今日からNYは猛暑(今日は結局何度までなったか知らないけど、地元の予報では華氏92度で、体感温度は97度だった。摂氏で36度…)が始まった。漸く夏が始まったと思ったら直ぐに終わってしまうのかもしれないけど、兎に角暑い…。サロマ湖100キロに備えて、炎天下の中で走ってみようじゃないか、という暴挙が頭に浮かんだ。まだ涼しかった早朝ではなく、真昼間に。ただ恐らく死んでしまうだろうと思って、比較的日陰の多いブロンクス河公園道なら何とかダイジョウブと思って。ペースは1マイル12分弱ぐらいかな。ウルトラマラソン用だ。ウルトラにはスピードは要らないからゆっくりとそしていざとなったら歩くこととした。暑いときに走りたくなったのは、サロマでは気候がどうなるかわからないからだ。小雨や涼しい日になれば走りやすいだろうけど、暑くなったら最悪だ(暑いときの完走率は実に低い。50%を切った年もあるほどだ…)。自分は兎に角、暑さにとても弱い。日本に居たときからそうなのだけど、NYで走りに目覚めたときも、暑いときだけは只管遅くしか走れない。汗が滝のように滴ってくる。びしょびしょになるウェア。顔の汗がうざくてしょうがない。暑いのは嫌だなぁ…。そんな苦手意識を払拭したいという気持ちもあって、ちょっと無謀とは思いつつも走り続けた。家からいつもの検尿ダムまでは快調。暑さも余り気にならなかった。スピードが遅いからか。殆どのランナーは上半身裸で走っていた(こんなに暑くても走るなんて自分と同じ中毒患者か?)。アメリカ人はすぐ裸で走りたがるが、それは誤りである。日光を直接的に浴びてしまうので、余計体温が上がりやすいのだ。まあ、それでもウェアがびしょびしょにならない分良いのかな…。さて、問題は帰りである。2時間を超え、これは何とか帰れそうだ、と思っていたが途端に力が入らなくなった。頭が痛くなる。やはりこんな暑い日に3時間走ろうというのが馬鹿だったようだ。暑さに負け、歩いてしまった。そこからは一歩たりとも走れない。戦意喪失状態…。足取りも重く、歩いてたどり着くのが精一杯だった。サロマの当日がこんな暑さになるとは思わないけれど、暑さに不安を残す最後のロングランとなってしまった…。地獄の大特訓は失敗に終わった。残念無念。
さて、地獄の大特訓といえば、今は昔、会計士の専門学校であるTACに通い始めたときのクラスのネーミングである。1年本科生(1年後に公認会計士試験に受かろうとする無謀なクラス。その当時は平均すると4−5年はかかる試験であったから、1年で受かるというのはほんの微々たる超天才か運が良くてマグレで受かっちゃった人のみである)として大学2年生の夏に通い始めたため、春から既に勉強を始めている1年本科に追いつくために、炎天下の夏休みを朝から晩までほぼ毎日授業を受けるという恐ろしいクラスであった。だって、簿記3級レベルの人間をひと夏だけで、1級レベル以上に持っていき、更には簿記以外の受験科目である財務諸表論、原価計算、監査論、経営学、経済学、商法の基礎作りをしなくてはならない。恐ろしい。受験学校としては、これを地獄の大特訓と名づけ、今まで遊びまくっていた大学生が夏を越えた時点であっという間に一端の会計士受験生に変えてしまう。でも会計士の勉強はそこからが大変だったんだけど…。
明日は、NYマラソン中毒患者たちが集って熊山から新ロッシェルまでの50マイルリレーの日だ。今日と同じように暑くなりそうな予感。今日走ったブロンクス河公園道の北ルートはこのリレーのルートになっていることに気づいた。ルートに沿ってそこらじゅう矢印が出ていたからきっと迷うことはないだろう(1箇所だけ、二手に分かれているのに矢印がなかった部分ありー白平原駅のちょっと後のところ。真っ直ぐ行かないとどこかに行ってしまうかも…)。それより、この暑さが問題だ。自分が出ていたら、皆に迷惑を掛けてしまっただろうな。本心としては、出てみたかったけどじっとガマン。自分は応援に回らせてもらう。ランニングは得てして、孤独のスポーツと言われるけれど、リレーはまさにチームスポーツに他ならない。一本の襷を皆でスタートからゴールまで繋いでいく。自分はリレーに参加できないけれど、気持ちでは参加させてもらう。皆さん、頑張ってください!