遭遇。何が起こるのか全くわからない。でもわからないからこそ人生は楽しい。想定外のことが起こるから、生きてて良かった、充実している、と思えるように…。
まずは、日曜の双子都市マラソン。今からちょっと興奮気味である。
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今週は週末のフルマラソンに向けて、そして風邪を早く治すため、余り練習をしないことにした(でも、今晩のWTCの練習だけは行くつもり)。家ではゆっくりと歩けない家内の手伝いや子供の世話や読書やドラマ観賞に耽る毎日。昨日は日本のドラマ”下北サンデーズ”の続きを見た(NYは便利です。ビデオを借りてくれば、連続して見れるから)。このドラマは下北沢で繰り広げられる小劇場を巡る人間模様を描いているコミカルドラマであるが、毎回感動する場面が登場し心が休まる。昨日見た中では第5話でのある台詞が非常に心に残ったので以下引用する。

才能とは99%の努力と1%の可能性である
努力とは99%の継続と1%の夢である
継続とは99%の愛情と1%の迷いである
愛情とは99%の愚かさと1%の希望である
諦めるのは容易いことである
けれど、続けたものだけに見えてくる
素晴らしい世界がある

初期段階のマラソン中毒症状になりかけている自分にはピッタリの言葉だ。別に人に褒められようとして速く走ろうとしているのではない。逆に、遅くたって誰に怒られるわけでもない。そこには、ひたすらゴールを目指すバカな(人から見ると)自分がいるだけなのである。そう、才能とは、努力とは、継続とは、愛情とは、バカになることなのである。目標タイムのみに気がとられ、危うく自分を見失うところだった。自分は走ることに魅了され、そしてただ26.2マイル先にあるゴールを目指すという単なる走りバカに徹するのみでよいのだ。それでも、中毒患者のみが味わえる素晴らしい世界が見えてくる。バカになることは幸せになることではないか!
昨日日曜は、NYの北のあるMohonk Preserveという場所で行われたPfalz Point Trail Challengeという10マイルレースに参加した。300人限定のこのレースは毎年定員一杯になるらしい。当日受付もあったが、折角こんな遠くまで来て(NYCからだったら2時間は楽にかかる)SOLDOUTといわれたら悲しいだろう。友人のF選手も不安ながらに当日申込。申込は出来たが、Tシャツはないとのこと。家には過去のレース参加でもらったTシャツで一杯なので、自分はもらえなくてもいいのだが、最近は家内や子供にあげるようにしている。家に帰ってから家内にやる、といったらそのデザインからかあっさりと断られた…。いいデザインのTシャツは自分でも欲しいのだが、最近そういう系統のは自分の手許にはない。
さて、レースの方はというと、スタートは単に紙にスタートと書かれているのみ。ゴールも非常に寂しい。単なる広場のようなスタート地点からサイレンを合図にスタート。このサイレンはどっかで消防車でも走っているのかと思うような音なので、他の参加者もスタートの合図と思わなかったようで、皆スタートしていいのと躊躇しながらのスタートであった。他のランナーから3マイルまでは上りで、あとはフラットと聞いていたので、それを信じていたが、さにあらず!確かに、3マイル直前での激しい坂があり(普通の人間では走れないほど)、あとはフラットか、と思っていたところ、やはりトレイル・チャレンジと言うだけあって世の中そんなに甘くなかった。激しい坂を自分は歩いてしまったが、あとはフラットらしいので走ろうと思っていたのに、またもや上り坂(これは緩い上り)。あれ、聞いてないぞ、と思ったが、まあちょっとの我慢だろう、と思い直した。でも、この坂は終わりを知らない。気がつけば、歩いているアメリカ人も多数。自分も右に倣え、であった。まあ、持病のふくらはぎも違和感を覚えてきたし、写真も撮りたいからまあいいかな、と思って歩いていると、後方にF選手がいた。写真家として、彼の勇姿をおさめ、先に行ってとお願いし、でも頑張って追いつけたら、と目論んだが、最後までF選手の背中を2度と見ることはなかった…。
このトレイルは普段走っているロッキーズとSaxon Woodsに良く似ている。キチンとランニング(ここはマウンテンバイクも出来る)出来るように整備されているし、眺めも抜群だ。同じ敷地にMohonk Mountain Houseという有名なリゾート地があるが、このトレイルレースではそのゴルフ場を途中横切る演出もあった。ゴルフ好きな自分にはゴルフ場を走ることは非常に楽しい。その後も、暫し上りが続いた後、今度はその反対の下り(人生、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、というがまさにこの言葉が当てはまる)である。整備が良いだけあって、下りが非常に楽で、上りで自分を抜かしていったランナーをごぼう抜きする。こりゃ楽だ、このままゴールまでいけそうだ、と内心思っていたが、そうは問屋が卸さないのであった。上りはあと2回もあったのである。しかも、1回目の激しい(と思っていた)上り坂を遥かに凌ぐものが…。上りはとてもじゃないが、今の自分には無理。歩くしかなかった。恐らくは上位の人たちは、そのとんでもない坂ですら走りきっているはず(その証拠にトップクラスは、1マイル6分前半ペースでゴールしている)。自分は鈍足、トレーニング不足…。でも、景色は素晴らしかった(時折森林から垣間見える遠くの景色や、大きな岩壁も素晴らしい)。その岩壁は確かこのPreserveの名物であり、ハイキングでその上までいけるはずだ、そこからの眺めは物凄いだろうなあ、と容易に想像しうる。
レースはあれよあれよ、というまに終了。最後の1マイルになって、本気で走り始める周りのアメリカ人。自分の周りに喋りながらうるさい女性2人組がいたので、最後自分も彼女らを思いっきり抜かしてゴールしようと思ったが、彼女らも必死に自分を抜かしにかかる。おじさんをなめんなよ、ばかしに最後は彼女らと一緒にゴール。ゴールしてから調べたら、彼女らは16歳と18歳であった。うわー、若い…。
タイムは、1マイル10分を越えてしまったが、非常に楽しいおもしろいレースであった。レースを支える地元のボランティアのサポートは素晴らしかったし、何といってもトレイルは自然と共存できる素晴らしい場所である。師匠がその魅力に取り付かれているのもよ~くわかるというものだ。ロードレースでの、ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ、も大切だが、心から走ること、歩くことが素晴らしい、と思える大切な時間を過ごせる、これはトレイルでしか味わえない貴重なものである。それを知ることが出来た昨日は嬉しい心で1日満たされた。
NYに遊びに来ていた兄夫婦も日本に無事帰国した。自分の課題は、来週から2ヶ月に渡る4回のフルマラソン出場を無事に乗り切ることである。まずは来週末の双子都市マラソンである。1週間前なので、故障しないようにしたい。今日は、暫くの休養明けということで(未だに鼻水タラタラではあるが…)、無理せず近くの高校で800メートルを3分40秒ペースで5セットで止めた。丁度練習が終わるや否や雨脚が大粒となった。また風邪がぶり返さないように…。1週間にも渡る不摂生により、体重計にはとてもではないが乗る勇気が出ない。足・脚・身体そのもの、とても重い。でも、走れることに感謝である。(走りたくても走れない師匠、今は焦らずじっと我慢です。師匠は必ず完全復活しますからね)
家内は、最近ほぼ毎日色んな医者に行き、検査や治療を続けている。兎に角、痛いらしい。心配である。
今週のFrontLineの特集は‘今からでも遅くない!30歳から始める ウォーキング&ランニング‘であった。自分にとっては特に目新しい記事ではないが、家内には熟読を薦めた。歩けないと本人は言うが、歩かなければ歩けるようにならない、と医者は言う。ウォーキング、そして将来的には師匠のように夫婦でランニングが出来たらそれは素晴らしいことと思う。でも、今の家内の足取りはウォーキングすらも満足には出来ない。気長に待ちます。ところで、FrontLineの表紙に使われているNYCマラソンの写真は余りにも古い(Chaseがスポンサー)。本当に皆寒そうに走っている。寒いのが嫌いな自分はちょっと憂鬱にもなった。NYは今日から正式に秋となった…。
本日月曜は昨日のヨンカーズ・ハーフマラソンで多少無理してしまったためか、毎日の日本から来ている兄夫婦のアテンドの疲れか、思いっきり風邪を拗らせてしまったようで、事務所を休んだ。火曜・水曜もまたアテンドをしなくてはならず、1日ゆっくりと休むこととした(今日の夜はエンパイアから夜景を見たいらしく、また付き合わなくてはならないけど…)。今この日記を書いている時点ではかなり良くなった(昨日の夜は、喉は痛いし、鼻づまりはするし、とてもじゃないがなかなか寝付けなかった…)。てなわけで、2週間をきったTwinCities出場のため、身体を万全にするのがこの2週間の最大の課題である。
昨日は地元のヨンカーズ・ハーフマラソンに初めて出た。これは、知る人ぞ知る全米で2番目に古いマラソン大会である(言うまでもないが、1番は知らない人のいないボストンマラソンである。1番と2番で豪い差がついたものである…)。自分は4年もの間ヨンカーズで働いていた(日系企業は1社しかないといわれる。今はかなり再開発され、特に駅周辺は見違えるほどにきれいになったが、以前はサウス・ブロンクスと常に比較されるほどの治安の悪い地域であった。今も夜は治安が悪い。でも、昔ほどではない)ため、地の利はあるつもり(かつての通勤路がコースになっているし、またかつての勤務地の前も通り過ぎる)だったが、甘かった…。車で走るのと、実際に自分の足で走るのとでは雲泥の差であった。炎天下で、かつ上りが激しいのである。体調が悪いのもあるが、さっさと完走に目標を切り替えた。沿道の応援はゼロに近い(予想通りなので、全く気にならず)。でも、水配りの地元のボランティアのサポートは素晴らしかったし(子供が主)、ヨンカーズの中心地の交通を止めるため、地元のドライバー達のイライラは頂点に達していたようだが、これを毅然とした態度で規制する地元警察のサポートも素晴らしかった。フルは同じコースを2周する設定で、フル参加者は少ないため、タイムの遅いランナーは完全一人ぼっちになっていたようだが、肉体的・精神的なタフさの要求されるレースである(自分にはフルを走る自身は全くない…)。自分は初め調子が良かったので、図に乗って速く仕掛けすぎたのがたたって、後半大失速する破目になってしまったが、‘初めはゆっくり走るべし‘の作戦を思い起こさせてくれたレースとなり、10月11月のレースに良い教訓となった。レース終了後は、噂に聞いていたランチである。時間になってもなかなか準備が整わず、さすがはいい加減なアメリカであるが、30分近く待って漸く準備が整い、ほぼ1番乗りで美味しいパスタを戴いた。初めのうちは人数も少なかったので、さっさとオカワリも戴き大満足のランチを締めくくった。…終わりよければ全てよし…。
昨日は久しぶりのゴルフであった。NY地方はあいにくの雨であったのだが、兄夫婦は日本から来ていることもあり、またゴルフ場が何とOPENだとのことで、取りあえず行って見た。流石日本は雨でも平気でゴルフをやる国なので、兄夫婦は雨の為の準備がいい(完全に慣れている)。行ったゴルフ場は3組しか来ていなかった。でも、面白いことにあれだけの天気で、グリーン・バンカー・フェアウェイ、どこも水溜りが一切出来ていなかった。メンテナンス抜群なのである。自分はランニング中心の生活に切り替えているだけあって、ゴルフは殆ど最近はしていない。したがい、スコアは散々であったが、全くくよくよしていない。確かに昔は、80台が難なく出たときもあった(ある友人に言わせると、ゴルフ人生において必ず誰しも1度はピークを迎えるらしい。殆どの人はそのピークに気がつかずに、ドンドン上手くなっていると勘違いするものらしく、一生続けることとなるのであるが、ピークは当然長続きせずに、その後はどんどん下手になっていくのだ。もしかしたら、自分のゴルフはピークを早くも過ぎているようだ。今や、80台はおろか、100すらも切れなくなってしまった…。気にしない、気にしない。野山を駆け巡る、自然と戯れることが出来たではないか。
ゴルフは余暇の楽しみとして、一生続けられればそれでいい、と思えるようになった。話をゴルフとの対比としてのランニングに移すこととする。何といっても、ランニングはゴルフと違って基本的にタダだし、その気にさえなれば24HR7Daysできる(やるわけないけど…)。しかも、程ほどに行う限り健康にもよい(はず)。自分の糖尿病は今では奇跡的にほぼ正常に近いはずだ。ゴルフを続けていたところで、今のような健康状態になっているとはとてもではないが想像し得ない。因みに、ランニング中心生活前(3年位前)には、某医者にあなたは本格的に治療を始めないとすぐ死ぬよ、と脅された。そこで、治療の一環である運動として、自分はマラソン・トレーニングを始めようかと思うのですが、と聞いたところ、短距離ならまだしも、フルマラソンをやるとは自殺行為に等しい、絶対やめなさい、と言われた身である。そんなバカなと、他の医者に行ったところ、フルマラソン・トレーニングは最高の運動ですよ、どんどんやりなさい、と正反対のことを言われた。結局、自分は、前者の医者を切り、後者の医者に通うことになった。結果は、自分の意思決定が今のところは正しかったようだ。体重は当時から20キロ以上減り、疲れやすい・いつもだるい・ふらふらする・貧血気味、等の症状はほぼ無い。あの時、最初の医者に言われるがままに素直に、フルマラソンから撤退していたら、今の自分はどんなになっていたのだろう。健康状態もさることながら、人生の楽しみも減っていたかもしれない。そして、今よりもずっと憂鬱な日々を毎日送っていたに相違ない。
今日も目覚ましの力を借りることなく朝5時前には目が覚め、1時間の早朝ランを行った。昨日は指先が悴んでしまったので、念の為軍手みたいな手袋をして走った。結果は良好。朝はなかなか明るくならない。寂しい…。
さて、世の中のスポーツ(とりわけ日本人)は色々な話題で花盛りである(と自分では勝手にそう思う)。
(1)ヤンキースの松井が昨日見事復活した。試合後のインタビューも一言一言を噛み締めながら、試合に出ることの嬉しさを語っていた。自分には、松井が涙ぐんでいたように思えたが、同じ日本人として自分も非常に嬉しかった。松井に対するスタンディング・オベイションは日本人が立派なスポーツマンとして認められた瞬間であった。スポーツに国境はない。
(2)マラソンの高橋尚子選手が17日のフィラデルフィア・ディスタンス・ラン(ハーフマラソン)に出場することが発表された。日の丸でも掲げて応援できたらいいのだけど…。
(3)卓球の福原愛選手が早稲田大学に見事合格した。野球の早実・斎藤と並んで、自分にとっては2人の頼もしい後輩が一気に誕生する。一時、色々な不祥事などもあったが、最近早稲田の心証が以前に比べて改善されてきたような気がする!
日本人万歳!スポーツ万歳!
今朝は兎に角寒かった。いきなり冬みたいな気候であった。気温は40度台であることは間違いない。下は普段のランパンで問題ないが、上は流石に長袖のシャツにした。これで大丈夫だろうとたかをくくって走り出したが、指先の寒さはどうすることも出来ず、途中でかじかんでしまう程であった。自分は、真冬の寒いときには、手袋を2重にしたりスキー用のごっついのを使ったりしているが、どうしても指先のかじかみは無くならない。今からその対策を考えねば…。
さて、昨日はTVは9・11で一色であった。CNNを見ていたら、亡くなられた全員の名前が流れていた。テロ前日の9月10日に自分で初めて主催したビジネスセミナーに出席された方(当該セミナーに来られたお客さんの中で一番偉い方だったのでよく覚えている)、当時自分の住んでいたコンドのすぐ上に住まれていた方の名前もある。特に後者の方は、駐在でNYに来られて間もなくであり、小さなお子さんもいた。良く覚えているのは、その家族は着任早々、’真っ赤’のアウディ(ステーションワゴン)を購入し、この車は非常に目立った存在であった。ご主人不在のこのご家族は、テロの後失意のまま間もなく日本に帰国することとなった。でも奥さんは、そのご主人の形見として、これだけは絶対に処分できないと、この真っ赤なアウディを日本に持ち帰られた。ご主人も奥さんも自分と同じ年。彼の死去は嘘であって欲しいと毎年思う。でも、確かに彼の名前は載っている。しかも、TVの中では彼の年齢は36歳のまま今でも止まったままである…。
今日は、あの日から5年である。あの日のことは今でも脳裏から離れることはない。自分は、ダウンタウンで働いていたわけではないから(ミッドタウン)、目の前にいたわけではない。5番街から遠くに見えるワートレを見ていただけだ。仕事でしょっちゅう通っていたワートレが燃えているのを見ていただけだ。忘れようとしても忘れられるものではないし、一生忘れないであろう。その日は、仕事で大切なミーティングに朝一で行く予定であった。夜も大事なアポがあった。キャンセルしようにも相手にも繋がらなかった。そんな日に、知り合いも含めて多くの人が命を失った。あの日がNYの全ての人の人生を変えてしまった。自分も、あの日を境に、貴重な人生を・いつ失ってしまうかわからない人生を、仕事・お金のためだけに生きるのだけはをやめよう、と堅く決意した。仕事・お金にいくら恵まれたとしても、人間死んだらお終いではないか…。人間は何のために生きているのか、これは人間に与えられた最大の難題だが、正解は勿論ない。ただ、自分は、仕事で辛い毎日を送るのは止める、どうせ仕事をするなら、精神的・肉体的にプレッシャーの少ない環境で行い、もっと自分のため、そして家族のために捧げよう、と思った。いつ死ぬかわからない人生、どうせなら楽しく’今’を生きよう。これが、自分の人生のモットーとなった。でも、これはその日にマンハッタンにいた人たちは全員がそう思っているのではないか…。
あれから、もう5年。時は経ったが、気持ちは全く変わらない。今でも、ダウンタウンを見ると、頭がぐるぐる回る。ここには確かにワートレがあった。自分は今でも悪い夢を見ているのでは、という気持ちだ。でも、現実は違う。5年前から心が何一つ変わっていない自分が今ここに生きている…。
土日の日記がすっぽり抜けてしまった。忘れる前に記憶を掘り起こしておくと…。
土曜日:朝から例のロッキーズにて。日曜日のタカホー・チャレンジ(1M&5Mレース)を控えていたので、最高でも2時間しかやらない、と心に決めて。しかも、誰に抜かされようが、兎に角ゆっくりと。疲れを残さないように心がけた。ゆっくり走ると色んなものが見えてくる。左右をきょろきょろしても全く問題ないし、前方にある水溜り、枝、石、穴ぽこも全て避ける事が出来る。脚への負担は限りなくゼロに近い。登りは呼吸が乱れないように深呼吸すらもしながら余裕を持って。下りは速すぎにならないように、逆にゆっくり過ぎでは筋肉に負荷がかかりやすいのであくまでも自然体で。結局途中一生懸命のランナーに何度も抜かされたが、気にしな~いの精神で最後までニコニコペースであった。流石に最後の方だけは、ビルドアップで筋肉に刺激を入れてみたが…。気持ちよい走りでした。でも、本番3週間前になってもこんな遅いペースでロングランしてても本当にいいのか、という疑問は残りました…。
日曜日:タカホー・チャレンジへの出場(1M&5Mレース)。2号室さんより、どっちかだけ一生懸命走ることにしないと、疲れるとのアドバイスを頂いていた。1Mが先。せいぜい100名もいないレースである。しかもその殆どが普段走ったことのないであろう、子供たち(小学生ぐらいか)かおじさん・おばさんである。でも、速そうなランナーもちらほら。子供のスタート時のスピードは全速力だ。これにだまされてはいけないと思いながらも、思わずおじさんをナメルナヨ、と言わんばかりについていってしまった…。予想通り殆どの子供たちはあっという間に大失速だが、こちらは止まれません。エリートランナーはもっと速いものの、失速を始めた人たちを追い抜き、あっという間のゴール(自分の時計で6分19秒。1マイルレースは実は初めてであるが、普段のWTCでの練習で頑張って走って、1周1分35秒がせいぜいなので、実にそのペースで1マイルを走れたことになる。自己PR達成!と呼んでおこう)であった。次は5M。1Mでちょっと頑張りすぎてしまったので、不安がよぎる。でも15分弱ぐらいは休憩できたので、何とかなるかも、と淡い期待はあった。チャレンジというだけあって1Mと5Mの両方に出場しているランナーも多い。速そうなランナーは10人もいないか?取りあえずついていけるところまでついていこうと思っていた。スタート直後は皆、相手の出方を探ってか、1Mとの距離の違いを考えてか、ゆっくりペースである。2マイルまでは自分の周りにも3-4人ほどいたが(距離表示が2マイル時点しかなかったが、2マイル通過は13分40秒。自分としてはとてもよい感じ)、この2マイル通過後、横のランナーが急に速くなって行ってしまった。最後の1マイルで抜かせたらいいな、と思ったが、この二人を最後まで抜くことも追いつくこともなく、その後はほぼ一人旅(よって、途中のペース配分がわからなくなり、また2-3回にわたる微妙な上り坂に多少苦しみ、更には1Mの疲れもあってか、ペースが気がついたら落ちていた…。因みに、この自分を抜かした2人の背中はゴールに至るまで、ずっと見えていたが、この2人もその後は誰も抜かすこともなかった)。その後は、誰を抜かすことも抜かされることも結局なし。暫くは後ろに数人いたが、最後の1マイルだけはきっと速かったのだろうが、ゴールしたときには、後ろが全くいなかった…(タイムは恐らく35分37秒。後半大分落ちたことがわかります。35分を切れたらすごくうれしかったが、まあしょうがないです。でも、今の時点でこのタイムで走れたので自分としては大変満足であります。)。結局上位ランナーが30-40歳で占められていたようで、年代別入賞はならなかったが(因みに、自分を2マイルで抜かした2人のランナーは30歳代2位3位であった)、非常に身体の充実を覚えたレースであった。終わってから、無料の地元おばさんによるマッサージを受けたが、楽になったか、と聞かれてYESと答えたが、実は反って脚が痛くなってしまった…。
昨日(木曜)は、遂にジムに入会。大抵長続きしないので、少しづつ無理のない範囲で続けたい。ジムではトレッドミルも当然あるが、雨の日以外は極力これをやらないことにする。やはり、走りは外で走るに限る。以前、まだランニングを始めたばかしの頃、ランニングといえば常に夜空いた頃に近所のジムに行きトレッドミルを30分、あとは筋トレ、サウナ、というのがパターンであった。確かにそれまで、運動を避けてきた自分にとっては、多少の運動癖がついた意味では収穫ではあった。しかし、決して速くはならなかった…(トレッドミルだけで速くなる人もいるらしいが、周りの景色も一切変わらず-他の人を見ているのも結構楽しかったが…-、最高でも1時間弱しか走れなかったように記憶しているので、今現在、週末に重点を置いているロングランの練習は皆無であった)。また、スピードも自由に設定でき、止めたいときに止められ、室内の空調はバッチリで、ある意味過保護な環境にあったことも速くなりにくかった要因かもしれない。実際、先日のNYCハーフのように、大雨の中でのレースというのもありえるわけなので、小雨程度であれば、外で走る方がいいのかもしれない。従い、トレッドミルはやめておこう。
前置きが長くなったが、今回ジムに入ったのは、軽い筋トレをやれること、事務所から徒歩1分の近距離(階段を降りるだけ)、事務所半額補助付、などなどが理由だが、それだけではない。ジムには無料(追加料金が要らないの意)でクラスを受けれるメリットがあるではないか。今、日本ではピラティスやヨーガが大流行である。この流行に遅れを取ってはいけない、と考えた自分は善は急げとばかりに、たまたま木曜の夜にクラスのあるピラティスを受けてみようと思ってしまった次第なのである。クラスは、女性ばかり6人と超初心者の自分の少人数制(たまたまか?)。ピラティスは、元々第1次大戦で負傷した兵士のリハビリ目的としてドイツ人のピラティスさんが考案したエクササイズ。ヨーガや太極拳などのエッセンスを取り入れたもので、体に大きな負担をかけることなく、その効果として高く評価されていることは、体のコア部分(体幹)の筋肉を鍛えることができ、人間本来の正しい姿勢や体型になる、と言われていることだ。ランニングとの関係は実に大有りである。ランニング、特にマラソンなどの長距離では、この体幹部を如何に鍛えるかが後半の粘りに繋がるはずなのだ。マラソンは実は脚の筋力だけで走るのではないらしい。体幹筋肉を鍛え(これが実に鍛えにくいというのも事実のようだ)、これを有効に使えれば、脚の筋肉への負担も軽減し、長く楽に走れるはずなのである。これを自らの体を使って実証すべく、定期的に受講してみようと思った自分なのである(3日坊主にならぬよう…)。昨日受けた感触では、自分の体は鈍り過ぎていることが実感できたが、それほどの激しい運動でもなく、週1ぐらいであれば苦ではなく寧ろ楽しかったので、数回は続くかもしれません…。まあ、ちょぼちょぼやります。
火曜日は休んでしまったので、今日は早朝ランのための早起きも特別苦ではなかった。いつもより速く走ったつもりではあったが、3分の違いであった。1マイルに直すと30秒。この差が結構大きいのです。が、筋肉への負荷は遥かに大きいように思える。今度からは普通のスピードに戻そうかな…。
ジョギングの途中、ハーツデール駅とスカースデール駅の横を通る。朝も早いというのに、マンハッタンに向かう通勤電車は結構一杯になっているようだ(立っている人が見える)。お疲れ様です。中には、丁度駅にやってきた電車に何とか乗ろうと急いで走るご老人(?)もいた。何も焦らなくても次の電車に乗ればいいのにと思ってしまう。昔は自分もこの電車に乗りマンハッタンに向かった。その当時は仕事が楽しいと思えたことは殆どなかった。毎日針の筵に乗る思い…。そして、自分はその人生を捨て、その生活にもうピリオドは打った。今では、その電車に乗ることもなく、車でゆっくりと通勤している。朝の時間にジョギングを楽しむことの出来る自分。お金はなくても、精神的には非常に豊かである、と信じている自分。人間、変われますねぇ…。
NJへの通勤は、GWB辺りは毎日のように工事が行われ、またただでさえ交通量も多い場所なので、時間はかかる。でも、最近は混雑でさえも余り苦痛に感じなくなった。あるがままを受け入れる、その境地に立つことの出来る自分がいる。でもどうして、アメリカの工事は平日のピークタイムにわざわざ行うのだろう。しかも、たいした工事でもなさそうなのが、また不思議。でも、まあいいかっ。
今日は、長女の11歳の誕生日である。仕事関係での夕食があるが、これはお断りすることとした。毎日飲み歩いていた3-4年前の自分からすると豪い変わりようである。ランニングは人間をちょっとはまともにするものでもあるのか(飲んでいる人を非難する気持ちはゼロ。ただ、毎日の午前様は明らかに健康に悪く、時間・お金が勿体無いことだけは自覚している今日この頃である)。家族の誕生日や記念日は知っていて当然のことなのだが、この当然のことすら忘れていたこともしばしばであった。懺悔の日々は続く。
家内の膝は本当に酷いみたいだ。土曜日に日本から帰国したが、殆ど歩けない状態である(膝が大きく腫れ動かせない)。勿論、牛歩並のスピードであれば歩ける(引きずるというのが正しいらしい)ので、トイレぐらいは大丈夫ではある。でも、階段の上り下りは困難であるし、生活に大きく支障アリの状態だ。よって、土曜日からは自分は主夫も一部兼ねている(料理・洗濯・掃除・そのうち子供の送り迎えも加わりそう…)。まさに、働く主夫である。まあ、早く治ることを祈るが、すぐに治るような気がしない。ピンチ!
さて、中毒患者さんたちのご活躍は目覚しい。この週末も様々なレースに参加された様子。タイム・結果は勿論素晴らしいものであり、敢えて祝福するまでもないぐらい自然なことだ。それ以前に、皆さん自分自身に対してチャレンジしている。この気持ちこそが、賞賛されるべきであり、共感を生むのである。自分もそういった仲間に加われるようコツコツと頑張りたい。
今日はレイバーデーにより仕事は休み。天気は最高である。時差ぼけの子供達が朝早くから騒がしい。目覚ましに頼ることなく起床。LSDをしにロッキーズへ足を伸ばす。朝7時を過ぎていたので、ランニング、ハイキング等を楽しむ老若男女で賑わっていた。(嵐の前の静けさの佇まいであった土曜日とは豪い違い)2時間のLSDの予定ではあったが、コースの都合により2時間半にて終了。前半は本当にゆっくり、後半もそのままのつもりであったが、ついついジョギングより速いスピードとなってしまったような気がする。今日も気持ちの良いランニングであったと思う。
Westchesterは、未だに停電になっている地域もあるようだ。うちは、24時間もかからずに平常に戻ったが、これは結構ラッキーだったようだ。ロッキーズに行く途中のラジオでも、火曜もしくは水曜まで回復しない地域もある、と言っていた。現に、信号が未だにつかないところも沢山あるし、大木や電信柱が倒れているために、通行止めになっている地域もまだあるため、車で買い物にいっても、いつものようには簡単には家に帰れず大回りを強いられることもあった。電気の存在は有難いものだ。電気があって当たり前の現代にあって、電気が全く通じないのは拷問に等しい。TVは見れない(土曜の東京ラブストーリーをお陰で見逃した…)、インターネットは見れない(ケーブルもダウン)、シャワーも浴びれない(ボイラーがつかない。だから、昨日は走れなかった、というのは単に走らなかった言い訳です)、夜真っ暗(寝るだけだから結局同じか?)等など、生活に支障をきたす(人もいる)。停電があったことなど、僅か2日で忘れつつあるが、あと2日以上もこの状態が続くと流石に堪えるであろう。そう、そこらじゅうで大木がバタバタ倒れてしまったが、家のすぐそばで倒れた大木が昨日伐採されていた。あれだけの大木になるのは数十年はかかるのだろうから、勿体無いという気持ちと共に、かけがえの無い自然がまた減ってしまったことに虚しさも覚え、何故か感傷に浸る自分であった。
NYは(ウェストチェスターだけ?)大停電が好きなようである。昨日のブログを書き終わって暫くしたら案の定、大停電。結局約18時間後の日曜の昼過ぎに漸く電気が通じた。つい1ヶ月前に大停電があったばかりなので、こっちも手馴れたものである。懐中電灯、蝋燭の準備は万端。でも、ラジオをつけても、停電のことは一切出てこない。もしかしてうちだけなの?と思いたくなるぐらいだが、このハリケーン紛いの天候である。きっと地域全体が大停電なのだろう、と時差ぼけの家族と一緒にさっさと床に就いた。車で地域探検に出かけようとも思ったが、流石に家内から止められた。翌朝は雨も上がり、探検に出かけたら、店は結構空いていたが、案の定、信号がそこらじゅうで止まっており、大木がそこらじゅうで倒れていた。交差点では警察もいてくれないので、車同士譲り合って道を進む。こういう時、何故かアメリカ人は優しい。近くの大道に買い物に出かけてみたが、何と冷蔵庫もの・生ものは全て発売禁止。要は腐ったのか販売できない状態の実質休業状態であった。帰りも結構大回りをして帰らないと、そこらじゅうで道が閉鎖されていた。夕方には、走りを再開させようと思ったが、夜中からの時差ぼけ家族の猛攻撃(特に子供は1時から目をパッチリさせ、眠い私に襲い掛かって来ていた)にあっていたので疲れてその気力が萎えた。また明日だな。焦らない、焦らない。そういう意味で、昨日の何気ない持続走が効いている。従い、自分は満足である。
今外は大荒れ模様の天気である。強風で今にも家の周辺の大木が折れてしまうのでは、と不安にさせる。そして雨も土砂降りに近い。こんな天気の中、家族が日本から無事帰国。NYに長く住むと、それはほぼ惰性となる。日本とNYどっちがいい、と聞かれたら、日本!と即答できる。あれだけ憧れていた海外だったのに、16年も経つとどうでもよくなってしまう今日この頃である。
さて、うちのPCの調子がいまいちである。この日記も今日3回目のチャレンジだ。書き終わりセーブしようと思った瞬間、PCが閉じてしまうという最悪の事態が発生した。何事も諦めない自分は、今3回目の日記を書いているのだ。恐らくはこの3回の日記は全て姿形の異なる日記となっている、と思う(過去2回分は完全に消えているので何を書いたかよく思い出せない。でも、結構力作であったのに…)。まあいいか。今日書きたかったことは、こんな悪天候なのに、今朝は何故か雨も風も大したことなく、ロッキーズで持続走を1時間50分(本当は2時間以上のLSDのつもりが、予想もしなかった絶好のランニング日和となってしまい、何故か速く比較的長時間走れてしまったため、早く終わってしまった)。昨日までの天気予報では今日は外出すらもできない、と思っていたぐらいなので、まさか今日走れるとは思っておらず、心の準備すらしていなかった自分であったが、取りあえずロッキーズに行ってみたら、走れてしまった、というラッキーな1日(朝だけ)であった。何だか、とても得した気分にさせてくれたロッキーズ。ありがとう!

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